勇者が生き残るのは一握りの可能性であるわけで
意識が覚醒した。そう認識すると同時に、腕や肩の不自然な痛みに顔をしかめ、一体なんだ、とせめて楽な体勢になろうと身体を捻る。
「…………?」
だが、それは叶わず、ぼんやりとした思考の中で、自分の体が何かで固定されていることに気付く。
ずっと首が下を向いていたのか、自分の体が今どうなっているか確認するために顔を動かした時に、鈍い痛みに再度顔をしかめた。
およそ機械的に見回してみると、なるほど、自分は今磔の聖人の如くな体勢だった。
つまり、両腕を広げ、杭が掌や手首に打ち込まれる代わりに針金のような、――いや違う、銀色に鈍く光る有刺鉄線が何重にも巻かれている。
見たところ服の上から巻かれているとはいえ、自分の全体重が掛かっているのだ、さらにさきほど身体を動かしたので棘が服を突き破り、肉に食い込んでいるのが、痛みで分かる。
それを証明するように、有刺鉄線からは血が微量ながら滴っている。
長時間このままだと出血多量で死んでしまうかもしれない。
足を動かそうとしてみるが、両足は揃えられて縛られているのか、動かない。
腹にも鉄線が巻きつけられている。
周りを見渡してみたら、白い部屋だ、ということしか分からない。
ここまで完璧なまでの白を見たことが無い自分にとって、目に痛い。
真っ当な人間共が生きる住宅街でなら、もしかしたらこんな場所があるのかもしれないが、生憎自分はスラム出身。
生まれてこのかた、あのいけ好かない連中が生息している住宅街になんぞ足を運んだことは無い。
ただ、スラム街よりも清潔で治安が良い、ということしか知らないのだが、これはあくまで偏見だ。
なんでこんなことになっているのか。
動けないのなら、そのことについて考えてみることにしてみた。
自分は確か、スラム街での気が合う仲間達と、つるんで魔物退治をしていたはずだ。この頃現れ始めた、魔物共。魔物とは良く似ているが、性格は温和で、集団性が高く頭の働く人間に襲い掛かってくるような動物達はいなかったのに。動物達も決して馬鹿ではない。人間も、生きるためには動物を狩ったりはしているが……。その動物達が突如魔物と化した。人里を襲うようになったのだ。
自分は、血は繋がっていないが大事な家族達が住むスラム街を守りたいがために、魔物退治をしている。
それに共感してくれた腕の立つ仲間達が参戦してくれたが……。そうだ、確か。
確か俺は夕暮れの中、魔物退治に疲れ果てた仲間達を休ませようと、スラム街でもあまり人が寄り付かないような場所に止まっている大型トラックの近くで休憩していたんだった。
小太りだが力がある弟分、小さく女の子によく間違えられがちな、こちらも弟分、あとは守りたいと思う家族の中でも、一番守らなければならない彼女。
三人と魔物退治の成果を話し合って、自分は住宅街へと続く道に違和感を感じたんだったか。
スラム街で人があまり寄り付かない場所。小奇麗に着飾った人間が住む住宅街への道。暗く長いトンネルがある広場だった。
なんでそんなところにトラックがあったのかは謎だが、まぁとりあえず、トラックの陰になって隠れていたトンネルに、自分は違和感を感じたのだ。
それで、住宅街方面に行くのは気が引けたが、一応の確認をと思って、仲間達をトラックのところに待機させて、自分はトンネルへと入っていった。
暗い、暗い、暗いトンネルを、自分は歩いて、歩いて、歩いて、
魔物の気配、というものが分かる自分は、それがないことを確認しながら歩いて、
後ろから射すオレンジ、夕暮れ、黄昏の光を頼りに、歩いて、歩いて、
これから住宅街に行くのかと気分を重くさせながら歩いていたら、
誰かに会ったはず。
「…………」
自分は誰に会ったのか。
記憶を掘り起こそうとするが、それは困難で、すぐに記憶という断片が形を造る前に霧散する。
誰だ、誰だ、誰だったっけ。
腕の痛みが徐々にだが、増していく。
人間、知覚するといけない、今まで何も感じなかったものが強烈な熱を持つ。
自分の場合、眠りから覚醒したことによっての、だが。
「――――あぁ、もう起きていたのか」
こうなった状況が分からず混乱していると、伏せていた視線より上に突如として一人の男が現れた。
