10話 ハチロク初運転1
この物語はフィクションです。
実際の情報と多々違うところがあります。
ご注意ください。
誤字修正しました。
免許が交付された仁美は家に帰ると母佳澄にひけらかすように見せる。
「ママ!免許取れたよ!」
佳澄も愛娘が子供のように喜ぶ姿に顔を綻ばせる。
「よかったじゃない!早かったわね!」
「うん!パパにいろいろ教えてもらってたから全然大丈夫だったよ!これでハチロクに乗れるね!」
興奮美味に仁美が答える。
その姿を見て佳澄は思う。
(あの人が亡くなってまだ何か月も経ってないけど、仁美がこれだけ元気になったのはやはりあの車のおかげなのね)
ハチロクに仁美が乗ることにあまり肯定的でない佳澄は、それでもハチロクが今の仁美に必要なものだということを再確認するのだった。
「じゃあ、今すぐハチロク乗ってみるね!」
今すぐにでもハチロクの鍵をもって飛び出そうとする仁美を佳澄は止まらせようとする。
「ちょっと待ちなさい。もう今日は日も暮れるから明日にしなさいな」
「えー、ちょっと動かすだけだから」
「だーめ。明日休みなんでしょう?だったら明日にしなさい」
「はーい」
返事をしながらもすねている様子の仁美を見て、大学生になって少しは大人っぽくなったと思っていたがまだまだ子供っぽい我が子に、やれやれと肩をすくめる佳澄だった。
次の日、仁美は朝一からだとエンジン音が近所迷惑になるため昼前まで待ってハチロクに乗ることにした。
父和仁もハチロクのエンジン音にはとても気を使っていた。
朝ハチロクで出かけるときは暖機運転をせずに出発していた。
しかし、ハチロクはエンジンはメカチューンが施されているので暖機運転は必須だった。
メカチューンとはエンジン本体をチューニングすることである。
エンジンの部品である、クランク、コンロッド、ピストン、カムシャフト、シリンダーブロック、ヘッドなどエンジン内部の部品を改造部品に交換したり加工したりすることを示す。
これとは別にターボ車の場合、ターボ周辺のチューニング、ブーストアップやタービン交換、インタークラー交換などすることをターボチューンと言う。
メカチューンはエンジンを降ろしてばらさなければならないが(エンジンを割る、あけるとか言う。シリンダーブロックとクランクが乗るブロック、つまり腰下を分けることからこう言われる)、ターボチューンはエンジンを降ろさずにターボ周りを変更するだけでエンジン出力を上げれるので手間と費用が抑えられ、出力向上を目的としたチューニングカーにはターボ車が多かった。
もちろん両者ともECUセッティング(燃調:混合気の空気と燃料の割合を調整すること)が必要だが。
しかし、ターボ車はタービン圧力が上がるまでターボの加速が得られないというターボラグというものがあり、ノンターボ車(NA)の自然な吹け上がりを好むユーザーも結構数いる。
ターボチューンはエンジンはノーマルのことが多く、暖機運転は普通の乗用車同様にほとんど不要のことが多い。
しかしメカチューンは出力向上を考えてエンジン内部まで改造しているということは、耐久性まで考えて作られた純正部品のエンジンよりも耐久性が落ち、寿命が短くなるということである。
そのため、メカチューンされた車は暖機運転が必須なのだ。
エンジンは摩耗する。
ピストンリングとシリンダー、クランクシャフトと軸受けであるメタルなどお互いを削っていっているのだ。
もちろん摩耗を抑制するためにエンジンオイルがあるわけだが、エンジンオイルは冷えていると固くその性能を発揮できない。
オイルを温めてやわらかくしてやらないと摩擦の軽減効果が得られないわけだ。
また、逆にオイルの温度を上げすぎるとこんどはしゃばしゃばになり、これも効果が得られない。
温度は低くても高くても駄目なのだ。
だからこそ油温、油圧管理は大事なのである。
