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「だれ、か……っ!」
もちろんその努力を神様が見ていたとは思わないし、セオがこの家にたどり着けたのは九割五分が運によるものだったろう。それでも。
「き、君は……?」
セオはなんとか奇跡的に、その人物を見つけた。
家具の陰から、恐る恐るセオの様子を覗くダークブラウンの髪をした三十代前後の男性。
ビルディーク・ロマニエッタ。
医者だ。正確には、医術に見識のある、男性。
その男性は最初こそセオに強い警戒感を示していたものの、ボロボロなセオの格好とその手に抱える流血した少女を見て、すぐに状況を理解してくれた。
「大丈夫か、君⁉ この机の上に、その子を」
「お、俺は怪しい者じゃない! ただこの子が魔物に襲われてて……血が!」
「わかっている。とにかくこちらへ」
「あ……はい!」
セオが言われるがままに少女を机の上におろすと、すぐさま男性が触診を開始する。
しかしその表情は冴えない。男性は少女の呼吸、体全体、そして頭の流血部分を順に確認すると、「……ふう」と大きく深呼吸してからあえて低いトーンでセオに告げた。
「非常にまずい状況だ。一刻も早く手術しなければ。それでも物資がままならないこの状況では、助かるかどうか……」
「お、お願いします、助けてくださいっ! 今すぐ手術を!」
「……この子は、君の何なんだ? 妹かね? それとも知り合い?」
「それは……」
ビルディーク・ロマニエッタの質問に、言葉を詰まらせるセオ。
しかしその様子を見てビルディークはすぐに納得したように答えた。
「……珍しいな。こんな世界にあって、見ず知らずの子を助けようとする人間がいるなんて。君の名前は?」
「……セオ。セオ・ノイギアーテです」
「セオか。わかった。後は私に任せろ。必ずやこの子の命は救ってみせる。君は窓から魔物が近づいてこないか見張っていてくれ」
「……はい」
ビルディークに言われて、そっと窓際に移動するセオ。
セオはビルディークに言われた通り窓の下に腰を下ろすと、外からばれないように慎重に窓の外を見張ることにした。その間ビルはてきぱきと自分のバッグから手術器具らしきものをいくつか取り出し、すぐに少女の手術を開始する。その様子はセオにとってとても頼もしく思えた。家は二階建てだが、二階部分は完全に崩れており、階段の上からはわずかに外の空気が漏れ出てきていた。一階は手前にセオ達のいるリビング、奥には物置を兼ねたキッチン部屋があるようだったが、この状況下では奥の方まで見ようという気にセオはならなかった。セオはただビルから言われた通り、魔物がこの家に近づいてこないかだけを、慎重に見張った。
しかしビルディークに少女を託して極度の疲労、緊張感がわずかながらも緩んでしまったせいか、セオは気づかぬまま再び深い眠りへと落ちてしまっていた。
ススや血で汚れた、元は真っ白であったろう壁に背中を預けて、セオは一つの短い夢を見た。