表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/478

6-26 タイムリミット



 非常階段近くの、物資搬入用エレベータを使い、1階まで降りる。

 その先の通路を少し行けば、目的の裏口扉が見えていた。

 短い道のりではあっても、途中には、武装した兵隊たちが歩哨として立っているのが見えた。

 残された関門は、それである。


 ……ガムテープで手足を拘束し、口を塞いだ少女。

 今、真上が手押ししているワゴンの中には、それが押し込められている。


 カモフラージュのために洗濯物をかき集め、少女の上にかぶせて、姿が見えないようにしている。だがもしも、少女に暴れられたら、兵士たちに気が付かれるかもしれない。そうなる前に、この場は早々に通過するべきだろう。真上は固い唾を飲み、緊張を解きほぐすように深呼吸をした。そうして、何食わぬ顔でワゴンを押して通路を進む。


 主任研究員である真上は、館内では有名人だ。兵隊たちは顔見知りで、笑顔で挨拶をしてくる。それらに手を振って応じながらも、背筋にはビッショリと冷や汗をかいていた。「なぜリネンワゴンを押しているのか」と尋ねられもしたが、「今は急いでいる」と言えば黙り、それ以上の追求はしてこなかった。真上は首から提げたセキュリティカードを、操作盤に押し当てる。それで、扉のロックは簡単に解除された。裏口扉から外に出ると、冷えた夜気が頬に当たった。


「やった……やったぞ……!」


 無事に少女を、外まで運び出せた。

 その喜びを噛みしめ、思わずガッツポーズをしてしまう。


 今日までに、念入りに準備を進めてきたのが功を成したのだ。少女の体内に埋め込まれた追跡チップを無力化し、兵士たちの巡回パターンを調査し。出口まで最も安全に運び出せる経路を割り出した。大人しくさせるために、友人である吉見サキを人質に取ることも計画通りだった。


「あとは、この子を四条院家へ引き渡せば……僕が貴族……!」


 はやる気持ちを抑えきれず、敷地外へ向けて、小走り気味にワゴンを押した。

 周囲を囲む衝立(ついたて)の隙間をくぐれば、すぐ傍にコインパーキングがある。

 引き渡しの約束の場所は、そこだった。


 駐まっている車は1台だけ。スポーツカーだ。

 おそらく新車だろう。ピカピカの赤い車体である。

 運転席に座っていた少年が、真上の来訪に気が付いたらしく、車から降り立った。


 染め上げた金髪。両耳はピアスだらけ。性格の悪さが目付きに出ている、不良(ぜん)とした風貌である。ロングレザーコートを着込んでおり、シルバーの指輪やネックレスで着飾っていた。吸っていたタバコを、火も消さずにその辺へ放り捨てる。


「おっせーよ、ウスノロ」


 斗鉤(とかぎ)ダイキは、舌打ち混じりで開口した。

 真上は、駐車場でダイキと対峙した。


「お待たせしました……。雨宮アデルを連れてきましたよ」


 言いながら真上は、リネンワゴンの中の衣類を取り出して、その下に埋もれていたアデルの身体を引っ張り出す。白銀の髪の美しい少女は、青ざめた顔をしていた。その腕を乱暴に引っ張り上げ、ダイキからも見えるように立たせる。少女の姿を確認したダイキは、満足そうに笑んだ。


「でかしたじゃねえか、科学オタク。間違いなく、雨宮アデルだな。よし、俺様の車のトランクに乗せておけ」


「……待ってくださいよ、ダイキさん」


「あ?」


 真上は恐る恐る、進言(しんげん)する。


「僕は約束通りに、彼女を連れてきたでしょう? そちらも約束を守ってくださいよ。雨宮アデルを連れてきた者を、貴族として取り立ててくれるって話しでした。四条院さんに会わせてくださいよ」


「四条院さんはお忙しい方だ。いちいち面会なんかできねえ。俺様が、雨宮アデルの身柄を四条院さんへ引き渡しておく。わかったら、さっさとトランクへ入れろ」


「いえ……その説明だけでは納得できません」


 リネンワゴンの中からアデルを出して、真上は少女を背後へ隠す。


「失礼ながら。ダイキさんだって、帝国社会においては白石塔(タワー)の下民でしかありませんよね? なら、自分が貴族になることを目論んでいる可能性だってある。僕から手柄を奪ってね」


