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6-37 広域殲滅魔術



 自衛隊とゾンビたちが交戦している防衛ライン。守られている陣地内では、前線に弾薬を運搬する支援兵たちや、傷ついた自衛官の救護に向かう衛生兵たちが、慌ただしく行き交っている。自衛隊の最高指揮官である総理大臣や閣僚たちは、首相官邸の地下にある危機管理センターに詰めており、そこから、各地に展開された自衛隊への指示伝達を行っていた。


 死者たち襲われているのは、永田町だけではないのだ――――。


 生き残った都民たちが立てこもっている各所の避難シェルターが、ゾンビたちに一斉同時に攻撃されているのである。敵軍の将である四条院キョウヤの警告通り、これは“決着”をつけるための飽和(ほうわ)攻撃だ。今起きている戦いとは、東京都民が生き残るための最後の戦いであり、負ければ都民の全滅という、恐るべき未来が待っている。


 通路に設営された大型テレビは、先ほどから点きっぱなしである。画面には、ヘリから撮影されている、東京都の俯瞰(ふかん)映像が流されている。暗い闇世に灯る、弱々しい光の集まり。そこに集った人々は、今こうしている時にも必死の抵抗を続けているのだ。生き残るためだ。劣勢で絶望的な状況に、くじけそうになる人々の気持ちを繋ぎ止めようと、レポーターが賢明に、希望を訴えかけている。だがその期待とは裏腹に、今にも潰えそうな光の数々をモニター越しに見て、イリアは苦々しい顔をしていた。


 手にしていた無線機のスイッチを入れる。

 戦線近くで待機している少年へ、祈るような気持ちで語りかけた。




 ◇◇◇




『状況は芳しくないよ、雨宮くん』


「……」


 自衛隊の防衛ラインのど真ん中。

 銃声と、悲鳴が響き渡る、人類劣勢の戦場。

 そこで雨宮ケイは、バリケードの土嚢に背を預けて座りこんでいた。

 肩には、鞘に収めた赤剣が寄りかかっている。

 そうして無線機を耳元に当てながら、黙ってイリアの言葉を聞いていた。


『官邸の最新情勢分析によれば、おそらく都民の7割が、すでにゾンビ化してしまっている。つまり敵の数は900万人近い大軍勢。対してこちらは、500万人の戦えない民間人だ。戦力になるのは、昨晩のうちに集められただけの、僅かな自衛官たち。だいたい4万人強だよ。900万人の死者たちを殺しきるだけの弾薬もなければ、人数も足りない。この戦いは、長く持たないだろう』


「だろうな」


 ケイはイリアの意見を肯定する。

 ふざけているわけでも、皮肉しているわけでもない。

 ただ、事実を認めているだけだ。

 構わずイリアは続けた。


『わかっていると思うけれど。死霊使い(ネクロマンサー)の魔術は凶悪だ。ただでさえボクたちは数の不利があるって言うのに、敵に殺された自衛官たちがゾンビに転化して、仲間に襲いかかるときている。刻々と、敵に寝返る者が生まれているような状況さ。この戦いは、保ってあと1時間と言ったところだろう。その後に残るのは……ボクたちの死体だけだ』


 イリアは確信を告げる。


『この状況を打破できるのは――――()()()だと思う』


「……」


『おそらく四条院キョウヤを倒せば、この死者の軍勢はコントロールを失って総崩れになる。この戦いの行方は、ボクたちが全滅する前に、相手の親玉を倒せるかどうかにかかっているわけだ。だが、かなりの強敵のはずだ。現にこうして、900万人以上の死体を遠隔制御しているなんて、もはや尋常じゃないよ。父親ほどではないだろうが、かなり危険な相手に間違いない。今、それを倒せるとしたら……』


