6-34 罪深き願い
見張りの異常存在たちの目を盗み、サキとアデルは山小屋を後にする。
森を抜けて生活道路に出ると、そこは見慣れた、第三東高校前の通学路だ。
見慣れた道路に出たと言うのに、そこで安心できることはなかった。
時刻はすでに夜である――。
すでに街灯がまばらに灯っているのに、不思議と、家々の明かりは点いていなかった。そのせいで通りは、普段に比べて不気味なほどに暗く感じた。サキとアデルは、そんな薄暗い道路を徘徊する、異様な人々の姿を目撃する。慌てて最寄りの家の庭に忍び込み、物陰に隠れながら、恐る恐る道路の様子を確認する。
一般人たち?
パッと見の印象はそうだった。
スーツ姿のサラリーマンや、水商売と思わしき、露出の激しいミニスカートの女性。ランドセルを背負った子供や、腰の曲がった老婆。服装は珍しくもなかったが、異様なのは、いずれも返り血にまみれた格好であるという点だ。真っ赤に充血した双眸を、ギョロギョロと目配せしている。犬歯を剥き出しにして、獣のような唸り声を漏らして歩き回っている。口からは蒸気のように、白い吐息を漏らし続けていた。まるで腹を空かせた、血に飢える獣たちにしか見えない。尋常ならざる、殺意に満ち満ちている。
サキは苦々しい表情で、頭を抱える。
「くぅ~! またアイツ等がいるわけ?! 何て煩わしい連中なのかしら……!」
「いったいどうしたのですか、あの人たちは……。みんな目がイッてしまってますし、血まみれですが」
狂った都民たちを目撃して困惑しているアデル。
その態度は、サキの予想通りだった。
アデルが誘拐された時、斗鉤ダイキは、アデルを車のトランクに閉じ込めらた。サキはそれを目撃していた。ダイキに連れ回されている間、おそらく外の異変には気付かなかったのだろう。対してサキは、刻々と変貌していく東京都の光景を、ここへ来るまでの間に、嫌というほど目撃してきたのだ。サキとは異なり、アデルは少なからずのショックを受けている様子である。
アデルは、いつものムッツリ顔を複雑な心境でしかめている。
「酷い姿ですね、あの放送禁止な感じの見た目は。新手の異常存在でしょうか」
「……だと思うわね。そうじゃなきゃ、あんなのどう見ても“生ける死体”でしょ」
「ゾンビ? そう言えば以前に、ケイと一緒に見た、怖い映画に出てくる人喰いモンスターたちと外観的特徴が一致しますね。実在したとは、興味深いです。そうですか、あれが本物のゾンビなのですね。ふんふん」
「コラ。動物園で初見の動物を見つけたみたいに、目をキラキラさせて見ないの」
怖いのと、興味津々なのとが混在しているアデル。
その態度を、サキは呆れて窘めた。
「まあ、財団なら……アイツ等や、この異常事態について、すでに何か情報を掴んでるかもだけど、今ってスマホの基地局がやられてるみたいだから、電話も通じないのよ。だから、連中の正体はわからないわ。ただ、元はその辺の一般人だったんだと思う。どういうわけか、死亡するとみんな、ああしてゾンビになっちゃうのうよ……」
「死亡するとゾンビになる? 映画みたいに、噛みつかれてウイルス感染するのでしょうか」
「そうね。噛まれても、生きているうちは感染しないみたいなのよ、なぜか。たぶん帝国が、変なウイルスを東京にバラ撒いたんじゃないかしら。見てきた感じだと、噛み殺された人たちが、すぐに連中の仲間になってしまうみたいだし。たぶん接触感染とか、飛沫感染の類いだと思うわ。その感染力は即効性があるみたい。私はまだ平気だから、たぶん空気感染じゃないわね。とにかく、噛まれないように気をつければ大丈夫じゃないかしら……!」
「つまり東京は、未知のウイルス兵器で攻撃されている、と言うことですか?」
「ママたちが無事だと良いんだけど……酷いことするわ、ホントに……」
「……」
