第13話「猛虎の鼓動」
”博士は新型戦車の活躍を聞くと有頂天になりましたが、その使われ方を聞くと憮然とした表情をされました。
しかし直ぐに「要は問題点が改善されれば良いのだ!」と思い直されたようで、再び設計室に飛び込んで行きました”
あるドイツ人技師の手記より
「戦力が足りないわ!」
地図に置いた駒をがしゃがしゃとかき回し、参謀長がお代わりを要求した。
「無い袖は振れないよ」
司令官はクリップボードを目の前において、やんわりと却下する。
そこには補充される戦力の一覧が書いてある。どう考えてもこれ以上は望めないものだ。
「現状のままでも作戦自体は可能だけど、完成度を上げるためもう一手欲しいのよ。戦死者だって減らせるわ」
腕を組んで唸るアルフォンソは後方に配置された戦力を思い浮かべる。引き抜ける、あるいは引き抜いて役に立つ部隊は思い当たらない。
戦車兵は輸送機なり飛空艇なりで呼び寄せればいいが、戦車は船で運ばなければならない。船団の次回入港予定はまだ先だ。
「その件ですが、公都で試験中の新型戦車を送ってくれるそうで。ぜひ実戦テストがしたいと」
参謀のレン大尉が報告を読み上げると、2人は食い気味に身を乗り出した。
「それよ! いつ届くの!?」
「現在輸送中ですので、明日には」
何しろ、戦車の性能では煮え湯を飲まされ続けてきた大公派である。この状況を覆す新兵器は喉から手が出るほど欲しい。
ただ、さしもの2人も忘れていた。
あまたの戦史上、「劣勢を覆せる夢の新兵器」と期待されて前線にやってきた虎の子が、どのような評価を受けてきたのかを。
◆◆◆◆◆
「……ふざけてるのかしら?」
ヴェロニカは技師たちに詰め寄る。
久々に乗馬鞭をヒュンヒュン言わせながら。
「それが、この新型戦車〔VK4501(P)〕はエンジンで発電機を回して、電気駆動で車輪を動かす方式でして……。操作性は最高なのですが、その信頼性がアレで悪路にもソレでして……」
弁解する技師の言葉は、どんどん不明瞭になってゆく。
目の前には、数メートル動かしただけで停止した2輌の新型戦車。
〔T34〕を遥かに上回る巨大な車体と、太く力強い主砲を備えた鋼鉄の要塞がそこにあった。
「しかし、もったいないね。主砲の威力も、装甲の厚さも……クロアでは最強じゃないか。……動けば」
「そうね。試験データを見ると、1500mの遠距離から〔T34〕の装甲版を撃ち抜いたそうだわ。……動けば」
半眼で技師と戦車を交互に見つめる。
技師は汗をぬぐいながら、必死に弁解の言葉を並べる。
ドイツから送られてきた設計図で造っただけなので、直接的には彼に言っても仕方ないのだが、さっきからこちらと目を合わせようとしないのが確信犯の証拠だ。
「し、しかしですね。この駆動方式はトランスミッションを必要としない、画期的なもので……」
「走らなきゃ意味ないでしょう!」
「そ、そこは現場の工夫でなんとか! ほんの足回りが悪いだけじゃないですか! 無線の件だって……」
「無線? まだ何かあるの!?」
やべっと、両手を口に当てる技師だったが、ヴェロニカは容赦しない。
「あなたが説明を怠ったせいで大公派が敗北したりしたら、どこぞの卵屋さんみたく……」
「そんな大した問題じゃないんです! 本当なんです信じてください! ほんのエンジンのノイズで無線が使えなくなるだけなんです!」
「大問題じゃない!」
めまいを感じて目頭を押さえる。
アルフォンソの方も、流石に苦笑を抑えきれないらしい。
「……砲だけ外して使おうか」
アルフォンソがぼそりと言う。
大砲と照準装置は間違いなく優秀なのだ。金のかかった車体を送り返すのはもったいなくて涙がちょちょ切れるが、使えないものがあっても仕方ない。
「そんなっ! この画期的な新型戦車をそのような!」
「あなたはちょっと黙ってなさい」
馬上鞭がヒュン! と鳴る。
技師は小さく悲鳴を上げ気を付けをし、そのまま固まった。
「でも、確かに使わないのは勿体ないのよね」
「何か方法を思いついたのかい?」
そう言われても動かないなら待ち伏せくらいにしか使えないが、反撃されたらどうやって逃げると言うのだ。
無線すら通じなかったら友軍との連携もままならないではないか。
「動かないなら動かさなければ良いのです! 無線が使えなければ降ろしてしまえばいいのです! 何しろ〔VK4501(P)〕の正面装甲は……」
再び役に立たないスペックを並べる技師に、初めて乗馬鞭を武器として使用したい衝動にかられたヴェロニカだったが、その瞬間に脳裏に閃くものがあった。
(ん? 走らなければいい? 無線を降ろしてしまえばいい?)
確かに走らず無線も下ろす。それならやりようはある。
それのアイデアは、ある意味戦車のアイデンティティに抵触するものだったが。
「ラビア大尉に、至急これから指定する物資を持ってくるように伝えて頂戴!」
敬礼して駆け出すレン大尉の背中を見守って、アルフォンソが尋ねる。
「何を思いついたんだい?」
ヴェロニカは笑う。
子供のようであり、ボールを転がして遊ぶ猫のようでもある。
「何を? もちろん戦車を走らせず、無線を降ろして使う方法よ」
こうしてはいられないと、彼女は早足で執務室に向かう。
やれやれと頭を掻いたアルフォンソが、後に続きながらその背中に問うた。
「後で、ちゃんと説明してくれよ?」
「勿論!」
〔VK4501(P)〕――通称〔ポルシェタイガー〕。
最強の矛と盾を兼ね備えた「矛盾」の言葉すら超越する巨獣。
そしてまともに自走しない戦車の形をした鋼鉄の何か。
後に『イリッシュの戦い』と呼ばれる戦役で、大きな役割を担うことになるのは、ひとえに女神のひらめきによるものだった。




