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6-30 剛拳のゲイル



 自衛隊の戦車部隊は強力だった。


 ゾンビたちが現れれば、戦車砲や機銃掃射で容赦なく制圧する。路上放置された自動車など、前方の障害物は踏み潰して進んでいく。その進撃を止められる障害は、およそ思いつかない。圧倒的な火力と、自衛官たちの練度の賜物(たまもの)で、避難シェルターへの道程は順調だった。


 戦車の後ろを、自衛隊の救助部隊と都民たちがついて歩く。

 ケイたちも、その行列に混じっていた。

 頭の後ろで手を組み、ジェシカがニヤけて言った。


「フフ。これは戦わなくて良いから、楽ちんね。じえいたいって、東京の軍隊なんですって? まあ、帝国騎士団ほどの近代装備を使ってるわけじゃないみたいだけど、なかなか強いじゃない」


「軍隊に守ってもらえるのは、助かるですね……」


「ああ。災害救助の時にしか活躍を見かけない自衛隊だけど、こうしてちゃんと戦えて、国民を守ってくれるんだな。なんだか頼もしいよ」


 先ほどから、祖父のゲンゾウは、ケイたちの少し前を歩いている。ケイたちの自宅へ助けを求めてきた主婦と子供。成り行きで連れ立ってきた2人のうち、子供の方が腕に怪我を負っていたのだ。自衛隊の砲火が掠ったらしく、軽い火傷になっているようだ。ゲンゾウは子供を背負ってやっている。同じように、ケイたちに声を掛けてくれた自衛官が、子供の手当のために並び歩いていた。


 ケイたちもゲンゾウたちの近くへ歩み寄って行った。


「おお、ケイか。お前も怪我はないか? 痛いところがあるなら、遠慮せんで自衛隊さんに手当をしてもらった方が良いぞ。ワシなんか腰痛用の湿布までもらえたくらいだ。かなり色々とクスリを携帯しておられるようだ」


「オレは大丈夫だよ、じいちゃん。心配ありがとう」


 続いてケイは、主婦へ訪ねた。


「お子さんの怪我は……大丈夫そうですか?」


「あ。ええ。ありがとうございます。自衛隊さんから痛み止めをもらったところで、おかげさまで泣き止んだところです」


「それは良かったです」


 ゲンゾウの背中で寝息を立て始めた子供を見て、ケイは微笑む。

 ずっと気が張っていて、疲れていたのだろう。窮地の中であっても眠れている様子だ。

 そんなケイたちを見ていた自衛官が、声を掛けてきた。


「皆さん、危機一髪の場面でしたね。我々が駆けつけるのが間に合って、本当に良かった」


「ええ。危ないところを助けてもらって、ありがとうございました」


「いいえ、お気になさらず。我々は、自衛隊本来の使命を果たしているだけですから。ですが……できれば我々が活躍するような事態は起きて欲しくなかった。自衛隊は、永遠に日陰者であるべきだったのですがね……」


「……」


 普段は護憲派の活動家たちに、その存在すら否定されている自衛隊だ。この自衛官は、そのことを「日陰者」と言っているのだろう。そんな扱いで良いとさえ思い、こうして人々に献身をしてくれている自衛隊の人々には、本当に頭が下がる思いだった。


「それにしても……ずいぶん早く部隊展開が行われていたんですね。オレたち一般人からすると、都民のゾンビ化なんて未曾有(みぞう)の事態が起きたのは、つい今しがたくらいの感覚ですよ。緊急事態放送があって、まだ1時間も経ってないですし。まあ、この辺の街が襲われれるのが遅かっただけで、実は他の街がもっと前から襲われてて、そっちの対処で、すでに自衛隊が展開されていた、とかですかね。すぐに駆けつけてもらえたのはありがたいんですけど、なんか手際が良すぎるような印象があって」


「それは……」


 自衛官は、少し困ったように語調を(にご)した。


「実は……自衛隊は昨日の深夜に緊急招集がかけられまして。東京周辺の部隊の大半は、東京都へ集められていたんです」


「え? 昨日の夜からですか?」


「ええ。最初は、昨日の晩に東京で起きたテロ。ほら、あの警視庁ビルやレイボーブリッジ崩壊の後処理任務だとばかり思っていたのですが……戦車部隊の集結を要請され、戦闘機はスクランブル待機命令が出てました。まるでこれから、東京で戦争でも始まるような雰囲気で、完全武装をして集結するように官邸から命令が出ていたんです。今にして思えば、まるでこの事態が起きることを、首相官邸は予期していたような気さえしますよ」


