6-35 開戦布告
蠢く死者たちに占拠された東京都。
今夜は、いずれの建物にも明かりが灯っていない。
光のないビルディングは、まるで静寂の中に佇む、巨大な漆黒の石棺だった。
その足下には、命を失った大勢の都民たちが、痛々しく血にまみれた姿で徘徊をしている。
どこからともなく聞こえる、銃の発砲音や悲鳴。
それが絶えない、まさに恐怖の夜である。
上空を飛行中の自衛隊のヘリが、東京の夜景を俯瞰した映像をテレビ配信していた。それに随伴しているテレビ局のレポーターが、画面越しに人々へ都内の状況を説明しているところだった。
電話の基地局の一部が破壊されている今、インターネットはほとんど機能しておらず、人々が情報を入手できる手段は、ネットとは周波数帯が異なる、テレビ配信だけになってしまった。その映像には、深い闇の中に閉ざされた都市の全景が見えている。明かりを灯しているのは、自動点灯制御されている交通網の街灯。そして各地へ無数に配置された、自衛隊が守る避難シェルターだけだった。
その中でも一際、規模の大きな自衛隊の拠点がある。
国会議事堂を中心に、永田町と霞ヶ関の間の区間全体を囲むような、有刺鉄線のバリケードが展開されていた。戦車や装甲車も無数に配置されており、完全武装した自衛官たちが大勢、詰めている。そうして、侵入してこようとする死者たちから陣地を守っていた。
首相官邸――――。
国会議事堂に近い場所に配置された、日本の内閣総理大臣が使用する公邸である。普段は国賓をもてなしたり、重要な会議を行う、事務的な場所である。だが今夜は、自衛隊の最高指揮官である、内閣総理大臣が指揮をする作戦本部として使用されていた。
応接室の1つで、白髪の少年がソファに腰掛けている。
部屋にあった大型液晶テレビが、異様な状況と化した東京の様子を報じている。
そんなテレビの緊急放送を、ただじっと、険しい顔で見つめ続けていた。
コンコン。
部屋の扉がノックされると、返事を待たずに金髪の少女が入室してくる。
現れたイリアに、ケイは尋ねた。
「……それで? リーゼや先輩たちとは、連絡がついたのか?」
それを問いかける。
裏切った真上という研究者によって、アルトローゼ財団の拠点から誘拐されたアデル。それを見失わないために、危険を冒して単独で追跡をしているサキ。そんな2人を助けるべく、財団の救援部隊に、リーゼと峰御兄弟が同伴して出て行ったらしい。だが、途中から連絡が途絶えてしまっているのだ。
イリアは残念そうに、嘆息を漏らして答えた。
「ダメだね……。救援部隊とは、いまだ交信不能だよ。東京の周囲を覆っていた転移門が消失し、街が白石塔内部に閉じ込められてしまった時点から、スマートフォンもGPSも使えなくなり、連絡が付かなくなってしまった。唯一、繋がっていた無線連絡も、どういうわけか途絶えてしまったよ。わけあって無線封鎖しているのかもしれないが……」
「……」
「申し訳ないね。帝国がアデルの発見者に報酬を与えると聞いて、金と地位に目が眩む者が出てくるとは考えていた。身内の裏切りに注意してはいたつもりだったけど……お抱えの主任研究員に裏切られるとは、正直なところ予想外だったんだ」
「いや。イリアのせいじゃないさ。先輩たちやアデルのことは心配だけど、一応、リーゼも一緒にいるんだろ? なら、簡単にやられたりはしていないはずだ」
「そう信じたいよ」
ケイの隣のソファへ、イリアは腰掛けた。
そうして苦笑を漏らし、頭の後ろで腕を組んでぼやいた。
「……最初は、君たちオカルト研究部が調べていた、浦谷と言う、怪しい教師の身元調査をするだけのつもりだった。ボクも面白半分のつもりだったよ。ただそれだけだったはずのことが、紆余曲折して、こんな事態になるなんて……あの時、予想していたかい?」
「いいや」
イリアの問いかけに、ケイは正直に答えた。
ケイも苦笑して言う。
