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6-19 託された赤剣



 全長3キロメートル近い超ド級空戦艦。

 それを改造して造られた空の街、ザハル。

 アークがいくら広大とは言え、その巨体が着陸できる場所は限られている。

 星壊(せいかい)戦争以来、約1万年以上の間、ずっと空を漂い続けているのが実態だった。


 ザハルの飛行高度が下がっていく。


 俯瞰して見れば「(エイ)」のようにも見える形状の船体。地上から見上げれば、空一面を覆う巨大な黒雲にさえ思える巨体だ。それが今、広大な草原の上空に陰を落とし、昼間であるのに夜のような闇をもたらす。


 ザハルと地上を行き来する方法は、基本的に転移装置(ポータル)である。草原のど真ん中に複数設置された、複雑な文字が刻まれた円形の広場が点在している。空の巨体がそこへ近づくと、近距離の空間転移を用いた乗船や下船が可能となるのだ。


 ザハルがやって来る日時を事前に知っていたのであろう、客を乗せたいタクシーが大量に停車しており、転移装置(ポータル)周辺では露天商(ろてんしょう)が商売を始めている。そんな地上の様子を、船内ターミナルのガラス壁越しに、ケイとエリーは並んで見下ろしていた。 


「……ありがとう」


 唐突に礼を言われたエリーは、不思議そうな顔で隣のケイを見やった。

 ケイは照れくさそうに微笑んで、続けた。


「まだ、命を助けてもらった礼を、しっかり言ってなかったからさ」


 そんなことかと、エリーは上品に微笑む。


「感謝する必要などございません。私は、私の目的のためにケイ様を生かし、これからも利用するつもりなのですから。持ちつ持たれつ。相互利益のために行動しているだけなのです」


「打算があったって良いさ。エリーが命の恩人であることは、間違いないんだから」


「……なら。その感謝の言葉、素直に受け取っておきますわ」


 言われているエリーは、いつもと変わらぬ笑みを浮かべている。

 だが、何となく機嫌が良さそうに見えた。


 ふとエリーは、ケイへ告げた。


「アデル様の居所がわかりましたわ――――」


「!」


「正確には、大雑把(おおざっぱ)な場所だけですが」


 聞いた途端、ケイはエリーに詰め寄った。

 目覚めてから今日までの間、そのことがずっと気になっていたからだ。

 思わずエリーの細い肩を掴んで、尋ねてしまう。


「アデルは今どこにいるんだ?! イリアやリーゼも一緒にいるのか!」


「落ち着いてください。アデル様のことになると、ケイ様は目の色が変わりますわ」


「っと……すまない」


 必死になりすぎている自分の醜態(しゅうたい)に気付き、ケイはエリーから手を放した。

 申し訳なさそうな顔をしているケイを見て、エリーはクスクスと笑った。

 そうして、教えてくれた。


晩餐会(ばんさんかい)の夜以来、シュバルツ家の者に、四条院企業国(ユニオン)の動向を調べさせていました。四条院キョウヤ様なら、きっとアデル様の行方を血眼になって探すだろうと、予想していましたから。つい先日、キョウヤ様が直々にどこかへご出陣なされたそうです。向かった先は、ケイ様たちが元いた東京白石塔(タワー)。おそらくアデル様たちを見つけ、捕らえに向かったのだと思います。アデル様たちの潜伏先は、東京でしょう」


「四条院キョウヤ……?」


「アキラ様のお兄様。淫乱卿(いんらんきょう)の長男ですわ」


 最悪である。


 アデルたちが無事であることは嬉しいが、あの強大な淫乱卿(いんらんきょう)の魔手からは、いまだに逃れられていないようだ。しかも潜伏する必要がある状況ということは、追い詰められているということである。今頃、助けを必要としているのではないだろうか。