「……」


「四条院さんに直接お会いして、僕から彼女を引き渡したい。あなたを中継したくないんです」


「てめえ……俺様を疑ってんのか?」


「信用できる理由がありますか?」


 真上とダイキは、しばし無言で睨み合う。


 だがやがて、ダイキは高らかに声を上げて笑った。


「正直言って、見直したぜ。お勉強ばかりが得意な、世間知らずだとばかり思ってたが、意外に勘が鋭いところもあるじゃねえかよ」


 ――――周囲の暗がりで、複数の人影が(うごめ)く。


「!?」


 唐突に第三者の気配が漂う。

 真上は咄嗟(とっさ)自動拳銃(ハンドガン)を手にして身構えた。


 闇の中に身を潜めていた彼等は、コインパーキングの電灯が照らす光の下へ姿を現した。人数は10人くらいいるだろう。ダイキが潜ませていた、伏兵の男たちとみられた。だが奇妙なことに、いずれの男も兵装ではない。私服姿である。武装した小隊が現れたのではなく、近所に住んでいる一般市民たちが顔を出したような雰囲気だ。全員、気味が悪いくらいにニコニコと愛想良く微笑んでいる。


 その内の1人の頭が――――形状崩壊する。


 人間の頭部だったものは、(から)み合う無数の触手に変わる。それが(ほど)けたかと思うと、次の瞬間には真上の方へ伸びてきていた。瞬時に腕を絡め取られた真上は、予期せず自動拳銃(ハンドガン)を取り落としてしまう。他の男たちも頭が形状崩壊し、同様に触手を伸ばして、真上の手足を拘束(こうそく)した。


「ひ! ひぃぃっ! なんだコイツ等! 人間じゃないのか?!」


「借りてきたんだよ。この辺の掃除を担当してる、異常存在(ヘテロ)の連中だ」


 身動きが取れなくなった真上に、ダイキは余裕の態度で歩み寄って行く。

 コートの懐からダガーナイフを取り出し、躊躇(ためら)いもなく真上の脇腹へ突き刺した。


「ぐうあっ……!」


 初めて体験する凶悪な激痛に、真上は目を白黒させて(うめ)きを漏らす。脂汗(あぶらあせ)(にじ)ませ、涙している真上に、ダイキはニヤニヤと笑みを浮かべて言った。


「残念だったなあ。貴族になりたかったよなあ? でも仕方がねえよ。お前は知りすぎてる。後から四条院さんにチクられでもしたら(たま)らねえからよ、最初からこうするつもりだったわけ」


「ダイキさん……あんた……自分が貴族になるつもりで……!」


「はあ? 貴族? んなもんに興味ねえよ」


 ダイキは、真上の推測を鼻で笑った。


「飼い犬じゃねえんだ。拾ったオモチャを渡す主人なんか、俺様にはいねえんだ」


 言いながらダイキは、何度も真上の腹をナイフで刺した。

 何度目かまでは、刺された痛みに苦しむ真上の反応が見られた。

 だがすぐに反応がなくなり、真上は動かなくなってしまう。


 真上が力尽きたことを確認すると、異常存在(ヘテロ)たちは手足の拘束を解いた。ダイキは、面倒そうに、ナイフに付着した血を、倒れ伏した真上の死体の服で()き取った。


「おい、そこのゴミ。始末しておけ」


 ダイキが命じると、異常存在(ヘテロ)の1人が笑顔のまま(うなず)く。

 死体を引きずり、暗がりの方へと消えていった。


「さてと」


 そうしてダイキは、アデルへ向き直る。


 簡単に人を裏切り、殺してしまった斗鉤(とかぎ)ダイキと相対し、アデルは怯えた顔をしていた。そんな相手の恐怖が心地よくて、ダイキは不敵に笑んだ。


「四条院家に引き渡したりなんかしねえ。お前は今から()()()()だ」


 ダイキはナイフの刃を()め、血の(しずく)で唇を汚した。




 ◇◇◇




 東京スカイツリー。

 高さ450メートルの第二展望台から眺める東京の夜景は、広大だった。


 一望できる眼下を見下ろせば、消火と救助活動が行われている警視庁ビルが見えた。路上で起きた銃撃戦の被害者救助や、カーチェイスの巻き添えになった車両の撤去作業などが行われていて、都内の道路はどこも封鎖中。パトランプと、消防車のサイレンが鳴り止まない様子だ。遠くには、落下したレインブリッジも見えている。