何か思うことがあったのか、アデルは少し悲しそうに表情を曇らせた。
遠くから、断続的に銃声が聞こえてくる。サキの話しによれば、都内各所に展開された自衛隊が、ゾンビと化した人々と交戦をしているらしい。2人は、侵入していた庭から、そのまま民家の中へ潜入を試みる。縁側のガラス戸が開いていたため、そこから入り込んだ。
屋内には人の気配がなく、静まり返っている。
住人は避難したか。
あるいは……殺されてゾンビの仲間入りをしているかの、いずれかだろう。
ひとまず家の中を物色して、使えそうなものをかき集め始める。玄関で金属バットを見つけ、サキはそれを手にした。無いよりはマシ程度の武器だが、多少は勇気づけになるだろう。アデルはキッチンでフライパンを見つけたらしく、いつものドヤ顔をして、それを見せつけてきた。
「まったく。こんな日用品を武器にゾンビの徘徊する街を移動しなきゃいけないなんて、まるっきしゾンビ映画じゃないのよ……! こんなのが現実ってある……?!」
「事実は小説よりも奇なり、ですね」
「あの斗鉤ダイキってヤツもそうだけど、本当に帝国の関係者って、ロクなことしないわよ」
3階へ移動し、窓から住宅地の様子を観察してみる。ゾンビたちが蠢く町内。それらの目をかいくぐり、見つからずに移動できるルートを探す必要があるのだ。どこか安全そうな場所も探したい。
とは言え、3階建て程度の民家では、そこから見渡せる範囲は限られている。
あまり見晴らしの良くない景色を見渡してから、サキは歯噛みして呟いた。
「アイツ等……ゾンビと呼ぶにしても中途半端なのよ。見てきた感じ、人を食べるために襲ってるって言うよりは、人を殺すために襲ってるって感じなのよね。単純に食欲で動いてるとかじゃなさそうよ。映画みたいに噛みついてはくるみたいだけど、死んだ人に群がって食べるとか、そう言うのはしないみたいだし。殺した相手には興味ないって感じ。まるでただ、仲間を増やすのが目的なようにも見えるわね」
「なるほど。ひとまず、生きてる私たちには、興味を持つと言うことですか」
「そう言うこと。見つかったら、すぐに襲われるわよ」
窓から周辺の様子を見て回った後、サキは考え込んでしまう。
「……どこもかしこも、ゾンビだらけ。最寄りの安全地帯を探して下手に逃げ回るよりも、この家の中に隠れていた方が良いかもね。今のところ、ここにゾンビたちがやって来る気配はなさそうだし。ただ……森のすぐ近くだから、アデルがいなくなったことに気が付いた斗鉤ダイキが、嗅ぎつけてこないかが心配ね」
「アルトローゼ財団の救援部隊がやって来るまで、ここに待機しているのが、一番リスクが少ないと考えます。ここに隠れていましょう、サキ。ダイキがやって来たら、その時はその時です」
「……そうね」
2人は顔を見合わせて頷く。
ひとまず少し休むために、2階の寝室へ下りて行った。
この家は2世帯住宅なのだろう。1階にもキッチンやバスルームがあり、2階にも同様の設備があるため、そう思った。おそらく上の階と下の階とで、親と子の2家族が棲み分けているのだ。2階のリビングに子供のオモチャが散乱しているのを見るに、この階は若い夫婦が住んでいたのだと推測できた。
「……あら? 寝室のドアに鍵がかかってるみたい」
サキはドアノブを回すが、2階の寝室は施錠されているようだった。ガチャガチャとドアノブを回してみるが、ドアは開かなかった。鍵がかかっているのは間違いない。
1階にも寝室はあるので、そちらで休むこともできるが……下の階は、音や気配で、外のゾンビたちに発見される危険性が高いだろう。ゾンビたちやダイキに見つかる可能性を考えると、なるべくなら2階に滞在した方が良いように思えた
早々に寝室へ入ることを諦めて、サキたちはリビングへ向かおうとした。
――――ドン!