視界の隅にいたものを真ん中から見据え、突然のことで心を乱されたことを悟らせないようにするが、それを見てさらに狼狽した。
そこには淡い栗色の長い髪を後ろでゆるくしばり、髪の毛の色と同系色の法衣と似たローブを着こなす美丈夫がいたのだ。
造り物めいた美貌に浮かぶ、無機質な表情の中、一際異彩を放つ青く澄んだ瞳が、その外見からは想像もできないほどの強い意思を持ってこちらを見ている。
さきほど放った声も平坦で抑揚が無い。ここで自分はなんと発言すればいいのだろうかと戸惑い、結局目に悪い男を見据えることにした。
自分にこんなことをした人物、もしくは関係者だとは分かった。
だが、そこで新たな疑問が浮かぶ。
自分は記憶力が優秀というわけではない。
それでも、世話になった人や周りの人間、自分が生まれ育ったスラム街は外からの人の行き来が少ないので、外から来た人間を見たら記憶に残るだろう。
人間の完璧なる姿、その姿を与えられるものは神しかいない。自分は信仰深くはない。なのにまさか本当に神でもいたのか、と疑う程の完璧さを模しているのなら、なおさらだ。
だが、そこまで強烈に印象に残るはずのこの男のことを、自分は知らない。見覚えが無いのだ。
自分を磔にした人物か関係者だとは分かっているが、目的が分からない。
自分は男の言葉を待つ。
すると察してくれたのかどうかは知らないが、男が口を開いた。
「とりあえず挨拶をしよう。――おはよう」
「…………」
「なんだ、口を聞けないのか。それとも不躾なだけか。……まあいい」
言葉の全体が平坦という、なんとも気持ちの悪い声を聞いていると、言葉を無視した自分に気分を害するでもなく話を続けた。
「まず初めに、君を磔にしていることだが」
「…………痛ぇんだ。さっさと下ろせ」
「ふむ、後者だったか。答えよう。その意志は無い」
あっさりと話を斬り捨てられた。
この男は自分の話などどうでもいいのだろう。
そのことに不快な気分を味わいながらも、尚説得しようと試みる。
「血が流れてる」
「俺には関係無い。これからも、関係が無い」
「俺には関係があるんだよ。さっさと下ろせ、全体重が腕に掛かってるんだよ」
「そうか。痛いだろうな。だがそれは俺には関係無い。君にも、これから関係が無い」
「なんなんだよお前」
話が通じない。舌打ちしたい気持ちを抑えながら、その男を睨みつけた。
正直、その男はきっと自分のことを「私」などと称すると思っていたのが、やはり印象とは違うのだろうか。
思っていたより喋ることにもギャップを感じた。
最初から、口以外の顔の筋肉を動かしていない男は、言った。
「君の意見はそれだけだな。いやそれだけにしてくれ。俺は早く君に説明をしたい」
「うるせぇよ。俺にきっちり説明させたかったら下ろしやがれ」
「下ろしたら暴れるだろう。下ろす時も俺が下ろさなければいけない。
何故そんな手間のかかることをしなくてはならない」
「人に話を聞いてもらいたかったら、それ相応の態度を示すものじゃないのか」
「人に話を聞いてもらいたかったら、それ相応の態度を示すものじゃないのか。
ふむ、そうだな。なら言う。
――私の話を聞いてくれないか、被験者act4」
「ひけんしゃ、あくと、ふぉー……」
なんだそれは、と素直にそう思った。
ひけんしゃ、被験者。それはあれか、人体実験などの協力者などをそう言うが。
この男は本当に何を言っているんだ。
「そうか、聞いてくれるか。礼を言おう」
「勝手に決め付けてるんじゃねぇよ。お前、あれだろ。
俺と会話するのもめんどくさいし、早くその説明とやらがしたいから強引に事を進めようとしてやがるんだろ。そういうのが俺にとってはめんどくせぇよ。さっさと下ろせ」
「喋る。喋る。よく喋る。だが正鵠を射ている。しかしうるさい。
他の被験者達は怯えて素直に俺の話を聞いた。なのに何故君は俺の話を聞いてくれない」
「他の被験者共はどうかは知らないが、俺はお前が気に食わないし話は通じないから怯えよりも先に憤りを感じてんだよ。何回も言うが早く下ろせ」
「そうか。そういうことか。怯えよりも怒りが先に立つのか。ならば君はとても直情的だ。
きっと恋愛面は初心なのだろう。どうだ、恋人はいるのか。
もし恋人がいるのなら、どうだ調子は。隆々か」
「初めて会ったやつにそんなことは言われたくねぇし訊かれたくもねぇよ!
