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6-24 開戦前夜



 崩壊したレインボーブリッジ。

 そこから滑り落ちたトウゴたちの車は、海の中へと沈降していった。


 冬場の海温は低く、冷水にさらされた肌は一気に鳥肌立って、痛々しいピンク色に染まっていく。真面目に凍死しかねない低温の中でもがき、トウゴたちは絶体絶命の危機に陥ったことに絶望していた。


 だがそんな時、海中に駆けつけてくれたのは、レイヴンである。


 レイヴンは、機械仕掛けの大槍で車両を押し、海中を移動して現場から離脱をはかる。

 水の中に隠れて、上空にいる黒夜叉の目から逃れるつもりなのだろう。

 その意図を察したトウゴたちは、海面に上がりたいのを我慢して、息を止めていた。


 そうしている最中、レイヴンの槍の推進力が高かったため、海水に腹を押されるような重圧を感じて苦しかった。だがグッと我慢して、呼吸したい気持ちを懸命に堪える。やがて車両は静かに海面へ浮上し、そうして水の中から脱した。


「ぷはっ!」


 水の中から脱した途端、トウゴたちは思い切り息をする。


 肺の中に冷えた夜気を溜め込み、慌てて車内から飛び出して、海を泳ぎ始めた。トウゴたちが車の中から脱すると、レイヴンは、槍で車体を海面へ押し上げることをやめる。すると用済みとなったバンは、静かに音もなく、海底へと沈んでいった。


 豊洲(とよす)ぐるり公園――――。


 辿り着いた先で、真っ先に目についた岸。

 そこはレインボーブリッジを一望できる、広々とした公園だった。

 トウゴとユウト。そして財団部隊の生き残りメンバーは、岸辺まで自力で泳ぎ始めた。

 (かじか)んだ手足が思うように動かしづらかったが、懸命に泳ぎを続けた。


 全身が水浸し。着ていた服は下着まで濡れ、気色悪く身体中に貼り付いてきた。海水に浸かっていたため、まとわりつく水分はベタついており、髪もゴワゴワである。


「ったく……完全に死んだかと思ったぜ」


「同感だ、弟よ……」


 言いながらトウゴとユウトは、財団部隊のメンバーと共に、レインボーブリッジの方角を見やった。


 落ちた橋。

 そこを走っていた車は全て、海へ滑り落ちていった。トウゴたちの車だけでなく。追ってきていたパトカーも。一般車両も全てだ。海に落ちた人々の救助活動を始めようとしているのだろう。近くを航行していた漁船や、海上保安庁の船が、橋の周りに集まろうとしている様子が見えた。


「ひでえことになってんな……」


「ああ……」


 自分たちが助かるための逃走劇であったとは言え、結果として、多くの人々を巻き添えにしてしまったようだ。それを考えると、罪悪感がこみ上げてくる。峰御(みねお)兄弟は胸を痛めてしまった。


「――――君らが気にするこっちゃない。全部はユエ。つまりは帝国がやらかしたことだ。俺たちはただ、逃げてきただけ。勝手に暴れたのは、向こうだろ?」


 トウゴたちと同じように、全身ずぶ濡れのレイヴンが歩み寄ってきた。

 ニヤリと笑んで、落ち込んでいる様子の2人に声をかけてきた様子である。

 どうやら気を遣われてしまったようだ。


「オッサン、ガチで助かったぜ。本当にありがとうな!」


「だからオッサンじゃねえって……まあ、もう面倒だから良いや。それよか、(むか)えが来てくれてるから、さっさとここをズラかろうぜ。東京は大騒動になってんだ。ここもすぐに、警察に封鎖されるだろうよ」