「!?」
だが寝室の前を去ろうとしたサキたちの背後で、物音がした。
サキとアデルは、ビクリと身を縮めて驚く。
「…………なに?」
恐る恐る、振り返ってみる。
すでに手を放していると言うのに、ドアノブはガチャガチャと乱暴に動き回る。寝室に誰かいたのだ。住人だろう。サキがドアノブを回したことで、2人の存在に気が付いたらしい。だが様子が変だ。鍵は部屋の内側からかかっているのだから、それを解除すれば開けられると言うのに、どう言うわけか、それをしようとしない。それに気付ける知性が失われているのであろうことは、間もなく室内から聞こえ始めた、喚き声によってわかる。
「まずいわ、あの中に、感染者がいたのよ! 気付かれちゃったみたい!」
言葉になっていない、嗚咽のような大声を上げる寝室の住人。
内部の状況は見えないが、おそらくゾンビ化してしまっているのだろう。
ドアをバンバンと叩き、大声で騒ぎ始めている。
「音が大きいです! これでは、外のゾンビたちにも気付かれてしまいます!」
アデルの予想は当たる。間もなく、1階の方から、ガラスの割れる音が聞こえた。窓ガラスが割られたのだろう。足音と複数のうめき声が、階下の方から聞こえてくるではないか。
「くぅ! 隠れる場所もないし、仕方がないわ! 外へ逃げるわよ!」
「逃げるって、どこからですか?!」
「窓よ! ベランダから屋根の上へ出られそうだったわ!」
サキの後に続いて、アデルはリビングへ駆け込む。ガラスの引き戸を開けてベランダに出ると、柵を飛び越えて屋根の上に出る。眼下には、獲物を探してやって来たゾンビたちの集団が確認できた。寝室で騒いでいる元住人の声に引き寄せられ、周辺のゾンビが集まってきているのだろう。取り囲まれてしまっている。
ゾンビの1人が、屋根の上のサキとアデルに気が付き、喚き始めた。
「やっば! 見つかったし!」
サキはアデルの手を引いて、屋根瓦の上を慎重に歩いて行く。
そうして隣の家の屋根へ飛び移るのが作戦だった。
3階から見下ろした時は、隣の家の屋根は近くにあるように見えた。だが実際に目前まで来てみると、その間隔は2メートル近くある。つまり2メートルくらいの幅を、跳躍して飛び越えなければならないようだ。足場の悪い、屋根瓦の上では、満足な助走を付けるのも難しい。走りのない、幅跳びをするしかない。
「こ、これはキツいわね……!」
「迷っている暇はありません。行きましょう」
戸惑っているサキに率先して、アデルがジャンプする。その飛距離は短くて、隣家の屋根へ華麗に飛び移ることはかなわない。屋根の端に腰からぶつかり、しがみつくような格好でへばりつく。なんとか屋根の上に身を持ち上げると、後続のサキを振り返った。
「そ、そうよね! 飛びつければ良いのよね!」
サキも覚悟を決めて、隣家の屋根に飛びつく。先ほどのアデルと同じように、屋根の端にしがみつく格好となったが、アデルが手を貸してくれたおかげで、危なげなく屋根の上に乗れた。
2人を追ってきたゾンビたちが、ベランダから屋根の上に飛び出してくる。だが大勢で無理に走ろうとしたため、屋根瓦と共に、庭へ滑り落ちていくのが見えた。それを尻目にしながら、サキは隣家の窓を割って、中へ侵入した。
「きゃああああ!」
「!?」
いきなり聞こえた予期せぬ女性の悲鳴に、サキとアデルは驚く。
侵入した先は、隣家の寝室だった。そこに、青ざめた顔で抱き合う中年夫婦がいたのだ。どうやら生き残りである。今までずっと、息を殺して隠れていたのだろう。そこへ、サキたちがなだれ込んできてしまったらしい。
サキは慌てて言い訳する。
「あ、あの、私たちは不審人物じゃなくてですね!」
「サキ、時間がありません! この家にも、ゾンビたちが押し寄せてきますよ!」
「~~!」
弁明や自己紹介をしている暇もない。
サキは2人の前を素通りしながら、警告した。
「隠れていたところ巻き込んで、すいませんけど! もうここにいたら危険なので、私たちと一緒に逃げましょう!」
夫婦は複雑な表情だったが、頷き、サキたちの後について駆け出してくる。いつでも逃げられるように身支度だけはしていたのだろう。足下に置いてあったバックパックを背負ってくる。
サキたちは1階に駆け下りる。
ゾンビたちの集団は、先ほどまでサキたちがいた民家を取り囲んでいるところだ。
隣家のこの場は、まだ囲まれてはいない。今のうちに、裏庭から外へ飛び出した。
「サキ!」
庭の垣根をまたいで、道路に出た途端。
アデルが蒼白な顔で名を叫ぶ。