 異様な状況の首都を眺める、1人の男がいた。


 エリートビジネスマンと言った雰囲気の、優男(やさおとこ)である。七三分けにした黒髪。ストライプスーツを着込んだ、スラリとした長身美形の男だった。腰の後ろで手を組み、面白くもなさそうに下界の混乱を見ていた。展望台デッキを貸し切っているため、今夜は、一般客たちの姿はない。


 そんな男の背後から、近づいてくる足音が聞こえた。


 角刈り金髪の、黒スーツの男である。がたいが大きくて屈強そうであり、ワイシャツのボタンがはじけ飛びそうなくらいの、分厚い胸板である。悪い人相をしていた。


「ゲイル。雨宮アデルの身柄を確保できましたか?」


 七三分けの男は、部下を振り向きもせずに尋ねる。

 ゲイルと呼ばれた角刈りの男は、敬礼をして報告した。


「時間切れです、キョウヤ様」


「……そうですか」


 ゲイルの報告を聞いた四条院キョウヤは、怒るでも落胆するでもない。

 ただ冷ややかに、相づちの言葉を漏らした。


 10日間だけ、与えた猶予。

 その期間内に、雨宮アデルを捕らえることができた者はいなかったようだ。

 他人任せにしたせいで、時間を無駄にしてしまったことを、キョウヤは静かに悟る。


「下民たちの世界のことですから、下民たちに探させるのが、1番効率が良いと期待していました。ですが、所詮は下民でしたね。このまま彼等に任せていては、事をし損じます」


「同感であります」


 キョウヤの意見を、ゲイルは敬礼したまま肯定した。

 面倒そうに、キョウヤは溜息を吐いた。


「私が捜索に介入してしまったら“力加減(ちからかげん)”などできません。東京を無傷な状態に留めておくことができなくなります。ですからせめてもの慈悲で、下民たちが雨宮アデルを差し出してくることを願っていました。こうなってしまってはもう、私が動くしかありません。私が動くと言うことは、東京が“廃棄処分”になることを覚悟しなければなりませんね」


「キョウヤ様のせいではありません。キョウヤ様の期待に応えられない、下民どもが愚かなのです。この結果は全て、ヤツらの愚かさが招いたものになるでしょう」


 ゲイルの意見を聞いて、キョウヤは苦笑を漏らした。


「父上が回復して目覚めるまで、残すところ時間も少ない。その前に、何としても雨宮アデルを手に入れ、この白石塔(タワー)を離脱していなければなりません。私のこの行動を父上が知ったなら、私が裏切り、父上を殺す手段を探っていたことが知られてしまいます。もう後戻りはできないのです。今後、父上に見つかれば、私たちの命はありません。急ぐ必要がありますね」


 キョウヤは、東京の夜景へ手を伸ばした。


「ここからは少々乱暴になりますが、強硬手段でいかせていただきましょう」


 接覚(せっかく)を研ぎ澄まし、キョウヤはEDEN(ネットワーク)の海を見る。


 広大な夜景の中に張り巡らされた、数え切れない経路(リンク)の黒い線。あらゆるものがそれによって繋がり、相互に影響し合っている。キョウヤに繋がれた経路(リンク)が、赤々と色を変えて光り出す。その赤い光は湖面の波紋であるかのように、キョウヤを中心に東京全土の経路(リンク)へ広がっていく。


「さて。それでは――――()()を始めます」


 キョウヤが仕掛ける、大規模ハッキング。

 東京都民全員に対するEDEN(ネットワーク)介入が始まった。





次話は月曜日に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