「……官邸が、都民のゾンビ化に備えてた?」


「わかりません。まあ単純に、次のテロ攻撃に備えていただけの指示だったかもしれませんから、私の気のせいかもしれませんけどね。はは」


「……なるほど」


 よくよく考えれば、東京では昨晩、大きなテロ事件が2つも起きたばかりだ。今朝方、東京に戻ってきたばかりのケイは失念していたが、思えば自衛隊が展開されていたのは、当たり前のことだったのかもしれない。変な質問をしてしまったかと、ケイは気まずい思いをしてしまう。


 ふとケイは、自衛官が弾薬ベルトに差しているアンプルが気になった。

 あまり見たことのない、赤黒い液体が封入(ふうにゅう)されている。

 輸血パックだとすると、液量が少なすぎる気がした。

 だとしたら、何かのクスリだろうか。


「そのアンプルは、何ですか?」


「ああ。これですか? 本隊に配られたものです。“ワクチン”ですよ」


「ワクチン?」


「はい。ゾンビ化した都民は、危険なウイルスに感染しているそうで、近づくのは危険なのだそうです。ゾンビ化を防いでくれるわけではないそうですが、このワクチンを接種をすることで、危険な病原体から身を守れるそうですよ。この作戦前に、自衛隊は摂取済みです。シェルターに行ったら、皆さんも打たれると思いますので、ご協力お願いしますね」


 そう言って自衛官は、ケイたちの元を離れ、他の怪我人のところへ歩み寄っていく。

 話を聞かされたケイは、怪訝な顔をしていた。


「ワクチンか……何だか怪しいクスリだな。どう思う、ジェシカ」


「気休めでしょ? ゾンビ化を防ぐ抗体現象理論(プログラム)なんて、一朝一夕で構築できるようなものじゃないし。魔術のマの字も知らない、白石塔(タワー)の住人には対処不可能な現象よ。今の東京で広まっているのは、こっちの人間が考えてるような、物質的な実体があるウイルスなんかじゃない。EDEN(ネットワーク)上にのみ存在する危険な現象理論(プログラム)なわけ」


「やっぱ、そうだよなあ……」


 その理屈を真面目に説明したところで、自衛官たちには理解できないだろう。ワクチンの効果を疑っていなさそうな自衛官を見ていると、教えてあげられてなくて、なんだか申し訳ない気持ちになってきてしまう。


 戦車部隊に連れられて、ケイたちはやがて、星成学園の校門付近まで辿り着いた。


 以前にイリアが通学していた、富裕層の子供たちが通う学校だ。敷地の周囲には、土嚢(どのう)を積み上たバリケードができあがっている。そこを、武装した自衛官たちが守っていた。学び舎と言うよりも、もはや完全に軍事拠点である。


 自衛官たちの誘導に従い、人々は学園の奥へと案内される。そこでは炊き出しや、ワクチン接種が行われているらしい。ケイたちも、医師たちのメディカルチェックを終えてからワクチン接種会場へ向かうように指示された。


 そうして、学園内に足を踏み入れようとした時だった。


 ――――サイレンが鳴り響く。


 学園の周りに設置された、警報用の大型スピーカー。そこから、うねるような、けたたましい高音が発せられる。入り口のバリケードを守っていた自衛官の1人が、双眼鏡を覗き込みながら、青ざめた顔で喚き始めた。


「て、敵襲! 大群が押し寄せてきてます!」


 学園の校門から、駅まで続く直線の道路。

 その向こう側から、黒い波のように押し寄せるゾンビの大群が見えてきた。


 地鳴りような足音を伴い、迫ってくる。学園の四方八方から警報音が鳴り響いている状況からして、おそらく全方位から敵の大群が押し寄せてきているのだろう。この拠点に戦車が何台あるのか不明だが、対処しきれるのか怪しくなるような軍勢の襲撃である。


