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6-36 国会議事堂包囲網



 永田町に響き渡るサイレンの音。

 それは決戦の開幕を告げる大号令である。


 敵襲を意味する警報に呼応して、拠点内の自衛官たちが慌ただしく持ち場につく。有刺鉄線や土嚢、あるいは路上に自動車を並べて構築したバリケードの陰に身を隠し、そこから銃口を覗かせる。適切に配置された装甲車や戦車も戦闘態勢になり、迫撃砲も、防衛ラインの向こう側へ向け、照準を付けられる。


 サイレンが鳴り終わった後。

 訪れたのは夜の静寂である。

 虫の音が聞こえる、穏やかな暗黒。

 バリケードの先に広がる道路の暗がりの向こう。


 そこから――――やがて地鳴りが聞こえてくる。


 暗黒の彼方から滲み出てくる洪水(こうずい)のように、死者たちの大群が押し寄せてくるのが見えてきた。(わめ)くような奇声を発しながら、一斉に駆けてくる老若男女。元はいずれも都民たちである。その憐れな成れの果てたちは、バットや棒きれなどを手に、今は虐殺の限りを尽くそうとニヤけていた。


 その全てが、四条院キョウヤの魔術によって操られた怪物たちである。


「ひっ……!」


「うろたえるな!」


 青ざめ。怯み。思わず逃げ出そうとする自衛官の何人かを、指揮官が叱り飛ばす。地鳴りと粉塵を巻き上げて、暗黒から飛び出してきた死の軍勢を睨み付けながら、言った。


「この街にはまだ、多くの人々が取り残されている。誰もに家族がいる、子供がいる、かけがえのない友たちがいる。この街に生きる全ての愛すべき人々の未来は今、我々の双肩にかかっているのだ! たとえ相手が人ならざる怪物たちであっても、それを捨て置き、逃げたりなどしない!」


 指揮官は周囲の自衛官たちだけでなく、無線機越しに、全隊へ(げき)を飛ばした。


「いつだって、我々の後ろを守る者はいない! 我々は常に最前線であり、我々は最後の壁だ! 我々は“自衛隊”である! 国民を! 家族を! 弱き人々を守る盾となれ!」


 死の軍勢を目の当たりに、恐怖していた自衛官たちの目に、再び闘志が戻る。

 十分に敵軍勢を引き寄せたところで、指揮官は無線機へ(かじ)り付くような勢いで命じた。


発砲許可(オープンファイア)!!」


 その号令を以て、防衛戦のあちこちで眩い銃火が迸る。


 たちまち周囲は発砲音だらけとなり、銃弾の雨がゾンビ軍団を正面から穿(うが)った。それで多くは倒れ伏して動かなくなるが、痛みを感じない死者たちにとって、致命傷以外は軽症にすぎない。頭部を破壊されない限りは動き回り、銃弾を浴びせられようと怯みもせずに襲いかかってくるため、普通の人間を相手にするのとは、わけがちがった。


 それでも、自衛隊の防衛ラインは分厚く、絶え間ない弾幕によって、ゾンビたちの襲撃を抑え込むことに成功する。防衛ラインをギリギリで維持しつつ、ゾンビたちを返り討ちにしていった。


 だが、状況が一変する。


「銃だ! 銃を持ったゾンビがいるぞ!」


 誰か1人。気付いた自衛官が喚き始めた。


 間もなく、ゾンビ軍団のどこからともなく、幾重にも銃弾が飛来してくる。それに撃たれた自衛官たちの何人かが、血しぶきと悲鳴を上げて、その場で(うずくま)った。


「ウソだろ! あれ、俺たちと同じ自衛官たちじゃないかよ!」


 どこの部隊の所属か不明だが、死者たちの軍勢の中に、ゾンビと化した自衛官たちの姿が混じっていたのだ。おそらくは、どこかのシェルターの防衛をしていた者たちだろう。ゾンビたちと交戦し、敗れ、そして自らも死者たちの仲間入りをしていたらしい。生前に手にしていたのであろう突撃自動小銃(アサルトライフル)を乱発し、自衛隊の防衛戦へ、銃撃を仕掛けてきている。