「迎え?」


 レイヴンの少し後方。公園の向こうから、歩いてくる複数の人影が見えた。

 いずれも、短機関銃(サブマシンガン)で武装した、財団の私兵部隊だろう。

 そして、その部隊を引き連れて歩いてくるのは、小柄な金髪の少女だ。


 見覚えのある面影。無人都市で、共に危機を乗り越えた友人。

 その姿を見るなり、トウゴは嬉しくなって声を上げてしまう。


「イリア!」


「やあ、久しぶり。救出が遅れて悪かったね、トウゴ。さすがに警視庁に忍び込む作戦となると、準備に時間がかかってしまったんだ。だが……あそこまで派手な騒動になることがわかっていたら、どうせなら、警視庁にロケット弾を撃ち込む作戦でも良かったかもしれないな」


 レインボーブリッジを見やり、イリアは皮肉する。

 ようやく再会できたトウゴは、感極まって、涙ぐんでしまっていた。




 ◇◇◇




 イリアたちが乗ってきた車両に乗り込み、トウゴとユウトは、アルトローゼ財団の安全地帯(セーフエリア)へ移動していた。その道中、トウゴは、イリアたちが今日までに経験してきた、想像を絶する出来事を聞かされた。あまりにも衝撃的な話しの数々に、言葉を失ってしまう。


「……無人都市に行って聞かされた話も大概だったけどよ。さらにその上をいく話しだなあ、そりゃ。白石塔(タワー)って呼ばれる巨大建造物の中に、この東京の街があるってのか? それに、外の世界アーク。エルフや淫乱卿(いんらんきょう)。しかも雨宮が行方不明って……すぐには頭が追いつかねえことばかりだ」


「無理もないさ。ボクだって、いまだに現実の話しなのかと疑う時があるくらいだからね」


 後部座席で交わされる、イリアとトウゴの話しを聞いていて、ユウトが口を挟んだ。


「トウゴ……。改めてだが、お前たちはとんでもないことに巻き込まれてたんだな……」


「そういう兄貴も、今じゃ関係者だろ? ……巻き込んじまってすまねえと思ってる」


「バカ。こっちのセリフだ。今まで困ってただろうに……助けてやれなくて悪かったな」


「兄貴……」


 ふと思い至り、慌ててトウゴはイリアへ向き直った。


「そうだ……! イリア、俺たちだけじゃなくて、サキのことも助けてやってくれ!」


 必死に訴えかけるよう、イリアの肩を掴んで懇願(こんがん)した。


「お前に擬態(ぎたい)して、池袋で暴れた斗鉤(とかぎ)って兄弟がいるんだ! そいつらに、サキは撃たれて……左眼を失明しちまった。今は都内の病院に入院してんだ! ユエってヤツに、俺は知ってることを全部自白させられちまったんだ。サキのこともバレてる。だから、俺みたいに狙われてるかもしれないんだ!」


 そんなことかと、イリアは妖しく微笑む。


「安心したまえよ。サキくんが入院していることなら知っている。何日も前に、財団が身柄を引き取って、これから向かう安全地帯(セーフエリア)で匿っているんだ。アデルも、サキくんも、そこで財団のワクチン接種済み部隊に守られている。今は安全だ」


「そうだったのか……ありがとう、イリア!」


「今日まで危険地帯で放置されていたのは、君だけだ。納得してくれたなら、肩を掴むのをやめてくれると助かるね。ちょっと痛いよ?」


「おわ! すまねえ!」


 トウゴは慌てて、イリアから手を放した。

 そうして恐る恐る、トウゴはイリアに尋ねた。


「……サキの意識は、もう戻ったのか?」


「ああ」


 言葉短く答えるイリア。

 トウゴは苦々しい顔で言った。


「じゃあもう。自分の目のことも、知ってるってことだな」


「……ああ」


 表情を陰らせ、肯定するイリア。

 その態度を見て、トウゴは察した。


 サキが今、どんな気持ちで、失明という現実に向き合っているのかは想像もできない。だが、イリアの濁した語調から考えるに、あまり良い状態ではなさそうである。トウゴも表情を陰らせてしまう。


「それより、今度はトウゴの話しを聞かせてくれ。ナイトクラブに忍び込んだところまでの話しは、サキくんから聞いている。だが君たち兄弟が、警視庁へ連行された後のことは情報がない。ユエという帝国騎士に自白させられたと言ったけれど、向こう側に何を知られたのか。君が何を聞かされたのか。その辺の事情を詳しく知りたいね」