「そんなバカな! 集団行動するゾンビだと?!」


「このシェルターを一斉攻撃だなんて……! まるで“統率”されているみたいだ」


 愕然と呟きながら、戦闘配置に付く自衛官たち。土嚢に貼り付き、突撃自動小銃(アサルトライフル)を構えたり、機関銃を準備したり。周囲が途端に慌ただしくなる。一般市民は、急いで学園内へ避難するように避難誘導される。警報が鳴り止むと、ケイたちも、早く敷地内へ入れと警告された。


「――――見つけたぞ、雨宮ケイ!」


「!?」


 大きな野太い男の声が響き渡った。

 いきなり名を呼ばれたケイは、その場で立ち止まる。


 土嚢で築かれたバリケードの向こう。

 自衛官たちの銃口と、戦車の砲塔が向けられた先。

 そこに、いつの間にか大男が立っている。


 角刈りの金髪。黒スーツの男である。がたいが大きくて屈強そうであり、ワイシャツのボタンがはじけ飛びそうなくらいの、分厚い胸板である。筋骨隆々の両手には、分厚い拳具(ナックルダスター)を握り込んでいる。


 その男の背後で、ゾンビの大群は進軍の足を止めた。

 まるで男に付き従う(しもべ)であるかのように。


 ゾンビたちをけしかけず、黙って道路の真ん中に佇む男。どうやらケイの反応を待っている様子だ。自衛官たちは「誰のことだ?」と囁き合い、ゲンゾウは、なぜ孫の名を呼ばれているのかわからず、困惑している様子だ。呼ばれたケイは、歩み出ようとする。だがその手をゲンゾウが掴み、懇願するようにケイへ言った。


「頼む……行くな……!」


「……ごめん、じいちゃん。でも、オレが行かなきゃいけないみたいだ。みんなのためだよ」


「……ケイ……!」


 祖父の手を放し、ケイは大男へ向かって歩き出す。

 ジェシカとエマも、黙ってその背に続いた。


 唖然としている自衛官たちの横を通りすぎる。

 ケイは土嚢のバリケードに隠れることは止めて、道路の真ん中の大男と対峙した。


「誰だよ、あんた。ずいぶんとデカいオッサンだな」


「口の利き方に気をつけろ、雨宮ケイ。(いや)しき下民風情が、栄えある帝国騎士を前にしているのだ。敬意を持って言葉を選べ」


 大男は笑いもせず、ただケイを見下して応えた。

 男の口ぶりから、ケイは色々と推察した。


「オレのことを知っているということは、東京に来てるって言う、四条院キョウヤの一派か?」


「いかにも。吾輩(わがはい)は“剛拳(ごうけん)のゲイル”。キョウヤ様直属の上級魔導兵(ハイウィザード)が1人よ」


 上級魔導兵(ハイウィザード)――――。


 帝国騎士団の中でも、魔術を扱える騎士を魔導兵(ウィザード)と呼ぶが、その中でも選りすぐりの使い手のことだ。騎士団の階級で言えば、エリーもたしか上級魔導兵(ハイウィザード)と呼ばれていた。ならばエリーと同格の存在なのだろう。それ以上か、それ以下かはわからないが、強い相手に違いないはずだ。


 ゲイルと名乗った大男は、首をゴキゴキと鳴らす。

 そうして白い吐息を吐き出しながら語った。


「よもや、貴様が生きているなどとは……全くの想定外。死亡時の状況について報告を受けていた故、目撃情報を聞いた時には、耳を疑ったものだ。だが道理で、ベリル湖を捜索しても、死体が見つからないわけだ。こうして東京へ戻ってきていたのだからな。しかして淫乱卿(いんらんきょう)と真正面から対決し、生き延びる者がいようとは……信じがたいことだ」


「よくオレのことを見つけられたな。四条院キョウヤは、ずいぶんと目が良いらしい」


「それはそうだ。なにせ、キョウヤ様の現象理論(プログラム)に感染した全ての都民が、今ではキョウヤ様の制御下。キョウヤ様の目となり、耳と化しているのだ。この死の軍勢の目に映る全てが、キョウヤ様に筒抜けよ。雨宮アデルがどこへ隠れていようが、貴様がどこへ逃げようが、もはや逃れることなどできぬと言うことよ」