 つまり敵陣営にも、遠距離武器を使用する部隊が登場したのである。


「くっ! 身を低くしろ!」


 敵が銃を使うとなると、途端に戦い辛くなる。自衛官たちは、遮蔽物に隠れながら敵を迎撃しなければならなくなった。そのため、防衛ラインに展開されていた弾幕は、必然的に薄くなってしまう。その隙を突くように、死者たちは遠慮なく防衛ラインを突破しようと、拠点へ駆け込んでくる。銃弾が飛び交う戦場は、近接戦闘も交えた乱闘のようになってしまった。そうして防衛網に空いた穴を、戦車や装甲車部隊が、賢明に塞ごうとした。砲撃や掃討射撃で援護する。


「まずい! このままでは突破されてしまう!」


「おい、見ろ! 航空支援だ!」


 黒い夜空の彼方から、戦闘機の編隊が現れた。

 近くの航空自衛隊基地から緊急発進してきた、F2支援戦闘機の部隊である。

 

 戦闘機は地上のゾンビ軍団に向かって、空対地ミサイルを放出し、戦闘地域の上空を過ぎ去っていく。それに少し遅れて、ミサイルはゾンビ軍団の頭上で大爆発を起こし、一気に大勢を巻き込んで焼き殺す。地響きと共に夜空を焦がす紅蓮の大火。それが周囲を明るく照らし始めた。姿がよく見えるようになった敵軍勢めがけて、自衛隊の迫撃砲の攻撃も始まる。範囲攻撃で大群を蹴散らすことにより、自衛隊とゾンビ軍団の攻防は、再び拮抗(きっこう)状態を取り戻した。


「――――なかなか自衛隊の連中もやるじゃないの」


 大槍に(また)がり、空を駆けていたレイヴンが呟く。

 銃火と炎が照らす暗黒の戦場を俯瞰(ふかん)しながら、感心していた。


 白石塔(タワー)の軍隊。その実力を、正直なところレイヴンは、過小評価していた。帝国よりも遙かに劣る科学技術と、軍備しかもたない自衛隊。とは言え、死者の軍勢に対して、レイヴンの想像以上に善戦している状況と言えた。


「そうは言っても、こうして上から見ていると、危うく感じる局面も多々あるな……。特に厄介なのは、四条院キョウヤの魔術。死亡感染型の現象理論(プログラム)の効果ってとこか」


 防衛ラインを守る自衛官たちは、今はまだ、順調にゾンビ軍団を迎撃しているように見えている。だが、誰1人として無傷というわけにはいかない。中には傷つき、倒れ、死亡してしまう者も散見された。


 問題なのは“死亡した自衛官”である。


 人々のゾンビ化の条件は「死亡状態になること」であり、そうなったが最後、ゾンビ軍団の仲間入りなのだ。死亡した自衛官はゾンビに転化し、周囲の自衛官に襲いかかっている。今しがたまで一緒に戦っていた味方が、いきなり理性のない敵と化すのだ。虚を突かれて殺される自衛官も多く。そうしてゾンビ化してしまう自衛官は、どんどん増えていくばかりだ。


「えっげつねー現象理論(プログラム)を編み出したことで。死んだ仲間が、次々とゾンビになって敵側へ寝返りかよ。ったく、最悪な魔術を使うもんだな、四条院キョウヤ。これじゃあ時間が経つにつれて、こっちの味方の数は減っていくのに、敵の数は増えてく一方じゃないの」


 この戦いは、自衛隊がいかに防衛ラインを長く維持し続けられるかにかかっているのだ。


「……こりゃ長引くとやばいか。魔術で死体を操ってる四条院キョウヤを殺すのが早いか。それとも、俺たちの全滅が先かの勝負で間違いない。相手は企業国王(ドミネーター)じゃないとは言え、腐っても四条院家。普通なら殺せるとは思えないが……切り札の雨宮ケイは、果たして信じて良いんだかね。こりゃあ本気で、今が逃げ時なのかもなあ」