見ればサキの背後から、駆け寄ってくる男のゾンビがいた。足が速い相手のため、逃げても追いつかれるだろう。ここは迎撃するしかない。サキは苦々しい顔で金属バットを構えようとするが、そうする暇もなく、一気に距離を詰められる。飛びかかられ、馬乗りされてしまった。ゾンビの首にバットを押し当て、サキは噛みつかれまいと抵抗する。
「いやです、サキ!」
アデルの脳裏に、ケイを失った時の絶望がよぎる。
大切な者が奪われる恐怖。あんな思いは、もうたくさんだった。
たまらず駆け出そうとしたアデルを、見知らぬ夫婦の、妻の方が引き留めた。
「危ないわ、やめなさい!」
「君は下がっていて! 僕に任せて!」
サキの窮地を助けようと、夫の方が駆け出した。その手にはゴルフクラブが握り込まれている。ゾンビに近づくと、男は渾身のフルスイングをゾンビの頭部に見舞う。クラブはゾンビの頭にめり込み、血しぶきを上げて、背後へ倒れさせた。
そうして返り血を浴びながらも、助けたられたサキは、嫌そうな顔のまま礼を言った。
「ありがとうございます……」
「さあ、立って!」
男はサキに手を貸して起こすと、アデルたちの元へ戻ってきた。
「他のヤツ等も、今ので気付いたみたいだ! 早くここから逃げよう!」
宛先など決まっていない。だが今はとにかく、追ってくる怪物たちから逃れなくてはならない。4人は白い息を虚空へ刻みつけながら、全速力で、ゾンビ集団たちから離れるべく走り続けた。しばらく道路を走り、息が切れそうになってきた頃だった。
行き先に――――男が1人立っているのが見えた。
「……?」
エリートビジネスマンと言った雰囲気の、優男である。七三分けにした黒髪。ストライプスーツを着込んだ、スラリとした長身美形の男だった。落ち着き払っている態度を見るに、ゾンビではなく、生きた人間に思えた。だがおかしい。ゾンビたちを背後に大勢引き連れており、道路を封鎖するように展開させているのだ。
まるでゾンビを従え、アデルたちの行方を塞がせているように見える。
男は自動拳銃を懐から取り出し、アデルたちの方へ向けてくる。
銃声が2発、轟いたかと思った次の瞬間には――――夫婦は胸を撃たれて仰向けに倒れる。
「なっ!?」
今しがたまで生きていた夫婦。サキを助けてくれ恩人。それが呆気なく撃たれて、地面に転がっている。男の方はまだ、かろうじて息がある様子で、血の混じった咳をしながら、撃たれた胸を押さえて呻いている。
「――――ずいぶんと手間をかけさせてくれましたね、雨宮アデル。ようやく見つけましたよ」
優男はほくそ笑みながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
何者なのかはわからない。だがゾンビを従えている様子なのを見るに、おそらくは帝国の人間だ。帝国人はゾンビに襲われないのだろうか。何が起きたのかわからず、アデルとサキは、倒れた夫婦を見下ろして困惑してしまう。
我に返ったアデルが気付き、まだ息のある男の方へ、慌てて駆け寄った。
「私の“無死”の効果があれば、死にかけても死なないはずです! その間に病院まで運べれば、きっとまだ助かるチャンスが……!」
アデルは肩を貸して、男を無理矢理、立たせようとする。その意図を汲んだサキも駆けより、それに協力した。2人でなんとか男をその場に立たせたが、重傷を負ったのに、無理に動かしたのが良くなかったらしく、男は項垂れて力尽きてしまう。
「……え?」
アデルとサキは、怪訝な顔をした。
男を降ろし、脈を取ってみるが……死んでいる。
どんなに瀕死の状態になっていても、アデルの傍にいる生物は、無死の効果で死には至らない。それが無死の効力だったはずだ。首を折られた佐渡ですら、花が傍にあるうちは、息絶えずに生存していたのを憶えている。それなのに、撃たれた名も知らぬ男は、呆気なく死んでしまった。完全に死亡したのだ。妙な話ではあるが、アデルの傍で死ぬというのは、理にかなわない出来事である。
「え? どうして……? アデルの無死の花の効果があれば、この人は死なないはずでしょ……?」
「私の……無死の効力がなくなってる…………?」
そうしているうちに、優男がアデルたちのすぐ近くまで来ていた。
優男は無造作に、サキの胸部に自動拳銃の銃口を向けてくる。
「……え?」
発砲音。
サキの身体を撃ち抜いた弾丸が背中から抜け、血しぶきを上げる。
心臓を撃たれたサキは、膝から崩れ落ちて倒れ伏した。
その一部始終を間近で目撃したアデルは、頬を抱えて絶叫する。
