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*** 第一幕「ローレンシア」 ***
――碧歴862年。
世界の中心、世界樹の水核が破壊されてから、約八十年後。
世界樹島から三十五島里離れたローレンシアの大地で、セオ・ノイギアーテは目を覚ました。
「……うっ、ここは?」
セオはまだズキズキと痛む頭を押さえながら、辺りを見回す。
真っ黒な空。
赤黒く、ひび割れた大地。
間近の静寂と、遠くから聞こえてくる何かの喧騒……
今までどうして気絶していたのかわからないが、頭がズキズキして上手く思考が働かない。
周囲は見渡す限りゴツゴツとした岩ばかりの地平線で、ここがどこかを示す手がかりも一切ない。
一体なぜ自分はこんな場所にいるのか……しかしそれを思い出すより早く、命の危機がセオの意識を覚醒させる。
ゴゴゴゴゴゴゴッ
「――なっ、なんだっ⁉」
突然足元を大きな揺れが襲ったかと思うと、次の瞬間には目の前の大地が凄まじい音を立てて崩れ始める。
「うわっ⁉」
セオは慌てて踵を返し、まだ無事な大地の方へと駆けていく。
「く、くそっ……なんなんだ、一体⁉」
しかし大地の崩落はセオの足よりずっと速く、それはあっという間にセオのすぐ後ろにまで迫ってきた。
「くそ、くそ……っ。やばい、このままじゃ、死ぬ‼ ――あっ」
そしてまもなく大地の崩落はセオの足に追いつき、セオの蹴った大地がふと反発力を失い……
――あ。
――――死んだ。
「――――ぐあっ⁉」
しかし幸いにも、セオの足元が崩れ去ったのと同時に大地の崩落も止まり、かろうじてセオは突き出した大地の縁に落下、着地した。
「ぐぅ……っ⁉ 痛って……肩が」
着地した際に強く右肩を打ったものの、なんとか命だけは繋いだセオ。
セオが肩の痛みに耐えつつなんとか状況を確認すると、自分は大地の崩落に巻き込まれたものの数ルート落下しただけで、運よく崖の半ばにある突き出した岩場に着地出来たらしかった。しかしすぐ後ろを見れば、そこには底の見えない暗闇が一面に広がっていて、途端セオの背筋にゾクリと悪寒が走る。
「……危なかった。でもここもいつまた崩落が再開するかわからない。すぐに避難しないと」
そう呟くとセオはこれ以上奈落の底の恐怖に吞まれないようすぐさま大地の方に向き直り、頭上を見上げる。これまた幸いにも地上までは断崖絶壁というよりはわずかに傾斜がついていて、セオは痛めた右肩をかばいつつも、すぐに数ルート上の地上を目指して大地の壁を登っていった。そして上にたどり着いたのち、セオは改めて崩落した大地の向こう側を見渡す。
――相も変わらず真っ黒な空。
でも先ほどまではかろうじてまだ大地がそこにあった。
赤黒く、まるで死にかけの砂漠のようであったけど、確かにそこに。
……それすらも今はもうない。
たった今、目の前で失われた。
残されたのは底があるかすらわからない真っ暗闇の奈落だけ。
セオの口から思わず苦々しい声が漏れ出る。
「……一体何が起きてるんだ。大地は、どこに行った? この先にあった、世界は?」
しかしその問いに答えてくれる者は誰もいない。
ただ失われた世界から吹く冷たい風だけが、セオの右肩に空しく当たる。
その後セオは、とにかくまだ崩落していない大地の方を目指して歩いて行った。
頭の中では未だいろんな疑問が渦巻いていたが、一刻も早く安全な場所に避難しなければという危機感と、右肩の鈍い痛みがそれを無視させた。