 厄介そうにぼやくレイヴン。

 その目にふと、見覚えのある敵の姿が止まる。


「ん? あれは……」


 ゾンビ軍団の中に、大太刀を手に提げた巨体の怪物がいる。その肩には、和服姿の黒髪の少女が腰掛けていた。


 見間違いではない。

 昨晩、レイヴンが一戦を交えた上級魔導兵(ハイウィザード)。ユエ。

 そして彼女が使役する鬼の異常存在(ヘテロ)黒夜叉(くろやしゃ)である。


 ゾンビに紛れ、自衛隊の防衛ラインに近づいていく少女に気付き、レイヴンは背筋を寒くした。


 黒夜叉が手にしている大太刀は“虚薙(うろな)ぎ”と呼ばれる、旧文明の兵器。聖遺物(イノセンス)だ。戦場では相手の陣営ごと大地を薙ぎ払い、壊滅させると噂される武器。その威力は昨晩、警視庁ビルを一刀両断したり、レインボーブリッジを破壊してみせたことからも疑いようがない。そんなものを振るわれては、自衛隊の防衛ラインなど一瞬で崩壊してしまうだろう。そうなれば後は、拠点になだれ込んできたゾンビたちの好き放題である。敗北は確定となる。


「やばい! 今あそこで、あの大太刀を使われるのはヤバすぎる!」


 レイヴンは大慌てで、(またが)がっていた槍の進行方向をユエの方角へ向ける。黒夜叉が大太刀を振るう前に攻撃を仕掛け続け、攻撃を食い止めなければならない。今この戦場でそれができるのは、レイヴンしかいないのだ。間に合うように祈りながら、レイヴンは黒夜叉めがけて突撃を開始する。


 だが出だしが遅かった。

 もう間に合わない。


 黒夜叉は防衛ラインの近くで足を止め、腰だめに大太刀を構え終えている。


虚薙(うろな)ぎ!!」


 ユエが声を上げると、黒夜叉は大太刀を容赦なく横薙ぎに振る。そうして、凶悪な破壊力を伴う真空刃が発生し、自衛隊の陣地へ飛来した。


「――――幻鉄の鎧(アイゼンガード)!」


「!」


 だが、少女の声が聞こえた。

 次の瞬間だった。自衛官たちの身体や、土嚢(どのう)のバリケードが、青白い薄光を放ち始めたのである。


 黒夜叉の放った真空刃は、自衛隊の陣地を直撃する。だがそれによって傷つく者はなく。バリケードも無事だった。ただ強烈な突風が吹き付けたような状況となり、自衛官たちは不思議そうな顔をしていた。


 防衛ラインが破壊されなかった様を確認し、レイヴンは安堵の笑みをこぼしてしまう。


「こ、こりゃあすごい。これだけ大勢を同時に強化する魔術だってのか……?!」


 防御の魔術で自衛隊を守った少女。

 赤髪ボブカットの、気の弱そうなメガネっ子である。たしか、ケイが連れてきた魔人(ドワーフ)族。エマとか言う名前だった。


「おっと!」


 地上のゾンビ自衛官が、頭上でボンヤリ滞空してしまっていたレイヴンに向けて発砲してくる。油断しているところを攻撃され、レイヴンは慌てて回避運動を行う。


風束の壁(ウインドベール)!」


 再びエマの声が聞こえた。すると、銃弾を避け損ねそうになっていたレイヴンの周囲に、木枯らしのような突風が吹き荒れる。風の壁に軌道を歪められた銃弾は、あらぬ方角へ飛んでいってしまう。その間にレイヴンは空中を移動して、難を逃れた。


「サンキューな!」


 レイヴンが上空から声をかけると、エマは気恥ずかしそうに照れていた。機人(エルフ)族と同様、魔人(ドワーフ)族も、アークでは人里で滅多にお目に掛からない種族だ。魔人(ドワーフ)族に会うのは、レイヴンにとっても初めてのことである。