 四条院キョウヤ。

 アデルに手を出そうとしていた、アキラの兄。

 どのような相手なのかわからないが、父親の凶悪さを考えれば、ただ者ではないはずだ。


 ケイは考え込み、神妙な顔をしていた。

 だが気を取り直し、エリーへ向き直って言った。


「情報をありがとう。今日までの訓練の件と言い、本当に色々と世話になったな」


「もう1つ、お世話ついでに、最後のお世話もさせてください」


 エリーは、手にしていたものをケイへ見せてくる。


 上質な布で丁寧(ていねい)に包まれた、細長い何かである。

 その布をエリーが解くと、中から、(さや)に収められた一振りの剣が姿を見せる。

 鋼線(こうせん)を得物にしているはずのエリーが、剣を手にしているのは奇妙である。


「……これは?」


 エリーは静かに、剣を鞘から引き抜いた。

 その剣身は鮮血のように赤く。禍々(まがまが)しい光沢を放っている。


「アデル様が現出(げんしゅつ)させた、赤い剣。死んだはずのケイ様が振るい、淫乱卿(いんらんきょう)を打ち負かした、貴方様の“力”です」


「それが、例の剣か」


 アデルが生み出し、死んでいたはずのケイが振るったと言われる魔剣。剣も銃も効かなかった、あの淫乱卿(いんらんきょう)の非常識に硬い肉体を切り裂き、膝をつかせたと言う。そのことを憶えていないケイにとっては、にわかに信じがたい話しなのだが……ケイが今もまだ、こうして生きていること自体が、赤剣の力が本物であったことを証明しているのだから、皮肉である。


 剣が反射する陽光で頬を照らしながら、エリーはウットリと刃に見入り、語る。


「この剣の秘密を知りたくて、ザハルの名だたる研究者たちに、正体を探らせていました」


「ようやく合点がいったよ……。エリーがザハルに滞在していた理由は、剣の秘密を調査するためだったんだな」


 エリーは剣を、鞘へしまう。


「結局、剣についてわかったことは多くありません。未知の金属で製造されているようですが、機人(エルフ)が製造する異能装具(アーティファクト)とは異なりますし、旧文明が製造した聖遺物(イノセンス)のような兵器でもないようです。組成的には、ただの金属塊。剣自体に、特別な力が宿っているとは思えませんでした」


 そう告げて、妖しく微笑んだ。


「だとしたら……剣はケイ様に力を与えただけ。企業国王(ドミネーター)を退けた、あの魔性の力は、ケイ様ご自身のものだったのかもしれません。つまり価値があるのは、剣の方ではなく、それを振るうケイ様の御身である可能性がございます。あるいは……剣とケイ様の2つが揃わなければ、その力が発揮されないのかもしれません」


「オレを救った理由が、それなんだな」


「以前にお伝えしました通りです。今は、シュバルツ家の未来のため、価値あるモノに“投資”をしているところなのでございます。それに、ケイ様には必ず、アデル様と“婚約”していただきたいと思っているのです。お救いした1番の理由は、それでございますよ?」


「なっ! 婚約?!」


「はい。婚約です。ケイ様は、アデル様を愛していないのですか?」


 全く予期していなかった、エリーからの提言。

 咄嗟(とっさ)にどう答えて良いのかわからず、ケイは少し赤面して、口をパクパクと動かしていた。

 動揺(どうよう)しているケイの態度には構わず、エリーは淡々と言った。


「アデル様は美しすぎます。あれでは殿方たちの目の毒です。早くどなたかのモノになっていただかなければ……私にとっては都合が悪いのですよ。ケイ様には、そのために頑張っていただきたいのです」


「頑張っていただきたいって言われても、別にオレとアデルは、そういう関係じゃ……。そもそも、エリーの都合って何のことなんだ?」


「それは、こちらの話しでございます」


 珍しく、エリーが赤面して顔を逸らす。

 その眼差しは、まるで誰かに恋している乙女のものである。


 エリーは剣を、ケイの胸元へ差し出してくる。

 そうされる理由がわからず、ケイは怪訝な顔をした。


「この剣は、ケイ様へお返しします」


「……?」


 企業国王(ドミネーター)を倒せる剣。

 エリーは、その力に目を付け、解明しようとしていた。

 全ては自分の家が将来、アークで覇権を得るためである。

 この赤剣は、エリーにとっては至宝。切り札にあたるはずだ。


「良いのか? シュバルツ家のために、必要なものなんだろう?」


「私が持っていても、効力を発揮しない代物のようですから。宝の持ち腐れになってしまいます。それに今は、アデル様を四条院家からお救いするため、ケイ様に必要な力でございましょう? 剣の正しい使用方法を探るためにも、今はケイ様に預けておくのが最善だと考えたまでですわ」


