12話 ハチロク初運転3
一部修正しました。
バケットシートの説明を追加しました。
「なるほど。そういうことだったのね」
「そうなのー!」
抱きついている仁美をよしよししながら遥かは話を聞いた。
内心では困ってる仁美もかわいいなどと思いながら、なるほど、さっき車のエンジン音がしてたのは仁美の家のハチロクだったのね、と一人頷いていた。
ハチロクのエンジン音は何件も先の遥かの家でも全然聞こえるのだ。
ちなみに、この住宅地は都市部から車で30分離れたところにあるので、一軒一軒の土地が広い。
だいたい100坪ずつあり、仁美の家も母佳澄が家庭菜園をしたり、父和仁の車の作業スペースとなっていた。
和仁が車の作業スペース欲しさに選んだようなものだ。
なので、遥の家は仁美の家の数件先といえどゆうに100m以上離れている。
一人で納得していると仁美が泣きついてくる。
「どうしよー、遥ー」
車のことになると熱くなるが普段は割と落ち着いた様子の仁美だが、突発の事態にはパニックになってしまう。
男性に比べ女性にその傾向は強い。
教習所でナンパされたときも遥と男たちのやり取りに、仁美はオロオロしていた。
遥はふむと少し考え仁美の肩に手を置き話かける。
「つまり、仁美はハチロクに乗る練習をしたいけど、排気音が近所迷惑になるから出来なくて困ってるのね?」
「うん、そう!」
涙目で頷く仁美。
うるうるしながら見つめてくる仁美に少し頬を赤らめながらやっぱり仁美かわいい、いやそうじゃなくてと内心の葛藤を押し殺して仁美に解決策を提案する。
「じゃあ、先に謝りに行こう」
「え、それで大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫!ほらいこっ」
仁美の手を引っ張ってすぐ隣の家のインターホンを押す。
「ほら、仁美」
「あ、うん」
遥に背中を押され前に出る仁美。
「はーい」
インターホンから返事がある。
「あ、こんにちは。隣の水島ですけど」
「あら、仁美ちゃん。ちょっとまってね」
すぐにお隣に住む太田さんが出てくる。
ご近所さんなので仁美と遥は小さいころからの顔見知りだ。
「あら、遥ちゃんも一緒なの。二人とも美人さんになったわねー」
「お久しぶりです」
遥が先に挨拶し、仁美が続ける。
「すいません、先ほどから車でうるさくしてしまって」
申し訳なさそうに言う仁美。
「全然だいじょーぶよー。そうー。仁美ちゃん免許取ったのねー。そっかー。」
一人でうなずく太田さん。
「それで、この後もうるさくするかもなんですが・・・」
仁美は心苦しくもきちんと伝えなくてはとの思いで伝える。
「あ、全然だいじょーぶよー。あの車だものねー。」
うんうんうなずく太田さん。
昔から父和仁もハチロクでことあるごとにご挨拶にいっており、また母佳澄とも井戸端会議する仲だ。
和仁の葬式にも来てくれており、事情を察した様子の太田さんだった。
「本当にすいません」
「いいのいいの。大変だと思うけどがんばってね!」
「「ありがとうございす!」」
仁美と遥が二人でお礼を言う。
手を振りながら玄関に入っていく太田さん。
「ほら、大丈夫だってでしょ?」
「うーん、お隣の太田さんは理解あるから・・・」
昔はバイクに乗っていたというのを聞いたことがある。
「大丈夫、ほら次々行くよ!」
「う、うん」
仁美は遥に背中を押されながらご近所へご挨拶周りをしていったのであった。
結果として皆太田さんと同じような反応だった。
水島家が良好なご近所付き合いをしてきた結果だった。
自治会や町内清掃には積極的に参加し、和仁も車でいつもご迷惑をかけていないか聞いて廻っていた。
改造車に乗るにはご近所からの理解が必要なのだ。
それを怠るとご近所トラブル一直線なのである。
ハチロクまで戻ってきた仁美は一息つき遥にお礼を言う。
「ふー、ありがとうね、遥」
「ううん、全然いいよ。仁美のためだからねー」
仁美の役に立てて満足気な遥だった。
「もう一つお願いがあるんだけど・・・」
仁美が申し訳なさそうに言う。
「いいよ!」
「まだ何も言ってないよ!?」
食い気味に返事した遥に突っ込む仁美。
その後、ふふふっと二人して笑いあう。
「ハチロクの練習付き合って?助手席に乗ってて欲しいの」
「おっけー。じゃあすぐやろう」
仁美が改めてお願いすると、遥はすぐに行動に移す。
ハチロクの助手席側へ廻った。
仁美は運転席へ行かず一緒に助手席側に来るのを遥は不思議そうに見て疑問を投げかける。
「仁美が運転するんじゃないの?」
「うん。鍵開けに来ただけ」
「あ、ハチロクは集中ロックじゃないんだっけ」
と、思い出して言う遥。
仁美が助手席の鍵を開け、遥のためにドアを開ける。
「どうぞ、お姫様」
「あら、ありがとう」
執事のように振る舞う仁美にお姫様のように振る舞い乗り込む遥。
二人で笑いあい、その後仁美がドアを閉める。
(わっ、思った以上に低い!)
