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しかしどれだけ歩いても一向に景色は変わらず、ただ赤黒い大地だけが永遠のように続いた。赤黒い大地はところどころひび割れていて、その隙間は周囲よりさらに少し赤黒さが増している。おそらくこれが大地崩落の前兆なのだろう。ゆえにセオはそのひび割れが少なそうな方を目印にしてひたすらに虚無の大地を進んでいった。途中何度か足の疲れと肩の痛みで歩みを止めそうになったけれど、まさに先ほど奈落の底へ落ちかけた経験だけが、セオの憔悴しきった体を突き動かしていた。
そうして彷徨うように歩くこと数刻……セオの体力が限界を迎え、喉もすっかりカラカラになった頃。
「あ」
ようやくセオは遠目に建物らしきものを見つけ、少しばかり速度を速めてそちらの方へと向かっていった。
「頼む、町であってくれ。どうか、水を……っ!」
残された力を懸命に振り絞って建物らしきものがある方へと進んでいくセオ。建物のある場所まではまだ数百ルートはあったが、セオはその距離をどんどん縮めていく。
――結果から言えば、確かにそれは町であった。小規模ではあったが、周囲は柵で囲まれており、内側はレンガ造りの建物がぽつりぽつりと点在する、小規模な町。
しかしそこに着いてセオは、先ほどとは全く別種の衝撃を受けることになる。
「――なんだよ、これ」
町に着いてセオが目にした光景は、大地とはまた別の意味で赤く染まった町並み。
それは言わずもがな、人の血だ。
地面、建物、看板、柵……町の至る所に夥しい量の血が付着しており、どの建物にも人の気配が全く感じられない。それどころか井戸の陰や建物の傍にはおそらく人の死体であろう物体が横たわっているのが見えて、セオは思わず吐き気を催し、手で口を覆う。
「う……」
たまらずひざをつきそうになるも、なんとか近くの手すりに体を預けることでセオは体勢を保つ。けれど手すりに身を預けたその拍子、その視線のすぐ先にまだ新しい死体を見つけてしまって、まるで平衡感覚を失ったみたいに頭の中がぐわんぐわんと揺れる。
「う……ぐっ……」
そのままふらふらとよろめきつつ、なんとかセオはその場所を離脱する。そして意識もおぼろげなまま、何度も建物の壁や手すりにぶつかりながら、屍のように町の中心部へと進んでいく。
けれどようやく町の中心部らしき広場に着いて、そこでセオに目に映ったのは、さらなる絶望。
「ウガアァァァアアッッッ‼」
「キャ――――――!」
「うわぁあああぁあっ⁉」
そこにあったのは、人の数倍はあろうかという体躯の魔物に追い掛け回される人々と、周囲に転がる無数の死体。四方八方絶え間なく響く悲鳴と、その一瞬後に響く鈍く「ガゴッ! ゴッ!」という不快な打撃音。それらを前にして、ついにセオは膝から崩れ落ちてしまう。
「くそ……一体何が起きてんだよ。なんなんだよ、これは……っ」
そしてそんなセオの前に、巨大な棍棒を持つ一体の魔物が現れる。
「グルルルルル――――ッ!」
それはテルタウロスと呼ばれる巨大な豚のような魔物だ。
眼光は赤く鋭く、その二の腕は成人男性の全身と同じぐらいの太さと大きさがある。なにより恐るべきはその獰猛性で、テルタウロスは目につく生物を片端からその巨腕に持つ棍棒で殴りつけることで有名だ。そんな邂逅致死の魔物を前にして、たまらずセオは茫然自失となってしまう。
「……な」
そんなセオに対し、テルタウロスは一層興奮度合いを上げてその手に持つ棍棒を振り下ろさんとする。
「グゥゥゥゥウウウウッ‼」
「……あ」
その瞬間セオは、これまでの疲労が限界を超えたかのように、一瞬意識を失った。
――――っ
それはおそらく本当に一瞬の間であっただろう。
だがその一瞬が今のセオにとってはあまりに致命的で、次の瞬間にはテルタウロスの振り下ろした棍棒がセオの頭を直撃し、セオは崩落からもなんとか繋いだ一命を、とうとう落とさざるを得なかった。――はずだったのだが。
「……え?」
セオがすぐさま意識を取り戻して目を開けると、そこには上半身がすっかり吹き飛ばされたテルタウロスの残骸だけが残っていた。
「……なっ? 一体誰が?」
セオが疑問に思い周囲を見回すと、一つの建物の陰からこちらに手をかざす人影のようなものを見つける。