第19話「開かれる戦端」
いよいよ戦闘開始です!
”イリッシュの戦いと言えば、奇策の応酬と言うイメージがある。
しかし奇策を成立させるための駆け引きこそ、双方の作戦指導が如何に非凡であったかを象徴していた”
フェルモ・スカラッティ著『クロアの野火』より
降臨暦942年10月27日、進撃を開始した帝国派軍を迎え撃ったのは大公派軍の新型〔Ⅳ号戦車F2型〕あった。
今回も機動防御が可能なようにと、意図的に防衛線に穴を作って待ち構えていたが、帝国派の戦車部隊はその様な事情はお構いなしだった。防御の厚い地点を力押しで突破し、内部に浸透してゆく。
待ち伏せしていた〔Ⅳ号戦車〕は有利な位置から移動を迫られ、物量に勝る帝国派の〔T34〕に対して悪手である筈の消耗戦を強いられた。
防衛線に入っていた大公派軍将兵は、トラックに飛び乗って逃げ出していく。惜しげもなく放り出した、年収の50倍以上する大砲を残して。
それを狙って〔シュツルモビク〕急降下爆撃機が乱舞する。
逆にそれを獲物にと襲いかかった〔フォルゴーレ〕戦闘機を、護衛の〔Yak1〕戦闘機が妨害して、たちまちのうちに入り乱れての空戦が始まる。
爆音と銃声にまみれて、血と肉片の饗宴が幕を開けた。後に「イリッシュの戦い」と呼ばれる戦役の始まりである。
パットンの戦術はハンニバルと言うより、その彼に影響を与えたアレクサンダー大王の「スレッジハンマー戦術」を戦車戦にと焼き直したものだった。
重防御だが運用に難があるソ連製〔T34〕戦車で敵の突撃を受け止め、スペックでは劣るが柔軟な運用が可能な〔シャーマン〕戦車を迂回させ側面を突かせたのである。
貧弱な横腹を撃ち抜かれた〔Ⅳ号戦車〕は次々焼かれ、貫かれ、潰走して行く。
敵機甲部隊が撒き餌を食みながら進撃してきたのは、予定通りではあった。
だが……。
「流石にやるわね」
参謀席から巨大な地図を見下ろし、ヴェロニカは賞賛する。
「そりゃそうさ。”あの人”が簡単に食いつくわけがない」
地図の上ではスタッフが、敵味方の部隊に見立てた駒を動かしてゆく。前線から送られてくる情報に合わせて、リアルタイムで情報を表示する仕組みだ。
公都を空襲から守り抜いている防空システム「オーディンの瞳」を、陸戦仕様に転用した簡易版だが、個別に無線や伝令を通してしかやり取りできない戦場全体の状況を可視化できるのは大きな利点である。
ヴェロニカの予想では、敵戦車は撤退するこちらの戦車を追撃してくる筈だった。
だが、彼らは逃げる戦車には目もくれず、旧式戦車の機動防御をすり抜け、撤退中の主力部隊を猛追したのだ。
ここまで的確に防御線の穴を突けるのは、流石はパットンと言うしかない。
正確にこちらの布陣を見抜いたのは、決して付け焼刃の思い付きなどではあり得ない。
情報収集の手段を、このために用意していたのだろう。情報の重要さをよく理解している強敵である。当然ではあるが。
「で、どうするんだい?」
アルフォンソは悪びれる様子もなく、対応を参謀長に丸投げする。
アイデアを出す努力を放棄するわけではないが、2人の間に役割分担は出来ている。あなた考える人、私責任とる人という訳だ。
「ちなみに、貴方の中のパットンならどうするかしら?」
「あの人なら、僕らが”狩場”に誘導する前に主力を引っ掻き回して、乱戦に持ち込むね」
乱戦では経験がものを言うが、圧倒的な物量で押してしまえばそんなものは覆せる。奇策も講じにくい。
そして、その状況でも練度が高いとは言えない旗下の部隊を完璧に統制できる。彼にはその自負があるのだろう。
「そうね……」
顎に手を当て熟考するヴェロニカだったが、既にその口角はつり上がっている。
「槍の穂先が堅いなら、刃の付け根を折ってしまいましょう」