社外メーターできっちり油温、油圧、そして水温もしっかり管理してやる必要がある。
純正では普通はついていないからだ。
純正はそんな管理をしなくても大丈夫なように耐久性も寿命も考えられているので問題はないのだ。
仁美の父和仁のハチロクも社外メーターがついている。
それにもかかわらず暖機運転をしないのは、代わりに発進後水温、油温が上がるまで低回転で走り続けるのである。
ギヤも5速まで一気に上げて走る。
暖機運転よりもエンジンに負荷はかかるが、暖機して止まっているよりも燃費は良くなる。
さらに、帰ってくるときは住宅地入口からエンジンを切って家の駐車場まで戻ってくる。
傾斜になっているのでそのまま頭から駐車場に入れるのだ。
このように、ご近所に対してハチロクの騒音に大変気を付けていたのだ。
なので、仁美も父和仁がやっていたように騒音によるご近所への迷惑は最低限にするつもりだった。
ハチロクを前にカギを握りしめ仁美はひとりつぶやく。
「やっと、やっとパパのハチロクを自分で動かせる!」
教習所に通いながら何度かハチロクのエンジンはかけてきた。
だが、それだけだ。
ステアリングも動かさなければクラッチを踏むこともなく、もちろんギヤチェンジもしていない。
アクセルはエンジンをかけるときにちょっと踏んだ。
ロックのかかってないボンネットを開けキルスイッチをONにする。
ボンネットを閉めるのだが、昔のボンネットなので鉄製で重い。
今の車のボンネットは衝突安全性と軽量化が計られており、歩行者がぶつかってもボンネットがへこむようにできている。
なので、昔の車のボンネットは頑丈でボンネットを閉めるときはボンネットを降ろした後、体重をかけてロックしていたものだ。
これが衝突安全ボディが普及する前、いままでの癖でディーラーマンがお客さんの前で展示車のボンネットを閉めるとき体重をかけて閉めてしまい凹ませてしまった、という笑い話もある。
今の車のボンネットは軽く手で押してやるだけでロックするが、ハチロクの重いボンネットは閉めるとき手を離して自重だけでロックする。
仁美も手を離してガチャン!とボンネットを閉める。
改めて正面からハチロクを見る。
正式名称スプリンタートレノ。型式AE86で通称ハチロク。
兄弟車にカローラレビンがある。
このリトラがいいのよね、と仁美は思う。
今で採用されることはないリトラクタブルヘッドライト、通称リトラ、パカ目とも呼ばれる。
パカパカ開くからだ。
昔はヘッドライトの位置が規制されていたり、ライトの性能上の問題でライト形状に制約があったため、車高の低い車に採用されたのがリトラだった。
しかし、デメリットがあり部品点数が多く重量が重くなってしまう。
車両先端の重量増は車の回頭性を悪化させてしまっていた。
仁美は父和仁の言葉を思い出す。
「パパも最初はリトラなんて部品点数が多く重くなるだけでデメリットしかない思ってたんだけど、そのデザインとヘッドライトスイッチをONにしたときの少しタイムラグがあってガチャンと開くメカ感がいいんだよねー」
分かるような分からないような理由だった。
ふふふっと仁美は一人笑う。
しかし、ライトの性能が上がり形状の自由度が上がった現在ではリトラは絶滅している。
デメリットしかなくなったからだ。
しかし、父和仁が好んだという理由以外にも希少価値という点でも仁美は気に入っていた。
そして、今では型式がAE86でハチロクと呼ばれるのは周知のことだが、昔は86年式だからハチロクと勘違いしていた人がいたものだ。
某ド派手なカーアクションハリウッド映画のDVDの巻末にアメリカのドリフト大会のドキュメント映像が入っていたが、そのアメリカの出場者がハチロクのことを86年式だからと言っていたのは間違いの良い例だった。
エンジンはチューニングに適した今では採用されていない鋳鉄エンジンである4AGだ。
今ではアルミブロックが主流である。
