1-7 不法侵入
学校からの帰り道。
トウゴとサキは、商店街にある惣菜屋で、店自慢のコロッケを買い食いする。幸せそうに、サクサクの衣を噛み解き、ホクホクのジャガイモの味に舌鼓を打っていた。
ふと、サキのスマートフォンに着信が入る。
ケイからである。
「あ。もしもし。雨宮くん?」
『どうも、部長。言われた通り、例の知り合いに会ってきましたよ』
「ほほう。それで、何かわかったのかしら」
『……あの。咀嚼音が聞こえてますけど、なんか食べながら話してます?』
「ほほほ。気にしなくて良いわ。それより結果を報告してくれる?」
サキに促され、ケイは状況を報告し始めた。
イリアは浦谷について、何も情報を持っていなかったこと。
結局のところ調査の進展はなかったのだが、今回のオカ研の調査へ、イリアが協力してくれること。それらを簡潔に説明する。
『――というわけで、オレの知り合いが調査協力してくれるそうですよ。SNSのグループチャットを作っておいたんで、先輩たちとそいつを招待しておきました。何かわかったことがあれば、これからは、そこへ情報を投下してくれるみたいです』
「でかしたわ、雨宮くん! 調査初日にしては、まずまずの出だしね!」
情報は得られなくとも、協力者が得られたことで、サキは満足した様子だった。
それまでコロッケを頬張っていたトウゴが、サキからスマートフォンを借りて、コソコソとケイへ話しかけてくる。
「そんで、雨宮……例の情報の方も、手に入ったのかよ?」
『ああ。先輩の、あの件ですね』
ケイは少し疲れた口調で、再確認した。
『えーっと。先輩がダイレクトメッセージで送ってくれた、例の子の特徴ってたしか、金髪ショートの外国人令嬢って言ってましたよね』
「おうよ!」
トウゴは胸を張って断言する。
「外国人の女子なんて、いくら名門校でもそんなにいねえだろ。数が少ないなら、だいたい見当は付けやすいんじゃないのか?」
『なんと言うか…………。それってたぶん、オレが今日会った人物、そのものズバリですね』
「……ん?」
『つまり、オレの知り合いが、先輩の意中の人ってことですよ。金髪ショートの女子は、たぶんアイツしかいないと思います』
「!!?」
ケイの回答を耳にしたトウゴは、力強くガッツポーズをした。
そして、なにもかもを悟った清々しい表情で、ケイに告げた。
「でかしたぞ、雨宮。お前はなんと先輩思いの後輩なんだ」
『あ。勝手に今、オレが紹介することで決定しましたよね、脳内で』
「紹介するだろ!? するよな!!? 雨宮くん??!」
ケイは言い出しにくそうに、トウゴへ言った。
『あー……。えっと。まあ、良いんですけど。その前に、お伝えしておくことが』
「なんだよ、改まって」
『あいつは“女子じゃないかも”しれないですよ?』
「……………???」
ケイの言ったことが理解できず、トウゴは思いっきり眉をひそめた。
困惑するトウゴに構わず、ケイは淡々と告げた。
『イリアクラウス。星成学園の1年生です。どこかの金持ちの生まれってことしか、プロフィール知らないですね。一見すると、すごく可愛い女子ですけど、会うたびに日替わりで、女子の制服を着てたり、男子の制服を着てたりする“変態”なんです。たぶんコネがあるんだと思いますけど、学校に特別許可させてるとか』
「な……なんじゃそりゃ……? でも性別は女子なんだろ?」
『さあ。あんまり興味ないので、本人に聞いたことないですけど。女子の服を着てる時は女子に見えます。でも男子の服を着てる時は、男に見えなくもない……って感じですかね。声も中性的だから、ますますわからなくなるんですけど。正直なところ“性別不明”なヤツですよ』
「……」
『あいつ。中身はともかく、見た目だけは良いから。男子からも女子からもチヤホヤされてるみたいですよ? みんな独自に、男だと解釈したり、女だと解釈してるみたいです。星成学園って、ジェンダーに対して大らかな校風なんですかね』
「………………」
トウゴはスマートフォンの受話口を耳に当てたまま、肩を落として無言で俯く。
『先輩? もしもーし?』
「……すまん。ちょっと頭を整理するのに時間かかるから、電話切るわ」
『あ、はい。なんかすいません』
ケイとの通話を終了させる。
神妙な顔で青ざめているトウゴ。
その様子を不気味に思い、サキが恐る恐る尋ねた。