「いやあああああああああああああああ!」
ボロボロと涙を流しながら、撃たれた友人に駆け寄った。
撃たれたサキの上半身を、慎重に抱き起こす。
まだ息はあるが、先ほどの男と同様に、血の混じった咳をして死にかけている。
大丈夫だと思って動かした男が、先ほど死んでしまったのだ。怖くて、サキの身体を動かすことはできない。自分の無死の力が、失われていることもわかった。下手をすれば、友人を失ってしまうかもしれないだろう。サキの身体を支える手が震えた。
「これは全て、貴方のせいですよ。雨宮アデル」
「……!」
絶望の涙を流すアデルに、優男は微笑みかけた。
物腰の柔らかい、穏やかな態度とは裏腹に、口にする言葉は残酷だった。
優男は、淡々とアデルの罪を語り出す。
「こうして東京の人々がもがき苦しみ、死してなお彷徨う、醜い怪物と化しているのも。大切なご友人が、そうして貴方を守って死に瀕してしまっているのも。全て貴方のせいでしょう?」
「…………」
「企業国王にあれだけのことをした貴方たちが、黙って見過ごされるはずなんてありません。帝国が追ってくることなんてわかっていたというのに、貴方たちは敢えて、東京に逃げ込みました。多くの無関係な下民たちを巻き込んでしまうかもしれないリスクを承知でね。全ては、貴方が保身に走ったのが原因でした。これ以上、逃げ回って、あといったいどれだけ多くの人が、愛する者達を失えば済むのでしょうか。もうやめませんか? いたずらに逃げ回って、これ以上の犠牲を増やすのは。貴方1人さえ大人しく私たちへ投降すれば、全ては丸く収まるのですよ?」
今しがた死んだ夫婦が、息を吹き返し、ゾンビとして生まれ変わる。
唸り声を上げながら、狂気の顔でアデルの方を睨んでくる。
「これが……全部私のせい……。サキが撃たれたのも……イリアたちが帝国に追い詰められているのも……全部全部……私が東京にいたから……?」
ずっとアデルの胸中に引っかかっていた懸念。
優男は、それを口にして言ったのに過ぎない。
「貴女は、わかっていたはずですよ? 私たちの興味は、最初から貴女にしかない。貴女の仲間たちは、貴女に関わりさえしていなければ、危険に遭うことも、傷つくこともなかった。貴女は、その事実を認めたくなくて、ただ黙っていたのではないですか? 居心地の良い場所に、自分がいつまでも留まりたいと願ったから。その罪深い願いで、自身の希望を優先させたから」
「……」
狙われているのはアデル。
アデルを見捨てさえすれば、みんな助かる。
認めたくなかったその考えが、ようやく明確になった気がした。
「私がいなければ、誰も傷つかずに済んだ……?」
「そう言うことです。貴女と共にいることが、貴女の仲間たちにとってのリスクなのですよ。貴女が大切に想っていた少年も、貴女を守ろうとして、そのせいで傷ついたのです。貴女に関わりさえしなければ。貴女が存在しなければ、そうはならなかったと言うのに」
「私のせいで……ケイも……サキも……!」
指摘された通りだと思った。本当は、心のどこかで、それに気が付いていた。なのに認めるのが怖くて、見ないようにして、今までずっと口に出せなかった。イリアやサキたちのことを、本当に大切に想っているのなら、アデルは言うべきだったのだ。そうすれば、ケイが行方不明になることもなかっただろう。そんな言葉がある。
もっと早くに、こう言うべきだった。
――――私を見捨てて、と。
合理的な判断に従わず、仲間たちと一緒にいたいと願った。
それがアデルの犯した罪なのだ。
ヘタリ込んだまま肩を落とし、アデルは俯いて、静かに涙を流している。
表情には、色濃い絶望と失意の色が窺えた。
その様子に満足し、優男は仕上げにかかる。
「憐れですね……。せめて、そのご友人の命だけでも、助けて差し上げましょうか?」
「?!」
「私は四条院キョウヤ。死霊使いと呼ばれる者。この死者たちを操っているのをご覧いただけている通り、私は人の生死について造詣が深いのですよ。私の魔術をもってすれば、死にかけているそこのお友達を、死の淵から回復させてあげられます」
キョウヤの提案を聞いたアデルは、縋るような眼差しを向けてくる。
その淡い希望を利用するのが、キョウヤの目的だった。
「このまま貴女を力尽くで連れ帰ることは容易い。ですが今後のことを考えると、貴女には従順になってもらえていた方が都合が良いのですよ。だから、条件は1つです」
暗雲の空を背負い、数え切れない死者たちを従えた男は、不吉な笑みを浮かべる。
「私に服従しなさい、雨宮アデル」