「……やはり、四条院キョウヤが死霊使い(ネクロマンサー)か」


「ほう。我が主の呼ばれ名を知っているとは、下民にしては耳聡(みみざと)いことだ」


 ゲイルは太い右腕を差し出し、ケイへ告げた。


「貴様の手にする、その赤剣。それはキョウヤ様のものだ。返して貰うぞ?」


 案の定である。

 ゲイルは、わざわざケイに会うために出向いてきたのではない。

 ケイが手にしている、赤剣が欲しくてやって来たのだろう。

 淫乱卿(いんらんきょう)を退かせたという“企業国王(ドミネーター)を殺せる剣”を求めて。


「アデル以外に、この剣も狙ってるのか?」


「左様。それは、貴様のような下民風情には過ぎた宝剣。その剣は、いずれ7つの企業国(ユニオン)の全てを統べるであろう、未来の王にこそ相応しい至宝だ。なればこそ、キョウヤ様の手中にあるが相応しい。雨宮アデルを求め東京へやって来たが、予期せず、その剣も同時に手に入るとなれば一石二鳥。ここは力ずくでも、貴様から奪うまでよ」


「四条院キョウヤが、真王に取って代わるつもりでいるのか? あんたは上司に、ずいぶんと心酔しているらしい。どんな奴か知らないが、父親同様にロクなヤツじゃなさそうだ」


「……下郎が。キョウヤ様を侮辱したことを後悔させてやろう」


 (いか)つい顔に青筋を浮かべて、苛立ったゲイルは、ゆっくりとケイへ歩み寄ってくる。

 構えることもせず、ただ歩み寄ってひねり潰すつもりなのだろう。

 完全に舐められているようだ。


 ケイはゲイルを睨み付けたまま、背後で身構えているクラーク姉妹へ声をかけた。


「ジェシカとエマは、学園の裏門の方を守りに行ってくれ」


「?!」


「じいちゃんや、学園内に避難してる人たちを守って欲しい」


 言われた2人は驚いた顔をする。

 ジェシカが必死に、ケイへ忠告してきた。


「け、けど! 相手は上級魔導兵(ハイウィザード)よ?! もしかしたら、エリー先生と同じくらい強いかも……! エリー先生とは違って、アイツはアタシたちを殺すつもりなの、わかってる?! エリー先生と戦った時だって、3人じゃなきゃ無理だったじゃない!」


「わかってるさ。けど、手出しをしないでくれ。コイツとは、オレ1人でやってみたいんだ」


「1人でって……大丈夫なんですか、雨宮さん……!」


「今のオレが、どこまで帝国に通じるのか。確かめておく必要があるんだよ」


 もはやケイは、クラーク姉妹の忠告を聞こうともしていない。

 これ以上言っても無駄だと察し、ジェシカは呆れた顔をしてしまう。

 だが心配そうに、ケイへ告げた。


「……死ぬんじゃないわよ」


「死にそうになったら、すぐ2人に泣きつきにいくさ」


「本当にバカなんだから! さっさと諦めて、泣きつきに来なさいよね!」


 ジェシカは悪態をつきながら、土嚢のバリケードの後ろへ引っ込んでいく。姉の後に続いて、エマもその場を去っていた。路上に残されたのは、睨み合うケイとゲイル。両者の背後で控えるのは、銃口を構えた自衛官たちと、唸り声を上げ、今にも飛びかかろうとしているゾンビ軍団だ。


 ケイは紅蓮の剣を、(さや)から抜き放つ。

 その剣先をゲイルに向けて、ケイは冷ややかな殺意の眼差しを送る。


「ちょうど良いところに来てくれたな。久しぶりに親父の話しを聞かされてさ。帝国の連中には心底、腹が立っていたんだよ」


 剣を抜いたケイを警戒し、ゲイルは立ち止まって身構える。

 岩石のような拳を眼前まで持ち上げた、ボクサーのようなファイティングスタイルだ。


「ほう。下民の分際で、単騎(たんき)で吾輩へ挑むか。面白い。企業国王(ドミネーター)を退けたという力、マグレ勝ちではなかったか、試してみるとしよう」

 







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