「ええ……? 雨宮くんと、いったいなんの話してたのよ? 顔が真っ青よ?」
「吉見、俺は男好きじゃないよな?!」
トウゴは今にも泣き出しそうな顔で、サキの両肩を掴んで詰め寄った。
サキは少し赤面し、困惑する。
「はい?! いったいどういう質問?!」
「男好きじゃないと言ってくれ!」
「よ、よくわからないけど……トウゴは同性愛者じゃないと思うけど……?」
「ありがとう。ありがとう、吉見……! 我らが部長殿……!」
「なんなの、怖いわね……」
酸っぱいものを食べたような渋い顔で、ブツブツと感謝の言葉を口にするトウゴ。
サキはいかがわしい思いで見守った。
ふと、サキのスマートフォンが振動する。
ケイが作ってくれたグループチャットに、メッセージが投下された知らせである。
早速、イリアが何かしらの情報を掴んでくれたようだ。
ウキウキする気持ちで、サキはその内容を確認した。そして、すぐに驚く。
「やだ、うそ……!」
「ああ? どうかしたのか?」
「これって……住所よ。浦谷ヨウジの!」
サキが見下ろす画面には、地図アプリが表示されている。
ピンのアイコンが穿たれた横に、吹き出しで、郵便番号と番地が表示されていた。イリアの短いメッセージが添えられており、「浦谷先生は、ここで一人暮らしをしているそうだ」と書き込まれている。
トウゴも画面を覗き込んだ。
「住所って……どうやったら、そんなもん調べられたんだ? 普通、学校の先公の住んでる場所なんてわかるもんかよ」
「手段はわからないわね。このイリアって名前の子、やるじゃない。これは嬉しい誤算。思ってたよりも、優秀な調査員が私たちの味方についたみたいよ……!」
食べ終わったコロッケの包み紙を、ゴミ箱へ捨てる。
そうしてサキは、画面の地図表示を確認しながら歩き始めた。
いきなりどこかへ向かっていくサキに慌て、トウゴもその後に続いた。
「おいおい、どこ行くんだよ!」
「この住所って、この商店街からすぐ近くよ! 見つけましょう!」
「マジ言ってんのか……!?」
好奇心で気が急くのだろう。
地図を見ながら歩いていたサキは、いつしか小走りになっている。
商店街を抜けた向こうは、一戸建てが建ち並ぶ住宅地だ。そこへ突入して行き、入り組んだ生活道路を進む。進行方向を指さしながら、サキは言った。
「こっちの通り! あの角の向こう!」
「おい、待てって、吉見!」
サキの後ろを、トウゴは同じ小走りで追いかける。
少し息が上がってきた頃、先導していたサキの歩みが止まった。
「ここだわ…………!」
たどり着いたのは、とある住宅の前である。
鉄骨造りの2階建て。庭は無いが、屋根付き車庫がある。モダンな建築で、立派な家だ。一見して、いかにも裕福な家族が住んでいそうな佇まいだが、イリアの情報によれば、浦谷はここで一人暮らしをしているのだという。
玄関を見たトウゴが、驚いた顔をした。
「マジかよ……。本当に、浦谷って表札出てんじゃねえか」
「この大きな家に、独りで住んでるって言うの……? なんなの。他界した親の遺産相続かなんか? 学園の教師って、こんな立派な家を買えるくらいに、給料が良いのかしら」
この場へ向かう最中、すっかり陽は暮れてしまっている。
周囲は薄暗くなっており、浦谷の家以外は、すでに人の在宅を意味する明かりが灯っていた。浦谷の家だけが、真っ暗闇である。
「家の明かり点いてねえし。車もねえし。誰もいないみてえだな」
「見た感じ、留守よね」
庇に、監視カメラの類いは無さそうに見えた。それは周囲の家々も同じである。ドアモニタにもカメラがないことを確認してから、サキは玄関扉の前に立つ。
「……よし。ピンポンダッシュをしてみましょう」
「はあ?! やめとけって!」
トウゴの制止の声を聞かず、サキは試しに、呼び鈴を鳴らした。
何度か鳴らしてみたが、反応はない。
やはり住人は留守のようだ。それを確信できた。ピンポンダッシュを仕掛けているサキの背を、トウゴはハラハラして見守っていた。
「無茶しすぎだろ……! もう家の場所がわかったんだから良いだろ! 帰ろうぜ!」
「……」
なんとなく、サキは玄関のドアノブに手をかけてみた。
すると、難なく扉は開いてしまう。
「…………鍵かかってないんだけど」
そう言ってサキは、固い唾を飲み込んだ。