「世界の真の姿を知り、自分たちの存在がいかにちっぽけで、理不尽に扱われているのか。それを思い知らされたな。何も知らなければ。あるいは知らないフリを続けていれば、今も平穏無事に過ごせていたのかもしれない。アデルが帝国に狙われることも、こうして東京で大勢の人が死ぬこともなかっただろう。これは全部、オレたちがもたらした“起こす必要がなかった戦い”なんじゃないかと、不安に思うこともある。イリアは……後悔しているか?」
「これまで通りに何も知らず、平穏無事に過ごしていたかったか、と言う質問かい? なら答えはノーだね。ボクは退屈というヤツが大嫌いさ。つまらなく生きるのは、死んでいるのと同じだろう? 死んだように生きるくらいなら、面白おかしく生きてから死ぬ方がマシさ。ボクは聖人君子じゃないし、君が評価している通り、狂った人間なんでね。雨宮くんたちのように、どうでも良い他人の巻き添えを気にして、いちいち思い悩んだりなんてしないのさ」
「前々から思ってたけど、お前って素直じゃないよな」
「……?」
「たしかに、お前は他人のことなんて気にしない、空気を読まないところがある自己中なヤツだよ。ずっとそう思っていた。けれど、親しくなってみれば別だろう? アデルの面倒見は良いし、不仲になりかけたオレと先輩を気遣ってくれたし。何より……オレが生きていたことを、喜んでくれたじゃないか」
「……」
「他人のことを遠ざけてるだけで、本当は優しいだろ、お前。まあ、これは言いすぎかな。悪い」
言われてイリアは、俯いてしまう。
「正直、お前が味方になってくれて救われてるよ。帝国の支配権限や、知覚制限を無効化するワクチンを開発して配布するなんて。そんな芸当、お前の知恵と資金力がなければ実現しなかっただろ。しかもアルトローゼ財団なんていう、帝国への反抗組織まで結成して見せた。何度もお前の機転に救われたし。本当に頼もしいと思ってる」
「……」
「ん? 聞いてるのか、イリア?」
どういうわけか、珍しくイリアが反応してこない。これだけ褒めれば、普段ならここぞとばかりに「感謝したまえ」とか、尊大な態度で言ってくるものだが。どう言うわけか、耳まで赤くなって、黙り込んでしまっている。まさかケイに褒められて、恥ずかしがってでもいるのだろうか。
そんなイリアの希少な態度が面白かったものの、ケイは構わず続けた。
「オレもさ……。後悔はしていないよ」
ケイは真剣に言った。
「何も知らないまま、今まで通りの生活を続けたかったと思う人たちは多いかもしれない。けれどオレたちは、淫乱卿の晩餐会を見てきただろ。クラスメイトの藤野が、残酷に殺されたのも見た」
「……」
「何も悪いことなんかしていないのに、ただ下民だからという理由だけで、藤野は惨殺されたんだ。あんなの酷すぎる。他人事じゃない。オレたちは誰もが藤野なんだよ。平穏で安全だと思っていた今までの暮らしが、いつ理不尽に奪われるかもわからない、脆い虚構だったんだって、もう知ってるんだ。オレたちの行動なんて関係なく、帝国という支配システムが存在する限り、初めから誰もの生命や財産が危険にさらされている。ならこれは、オレたちが東京の人たちを巻き込んで起こしてしまった、成り行きの戦いなんかじゃない。これは初めから“誰も無関係ではいられない戦い”なんだよ」
「誰も無関係ではいられない戦い、か。……そうかもしれないね」
ケイとイリアが話し込んでいると、再び応接室の扉をノックする音が聞こえた。
入室してきた自衛官が敬礼し、2人へ告げた。
「総理から、急ぎお2人を連れてくるように命令を受けました。お手数ですが、ご同行お願いします」
◇◇◇
国会議事堂を守る防衛ライン。その最前線。
有刺鉄線や土嚢を積まれて構築されたバリケードを境に、陣地外は、死者たちが徘徊する危険なエリアと化している。暗黒の向こうへ伸びる公道は暗く、点々と灯る街灯のみによって薄暗く遠くが照らし出されて見えていた。そんな道路の中央。防衛ラインから少し離れた場所に、大男が1人佇んでいた。
角刈りの金髪。がたいが大きくて屈強そうな大男である。素肌は土気色であり、全身は血まみれ。ぼろきれ同然と化したワイシャツを羽織っており、筋骨隆々の両手には、分厚い拳具を握り込んでいた。肩口から腹部に渡る剣傷が痛々しく、切り裂かれた肉の断面が丸見えであり、臓物の一部がはみ出てしまっている。