「まったく。ぶったまげるな、あのチビっ子。さっすが魔人(ドワーフ)族ってか? あんな大規模展開する魔術を使って自衛隊を守りながら、同時に別の魔術で、俺のこともフォローしてくれたわけか。おかげで助かったぜ。複数魔術の同時使用なんて、並みの人間の魔導兵(ウィザード)にゃ真似できん芸当だ。秀才揃いの種族だって聞いてはいたが、どうやら本当らしい」


 レイヴンは苦笑する。


「頼もしい助っ人が来てくれたこったよなあ!」


 言いながら改めて、ユエと黒夜叉めがけ、レイヴンは空から突撃していく。

 頭上から飛来するレイヴンに気が付いたのだろう、ユエが驚いた顔をする。


「これ以上にゾンビ化する死体を増やしてくれんじゃねえよ、ユエ!」


 上から飛来するレイヴンの突撃。その突貫力(とっかんりょく)は凄まじく、いかに怪力の黒夜叉の腕力と言えど、正面から受け止めきるのは難しい。


 ならば避けるしかない。


 黒夜叉は次なる虚薙ぎの一撃を繰り出すことは控え、背後へ大きく跳躍し、レイヴンの弾道から逃げる。直後、レイヴンの大槍が楔のようにアスファルトを穿ち、砕けた道路の破片や粉塵が空へ巻き上がる。腹底に響く重々しい音と衝撃で、周囲にいたゾンビたちが巻き込まれて吹き飛ばされた。まるで炸裂弾が着弾したような影響だった。


 レイヴンの大槍は、レイヴンの召喚魔術(サモンスキル)によって、一時的にこの場へ召喚された武器だ。その魔術を解除する。すると地面に深々と突き立った大槍は、即座に光の粒子と化して、虚空へ解けて消えた。自分の突撃によって巻き上がった粉塵に紛れて、レイヴンは黒夜叉の逃げた方角へ向けて駆け出した。即座に大槍を再召喚し、その矛先を進路へ向け、加速飛行する。


「――――突撃加速槍(バーニア・ランス)!」


 大槍で周囲のゾンビを吹き飛ばし、砕き、血肉の塊にして蹴散らす。

 粉塵のベールを抜けた先に、黒夜叉の姿を捉えた。

 いきなり煙の中から飛び出してきた大槍の先端を凝視し、ユエが焦った。


「くっ!」


 危険を素早く察知した黒夜叉が、片腕で矛先を掴んで受け止める。そのまま槍の推進力に押しやられ、背後へ引きずられるように飛ばされていく。レイヴンは自衛隊の防衛ラインから、黒夜叉を大きく引き離していく。そのまま近くのビルまで黒夜叉の巨体を連れ去った。黒夜叉は背後から鉄筋の壁に叩きつけられ、めり込む。建造物に背を預けて踏ん張ることで、黒夜叉はレイヴンの突撃の勢いを受け殺しきる。


 大槍の矛先を握りしめながら、瓦礫を頭からかぶる黒夜叉。

 肩に腰掛けているユエの頭上を、大太刀を握った腕で覆ってかばっていた。

 槍を手にしたレイヴンを、ユエは睨み付けて言った。


「レイヴン……。また会ったわね。薄汚い傭兵のあなたは、こんな勝ちの薄い下民の軍なんて見捨てて、とっくに逃げていると思ってたわ。意外なことね」


「生憎だったなー。逃げるって選択肢は、まだ検討中の段階なんだよ。さっさと俺にケツまくって欲しかったなら、もっと追い詰めてくれないとな」


「名うての傭兵のわりに、実は戦況の不利に鈍感なヤツだったのかしら。長生きできなさそう」


「それもご生憎。こっちの陣営には、予期せぬ形成逆転のカードが現れたんだよ。まーだ戦いの行方はわからないんだわ、これが」


「雨宮ケイのことを言ってるのかしら。たしかにゲイルを返り討ちにした実力はあるようだけど、ゲイルに手こずるようじゃ、キョウヤ様の足下にも及ばない。雨宮ケイは希望になり得ないわ。あなたたちには、もう未来はないの」


