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1-6 イリアクラウス



 ――――翌日――――





「――――浦谷(うらたに)ヨウジ?」


 聞き慣れない名を聞いたトウゴは、眉をひそめて聞き返した。

 窓際(まどぎわ)の椅子に座って、トウゴは漫画雑誌を読んでいたところである。

 部室のサボテンに水をやっていたケイも、サキの推論(すいろん)を聞いて、怪訝(けげん)な顔をしていた。


「ええ。おそらく間違いないと思うのよね」


 サキは自信に満ちた笑みを浮かべ、手招(てまね)きしている。

 ケイとトウゴは、サキの(そば)に近寄り、一緒にPC画面を(のぞ)き込んだ。


「動画に映ってた例の変態をキャプチャして、顔の部分をトリミング。そんで明瞭化(めいりょうか)してみたのがこれね」


 PCに表示されているのは、顔写真だ。

 先日(せんじつ)、撮影された動画の人物を切り抜き、拡大した像である。

 ビットが荒いうえに、ノイズがかかって不鮮明(ふせんめい)だった変態の面立(おもだ)ちは、だいぶ判別(はんべつ)できるようになっている。面長(おもなが)で、キツネっぽい顔つきの男だった。


「おお。ずいぶんと鮮明な顔写真になったもんだな」


「すごい画像加工技能(ぎのう)です。さすがです、部長」


「もっと()めて良いわ。まあ、実際のところ、ママにもちょっと手伝ってもらったんだけど」


「んだよ。プロカメラマンが手伝ったなら当たり前の仕事かよ」


「褒めて損しました、部長」


「あなたたち、おちょくってる?」


 サキは気を取り直し、顔写真をインターネットの検索エンジンへ、ドラッグ&ドロップする。


「で、この顔写真をインターネットの検索エンジンで、画像検索してみたのね。そうすると、広大なネットの中から、この顔写真に最も近似(きんじ)していると思われる画像を、コンピュータ様が勝手に探し出してきてくれるわけよ」


 検索ボタンをクリックした。 


「結果はこの通り」


 間もなく、いくつかの検索候補が画面へ表示された。

 どれも、ある特定の男の顔写真ばかりである。

 その画像の1つをクリックして、出てきた画面を見たトウゴが感心する。


「ははーん。なるほどなあ。浦谷ヨウジ“先生”のプロフィールページが出てくるわけかよ」


「これって……星成学園(ほしなりがくえん)の教員一覧ページですね」


 星成学園(ほしなりがくえん)――――。


 この界隈(かいわい)にある私立高校である。

 区内の成績優秀者や、金持ちのご子息、ご令嬢が通う、いわゆるエリート進学校だ。卒業生は、だいたいが一流大学への進学者であり、過去に有名な政治家や著名人(ちょめいじん)を何人も輩出(はいしゅつ)している名門(めいもん)である。画面に表示されているのは、その学園の公式サイトだ。


 顔写真付きの、教員紹介ページである。


「うおお……。動画に出てきたキモいオッサンと、たしかに似てる顔だな」


「そうそう。ってことで、動画に出てきた変態は、星成学園の物理教師、浦谷ヨウジだったと推察しているわけ。どうかしら、私のこの推理」


 感想を聞かれたケイとトウゴは、顔を見合わせた。


「どうって言われてもよ……。近くの高校の先公(せんこー)が、あの廃墟ホテルに現れた、キモおじだったってのかよ」


「なんか身近にいる人すぎて、偶然が過ぎるというか。意外です。いったい教師が、どうしてあんなキモいことしてたんでしょう?」


「それを、これから調べてみるに決まってるでしょ!」


 サキは目を輝かせて、じっとケイを見つめてきている。

 なぜ自分へ熱い視線が送られているのか、ケイは察しがついて、嫌そうな顔をした。


「……なんか部長のその視線。不吉な予感がするんですけど」


「雨宮くん前に、星成学園には知り合いがいるって、言ってたわよね」


「やっぱりそうきましたか……」


「学園の周辺を、私たちみたいな他校生がウロウロ嗅ぎ回ってるのは目立つでしょ? 浦谷の耳に入るような噂に、なりたくないのよね。警戒されちゃうかもしれないし。ここは隠密行動が必要よ」