お前本当になんなんだよ!」
「お前本当になんなんだよ。それは俺の正体を訊いているのか。
正体? 正体というものではないか、失礼。何者かを訊いているのだな。
俺は科学者、いや研究者だ」
「んなこと訊いてねぇよ!」
「俺と君とでは話の受け答えができない。早々に諦めようじゃないか。
では説明を開始したいと思う」
「勝手に始めようとしてんじゃねぇよ!」
「なら俺にどうして欲しいんだ、被験者act4」
「人の話を聞いて欲しいよ! 俺は! お前に!」
「ふむ。ならば聞こう。話せ」
「ホント、なんなんだよおまえぇぇ……」
「ふむ。俺は研究者だ」
「そんなことを訊いてるんじゃねぇよ!」
「意志の疎通ができない。めんどうだ」
「俺はお前の方がめんどくせぇよ!」
「俺は君の方がめんどくせぇよ」
俺の口調を真似て平坦な声で紡がれる。棒読みであるその言葉は、やはり気持ちが悪い。怒鳴った時に身体を動かしたせいで、腕の痛みが半端無い。息を整えるためにゆっくりと深呼吸をしながら、会話の受け答えをしている間も表情に変化が無かった男を、さらに睨み付けた。
「とりあえず、俺を下ろせ」
「断ろう」
「下ろせ」
「断ろう」
「下ろせ」
「断ろう。いやそんなことより、やはりどうだ。恋人とは」
「お前どんだけ聞きたいんだよ!」
頭を抱えたい状況の中、その代わりにと、泣きそうな気分になった。
ここまで話の通じない人間がいるとは思わなかった。
見た目がどれだけ完璧でも、やはりどこかが完璧であると、その他の何かが欠けるようだ。
その他の何かが、この男の、人間にとっての致命的までの欠陥であるのだが。
男は飽きた、という風に溜め息を吐き、俺を見た。
「もういいだろう。君との受け答えは疲れる」
「奇遇だ。俺もだ」
「俺には君を下ろす意志は無い。それ以上に喋ることが無いのなら、今度は俺が話をしたい」
「後で下ろせよ」
「あぁ。それは保障しよう。被験者act4」
そう言い、男は説明とやらを始めた。
「まず初めに、君を磔にしていることだが。それは君が逃げないための処置だ」
「…………普通、そうだろうなぁ…………」
「もっと驚いてくれればいいものを。いや、本題に戻ろう。
君だけじゃない。他の被験者達も同様にその処置を施した」
「被験者って言うからには、無理矢理薬漬けとか……」
「近いが遠い。ん? 違うな。とても遠い」
「的外れなのかよ」
「とてもな。……うむ。であるからして、君は逃げられないということだ」
「だろうな」
「もっと驚いてくれればいいものを」
男は淡々と喋り続ける。
そんな男を見ながら、俺は先ほどから背筋に冷たいものが伝う感覚に震える。
薬漬けなどにでもあってしまえば、ここから逃げられたとしても今後の人生が報われない。
実験動物を見るでもなく、人間を見るでもなく、強い意思を持っているわりには無機質な瞳が自分を見ている。それだけでも居た堪れない。