「ああ……そうだな」


 今度はイリアが、トウゴへ質問を投げかけてきた。尋ねられたトウゴは、斗鉤(とかぎ)ダイキと、ユエから受けた尋問についてを話した。一通り話し終えようとしたところで、トウゴはあることを思い出す。


「そう言えば……斗鉤(とかぎ)ダイキの野郎が、俺を取り調べた時に妙なこと言ってやがったな」


 ダイキが口にした名前を懸命に思い出そうとする。

 朧気(おぼろげ)な記憶ではあるが、たしか……。


四条院(しじょういん)キョウヤってヤツが、東京に来てるとか、なんとか?」


「!」


 その名を聞いたイリアと、黙って車を運転していたレイヴンが驚く。

 イリアは、畏怖すべきその家名を口にした。


「四条院キョウヤ……四条院の名を持つということは、淫乱卿(いんらんきょう)の家族か?」


「……息子だよ。キョウヤは、2人いる内の、長男の方。純朴な弟と違って、兄の方は父親(ゆず)りの残忍さを持つ、こわーいヤツだよ。表面上は、真面目で大人しそうなヤツに見えるんだけどな」


 イリアの疑問に答えたのは、運転席のレイヴンである。

 さらに情報を得ようと、イリアはトウゴへ尋ねた。


「トウゴ。他にも何か、斗鉤(とかぎ)ダイキが言っていたことはないのかい?」


「ん? 他にもか?」


 トウゴは思い出す。

 何のことなのかはわからなかったが、ダイキが奇妙なことを言っていた。


「んー。そうだな。あとは……アデルが見つからないなら、東京ごと廃棄処分にしてでも草の根分けて探すとか……10日間の捜索期限があるとかも言ってたな」


 運転席のレイヴンが、一気に顔面蒼白になる。

 大慌てで、後部座席のトウゴを振り向いて問い詰めてきた。


「……おい、それ本当か!」


「わあ! 前見ろって、オッサン! 運転中だろうが!」


 レイヴンは渋々とトウゴに背を向け、運転に集中する。

 進行方向へ目を向けながら、レイヴンは苦々しい口調でイリアへ警告せざるを得ない。


「イリアさん……。どうやら事態は、想像以上に洒落にならないところまでエスカレートしてるみたいだ」


「と言うと?」


「トウゴくんが聞いたって言う、“廃棄処分”って話しについてですよ。過去に1度だけ、それを見たことがある」


 レイヴンは一拍の間を挟んでから、車中の全員に、ある奇妙な問いかけをした。


「イリアさんたちは、かつて日本に“錆谷(さびや)”という都市があったことをご存じで?」


 錆谷……。

 どこかで聞いた憶えのある名前。

 イリアは目を細め、それを思い出そうとした。


「そう言えば……。たしか初めて白石塔(タワー)の外に出た時、ラヴィスの街があった都市廃墟を見かけた。そこのハイウェイにあった道路標識に、そんな名前の漢字を見た憶えがあるよ」


 心当たりがある様子のイリアと異なり、トウゴは怪訝な顔をしていた。

 弟と同様の様子のユウトが、疑問を口にした。


「錆谷なんて、聞いたことないな。何県だい、そりゃ?」


「まあ、もう誰も憶えちゃいないよなあ。日本の“首都”だった場所のことなんて」


「……?」


 レイヴンは奇妙なことを口走る。


「20年前まで、この国の首都は錆谷都(さびやと)だった。だが、何か事情があったんだろうが……企業国王(ドミネーター)の判断によって、錆谷は“廃棄処分”という扱いにされ、白石塔(タワー)ごと帝国によって滅ぼされた」


 あまりにも荒唐無稽な話しに驚き、ユウトが慌てて尋ねた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 滅ぼされた首都?! そんなの聞いたこともないぞ! そもそも20年前くらいなら、俺が生まれた後の話だろ? なんで俺が知らないんだよ?」