遥が助手席に座って思う。
ハチロクどころかスポーツカーに乗るのも初めてだった。
さらにハチロクの車高は車検ギリギリの高さだ。
シートはセミバケ(セミバケットシート)で、サイド部が立っていないものなので乗り降りはし易い形ではある。
バケットシートとはFRPやカーボンなどで軽量化され、ノーマルシートより人が座ったときのホールド性能を上げたものだ。
スポーツ走行をする場合、横Gで座っている位置つまりは腰の位置がずれてしまうのだ。
背もたれが倒れるものをセミバケットシート、背もたれが倒れないものをフルバケットシートという。
それぞれセミバケ、フルバケと略される。
フルバケのほうが座面と背もたれが一体化されているのでホールド性が高い。
このハチロクは運転席もセミバケだった。
仁美の父和仁はリクライニングのできる利便性の良いセミバケにしたのだった。
運転席側もセミバケだがサイドが立っていて、さらにロールバーがあるので乗り降りはしづらい。
サイド部があるとないとではドライビング時のホールドが全く違う。
ロールバーをよけながら、シートのサイド部を腰を浮かせて乗るかんじだ。
決して短いスカートで乗ってはいけない。
もちろん仁美はパンツスタイルだ。
遥はロングスカートではあるが、助手席だし運転しないので問題ない。
運転席に乗り込んだ、まさしく座るではなく乗り込んだ仁美が言う。
「暑かったら窓開けて」
「分かったー」
仁美に言われ返事をしたものの、遥はドアの取っ手周りを探りきょろきょろする。
「あれ?窓のスイッチがないよ?」
「あ、そのハンドルがそうだよ」
「ハンドル!?」
遥は驚いた。
最近の車しか乗ったことがなく、パワーウィンドウスイッチがあるのが当たり前だと思っていたからだ。
ハンドルを回してウィンドウを開けようとする遥。
「廻しづらい」
ロールバーがダッシュボードをよけて走っているため、ハンドルを廻すとロールバーに隠れてしまうのだ。
そのため、ハンドルの取っ手をもってぐるぐる廻すことができず、仕方なくハンドルを半回転ずつ廻す遥だった。
その様子を見てごめんねー、と言いながら自分も半回転ずつハンドルを廻してウィンドウを開ける仁美。
そしてエンジンをかける。
キュルル、ドルゥーン!とスターター音の後にエンジンがかかる。
「おー」
遥が声を上げる。
初めてスポーツカー、はじめてのハチロクである。
「思った以上に音や振動があるのねー」
「ふふっ、そうでしょう」
別に褒められてるわけでもないのに自慢げな仁美。
そんな仁美を可笑しそうに見つめる遥だった。
普通のノーマルスポーツカーだとここまで音や振動はしない。
吸排気パーツを変更しているし、エンジンチューンやECUセッティングもしてある。
さらに、軽量化でアンダーコート(防音材)を剥いでいるのも大きい。
「じゃあ、運転に集中すると周囲の確認がおろそかになっちゃうから、遥は周囲の確認お願い」
「おっけー」
ギヤを先ほど同様力を入れてRに入れる。
ガコっ!と音がしてギヤが入る。
「!?大丈夫なの?」
あまりの音に遥が訪ねる。
「うーん、あんまりよくないかも。パパはこんな音ほとんどさせてなかったし」
心配そうになる遥を傍目に仁美は後方確認する。
それから足元に集中、クラッチを慎重に半分つなぎながらアクセルを小刻みに踏む。
ブォッブォッブォッという排気音を聞いて、さっき家にいたときにも聞こえてきたと思い仁美に質問する。
「アクセルそんな踏まなきゃだめなの?」
「そうなのー!すぐエンストしちゃうの!」
語気強めな仁美が返答する。
よほど先ほどのことがショックだったと見える。
「はい、後方大丈夫。左右からも何も来てないよー」
「ありがとー!」
遥が後方を再確認し、仁美がお礼をいいながら首だけ振り向いて両手でステアリングを握り少しずつバックさせる仁美。
運転席の男性が左手を助手席に回して後ろを振り返り片手でステアリングを廻すという姿を、遥はちょっと仁美に期待したのだがそうでなくて残念に思う。
仁美は道路に車が半分ほど出たところでステアリングを切ろうとする。
「うーん!」
「え!?」
隣から見ててびっくりするくらい力を入れてステアリングを廻す仁美。
そしてがくんっ!とエンストした。
「ほらねっ!すぐエンストするの!」
なかばやけっぱちのように言いながら涙目になる仁美。
「エンストもそうだけど、そんなにハンドル重いの?」
「そーなの!」
ぶんぶんと首を縦に振る仁美。
確かにこれは大変だー、と他人事ながら思う遥だった。
「ステアリングが重くてさっきも後ろ曲がり切れなかったの!」