逃げられないということは、言ってしまえば、俺はこの男に生殺与奪権を握られているということだ。
表に出そうになる恐怖の感情を無理矢理に抑え込み、どうにか逃げる手口は無いものかと思案する。
「君はトンネルを通ろうとしただろう。
君達スラム街の人間達はあのトンネルを貴族達の居住まいがある住宅街へと続く道だと思っていたようだが、実際は違う。
あそこのトンネルは俺、いや、俺達か? あぁでも優秀で使えるのは実質俺だけだ。
俺でいいか。あのトンネルは俺が実験に使う人間や魔物を誘き寄せるものでな。
トンネルの先には何も無い。貴族街なんて無い。とても暗い、暗い、闇があるだけだ」
「…………」
「そして君があのトンネルを通り、俺のところで保護された。
――――あぁ、君の友達、仲間? 家族とも言ってたな。
その、君の家族三人も君の後を追い俺のところへと来た」
「…………あ…………」
「ふむ。なんだね。何か質問でも?」
俺は、思い出す。そうだ。トンネルで誰かに会ったと俺は覚えていた。
それは紛れも無い、トンネルで出会ったのは、涙目で、悲痛そうに俺に追いすがる、彼女。
彼女の後ろから走ってきたのは、弟分。
三人が、俺に近寄り、近寄り、暗いトンネルの中、気を失った。
待て。待て。待て。待ってくれ。
ということは、ということは、他の被験者ってそれはもしかして。
「…………どういうことだ」
「何に対してその質問をしている」
「あ、違う……。
俺の家族は、俺の家族はどうした……なに、何もしていないだろうな…………?」
「ふむ」
それは確認だった。それは縋るものだった。
内にあった恐怖が表へと滲み出してきた。声が自然と震える。
心臓が嫌な音をたてている。俺の直感が、こいつはやばいと語りかける。
目の前のこいつは危ない。きっとコイツが言っている被験者というのは俺の家族のことだ。
なら俺の家族は、血の繋がりの無い俺の大切で大事でかけがえのない家族はどうした。どうなった。
「会いたいのか」
「会いたい」
「そうか、では会わせよう」
その言葉に、俺は家族に会えるという一先ずの安堵の息を吐いた、が。
「君は堪えられるかな」
「…………どういうことだ」
「いや、他の研究者達が、吐いたのだよ」
「吐いた?」
「あぁ。君の家族を見てね。
どうしたものか、俺は見当もつかないが、話を聞いてみれば皆口を揃えて言う。
――――堪えられない、と」
「どういうことだよ!」
「知らん。判らん。それに関しては説明の仕様が無い」
男は平坦な声ながらも、本当に不思議そうな色を滲ませて言い、次いで指を擦り合わせ音を発した。
パチン、と綺麗に白の空間に音が響き、次に、男の後ろになにやら赤いものが出現した。
「君の家族達だ」
「…………え」
男の言葉を疑い、我が目を疑った。だって、これが、俺の、家族?