「オレの知り合いに、浦谷ヨウジのことをコッソリ取材して来いと?」


「やだ~。気配(きくば)りのできる後輩で助かる~☆」


 星成学園へ、ケイを単独で送り込もうとするサキの提案。

 聞いていたトウゴは、ニヤリと企みの笑みを浮かべた。

 サキに便乗して、気乗りしていない様子のケイを(まく)し立てる。


吉見(よしみ)にしては、めずらしく良い考えじゃねえか。おい、雨宮。部長がこう言ってるんだ。取材してきてやれよ。ついでに“あの件”も、忘れんじゃねえぞ」


「ん? あの件って、なんのこと言ってるのよ?」


「フッフッフ。まあまあ。吉見くんには関係のない、男同士のデリケートな話だ」


「はあ? なによそれ」


 浦谷ヨウジの情報を集めてこいと、命じてくるサキ。

 そして、意中(いちゅう)の女子生徒の情報を集めてこいと、圧力をかけてくるトウゴ。

 ケイは、深いため息を漏らした。


「……1対2ですか。(ことわ)れそうにないですね」


 観念(かんねん)するしか、なさそうだった。





  ◇◇◇




 ケイたちの通う第三東高校から、電車で2つ隣の駅。

 関東圏内は地方と違い、駅間の距離が短いため、そこは近場(ちかば)と言って()(つか)えない。


 先輩2人の指令を受けたケイは、星成学園の校門前まで、たどり着いていた。


 夕陽に染まる校舎のどこかから、吹奏楽部(すいそうがくぶ)の練習演奏が聞こえてくる。

 校門のすぐ向こうは運動グラウンドになっており、陸上部と思わしき短パンの生徒たちが駆け回っていた。名門校であっても、放課後の雰囲気はケイたちの学校と、あまり大差がないように感じた。


「――――待たせたね、雨宮くん」


 校門前で()(ぼう)けていたケイへ、声をかけてくる人物が現れた。

 振り向けば、その人物は相変わらずの(あや)しい笑みを浮かべ、ケイを見つめてきている。


 挿絵(By みてみん)


 夕陽を浴びて輝く、美しい金髪(きんぱつ)のショートヘア。

 ()き通るような碧眼(へきがん)

 上流階級生まれ特有の、上品で優雅な雰囲気をまとった人物だ。首には十字架のネックレスをしている。


 見るからに外国人だ。日本人との混血(ハーフ)というわけでもなく、純粋(じゅんすい)な海外生まれにしては、日本語が非常に流暢(りゅうちょう)である。一見して少女のようで、見ようによっては少年にも見える。声も中性的(ちゅうせいてき)な人物である。


 そして――――どうやら“今日は”、女子生徒の制服(せいふく)を着ている様子だ。


「……」


 その顔を見るなり、ケイは嫌そうな顔をする。言葉に詰まってしまった。

 最初の出会いが特殊であったため、できることならもう、会いたくない人物であった。


「突然、ショートメッセージで呼び出された時は驚いたよ。まあ、君からの連絡は望むところだったから、問題ないけどね」


 ケイが黙っていると、胸ポケットに入ったアデルが発言した。


『お久しぶりです、イリア』


 イリアクラウス。それが彼女の名前だった。


「やあ、アデル。挨拶を返してくれるのは、君だけだね。ご主人様である雨宮(あまみや)くんの方は、相変わらずの人見知りのようだ」


『ケイが人見知りだという点について、同意します』


 諸事情(しょじじょう)あって、イリアはアデルの存在を知っている。

 勝手に話し始めたアデルに対して、ケイは嘆息してしまう。


「……ちょっと黙ってろって、アデル」


『ブーブー。つまらないです』


 ケイとアデルの様子を微笑ましく見ていたイリアだったが、提案する。


「ここは少々目立つ。人気のない、校舎裏(こうしゃうら)へ案内するよ」


 イリアは、そう言って踵を返した。

 その意見に同意し、ケイは黙ってイリアの背に続き、学園敷地内へ足を踏み入れる。


 案内された先は、雑木(ぞうき)(しげ)った校舎の裏側だ。薄暗く、特にめぼしい施設もないため、寄りつく生徒は少ない場所のようだ。周囲に人がいないことを確認してから、改めてケイは、口を開いた。