◆◆◆◆◆
続々と舞い込む戦果報告に沸く前線司令部で、ひとりパットンは呟いた。
高台から見下ろす戦場は、戦車たちが怒涛の如く土煙を上げている。
「気に入らん。何か臭いな」
もう幕僚たちはうんざりとした顔をしなくなった。
彼の「気に入らん」が、勝敗を左右する重要な警告であると気づいていたからである。
「見る限り、敵はされるがままに流されているのに統制を失ってはいない。小僧が何か仕組んでやがるな」
本来であれば、最前線で指揮を執りたかっただろう。
しかしこの規模の部隊を、前線で移動しながら指揮するのは無理がある。
流動する戦況に合わせて、複数の無線で連絡を取り合いながら情報を把握して指示を出す。それを行うだけの通信設備や人員を乗せて移動する車両など、未だSF小説の中の産物だ。
それでも彼は、「なるべく前へ出る事」に拘る。ボスである自分も兵隊と危険を共有しなければ、彼らは命を掛けてくれないと知っていたからである。
何度か大公派の急降下爆撃機がこちらに爆撃を試み、炸裂音が響き渡る。
幕僚に狼狽える者は誰一人いなかった。
パットンは彼らを頼もしそうに一瞥すると、まっすぐに戦場を見つめた。
「そう言えば、大公派の戦車が少ない」
「事前情報と差は無いようですが……」
「ドイツ戦車はな。大公派には日本やイタリアの戦車が山ほどあったろう」
戦力外と見ていた小型戦車を問題にされて、フェルモは首を傾げた。
あくまで大公派の主力はドイツ製の中型戦車である〔Ⅲ号戦車〕及び〔Ⅳ号戦車〕である。
日本製の〔チハ改〕は攻撃力こそはそこそこだが、古い車体に新型の長砲身57mm砲と大馬力エンジンを押し込んだせいでバランスが崩れ、小回りが利かない。
イタリアの〔M13〕戦車も、〔チハ改〕よりは新しいが同じような問題を抱えていた。
柔軟な戦闘が可能なドイツ戦車を、旧式とは別に運用する事それ自体は別に不思議ではない。
その他の軽戦車や豆戦車に至っては、わが方を相手に出来る火力は持っていない。対歩兵戦闘ならともかく、対戦車戦では無視して良い存在の筈だ。
パットンはそれらの質問には答えず、「十分に警戒しろと伝えろ」と命じた。
結果的に、パットンの覚えていた危機感は見事に的中した。
防衛線を突破された大公派戦車部隊が、敵戦車たちの追撃を放棄、代わりに戦車部隊の後を追って追撃してくる軽装甲の車両にと襲い掛かったのだ。
旧式の中戦車であっても、相手が大口径機関砲を装備するだけの装甲車やトラック、ジープならばワンサイドゲームになる。
戦車とは、工業製品にあるまじき宿命を持った兵器である。
走れば走るほど故障し、動かなくなってゆくからだ。
よって戦場では修理されればまだ戦えるはずの戦車が、野外美術館のオブジェのように空しく立ち並ぶことになる。
それを防ぐ方法は、予備部品を継続的に前線に送る事、動かない戦車を牽引する車両を用意することだが、大公派はそれらを標的にしたのだ。
槍は穂先だけでは敵を突けない。
「直ぐに戦車隊の一部を引き返させます!」
パットンは珍しく黙り込んだ。
意見具申した参謀は、固唾をのんで司令官を見守る。
後に本人から聞いたことだが、ここで攻撃力を減退させてでも救出を行うことが最善手であると理解はしていた。だが、同時に歴戦の指揮官としての勘が告げていたのだ。
「それでは敵の術中にはまる。戦車部隊は構わず前進させろ!」
「しかし、それでは……!」
敵を撃破できてもおびただしい数の戦車が失われ、よしんば回収できても戦力の回復にはそれなりの時間を要することになるだろう。
だが、勇将は言い切った。
「戦車などまた造ればいい。乗り込む戦車兵さえ無事であるのならばな」
クロアの大地に、暴風が唸る。