おかしいじゃないか。なんだこれは。ただの肉の塊じゃないのか。
肉の塊が十字架に磔られている。
いや、肉の塊は確かに人の形をしていた。
人の形をした塊に、ベルトや包帯がぐるぐる巻きにされ、包帯には赤いものが滲み、その赤いものが下に向かって落ちていく。
それだけだったら、まだマシだった。
俺だって魔物を退治してきたんだ。赤いものが血だということぐらい判る。
そしてその赤い血が流れるということは、十字架に磔にされたものが本当に肉の塊だということぐらい判る。
魔物を殺して、時に食料にするために捌いたりしたものだ。
肉や血は見慣れている。見慣れている。見慣れている。
磔られた肉が、うごうごと動いていた。
人間の口らしき物が開閉し、あ、ぁ、と声らしき音を発している。それが三つ。三つだ。
右から順に見ると、元が太っていそうなのと、子供ぐらいの大きさのと、長くて細い物が、動いていた。
あれ。このシルエット、知っている。知っている俺は。
いやでも違う。違う。違う。違うんだこれは。
俺はゆっくりと男へと視線を戻した。
男は「ふむ」と一言呟くと、俺に問いかけた。
「君は、堪えれたか」
「…………」
「ん。堪えているのか。吐いても良いとは言わないが、まぁ善処してくれ」
「なぁ…………」
俺は男の言葉を流して、男に問いかけることにした。
男はなんだ、と言った。
「趣味悪ぃよお前……。早く俺の家族に、会わせてくれ…………」
「おかしなことを言う。目の前にいるじゃないか」
俺はやはり自分の耳を疑った。
だってその言葉を信じるのなら、この、赤いものが俺の家族だということになる。
俺の家族はちゃんとした人間だ。心の中でお前がおかしいよ、と男を罵る。
「説明を追記した方が良いようだな。話そう。
近頃動物達が凶暴化し、魔物と化しているのは知っているな」
「知ってる。俺と仲間がスラム街を守るために退治してた」
「そうなのか。いやここは『やはりそうだったのか』と言えばいいのか。
君の仲間達はとても良い身体を持っていた。
筋肉、脳、潜在能力、君達は他の人間達には無い素晴らしい物を持っている」
「なんだよ、それ」
「言うと、魔力と近しい物だ」
「何言ってんだよ」
「いやすごい。人間が魔力を持っていた。これはすごいことだ。
数値を見る限り君達は普通に魔力を行使していたようだね。肉体と魔が馴染んでいた。
最初は魔物達で実験をしていたが、今度は少し方向性を変えようと決心ができた。君達には礼を言わなくてはならないよ」
「待ってくれ、待ってく」
「ここまで魔力が馴染んでいるんだ。きっと遺伝もあるのだろう。
ということは、ということはだね、君。
君達が生まれ、育ったあのスラムが役に立つのかもしれない。
必死に生きる君達を踏みにじるのは忍びないと思っていたが、君達が役に立つと知ったからには君達にも、是非協力してもらいたいんだ」
「待て! 待て! 待てよ!」
「あぁそうだ。なんで俺がこんなことをするのか、君は訊きたいはずだ。
聞きたくなくても俺は言うが。そうだな。魔物達を完全に駆逐したいんだ俺は。
魔物なんていらない物だろう? 彼女もとても不安に思っている。
もしかしたらこの研究所も魔物に襲われるかもしれないし、襲われなかったとしても、他の国が襲われるかもしれない。いやかもしれない、ではなくて実際に襲われていることだろう。
だから彼女は不安なんだ。優しい彼女はとても不安に、悲痛に皆を想っている。
俺はそれに応えたい。応えたい。彼女のために。
俺の人生を彼女に捧げてでも俺は彼女の期待に応えたい! 彼女の笑顔を見たいんだ!
どうだい、君にも判るだろう? 判らなくてもいいがね」
俺は眩暈を感じた。
さっきまでの能面のような顔に、初めて形が与えられた。
それは笑顔。そう、その男は笑っていた。
彼女、というその単語を言うたびにその男の心の内の熱が表に現れたのだ。
急性的な眩暈に襲われた俺は、それをなんとか堪えながら反論する。
男の言葉には聞き捨てならないものが含まれていたからだ。
「スラム街の人達に協力をって、何を協力させるんだ」
「君達の魔力を媒介に、魔物達を駆逐する方法を模索することになるだろうな」
「つまり、なんだ」
「俺は、君にも協力して欲しい。だからこの話をした」
「俺の家族は何処だ」
「だから言っているだろう、君の目の前だ」
俺は再度赤い赤い塊に目を向ける。
あ、ぁ、あ、と意味の無い音を苦しそうに発する人らしき物。