「……久しぶりだな、イリア」


「こうしてわざわざ、ボクと会いに来てくれたのは、あの時の提案について、前向きに考えてくれたということかな? 新しい“獲物(えもの)”でも見つけたのなら、ぜひボクにも教えて欲しいね」


「そういうわけじゃない……。完全に今日は別件(べっけん)だ」


「おや。それは残念」


 イリアは、わざとらしく肩を(すく)めて見せた。

 優雅な態度のまま、妖しい眼差しで、ケイの顔を覗き込んでくる。


「それじゃあ、ますますいったい、なんの用だい? ボクに対して苦手意識を持ってる君が、わざわざボクに会いたい理由が、他にあるとは考えにくいんだけど?」


「……ある人物について調べてるんだ」


「へえ。誰のことかな」


「この星成学園の教員、浦谷ヨウジについてだ」


 その名を聞いたイリアは、腕を組んで少し考え込んだ。

 率直(そっちょく)な疑問を投げかけてくる。


「どうして調べているんだい?」


「個人的に用があるわけじゃない。うちの動画チャンネルの特集のために、浦谷の情報が必要になった。それだけだ」


 ケイは詳細を言わず、目的だけを伝えた。

 もしもイリアに、廃墟の怪人の話をしたら、厄介事(やっかいごと)が増える予感がしたためだ。

 面白そうだと思えば、どんなことにも関与したがる性分(しょうぶん)の人物なのである。

 撮れ高のために無茶をするサキと、タッグでも組まれ日には、たまったものではない。


 イリアは、美しい形の(まゆ)(わず)かに(ひね)った。

 不思議そうに、ケイへ尋ねる。


「ボクの記憶がたしかなら……君たちの部活動が運営しているのは、オカルト研究部という、都市伝説や心霊を取り扱うネット番組だ。そんな番組の特集で、どうして浦谷先生の情報が必要なのかな?」


「さあな。オレは部長に調査を頼まれただけで、理由までは知らない。オレには、お前という星成学園の知り合いがいる。だから、そのツテを使えないのか、相談されただけだから」


「フーン。そうかい。まあ良いさ」


 ケイがなにかを隠していることなら、お見通しだと言わんばかりの口調である。

 だが些事(さじ)と考えたのだろう。構わず、イリアは自身の胸元に手を当てて語り出した。


「ボクは――“面白い人物”にしか興味がない。だから、この学園の大半の人間に、関心をもったことがない。誰も彼もが、絵に描いたように平凡で礼儀正しい、ただの富裕層のお坊ちゃん、お嬢様にすぎないからだ。興味がないから、同級生の名前も、ほぼ憶えていないよ」


(ゆが)んでるな」


「ハハ。ボクより歪んでいる君に言われると、なんだか笑えるね」


「……」

 

「浦谷先生についても、詳しいプロフィールなんて知らないよ。そんな教員がいることさえ、今に知ったくらいさ」


「何も知らないってことか。なら、聞く相手を間違えたな」


「そう言うなよ。ボク以外に、話を聞く当てもないんだろう? だから君はボクを訪ねた。救いを求めてね」


 イリアは妖美(ようび)な笑みを浮かべたまま、ケイに顔を近づけてくる。

 そうして耳元で(ささや)いた。


「せっかく君に“()し”を作っておけるチャンスなんだ。見逃す手はないだろう?」


「……」


「それに、君のようなヤツが興味を持っている人物なんだ。なら、ボクも興味が湧いてくるよ。いったいどんな異常者なのか、ね」


 イリアはケイから離れ、スカートを(ひるがえ)した。


「良いだろう。ボクも、調査に協力しようじゃないか」



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