「不利な賭け事は嫌いじゃなくてな。ご忠告をどうも」


 黒夜叉は、受け止めた大槍ごと、レイヴンを遠くへ放り投げる。

 虚空へ投げ出されたレイヴンは、再び大槍の加速器(バーニア)を吹かして滞空した。

 ユエは冷ややかな眼差しを、頭上のレイヴンへ浴びせる。


「もうあなたから聞き出す必要のある情報もない。今度こそ手加減なしで殺すわ。私、昔から傭兵って嫌いなのよ」


 黒夜叉は、両手で大太刀の柄を持って構える。


「見せてあげなさい、黒夜叉。あなたの本気を」


 命じられた黒夜叉は、目にも止まらぬ速度で、大太刀を縦横無尽に振り回し始める。その太刀筋の軌跡に、虚薙ぎが作り出す真空刃が生じるが、これまでのように即座には放たれない。黒夜叉の前方空間に、無数の真空刃が留まり、待機する。


 ユエは不敵に笑んだ。


「秘剣――――“八つ裂き”」


 無数に生じていた不可視の刃が、全て同時に、レイヴンめがけて放たれた。


「!」


 空中のレイヴンに向かって飛来してくる、数え切れない無形の刃。見えないそれらは、湖面に広がる波紋のように、空間を波打たせて迫り来る。単発で放たれた時なら、空間が揺らいで見える場所に、真空刃が存在しているのだろうと、おおまかに予測できる。避けることは可能だった。


 だが同時に無数、放たれてはたまらない。


 レイヴンの視界内のあちこちで空間が揺らぎ、波打って見えた。その全ての場所に、不可視の真空刃があるに違いない。だが、その全ての正確な位置や大きさ、角度は視認できないのだ。もはや当てずっぽうに逃げるしかない。


 レイヴンは大槍の加速器(バーニア)を吹かし、回避運動の飛行を行う。だが案の定、飛来する全ての真空刃を避けることはできず、肩口と脇腹の2カ所に、深い裂傷を負ってしまう。


「ぐっがああ!」


 血しぶきを背後へ散らしながら、レイヴンは大槍の上から吹き飛ばされる。そのまま地面へ自由落下していく。大槍は虚空で消失して消え去った。


「さようなら、傭兵さん――――」


 ユエが呟くと、黒夜叉は横一文字に大太刀を振り切る。

 トドメの真空刃が、落下中のレイヴンを撃ち落とすように放たれた。

 今さら槍を再召還したところで、その一撃を回避するのは間に合わないだろう。

 落下中に胴を切断されて、レイヴンは絶命が免れない状況だった。


 ――――光の矢が飛来する。


「!」


 迫り来る真空刃が、レイヴンの身体に直撃する寸前だった。


 どこからともなく飛んできた青白い光の矢が、レイヴンの右脚を射貫いた。その矢の直撃によって、レイヴンの落下コースとタイミングがズレる。真空刃はレイヴンを両断することかなわず、夜空の彼方へ消えていった。


 落下中、レイヴンは何とか大槍を再召還し、それに跨がって飛翔する。ギリギリのところで、地面への直撃を避けられた。


「今のは、機人(エルフ)族が使ってる無形矢……?」


 今しがた目撃した矢。

 ユエには、そうだとしか思えなかった。


 獲物を殺し損ねたことに苛立つユエだったが、間髪入れずに飛んできた新たな光の矢に、思考をかき消される。黒夜叉が立っている場所めがけて、夜空からシャワーのように降り注ぐ光の矢。その1つ1つが、アスファルトの大地に深い風穴を開ける、異様な貫通力である。