「……」


 恐る恐る、エリーから赤剣を受け取る。

 鞘を掴んだケイへ、エリーは忠告するように告げた。


「この剣は、既知(きち)の金属よりも強靱(きょうじん)な材質で製造されています。この剣身を傷つけられる物質が見つからない限り、刃こぼれなど起こり得ないでしょう。貴方を救いたいと願って、アデル様が生み出した“壊れない剣”です。きっとケイ様を、守ってくださいますわ。ロマンティックでございますね」


 ケイは、エリーからレンタルしていた剣を返却し、受け取った赤剣を帯剣する。

 その様子を見て、エリーは満足そうだった。


 エリーは東京への戻り方をケイへ説明し、多少の路銀を手渡してくる。下船用の転移装置(ポータル)が使用可能になった船内アナウンスを聞くと、ケイとエリーは別れの挨拶をした。そうしてケイは、転移装置(ポータル)の乗り込み待ち行列へ向かって、歩いて行く。


「……()()()()


 ケイが去った後、エリーはその名を口にする。

 直後、エリーの傍の待合椅子に腰掛けていた男が立ち上がった。

 エリーは男を見向きもせず、命じた。


「引き続き、ケイ様の動向を監視して報告を続けなさい」


「御意」


 言われた男は、ケイの尾行を始める。

 計画通りに進行していく事態に、エリーは、ほくそ笑んでいた。




 ◇◇◇




 転移装置(ポータル)で地上に降りる。


 まだ上空にザハルが停留中のため、近辺は陰っていて暗いのだが、景色は見渡す限りの大草原である。地平線が見える雄大なパノラマ。吹き抜ける風が波紋のように草を揺らしており、青草の匂いが鼻孔をくすぐってくる。


 久しぶりに地上に降りたケイは、思い切り伸びをする。

 そうしてから、エリーから聞いた、東へ向かう道路を目指して歩き出そうとした。


 転移装置(ポータル)周辺の広場には、露天商たちやタクシーの呼び込みの人たちで賑わっている。そんな人々以外にも、よく空港で見かけるような、家族の出迎えのシーンや、涙と共に抱き合う男女の姿なども見受けられた。数え切れない出会いと別れ。それぞれにどんな物語が存在しているのか、ケイは知らない。


 だが、そこにはどうやら、ケイの別れの物語も転がっていたようだ。

 転移装置(ポータル)を出てすぐの場所に、見知った赤髪の2人を見つけた。

 ケイは歩み寄り、気さくに声をかける。


「よお」


 クラーク姉妹である。ケイのことを待っていてくれたのだろう。声をかけると、エマは尻尾を振る子犬のような、嬉しそうな笑顔になる。一方のジェシカは、腕組みをして不機嫌そうに立っていた。


 ケイは2人にも礼を言う。


「色々と世話になった。成り行きみたいな感じだったけど、君たち姉妹の試験に、一緒に参加させてもらえて良かったよ。おかげで、少し強くなれた気がする」


「私たちの方こそ……雨宮さんのおかげで、単位もらえましたから。ありがとう……!」


 相変わらず、エマは人と話しをするのが恥ずかしそうな態度で、ケイに応える。

 ジェシカは腕を組んだまま、ケイからプイっと顔を背けた。


「フン。人間にしては、魔術の才能がある方みたいだし。少しくらいなら……アンタのこと認めてやっても良いわよ」


「そりゃあ、どうも。ジェシカに認めてもらえるなら、オレの才能も捨てたもんじゃなさそうだ」


 愛想笑いもしない、とげとげしい態度のジェシカ。10日間も一緒にいると、その偉そうな態度には慣れたもので、ケイは気にせず微笑んだ。


「エリーから聞いたよ。君たち姉妹は、これから陸路で学院まで帰るんだってな。歩いて帰るのか?」


「まさか」


 ジェシカは皮肉っぽく肩をすくめ、小馬鹿にしたような物言いでケイに応えた。


「学院までは、片道700キロメートルの道のりよ? ここから少し行ったところに大型都市があるから、そこからなら都市間をつなぐ転移門(ポータルゲート)が利用できるわ。まあ、鉄道も乗り継ぐから、1日と半もあれば辿り着けるでしょうよ」