企業国王(ドミネーター)を殺せる、この“赤剣”の力だけ。そう言いたいんだろう?」


『……ああ。君にはどうあっても、四条院キョウヤと戦ってもらうしかない。君と、その赤剣に、全東京都民の命が懸かっていると言って過言じゃない。1番キツい仕事を任せてしまって、悪いんだけどね』


「構わないさ。どのみち、オレはアイツに用がある。アデルを返してもらう必要があるからな」


 ケイは戦場の空を見上げた。

 星1つない、暗黒の空。

 マナの霧に覆われた、月すら見えない無慈悲な夜だ。


「ヤツは必ず、ここへ来るよ」


 ケイは確信を持って断じた。


「今はただ、向こうから出向いてくるのを待ってるのさ。アイツの居所はわからないし。数え切れないゾンビと戦いながら、広い東京全土を探し回るよりは、待つ方が現実的だ。だから、あれだけ挑発してやったんだ。プライドが高そうなヤツだったし、この剣が欲しいなら、乗り込んでくるだろう」


 ケイの言葉を聞いていたイリアは、嘆息を漏らす。

 そうしてから、告げてやった。


『……いつも君の機転には驚かされるんだけどね。どうやら、また君の予想通りのようだ。たった今、国会議事堂前。皇居の方角に展開していた、自衛隊の防衛ラインが突破されたという情報が入ってきた。どうやら“(かく)の違う敵”が攻めてきたらしい』


「噂をすれば。ようやく、おでましか」


 ケイは項垂れ、不敵な笑みを浮かべた。

 体力を温存するのは終わりである。その場で立ち上がり、剣の鞘を手に提げた。


「ジェシカ」


「聞いてたわよ……」


 少し離れた土嚢(どのう)の陰で、ケイと同じように座り込んでいた赤髪の少女が答える。

 ジェシカは呆れた顔をして、ケイを見上げていた。


「……四条院家に追われてるとは聞いてたけど。まさか、こんなとんでもない事情があったなんて。予想外がすぎるわよ。まあ、聞いてみれば、エリー先生がアンタみたいな下民に興味を持ったのも、今になっては納得と言うか。アンタがその剣で企業国王(ドミネーター)を半殺しにしたから、みんながアデルや剣を狙ってきてるってんでしょ? まったく、いまだに信じられない話しだわね」


「オレにも信じられない話しでさ。ごめんな。確信がなかったから、今まで話せなかった。それなのに、付いてきてくれた先でこんなことに巻き込んじゃってさ……本当に悪かったと思ってる」


「べ、別に……アンタだって、故郷がこんなふうに攻撃されるなんて、予想してなかったんでしょ? それをアンタのせいだなんて思ってないわよ」


 言いながらジェシカは、寂しげに目を細めて言った。


「それに……帝国に故郷が滅ぼされそうな人たちは、他人事に思えないし。こんな状況を見せられたら、もう放っておけないわよ」


 考えてみれば。クラーク姉妹も、帝国に故郷を奪われた過去を持っている。普段はあまり過去のことを口にしないが、ジェシカはそのことで、ずっと苦しんでいるに違いない。学園で、人間たちに馴染めずにいるのも、それが原因になっているのだと聞いていた。


 そんなジェシカだから、今まさに故郷を蹂躙(じゅうりん)されている東京都民に同情しているのだろう。1人の都民として、その気持ちがありがたくて、ケイはジェシカに礼を言った。


「ありがとう。……良いヤツだよな、ジェシカは」


「!」


「口は悪いけどさ」


 ジェシカは赤面して、ケイから目を逸らす。

 だが気を取り直し、杖を手にして、その場で立ち上がった。

 その目付きは鋭くて、戦う意思を覗かせている。


 2人で並び立ち、国会議事堂の方を見やった。


 ケイたちが今いるのは、国会図書館前の駐車場だ。そこに展開された、自衛隊の部隊の、真っ只中にいる。目的地である議事堂は、死者たちが(ひし)めく大きな道路を(へだ)てた先に見えていた。それを迂回して、防衛ラインの内側を通れば接敵せずに辿り着けるはずだが、そうしている時間が惜しい。


