11話 ハチロク初運転2
シンクロに関する記述を修正しました。
今日は休みの日なので遥は家でくつろいでいた。
そのくつろぎタイムが終了したのは仁美からの連絡が入ったからだ。
いつもはメッセージアプリでやり取りしているので直接連絡が来るのは珍しく、直接仁美の声を聴けるのは遥にとって嬉しいことだった。
かといって、迷惑にならないように自分から仁美に連絡することはかなり控えているのだが。
嬉しさに頬を緩めながらも連絡に出る。
「はい、もしもし。仁美どうしたの?」
しかし、連絡がつながるなり仁美の一言によって遥の気分は吹き飛ぶ。
「遥!助けて!家にいるからすぐに来てほしいの!」
「!?分かった!すぐ行く!!」
遥は理由も聞かず二つ返事ですぐさま部屋を出て家を飛び出す。
ご近所さんなので、仁美の家は目と鼻の先だ。
まさに取るものも取り敢えず駆けつけたのだ。
すぐに仁美の姿を見つけた。
駐車場のハチロクの前にいる。
遥の姿を見つけるなり半べそになりながら抱き着く仁美。
遥はどぎまぎしながらも驚きを隠せず仁美に尋ねる。
「どうしたの仁美!?いったい何があったの!?」
「ハチロクが・・・」
「ハチロクがどうしたの?」
故障でもしたのだろうか?なにせ古い車だからと思った遥に仁美が続ける。
「ハチロクが運転できないのー!」
「は?運転できない?」
遥の頭にはてなマークが浮かぶ。
「そうなの!運転できないの!」
「壊れたとか動かないとかじゃなくて?」
「そう、全然思った通り運転できないの!」
「え?だって教習所だって一発合格だったじゃない」
「そうなんだけど、全然違うの。教習車と全く同じように運転できないの」
ちょっとずつ落ち着いてきた仁美が答える。
「え?だって同じMT車でしょう?」
「MT車は同じでも全く違ったの!」
またも感情が高ぶってくる仁美。
「まあまあ、落ち着いて。どういうことかもうちょっと詳しく教えて。ね?」
なだめるように遥が言うと仁美はぽつぽつと説明を始めた。
「あのね・・・」
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時は30分前に遡る。
父和仁のハチロクの運転席に座った仁美はキーシリンダーにイグニッションキーを差し込み、エンジンをかけるためにキーを廻す。
顔はだんだんにやけてくる。
これからパパのハチロクを運転するんだ!と、仁美の高揚した気分は最高潮に達しようとしていた。
キュルルとスターターの作動音がした瞬間にアクセルをちょっと踏み込む。
するとすぐさまドゥルーン!とエンジンが一発始動する。
いつものエンジン始動のための一連の動作だ。
仁美はふふふと、にやけ顔が止まらない。
車は駐車場に対して前止めしてあるのでバックして出る必要がある。
車に乗る前の確認はしてあり、後ろを振り返りしっかりと後方確認を行う。
では!とギヤをバックにいれるためクラッチを踏み込む。
「あ、クラッチが固い?というか重い?」
父和仁のハチロクには強化クラッチが入っており、一般車のクラッチより重いのだ。
「これがパパの言ってた強化クラッチ?」
和仁より一通りハチロクのことを聞いている仁美だった。
「でも、まあこれくらいなら大丈夫!」
自信満々の仁美だ。
教習所でもストレート合格だった仁美。
実際にハチロクの強化クラッチはシングルプレートで、ダブル、トリプルプレートの強化クラッチよりは軽い。
慣れさえすれば問題はないはずだった。
そして、いざバックギヤに入れようとしたその時、
「ガガっ!」
と音が鳴りギヤが入らなかった。
というより、ギヤがはじかれた感じだ。
「あれ?」
思わず声が出る仁美。
だがまだ慌てない。
「確かパパもたまにギヤがこんな風に音が鳴るときがあって、ギヤの入りが悪いって言ってたっけ」
ハチロクほどの古い車となると、シンクロと呼ばれる回転数のずれを吸収する部品が摩耗していてギヤが入りずらくなるのだ。
あまりにひどい場合はミッションオーバーホールにて部品を交換するしかない。
仁美はもう一度、教習所でやった通りクラッチを踏みつつギヤをバックに入れようとする。