すでにテンパり気味な仁美に、遥は落ち着かせるように言う。
「まあまあ、落ち着いて。じゃあ、ここで止まってる間にハンドル切ってからバックすればいいんじゃない?」
「あ、なるほど!さすが遥!」
仁美に褒められて嬉しいが顔には出さないようにする遥だった。
ステアリングが重すぎてバックするのに間に合わないなら、最初からステアリングを切っておけばよいという話だ。
もちろん、最初からそれをやるとフロント部分が駐車場の壁面にあたってしまうので、車体が半分ほどでている今だからできるというわけだ。
ちなみに遥はハンドル、仁美はステアリング呼びだ。
仁美は父和仁の影響による。
スポーツドライビングを趣味にする者ならハンドルをステアリング呼びするのだ。
再度エンジンをかけ、バックする前にステアリングを切ろうとする。
「うーーん!何これ!?さっきよりも重い!?」
「そうなの!?」
「あーなるほど、動摩擦係数と静摩擦係数の違いか」
理系の仁美が一人で驚き一人で納得する。
物体を静止した状態のときに押すのと、すでに動いている状態のものを押すのでは必要な力が全然違うのだ。
すでに動き出したものを押すほうが力が少なくて済む。
これは止まっているときと動いているときの摩擦力の違いによるものだ。
つまり、車が止まっている状態でステアリングを廻しタイヤの向きを変えるのは、車が動き出した時よりも力が必要ということだ。
過酷な受験戦争を戦い抜いた遥もなるほどとうなずく。
うんしょ、うんしょとステアリングを廻す姿見て、そんな仁美もかわいいと思うぶれない遥だった。
「はい、周辺車影なし。オールグリーンです」
周囲を確認して遥が仁美に告げる。
「了解。発進します」
オペレーターと操縦者ごっこをする二人。
笑いながらも仁美は真剣だ。
エンジンを再度かけながらステアリングを切ったままバックする。
今度はステアリングはすでに切ってあり、クラッチとアクセルに集中できやっとのことで道路に出れた。
「やっと出れたー!」
「おめでとー、仁美。でもまだバックしただけだから。前に進まないと、ね?」
「うん、そうだよねー」
一瞬喜んだものの、遥の言葉にちょっと遠い目になる仁美だった。
Appendix
初運転と言いつつ、まだバックしかできてません。(苦笑)
まあ、それだけ大変だということが伝わっていただけたら幸いです。
本当に、30分も運転すると結構疲れます。
若いころはそうでもなかったですけど、年齢を感じますねー。
もし、少しでもこの大変さをわかりたいという方がいらっしゃいましたら(いらっしゃらないと思いますが)、レンタルカートで30分ほど走り続けてみるといいと思います。
どっと疲れますので。
ハチロクの比ではなくカートのほうが疲れます。
遊園地のゴーカートではなく、ちゃんとしたレーシングカートのレンタルのほうですね。
レーシングカートはサスペンションもゴムブッシュもありませんし、もちろんパワステなんてものもありませんから、路面からの入力がダイレクトに人体にアタックします。
大げさな、と言われるかもしれませんが本当にレースをするくらいのカートになると下手をすると肋骨折ります。
なにせ125ccカートとかになると120Km以上出ますからね。
その体感速度は300Kmともいわれます。
昔F1レーサーがオフシーズン中遊びで乗ったカートで肋骨折って、オープニング戦出場できなくなってニュースになったことすらありますから。
まあ、レンタルカートは50ccとか4st100ccだとかですけどね。
2stと4stの違いは作中に書けたらと思います。
そしてあまりにステアリングを握りしめるので握力がなくなるくらい手がつかれます。
ぜひ、30分耐久カートをお勧めします。(笑)
いかに現代の自動車が振動を減らし乗り心地を向上させているかの違いがきっと分かると思いますので。
昔の職場ではよくカート大会とかありましたねー。
同期に体当たりして曲がったりねー。
リアルマリオカートですよねー。
めっちゃ怒られましたけどねー。(苦笑)
先輩が所有していた125ccカートも乗りましたよ。
ちょっと小雨が降ってたので1,2コーナーをつなげて流した時は最高に気持ちよかったです。
あ、ちなみにカートでは全コーナーカウンターを当てて走ってます。(笑)
といっても、カート出身の方のほうが全然速いんですけどね。
カートはカートで普通の車とは違う走らせ方があるんですよね。
まあ、そこまで詳しいわけでもありませんが。
何か流れでカートの話をしてしまいました。(苦笑)
カートからトラックまで乗れる筆者が書く当作品を次回もよろしくお願い致します。