鉄であるため加工するための耐久性が高かったわけだ。
逆に言えばそれだけ削る余地、無駄があったともいえる。
ハチロクは決して当時から速い車とは言われていなかった。
それでも発表当時は他社のスポーツカーとして競合できる車ではあったが、次々に高出力、高性能な車が開発され、世代交代を重ねるたびに性能としては埋もれていった。
しかし、これだけのハチロク人気を支えたのは漫画の影響だけではない。
それは、軽いFR車という例の少ないパッケージングと先に述べたエンジンなどの改造の余地、手軽さがユーザーに受けたということに他ならない。
そのユーザー人気を爆発的に広めたのが漫画だっただけという話だ。
まあ、そのせいで中古車価格の高騰を招いたのだが。
和仁のハチロクもパワステ、パワーウィンドウ、エアコン、リヤシート撤去(公認2名乗車)、アンダーコート除去などで車重は960Kgを切っている。
そして仁美は全体にハチロクを見渡す。
前期型の2ドアノッチバック、白黒ツートンカラー。
父和仁がこだわったのは2ドアノッチバックだ。
色も前期型というのもたまたまだど言っていた。
3ドアより2ドアのほうが重量が軽く、また剛性もあるからだ。
漫画の影響を除いても、デザイン的に3ドアのほうが人気は高かった。
トランクよりもハッチバックのほうが横から見たスタイルがかっこいいという人が大多数だったのだ。
そしてハッチバックのほうが荷物やタイヤが詰めて便利というのもある。
似たような例にシルエイティがある。
フロントがシルビアでリヤが180SXという車だ。
これも漫画で有名になった。
シルビアと180SXは兄弟車で中身が一緒だから、フェイススワップが可能だった。
シルビアがトランクで180SXがハッチバックだったのだ。
ほんの10年前まではそれでもまだ街中で見かけたものだが、この車も見なくなった。
しかし、シルエイティは人気だったがワンビアは不人気だったのだ。
フロントが180SX、リヤがシルビアなのがワンビアだった。
やはり、ハッチバックがスタイルでも利便性でも人気なのだ。
だけど、パパは剛性感があるほうが好きだって言ってたのよね。
だから2ドアのトランクのほうがよいのだと。
トランクなのでトランク部が箱形状となり剛性がハッチバックより高いのだ。
そしてAE86は古い車だけあり、その足回りはフロントストラットだがリヤはフォーシングという車軸懸架なのだ。
今のスポーツカーと言えば4輪が独立して懸架されている独立懸架だが、ハチロクの車軸懸架はトラックなどで用いられている強度が高く安価なことがメリットであるものの、左右のタイヤが直結されているためタイヤ挙動がもう反対側のタイヤに影響を与えてしまう。
要は走行性能が低いのだ。
しかし、フォーシングの強度、そしてその部品点数の少なさ、要はタイヤからボディまでにつながるまでリンクやゴムブッシュが独立懸架より少ないことこそが、タイヤの挙動をボディによりダイレクトに伝える。
そしてボディから手や足、腰を介してドライバーに伝えるのだ。
それこそが良いとパパは言ってたっけ、と仁美は回想する。
和仁はフォーミュラで走っていた経験がある。
入門フォーミュラで2年ほどサーキットを走っていた。
レース経験があると普通なら言うが、初戦でクラッシュしてレース活動は終了しレース経験としてはあるといっていいかわからない結果だったと苦笑いしながら仁美に語っていた。
しかし、2年フォーミュラ走っていた経験は和仁のドライビングスキルを各段に上げていた。
それこそフォーミュラでドリフトできるくらいに。
そしてその入門フォーミュラは走るのに必要なもの以外は全くついておらず、パイプフレームに極限まで下げられた車高、ゴムブッシュを用いないメタルブッシュリンク、まさに剛性の塊で車の挙動、路面の状況がタイヤを介して体全身にダイレクトに響くのだ。
その剛性感こそが和仁の理想だった。
