第22話「とある軍曹の独白(その1)」
”こんなことなら、結婚なんかできなくていいからクロアなんて来るんじゃなかった! そう思ったね。
戦後それを話したら、カアちゃんにぶちのめされたよ。俺の人生はあの親子に捧げさせられたようなもんだ(苦笑)”
イリッシュの戦いに従軍したある下士官のインタビューより
正直なところ、雲霞のごとき敵戦車が反転してゆくのを見て、助かったと思った。
敵に待ち伏せにかけるとか、ここが天王山とか、知った事か! とトーマス・ナカムラ軍曹は内心で吐き捨てる。
命あっての物種である。
祖国ダバートで、実戦など経験しないまま兵役を終えてシャバに戻る。
トラックの運転技術と大型免許は軍の金で得ることが出来たので、何処かの運送屋か修理工場か、就職の口は多い。
本当は運転なんかしたことないのに、経験豊富とほらを吹いてトラックを任せてもらった甲斐があったと言うものだ。
俺はなんてクレバーなんだ。学がある奴は頭の出来が違うのだと、有頂天になったものである。
そう思っていた4年前。ある事件、というか暴走に巻き込まれて満期除隊がご破算になり、下士官として軍に残る羽目になったのがケチつき始めだ。
毎日通いつめてようやく口説き落とした花屋の看板娘が、あろうことかあの悪魔のような上官の愛娘だったのが決定打だった。
「やってくれたなナカムラくん! このボケッ! カス!」
鬼の少佐は彼を殴打すると言った。
「クロアに行ってこい。男になって帰ってきたら、認めてやろうじゃないか」
悪魔の笑顔に震え上がった彼は、気が付いたらイリッシュの最前線にいた。
そんな当人はと言えば、自分と同時に義勇兵に志願して活躍しているらしいが、いっそ戦死してくれたらどんなに楽か……そう思ったが、考え直す。
あいつなら、きっと化けて出る。
枕元に立って「起きろこのボケッ!」とか言ってくるに違いない。
「オイッ! 急いで新兵器を塹壕に運べ!」
何処かの士官が高圧的に告げて、現実に引き戻される。
トラックから降ろしていた木箱は、さっき自分たちが輸送してきたものである。
「しかし、我々には輸送任務が……」
一応抗議してみるが、当然ながら回答は却下だった。
「今はそれどころではない! 早くせんか!」
怒声を浴びて諦める。
どうせ敵は向こうに行くのだ。無駄な努力だと言うのに馬鹿め。
部下たちを顎でしゃくって動かすと、積み上げられた木箱から次々と筒状の兵器が取り出される。
新兵器と言うが、一体何に使うのだろうか?
迫撃砲にしては小さく、擲弾筒にしては長すぎる。かといって機関銃にしては太すぎる。
何だこれは?
続いて空けられた箱には砲弾が並べられていた。
筒に装填するようだが、どう見ても砲身より弾の方が太い。
だが、使い方を理解するのは彼の仕事ではない。
損傷がない事を確認すると、筒を肩に載せ砲弾を背負う。
隠蔽した塹壕がばれるから、トラックは使えないのだ。
最前列の陣地に向け塹壕の中を歩き出す。
(こんなでかい塹壕、いつの間に掘ったんだ?)
考えても答えなんか出るわけがない。
そしてはるか前方にはもうもうとわきあがる土煙。
どうかこのまま敵が行ってくれますように。
男になんぞならなくていい。実戦なんて、もってのほかだ。
自分は軍曹の肩書で十分。下士官は責任重大なお仕事だが、兵たちに威張り散らせると言う特典がある。
(だけど、いい女なんだよナァ。気は強いけど顔が良い)
実のところ、敵の弾より逃げ出したときの制裁が怖い。父親だけでなく娘の方からも。
轟音が響いて、小さく悲鳴を上げた。
兵士たちに聞かれなかったか? 周囲の顔色をうかがうが、幸い反応がないのは聞かれなかったか、それとも舐められているのか。
「軍曹! 岩山の向こうからです!」
壕から顔を出した伍長が要らん報告をする。
どうやら向こう側の部隊が反撃に出たらしい。ここに布陣する以上の大部隊がいるとは思えなかったが、本当はスゴイ戦力が待ち構えていたのかもしれない。
ならもう解決だ! 自分が戦う必要ナシ!
塹壕を見渡すと兵士たちが歓声を我慢していた。こんなに爆音が起こっているから大声くらい平気だと思うが、きっと士官たちの神経が苛立つのだろう。
飛翔音。続いて起こった爆発はかなり大きい。
バカでかい大砲でも据え付けたのだろうか? そんなデカブツを運んだり隠したりなんぞ伝説級の魔法使いだ。
だが、続く攻撃は行われなかった。
「あっ!」
頭を出して双眼鏡を構えていた士官が叫ぶ。
なんだ? 何が起こった?
そして次の命令に絶望する。
「来るぞ! 迎撃準備!」
まじかよ!
どうやら敵戦車群は軌道を変えてこちらに向かってくるようだ。
まてよ、なら今更こんなもの運んでも邪魔なだけだろう、とっとと後方に戻……。
「何をしてる!? 邪魔だから早く進まんか!」
さっきの士官が後ろからがなり立てる。
振り返れば後続の連中が新兵器を抱えて、彼が進むのを待っていた。こうして退路はふさがれる。
神様! 仏様! 竜神様!
戦車がここまで来ませんように。
しかし吉兆と言うものはなかなか当たらなくても、虫の知らせの方は割と的中するものである。
塹壕から覗く土煙は、次第に大きくなってゆく。