「普通の威力じゃない! まさか、聖遺物(イノセンス)……!?」


 矢の雨から逃れるべく、黒夜叉は背後のビルの壁を切り飛ばし、そこから屋内へと逃げて姿を隠した。


 ユエが姿を消した間に、レイヴンは地面に降り立った。

 射貫かれた脚から、ひどく出血していたため、服の裾を破いて、その布地で止血する。

 そんなレイヴンの背後から、1人の少女が歩み寄ってきた。


 青髪。機械眼。フードローブをかぶった、機人(エルフ)族の少女だ。

 大弓を手にしたリーゼへ、レイヴンはクレームを付ける。


「痛ってえー! 普通、味方の脚を撃つかよ!」


「助かったんだから良いでしょ。あなたの戦闘スタイルなら、脚の怪我とか関係なさそうだし。他に撃つところがなかったのよ」


 リーゼは油断なく大弓を構え、建物の中へ姿を消したユエを警戒している様子だった。レイヴンが応急手当をしている間に、見張ってくれていることを悟り、苦笑してしまう。


「まったく。機人(エルフ)族に助けられるとは、俺も焼きが回ったもんだね。まあ、とりあえずは助かったぜ、お嬢さん。礼を言っておかないとな」


「あなたなんて、助けたくなかったけどね。今は貴重な戦力だし、仕方ないわ」


「相変わらず、俺には冷たいねえ。まーだ、俺が昔殺したお仲間のことで恨んでんの? しかしまあ、そっちも無事だったんだな。アデルちゃんを探しに行ったまま行方知れずだったし、てっきり四条院キョウヤにやられてたのかと思ったぜ」


「サキが落としたスマホ。それしか見つからなかったから……戻ってきたのよ」


 リーゼは悔しそうに答えた。

 そうしてから改めて、周囲の戦場の光景を見渡し、感慨深く呟いた。


「すごい状況……」


「ああ。長年にわたって傭兵やってる俺でも、こんなすごい光景は、今まで見たことがない」


 レイヴンも素直に認めた。


 暗黒に閉ざされた空。底知れない闇の彼方から、止めどなく迫り来る死者たちの軍勢。それを迎え撃つ人間たち。炎と煙。そして銃声と悲鳴がこだまする。まさに修羅場である。


「……イリアさんが言うとおり、こりゃあ文字通りの“反乱”だな。これまで帝国の体制を維持してきた支配権限(しはいけんげん)の呪縛。それを振り払った、最初の下民たちか。おそらく、1万年の歴史を誇る帝国史の中で、初めて起きる“革命”ってやつに発展しそうじゃないの」


「ついに、ヒトの種族が目覚めたんだ。機人(エルフ)族の言い伝えは、正しかった……!」


 リーゼの目は、希望に輝いている。

 その眼差しには、力強い確信が生じていた。


 機人(エルフ)族の言い伝えとは、以前からリーゼが信じているという、人類解放にまつわる話しのことだろう。そんなものは夢物語だと、笑って片付けられなくなった現実を目の前に、レイヴンは苦笑して、頭を掻いてしまう。


「暴走した企業国王(ドミネーター)のどら息子。それと戦う、下民、機人(エルフ)魔人(ドワーフ)。その混成軍ってか? まったくイカれた戦場だよ」


「元帝国騎士団の傭兵だっているでしょ」


「そうだな。言えてる」


「これはおそらく、アークが変わる潮目の戦い。なら、絶対に負けられないよ」


 固く決意し、自分へ言い聞かせるように呟くリーゼ。

 そう言って、ユエが逃げ込んだ建物へ向かって、静かに歩き出す。

 少女の背を見送りながら、レイヴンは溜息を漏らし、皮肉っぽく呟くしかなかった。


「なーんか知らんが、若い連中はやる気があって良いねえ」


 ふと、襲いかかってきたゾンビの頭を、自動拳銃(ハンドガン)で撃ち抜いて殺す。そうして、道中の死者を何体か撃ち殺し、リーゼに射貫かれた足を引きずりながら、レイヴンも歩き出す。


「逃げるって選択肢も魅力的だが、まあ、傭兵としては、もらってる給料分くらいは活躍しておかないと、今後の評判に関わるんだよな」








次話の更新は月曜日を予定しています。

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