「そうか。じゃあ、オレはここでお別れになるな」


「……」


 そう言われたジェシカは、僅かに表情をゆがめる。

 悲しそうな顔に見えた。


 ケイは手を差し出し、2人に握手を求めた。


「今日まで、ありがとう。またどこかで、会えると良いな」


 エマはその手を握り返し、ケイに別れの挨拶をする。

 だがジェシカの方は握手に応じず、納得がいかないと言った態度で、ケイへ言った。


「なんでまたアタシたちに会いたいのよ! 人間が他種族と仲良くするなんて、おかしいでしょ!」


「アークだと、それっておかしいことなのか?」


「おかしいわよ! 星壊戦争以来、人間は他種族と殺し合いばかり繰り広げてきているわ! アタシやエマみたいに、人間社会に紛れて生きてるのもいるけど、そんなの少数派だし、人間社会じゃどこにいても鼻つまみ者よ! アタシたちと人間のアンタが仲良くしてるなんて、変よ!」


 ジェシカが何を怒っているのか、ケイにはよくわからなかった。

 だが、それはもはや、いつものことである。深く考えないことにした。

 ケイはただ、思ったことを口にして微笑む。


「他のヤツらがどうかなんて、どうでも良いよ。オレはもう、ジェシカとは友達だと思ってるけど?」


「~~っ!」


 言われたジェシカは、口を(つぐ)んだ。

 耳まで真っ赤になってしまう。


 ケイはジェシカの手を握り、無理矢理に握手して言った。


「色々と魔術のことを教えてくれて、ありがとうな。もっと使えるようになるために、接覚訓練ってやつ、これからも続けていくよ。もし良ければ、次はもっと高度なのを教えてくれると嬉しい」


 別れの挨拶を済ませ、ケイは2人に手を振り、去って行く。行き先には、草原の真ん中に敷かれた、東へ続く長い道路がある。地平線の向こうを目指して遠ざかって行くケイの背に、小さく手を振りながら、エマは世間話のつもりでジェシカへ言った。


「雨宮さん、これから白石塔(タワー)へ戻るって言ってた……」


 エマの話に眉をひそめ、ジェシカは疑問を口にした。


「はあ? どうしてよ? 戻ったって、また元の下民扱いの生活に戻って、帝国の連中のオモチャにされるだけじゃないの。だったら帝国からの逃亡者扱いになっても、アークに留まってた方が良いじゃない。アイツ、やっぱバカなの?」


「……お友達に危険が迫ってるから、それを助けに行くんだって。詳しいことは知らないけど、雨宮さん、あの“四条院家”と因縁があるみたい。エリー先生が言ってた」


「……」


 四条院家と因縁がある。友達の危機を救おうとしている。そんな事情を初めて耳にしたジェシカは、驚き、心配そうな顔でケイの背に目を向けていた。


 待っていたタクシーがやって来る。


「お姉ちゃん、タクシー来たよ。乗ろ?」


「……」


「お姉ちゃん……?」


 いつまでもタクシーに乗り込もうとしない姉を、エマは不思議そうに見つめた。ジェシカは色々考えていた様子だったが、やがて考えるのが面倒になったのか、頭を掻きむしって怒り始めた。


「あーもう! よりにもよって企業国王(ドミネーター)に狙われてるなんて、何やらかしたって言うのよ! とんでもなくバカなヤツね! あいつ1人じゃ、頼りなさすぎでしょ!」


 言うなりジェシカは、自分の荷物をまとめたキャリーバッグを引きずって、ケイの後に付いていこうとする。そんな姉の態度を見て、エマはすぐに、姉の真意を察することができた。


「エマ! アンタは先に学院に戻ってなさい! アタシはちょっと寄り道してくから!」


「寄り道なら……私もついていきたい」


「え? いや、ちょっと危ないかもしれないのよ?」


「良いよ。お姉ちゃんと一緒にいたいもん。危ないなら、私がお姉ちゃんのこと守らなきゃ」


「エマ……」


「雨宮さんのこと、私も心配だし。お姉ちゃんと一緒だよ」


「なっ! 心配とか、そう言うんじゃないわよ!」


 ジェシカは慌てて否定する。


「か、勘違いしないでよね! アイツの行き先が、たまたまアタシたちの帰り道の近くだから、ついでに様子でも見ていってやろうかって、気まぐれで思っただけよ! これはついでで、仕方なくなの! たまたまなんだから!」


「そうだね。ついでだね」


「もぉ! バカにしてるでしょ、エマ!」


「してないよ」


 姉妹はキャーキャー騒ぎながら、身の丈ほどある大きなキャリーバッグを転がし、ケイの後を追いかける。地平線の向こうまで伸びる、長い長い道路の先を目指して。







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