死んだ大男。
そのゾンビである。
大男は、突撃自動小銃を構えた自衛官たちと無言で対峙している。そんな睨み合いが、かれこれ10分ほど前から続いている。特段、襲いかかってくるわけでもないゾンビは、黙って何かを待っている様子だった。それを遠目に見ていた仙崎総理は、ただ感慨深い思いでいた。
やがて、現場に2人の少年少女が姿を見せる。
自衛官につれてこられた、ケイとイリアである。
大男のゾンビを目撃するなり、2人は驚いた顔をする。
「あの大男はもしかして……!」
「ゲイルか……」
イリアとケイに答えたのは、仙崎総理である。
「ああ。雨宮くんが交戦したと言う、帝国の上級魔導兵の男。どうやら、その死体だ。帝国の死霊使いとやらが操っている、おそらくは伝言係だろう」
大男のゾンビが現れ、敢えて沈黙している理由。それは話したい相手が現れるのを待っているからだろうと、仙崎総理は推察していた。そして現れた死体が、上級魔導兵の男のものであることを考えると、話したい相手とは、おそらくは、それを打ち倒したケイだろうというのが予想だった。だからこうして、ケイとイリアを呼びつけたのである。
しばらく黙考した後、ケイは静かに歩き出す。
防衛ラインを超え、自衛官たちの少し前で立ち止まった。
そこから、ゲイルのゾンビと対峙し、声をかける。
「四条院キョウヤなんだろう?」
「――――思った通り。君は察しが良いですね、雨宮ケイ」
ゲイルの死体は、笑いもせずに声を発する。
だがその口調は、生前のような、堅苦しい感じではない。
どこかから死体を操っている、主の語り口である。
死した部下の口を借りた死霊使い、四条院キョウヤは語り出した。
「フフ。死人たちの眼球を使って、遠くから君の活躍を拝見していましたよ。まさか君がこうして生きていて、しかもゲイルを打ち破るほどに強くなっているとは……正直に驚きました。頭部を破壊された状態から、こうして元通りの姿で生還してくるなんて、思ってもみませんでしたよ。いったいどんな経緯があったのか、実に興味深い。こうしてお会いできるとは、不思議な巡り合わせですね」
「まだ“お会い”はしてないだろ? 下っ端の死体の目を通して、高見の見物を決め込んでるだけじゃないか。コソコソと裏方に隠れながらな。オレはあんたの顔さえ見たことがない」
「これは失礼。たしかに顔会わせはできていませんでしたね」
ケイの皮肉を、キョウヤは飄々とした態度で受け流す。
そうして話しを続けた。
「私は君に礼を言っておくべき立場かもしれません。企業国王の“支配命令”すら効かない。そんな奇跡のような少女の存在を明るみにし、なおかつ人智を超えた存在すら殺せる赤剣を、この世へもたらすことに貢献してくれた。まあ、君の1番の功労は、父上を再生治療送りにしてくれたことかもしれませんね。そのおかげで、私は父上の目を気にせず、こうして自由に動けています。ありがとうと言いたいくらいですよ」
「ずいぶんと親孝行なことだな」
ケイは嘲笑い、キョウヤに言ってやった。
「結局のところ、あんたも他の連中と大差ないじゃないか。普段は、あのイカれた父親が怖くて仕方ないだけの、臆病者の1人だろ? 父親の目が届かないうちにしか好き勝手できず、その間に、こうして出し抜く準備をしようなんて、やることが小狡いんだよ」
「フッ。これは手厳しい。なかなか言ってくださいます。たしかに君は、何の力も持たないただの人間の身でありながら、企業国王に挑んだ。そんな勇気ある君に言われては、反論する余地もありません。ですが、君が“父上に勝てなかった”というのも、確かな事実でしょう? 勝算のない戦いに身を投じる蛮勇なら、誰にでも振るえます。相手との力量差も見極められず、犬死にした。私から言わせれば、君は勇気があったのではなく、ただ“賢くなかった”だけです」
「四条院家とは戦うな、か。以前、オレにそう忠告してくれた仲間がいるよ。それに従わなかったオレは、たしかにバカだったのかもな。だが懲りてないんでね。またこうして、オレは四条院家のあんたに抵抗するつもりだぜ?」