「ガガガっ!」
またもやギヤがはじかれる。
「あれー?もっと強くギヤをいれなきゃダメなのかな?」
仁美はそのように考え、今度は力を入れてNからバックギヤに押し込むように入れる。
「ガコっ!」
大きな音がしてやっとギヤが入る。
「やった!でも、パパが運転するときこんな大きな音でたっけ?」
ギヤが入ったものの、何か納得がいかない仁美。
それでもこれでやっとハチロクがバックできると、教習所で習った通り後ろをしっかりと肩ごと振り返って半クラッチにしようとちょっとずつクラッチをつなぐ。
すると、がくん!といった衝撃とともにエンジンが止まった。
「あ!?エンストしちゃった!?」
教習所でもエンストをしたことがなかった仁美だ。
生まれて初めてのエンストだった。
「うーん?やっぱり教習所の車とは違うってことね。強化クラッチだしね」
先ほどから独り言が止まらない仁美。
父和仁も車に乗ると独り言が多かった。
仁美が一緒に乗っているときは和仁の独り言にも仁美が返事を返していたので、はたから見ればちゃんと会話になっているように見えただろうが。
そんな和仁の影響を受け、仁美も一人になるとどうしても口から出てしまうのであった。
ただ、他人がいるときはそんなことはないので、この独り言の癖を知るものは多くはない。
今度はより慎重に半クラッチを踏む。
それと同時にアクセル踏むが、エンジンがブォーンと大きな音を立て慌ててクラッチとアクセル戻す。
仁美はエンジン回転数の急激な上昇に慌てた。
これでは近所迷惑になっちゃうと仁美は焦る。
父和仁のハチロクは一般車とは違いチューニングカーである。
エンジンメカチューンに吸気、排気、さらにはフルコン(フルコンピューター)も入っている。
ECUセッティングには大きく分けて3通りある。
純正ECUを書き換える(ROMチューン)方法と純正ECUにサブコン(サブコンピューター)をつける方法と、ECUを社外ECU(フルコン:フルコンピューター)に交換する方法である。
純正ECU書き換えやサブコンよりフルコンのほうがより幅広いセッティングが可能だ。
エンジンまでいじってる車ならフルコンを入れる。
さらには軽量フライホイールも入っている。
フライホイールとはエンジンの回転を維持しようとする部品のことだ。
この部品のおかげで通常のMT車はゆるやかに回転数が下がるようになる。
しかし、逆に言えば回転数上昇に関しては重りになる。
なので、エンジンのレスポンスを上げるのが軽量フライホイールなのである。
「こんなにエンジンの回転数が上がるの早いんだ」
その回転数上昇のレスポンスの良さ、教習所の車とのあまりの違いに面食らう仁美だった。
だが反面、エンジン回転数がすぐに落ちるようになるのでギヤチェンジのタイミングが難しくなったり、エンストを起こしやすくなったりする。
さらにはこのハチロクにはハイカムが入っている。
ハイカムとはカムシャフトのバルブを押すカムの山形状が大きくなったもののことだ。
カムをハイカムにすることでバルブを開ける量を大きくでき、エンジン燃焼室に入れる空気量を
増やすことができる。
エンジンはガソリンと空気の混合気を燃焼室で燃やしその爆発力でピストンを上下運動させる。
爆発力を上げれば上げるほど出力があがるわけだ。
爆発力を上げるためには混合気を増やせばよく、混合気を増やすためには空気量を増やせばいい。
しかし、ハイカムにもデメリットがあり低回転域のトルクが下がってしまう。
トルクとは回転する力のこと。
簡単に言うならトルクは加速力、出力は最高速と考えれば良い。
このデメリットの理由は低回転時の空気量が増えすぎてしまうからだ。
低回転域と高回転域では必要な空気量が違う。
より回転数を回そうと高回転に合わせた空気量を入れるためのハイカムでは低回転域に合わないのだ。
強化クラッチにハイカム、軽量フライホイールが合わさり、一般の車と比べとても発進することが難しくなっているのがこのハチロクなのだ。
仁美は父和仁からこの話は聞いていた。