 隣のジェシカを見ずに、ケイは尋ねた。


「最短ルートで議事堂まで行きたい。ゾンビだらけの道路を突っ切るけど、ついてこれそう?」


「フン。誰に聞いてるのかしら。アタシはアンタの魔術の師匠で、天才魔導兵(ウィザード)よ?」


 ジェシカは、バリケードの向こうで蠢く、死者の大群へ向けて杖の先をかざした。

 集中を始め、脳内で大規模な現象理論(プログラム)を構築して(つづ)り始める。


「ぎじどーって、あの神殿みたいな建物まで行きたいんでしょ? 見てなさい。エリー先生の課題試験の時は、周りの被害を気にしなきゃいけなかったから、得意の魔術を思い切りぶっ放すことができなかったけど。今ここでなら、誰にも遠慮する必要ないわけよね?」


 ジェシカの頭部の周辺に、青白い光の文字が展開され始める。それは魔術を使う時に起きる自然現象だ。周囲の空間に現象理論(プログラム)を展開すると、それを構築する制御言語(ロゴス)が、光のエフェクトのように生じて視認できるのである。今回の魔術はかなり大規模で複雑であるためか、その光の文字の羅列は、ジェシカの背後へ、まるで翼のように展開して見えた。


 先ほどからブツブツと、ジェシカは詠唱(えいしょう)をしている。本来、魔術の発動に詠唱は不要だが、現象理論(プログラム)の構築を容易にするため、発動した時のイメージを口にすることがある。ジェシカの詠唱目的はそれだった。


「炎界の灼空(しゃっくう)()するは焦熱(しょうねつ)の星、彼の世から出でよ、常世、地平の遙かまで焼き尽くせ!」


 杖の先の虚空に、巨大な幾何学模様が生じる。魔法円だ。

 ジェシカは犬歯を覗かせ、不敵に笑んだ。


「広域殲滅(せんめつ)魔術――――灼熱彗星(メテオフレイム)!!」


 魔法円から、熱波と赤い閃光が迸る。遅れて、彗星(すいせい)を思わせる、(いびつ)で巨大な火球が()りだしてきた。火球は勢いよく魔法円から放たれ、進路に立ち塞がるゾンビ集団を根こそぎ焼き溶かしながら飛んだ。自衛隊の防衛ラインから離れた場所で地面に着弾し、そこで大爆発を起こして、火山の噴火のような爆煙を立ち上らせた。凄まじい地響きと熱波を周囲へ叩きつけ、業火はゾンビ軍団の姿を飲み込んで蒸発させていく。夜間に昼が訪れたような光で溢れた。


 少女が放った、超常の大火球の一撃は、目に付く限りの死者たちを焼き尽くしてしまった。火炎が夜空へ掻き消えた後に残されたのは、溶けただれてグツグツと煮立っている、道路だったアスファルトのスープである。自衛隊も、ケイも、驚異的なジェシカの魔術に驚愕してしまった。


「どうよ! 邪魔なヤツらは、あらかた蹴散らしてやったわ! すごい火力でしょ!」


 大魔術の発動は集中力が必要なため、疲れるのだろう。

 ゼエゼエと肩で息をしながら、ジェシカは得意気に胸を張って、ケイへ自慢する。


 ――――貴方の魔術の威力は“規格外”ですが、繊細な制御が苦手です。


 以前、エリーがジェシカのことをそう評していたことを思い出す。

 なるほど。その通りだと、今さらになって感心した。

 ケイは高熱で赤黒く(くすぶ)る道路を見渡し、残念そうにジェシカへ言った。


「たしかに敵はいなくなったけど、これじゃ通れないだろ」


「……あ」


 言われて気付いたのだろう。

 ジェシカは、ばつが悪そうに表情を歪めた。







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