「残念ながら、それもまた“賢くない”選択ですね」
キョウヤはゲイルの死体を操り、小馬鹿にするよう、肩をすくめて見せる。
そうして皮肉の応酬を切り上げると、キョウヤは話しを仕切り直した。
「さて、挨拶はこの辺にしておきましょう。貴方たちに、お知らせしておくことがあります」
「知らせておくことだと?」
「ええ。私は――――雨宮アデルを手に入れました」
「!」
「もはやこの白石塔は用済みです。あとは、予期せず雨宮くんが持ち込んでくれた、その赤剣を回収すれば、私がここへ留まる理由もなくなります。そろそろ“決着”をつけさせていただきたいという、ご連絡ですよ」
アデルを捕まえたことを宣言してくるキョウヤ。そのことも驚くことではあるが、同時に、その救出に向かったリーゼや、サキとトウゴたちの安否が気になった。音信不通になっている仲間。キョウヤと遭遇してしまったのであれば、もしかしてやられてしまったのだろうか。
こみ上げてくる不安が顔に出ないよう、ケイは努める。
そうしてケイが黙った間に、話を聞いていた仙崎総理が割り込んできた。
「決着……。つまり今から、東京都民を全滅させるということかね?」
「ええ。あなたたちは、誰1人として、生かしておけません」
悪びれもなく断言するキョウヤ。
仙崎総理は、あまりにも残酷なその作戦に言葉を失ってしまう。
そのままキョウヤは平然と、持論を展開する。
「独断で白石塔の廃棄処分を行ったのが、私であるのだと、誰かに告げ口されたくありません。父上や他の企業国王たちに知られるのは、遅ければ遅いだけ都合が良いのですよ。目撃者は全員、消しておくのが定石でしょう?」
「ずいぶんと性格の悪いことだね」
今度はイリアが話しに割り込んできた。
とても不機嫌そうな表情をしていた。
「それはつまり、アデルを探しに東京へ来た当初から、この白石塔を廃棄処分にするつもりだったと言ってるんじゃないのかい?」
イリアの推察を聞いた仙崎総理は、苛立ちながらも納得した。
「……なるほどな。雨宮アデルを配下の都民たちに探させていたそうだな。彼女を差し出した者は、貴族に取り上げると約束し、東京の廃棄処分も回避できるのだと、期待させていたそうじゃないか。だが実際には最初から、都民を誰1人として生かしておくつもりなどなかったわけだ。口封じのために」
「誰も彼もが騙されていたと言ったところかな? ボクとアデルに化けて暴れた、斗鉤とか言うサイコパス兄妹も、帝国人じゃなかったはずだ。彼等も、用済みになれば始末するつもりだったと見るね」
総理とイリアは、嫌悪の思いを込めて、キョウヤが操る大男の死体を睨み付けた。キョウヤはゲイルの死体を巧みに操作し、ニヤけた表情を作ってみせる。そんな演出を加えてから、皮肉っぽく認めて言った。
「ご理解いただけたようで何よりです。あなたたちを皆殺しにした後、きっちりと白石塔ごと破壊して、ここで起きた全ての事象について、その証拠隠滅を行っておく計画です。目覚めた父上に裏切りを知られる前に、雨宮アデルと赤剣の使い方を解明すれば、私の勝ちですから」
上機嫌でそう宣言しながらも……だがそこで、キョウヤは不快な話しも付け加える。
「それにしても……あなたたちはずいぶんと、面倒なことをしてくれたようですね。こんな事態に遭遇するのは想定外でした」
キョウヤは語り出した。
「本来なら。白石塔の廃棄手順は、3段階に分けて行われます。移転、殺処分、破壊の順です。まずは廃棄する白石塔内から、下民たちを避難させます。社会的地位のある重要人物たちを優先し、別の白石塔へ移住させるのです。その後、EDENを介して、下民たちの脳へ大規模な記憶改竄を施し、刷り込むんですよ。廃棄される予定の白石塔、そんな地域は“最初から存在しなかった”のだとね」
かつて日本の首都であった錆谷都が、人々の記憶から失われ、誰も存在すら知らなくなったのは、その手順で白石塔の廃棄処分が行われたからなのだろう。
キョウヤの話しは続いた。