和仁のハチロクは可能な限り軽くし、ロールバーやストラットバー、タワーバーを付け、軽さと剛性を求めたのだ。
より求めるならロールバーの溶接止めやボディのスポット増しなどあるが、それは予算がちょっとねー、とは和仁の言だ。
溶接するためにはボディをホワイトボディ、要は骨になるまで全部外さないとだめなのだ。
それはそれはお金がかかる。
部分的にスポット増しもすることはできるが、バランスを考えるならやはり全体的に行うべきだろう。
本当に車は上を求めたらきりがないくらいお金がかかる。
その人が望むものと金額とで妥協できる範囲で楽しむのが良いのだろう。
そんな父和仁がこだわったハチロクに仁美がいまから乗るわけだ。
仁美の胸は否応にも高鳴る。
仁美はドアをキーで開け運転席に乗り込むのであった。
Appendix
初運転と言っておきながらまだ運転できてません。
書いてて自分でびっくりです。(苦笑)
ですが、やっとハチロクについて少し書くことができました。
これでタイトル詐欺と呼ばれずにすむでしょうか?
いや、まだ足りませんよね。
もっと書いていきたいと思います。
まあ、メカ的なことはある程度書いたので今度はドライビング的なことですね。
さて、今回は改造車における騒音問題についてちょっと書こうと思います。
この問題は車をいじっている人にとって大事な問題です。
騒音はご近所トラブルに直結します。
場合によっては自治会案件です。
アパートなどの賃貸では自治会とかないでしょうが、逆にそのよう場がないからこそやり場のない怒りを直接ぶつけられることになります。
ええ、それはもう経験がありますとも。
1度と言わず2度3度。
若気の至りです。(苦笑)
それを大変反省しており、家族ができ、新居を構えてからはご近所へのご迷惑を最低限にする努力をしているわけです。
もちろん作中のハチロクは車検を問題なく通すことができる合法車両です。
いや、私のもそうですが。
というか作中のハチロクのモデルは私のですから。
ですが、合法と言っても排気音は一般車両の車よりもよほど大きいわけで。
中には車検通っているのになぜ文句を言われなければならないのか?なんてことを言っている人もいます。
そういう問題ではないのです。
周りの人にとってうるさいかうるさくないか、迷惑か迷惑じゃないのかが問題なのです。
はっきりいって、チューニングカーに乗るということは周りの迷惑になるということです。
うるさい車、派手な車は指を指されるのです。
周囲の注目を集めるのが好きという人もいると思います。
ですが、それは行き過ぎると暴走族と変わりありません。
さらに、改造内容によっては量販店やディーラーで整備や車検を受けられず、それはもう世間では肩身のせまい思いをします。
チューニングカーに乗るということはそういうことです。
覚悟が必要なのです。
チューニングカーに乗りたいと思う人、これから車をいじりたいという人に問います。
あなたはご近所トラブル解決に尽力できますか?
量販店やディーラーで整備や車検を断られてもその車に乗り続けられますか?
世間から指を指されてもその車を愛せますか?
それらの覚悟がある人がチューニングカーに乗り続けることができます。
ですが、そういうことに一切無頓着なかたも結構数いらっしゃいますが、あなたはそれらの人を見てどう思われますか?
まあ、チューニングカーの整備や車検はそれ専門のショップにおまかせすればいいんですけどね。
ですが、一般の方には敷居が高いんですよね。
そのあたりも少し作中で触れられたらと思います。
すいません、ちょっとこれからそういう車に乗りたい!って方を脅かしすぎたかもしれません。
それでも車は大変奥深く面白いものです。
いじるのも乗るのも。
それらの面白さを少しでもお伝えできたらと思っています。
そんな当作品ですが今後ともよろしくお願い致します。