「……まさか、そんなことがあり得るのか」


「そういうことですよ、イリアさん」


 イリアは考え込み、神妙な顔で黙り込んでしまう。

 レイヴンの言う、存在しないはずの首都。

 誰も憶えていないというカラクリに、思い当たることがあったためだ。


 レイヴンは結論を口にする。


「錆谷が廃棄された後。下民たちは、EDEN(ネットワーク)経由で大規模な記憶改竄(かいざん)(ほどこ)された。今では誰も、その都市が存在したことすら憶えていない。気が付けば、この国の首都は、大昔から東京だったことにされて、錆谷という大都市は、姿形も、情報すらも歴史から消されてしまったってわけ。綺麗さっぱりにな」


「!?」


 今度はトウゴが、頭を抱えて話しに割り込んできた。


「ま、待ってくれよ、オッサン! 話しについていけねえ! だってそれってつまり、東京が廃棄処分にされるってことは……」


「ああ。アデルちゃんを見つけられなかった場合、帝国によって東京は()()()()()()()()ってことだよ」


「なっ!」


「まあ正確なところ、その目的は、ただ東京を廃棄するって話しじゃなくて、“廃棄することも(いと)わない(いきお)い”で、アデルちゃん探しを開始するってことだろうよ。今は人目を忍んで、コソコソとアデルちゃんの情報を集めたり、白石塔(タワー)内の下請けに協力を依頼して捜索をさせているが、それで(らち)があかないようなら、強硬(きょうこう)手段を()ろうって話しだと、俺は思うね」


 レイヴンは思考を巡らせた。そうして、四条院企業国(ユニオン)に所属していた元帝国騎士としての知見から、自分なりに現状を推測して整理する。


白石塔(タワー)内の社会秩序を守るというのが、帝国の基本方針だ。たとえそれを無視してでも、大攻勢を仕掛けて、草の根分けてでもアデルちゃんを見つけようって腹づもりなんじゃないか? 入院中の淫乱卿(いんらんきょう)が、そんな作戦を許可するはずがないだろうし。ユエと戦った時の反応を見ても、おそらくこれは、四条院キョウヤの独断だろうな。そんな身勝手を淫乱卿(いんらんきょう)に気付かれでもしたら、間違いなくキョウヤは、父親に殺される。それだけのリスクを背負い込んだ、背水の陣で、アデルちゃんを探そうって言うんだろ? なら四条院キョウヤは……アデルちゃん捜索に人生かけてきてるよ」


 レイヴンが告げる、恐るべき予想。

 それが間違っていないのだと、考えているのだろう。

 イリアは真顔になって、トウゴへ尋ねた。


「……東京の廃棄処分までの猶予。それが10日間と言ったかい?」


「お、おお。たしか、ダイキの野郎はそう言ってたぜ」


「ボクとアデルの偽者が、池袋のナイトクラブで大暴れをしたのが、ちょうど10日前だ。仮に、帝国側が動きを見せた、あの日から日数のカウントが始まっていたとするなら……今日がそのリミットだと言うことになる」


 イリアの予測を、レイヴンも支持する。

 だからこそ、付け足して要点を言った。


「つまり……明日の朝には、何か起きるってことでしょうね」


「――――――――実に面白い」


 畏怖するでもなく。

 怯えるでもなく。

 イリアの反応は、誰もが予想しないものだった。


 いつも通り、悪巧みの笑みを浮かべる。

 座席のシートに背を預け、イリアは足を組んで優雅に言った。


「まだ時間はあると思っていたが……どうやら、こちらの準備を急がせる必要があるらしい。アルトローゼ財団の同志たちに声をかけて、今夜の内になるべく備えさせておくとしよう」


「備えさせるって、いったい何の準備をするんだ?」


「決まってるじゃないか」


 尋ねてくるトウゴに、ふんぞり返ってイリアは告げる。


「帝国との“戦争”だよ」


 準備してきた反乱を開始するべく、イリアの策動は加速していった。



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