「もちろん全ての下民を、他の白石塔へ移住させることなんてできませんよ。移転先が受けいられる、限界人口というものがありますからね。ですから、生かす価値の低い下民は白石塔内に残され、“殺処分扱い”となるんです。支配権限を用いた自殺命令で、1人残らず自死してもらうのです。そのはずだったのですが……」
キョウヤは、そこで言い淀淀む。
ゲイルの死体を操り、ズボンのポケットをまさぐると、赤黒い液体が封入されたアンプルを取り出した。それはイリアが開発させた、ワクチンである。
「どうやらあなたたちが開発した、この“ワクチン”とやらで、生き残った東京都民たちは、我々の支配権限の効力が及ばなくされている。こんなものが白石塔の技術力で製造されているとは、はっきり言って信じられませんでしたよ。そちらの陣営にいる、機人族の協力があってのことでしょうか……。自殺命令が使えないとなると、地道に1人ずつ殺し回るしかなくなりました。実に面倒なことです。幸い、私の魔術は、そうした殲滅戦に長けているのが救いですが」
一通り、キョウヤの話しを聞き終えた後。
ケイが口を開いた。
「――――あんたたちが、家畜同然の下民と見下して殺した人たちには、誰もに人生があった」
「?」
唐突に、話の流れとは関係ないことを口にするケイを、キョウヤは怪訝に感じた。
構わずケイは、思っていることを語り続けた。
「両親がいて。兄弟や姉妹がいて。愛する人がいて。子供がいた。そんな人たちが、いったいあんたたちと、何が違っていると言うんだ? 帝国人も、白石塔の人たちも、同じ人間同士のはずなのに、どうしてそこまで、オレたちのことをゴミのように扱える」
「人間同士ですって? それはずいぶんと、つけあがった誤解ですね」
ケイの言い分を耳にして、キョウヤはそれを鼻で笑ってしまう。
「あなたたちは帝国において“人権”を持たない、ただの下民。決して人間ではありません。アークの市民たちからすれば、初めからいないも同然の存在なのです。たとえば、社会から縁遠い場所にある牧場で、人知れず死んでいく家畜のことなど、誰も気にすら止めないでしょう? 知らないところで、知らない家畜がいくら殺されたところで、それをいちいち気にする者などいません。それらの生涯に価値などないのです」
「あんたは賢いんだろ? なのに、まだわかっていないようだな。それはもう、今までのことでしかないんだよ」
ケイは笑いもせず、淡々と警告する。
「オレたちが今まで通りの、無抵抗で無力な家畜同然だったなら、あんたはもっと早くにアデルを捕まえられていたし、とっくにオレたちを殺処分できていたはずだ。それができていないという現実が、どれほど深刻な意味を持っているのか、いまだに理解できていないようだ。帝国という侵略者への“反逆”。それが生じようとしているんだよ」
「反逆? 何の力も持たない、我々よりも遙かに劣る下民たちが、私に敵うとでも? 蟻が群れたところで、何の脅威も感じませんよ」
「どうかな? 国民を守るために、命懸けで戦おうとする自衛隊の人たちがいる。白石塔ごと隔離されて、逃げ場を奪われて追い詰められているのに、まだ生きることを諦めずに、立ち向かおうとしているオレの仲間もいる。譲れないものを守るために、戦おうとする意思を持ったヤツが、これだけたくさんいるんだ。あんたはこれから、思い知るよ。オレたちは、帝国の思い通りにならない“最初の人間”だ」
ケイは周囲の自衛官たちを見渡す。
深い闇の中、仮設照明で照らされた光の中に立つ、戦士たちの雄姿。
闘志を失っていない目をした自衛隊。総理。それにイリア。
戦おうと、共に並び立つ仲間たちが、ケイに勇気を与えてくれている。
ケイは再びキョウヤへ向き直り、腰の鞘から赤剣を抜き放つ。
その切っ先を闇の向こうに掲げ、立ち塞がる強敵へ警告した。
「あんたがもたらした、この暗闇にだって立ち向かえる。そんな勇気ある仲間が、これだけたくさん味方についている。なら何を恐れる必要があるんだ。オレたちを皆殺しにするだって? 簡単にできると思うなよ」
そうして不敵に笑んで、宣戦布告した。
「かかってこい、隠れているだけの臆病者。アデルは返してもらう」