しかし、教習所の車であまりにも上手くできたのでハチロクも上手く運転できると過信していたのだ。
それでもやる気を失わない仁美。
もう一度しっかり後方確認し、今度はクラッチもアクセルも慎重に慎重に踏む。
それでもブォーー!とエンジン回転数が上がりすぎてしまうため、アクセルを小刻みに踏む。
ブォッブォッブォッと排気音をさせながら慎重に半クラッチにしていくとちょっとずつ動き出した。
「やった!」
やっと動き出したハチロクに喜びの声を出す仁美。
「でもパパが運転するときこんなアクセルの踏み方はしてなかった」
和仁はそれこそアクセルやクラッチをミリ単位で操作していたのだ。
今の仁美にはそれほどの操作は全くの無理だった。
後ろを肩ごと振り向いた状態で、そのまま駐車場から道路にそろそろと出てステアリングを切ろうとする。
「重い!?」
ステアリングがあまりに重すぎて思わず足が緩みがくん!とエンストする。
それと同時に慌ててブレーキを踏む。
父和仁のハチロクはパワステがついていない。
もともとGTーAPEXという最上級グレードだったので、パワステもパワーウインドウもついていたのだが和仁が外している。
しかし、パワステは単純にパワステベルトを外しているのではなく、GTVというグレードのパワステなし専用のステアリングギヤボックスを使用しているので、パワステベルトを外すよりはステアリングが軽くはなってはいる。
それでも重いものは重い。
女性である仁美にとってはかなりの重さだ。
片手では絶対に無理だ。
仁美が女性だからではなく、男性でもよほど筋肉ムキムキでもない限り無理なほどだ。
教習車ではそれこそ片手でステアリングを廻せていた仁美だ。
あまりの重さに驚愕の表情となる仁美。
もう一度エンジンをかける。
再度エンストしないように慎重に、後ろを首だけ向けて確認しながら重いステアリングを両手で廻す。
しかし、ステアリングが重すぎてそちらに気を取られまたもやエンストする。
今度こそとまたもやエンジンをかけてバックしようとする。
なんとかエンストさせずに後退するも、重すぎてステアリングを切り切れず道路反対側の壁にぶつかりそうになり、またもや慌ててブレーキを踏む。
ここで、ずっとエンジンをかけたりかけっぱなしなことに仁美は気づいた。
「ご近所迷惑になっちゃう!」
ハチロクの排気音が近所迷惑になると思い、駐車場に戻すため慌ててギヤを1速に入れる。
バックギヤとは違い今度はすんなり入った。
慎重にクラッチとアクセルを操作し、ハチロクを前進させ元の位置に何とか戻す。
そしてすぐさまエンジンを切った。
このままでは近所迷惑になるのでハチロクを動かせない。
「どうしよう!?」
テンパりながら半べそになる仁美。
そこでスマホを取り出し遥にすぐに連絡したのだった。
Appendix
やっとハチロク運転?できました。
動かしただけとも言いますね。(苦笑)
少しはチューニングカーというものの難しさが伝わりましたでしょうか?
この前もタイヤ屋さんに私のハチロクを持って行ったときも、おっちゃんがハチロクを作業場まで持って行くとき5回エンストしてました。
それもすんごい回転数上げて。
なんか私が恥ずかしかったです。
あと、クラッチ減るからやめてーと。(苦笑)
先日もディーラーに行ったときに、サービス出身のディーラーマンにエンストするから気を付けてとハチロクのキーを渡したのですが、それでも2回エンストしてました。
私もハチロクを購入したとき、発進にがっくんがっくんしましたし、ステアリングが重すぎて最初の曲がり角を曲がり切れませんでした。
それほどな車なのですよ。
あこがれだけでは乗れないのです。
実際に当時ハチロクを求めて中古車屋さんを回っていた時に、ハチロクを何台も売っているオーナーさんが言ってました。
「若い子がよくハチロク買いに来るようになったけど、お勧めしないと言ってるんですよ」
まさに、維持の難しさ運転の難しさを言っていたんですね。
維持することの難しさは今後書いていけたらなと思います。
ハチロクの現実と真実を描く当作品を次回もよろしくお願い致します。