この三体が、俺の家族なのか。そう思うと、涙が出た。
何も感じない。悲しいとかなんだとかが、思い浮かばなかった。
ただただ、三人が可哀想だった。
こんな姿になって、本意では無かっただろう。
こんなものが本意だったとは思いたくも無い。
可哀想だ。俺を慕って付いてきてくれた三人がとても可哀想だ。
ぼろぼろと涙が零れていく。
一番女性らしいフォルムをした赤い塊が、何かに縋りたいのか、懸命にこちらに手を伸ばしていた。
自分と同様に有刺鉄線が絡みつく腕を、必死にこちらへ。
彼女はもしかしたら、俺だと理解しているんじゃないのだろうか。
人の形を保っていた頃、彼女達はよく俺の傍に寄ってきた。それは、さっき男が言った魔力のことにも関係がある。
俺達は魔力だなんて、微塵も思っていなかった。ただ、他の人には無い、おかしな力があるということだけだ。
スラム街でも、俺達四人以外に使える者はいない。いないんだ。
だから俺たちは、同じ力を持つ異端の勇者達としてスラム街の人達にまつり上げられて、生死を問う魔物退治に駆り出されて、本当は嫌だったけど生まれ育ったスラム街の人達を嫌悪するのが嫌で、嫌で、逃げることも許されなくて、結局はスラム街を守る勇者という役目を自ら進んで名乗って。
「…………一つ、言っておく」
「なんだ」
「俺達四人以外に、魔力とやらを持っているものはいない」
「そうかな。それは無いんじゃないかな」
「…………」
「俺は、君達のことをトンネルで保護する前から知っていた」
俺は男に目を向ける。先ほどの笑顔は無い。
その男が崇拝する彼女の話をしている時だけなのだろう。
「君達四人はいつも一緒だった。もちろん魔物退治をしているのも知っている。
さっきはわざととぼけたがな。すまない。俺は君達に興味を持っていたんだ。
普通なら魔物なんかとは戦えないはずなのに、君達は対等、いやそれ以上に渡り合えていた」
「…………」
「だが君達はいつも四人。それ以外に人が寄り付かない。
大方魔物達と渡り合えている君達をスラム街の人間達は気味悪がっていたのだろう。
俺はその神経が分からない。
君達の言葉を合算すると、君達は本当にあのスラム街を愛していたようだ。
愛して、守っていた。なのになんという仕打ちだろう」
「…………」
「そして君はスラム街を守りたいがために、自分たち以外に魔力を持つ者はいないと言う」
「…………」
「その心意気は、俺は好きだ。
何かを守る人間というのは、本当に素晴らしいと思う。
そう思うこそ俺は、君の言葉を信じようと思う」
「…………」
「君達が守るスラム街には手を出さない。
手を出さない代わりに、君は俺の研究に協力してくれ」
「…………」
言葉では俺に協力を求めてはいるが、その男にとっては、俺が協力することは決定事項なのだろう。
無表情の顔で読みづらいが、雰囲気がそう語っている。
俺はなんのために戦っていたのか。スラム街を守るためだ。それは当たり前のこと。
それと同時に、俺は俺を慕ってくれていた三人を守りたかった。
俺を慕ってくれる三人を守って、四人が平和に暮らすためにスラム街を守って。
なのに。…………なのに。
「…………聞きたいことがある」
「質問か。いいぞ、聞こう」
「三人には、意思があるのか」
「…………ふむ。無いだろうな」
「俺の家族は、どうなるんだ」
「ふむ。意志が無くなると同時に魔力も掻き消えた。今後の必要性は無いな」
「なら、楽にしてやってくれ」
「楽にする、か。
確認をするが、それは殺して欲しい、と言っているのと同義語と考えていいのだな?」
「あぁ」
「そうかそうか。協力してくれる君の頼みだ。了解した」
男が指を弾くと、三つの十字架が消えた。俺に縋ろうとしていた手も消えた。
俺の、心と呼ばれる物に空虚な穴が空いている。
なんでこんなことになったのだろうか。
俺があのトンネルを通らなければ、皆は無事だったのか。
後悔してもしきれない。
俺は絶望の中、嬉々としてこれからを語る男を見た。
「実は言うと、四人の中で一番君が魔力を持っているんだ。
やはり数少ない被験者を扱うのだから、慎重に慎重を期したんだが、無理だった。
さぁ、彼女の為に働こうか。あぁそういえば君の名前を聞いていなかった。
これから俺の為に、結果は彼女の為に働いてくれる君のことをいつまでも被験者act4は堅苦しいだろう。
君の名前はなんだ」
一途で純心無垢な研究者と、巻き込まれた可哀想な勇者達。