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6-16 混種人体



 旧時代の超弩級空戦艦を改造して造られた、空を彷徨う街。

 学術都市ザハル――。


 その上部甲板には、巨大な強化特殊ガラスのドームで覆われた森林公園が存在する。

 見渡す限りの雲海。そのただ中を漂うそこは、まるで小さな空島のようだ。


 すっかり陽が落ちて、満天の星空と、砕けた月が浮かぶ夜。様々な木や花が群生する公園内には、人が通れるように舗装整備された道があり、夕飯の腹ごなしにジョギングをする人々や、帰路を歩くビジネスマン風の大人たちの姿が見受けられた。道から少し外れたベンチでは、寄り添う男女の姿なども見受けられる。


 街灯に照らし出された、閑散とした広場。

 噴水の前に、ケイたちは集っていた。


 腕を組んでふんぞり返っている少女。ジェシカは、ケイを指さして言った。


「いい? まずは接覚(せっかく)習得訓練から始めるのが、魔術の基本よ」


「接覚習得?」


「はー……。そっから話すわけ? 素人相手に教えるのは、意外とめんどくさいわね」


「悪かったな、素人で……。それで、その訓練は難しいのか?」


 いちいちトゲのある言い方をしてくるジェシカに苛立ちながらも、ケイは教えを()う。ジェシカの方がケイより年上とは言え、見た目がチビっ子の少女に噛みつくのは、何だか大人げない気がしたからである。()えてそのことを、ジェシカへ言うつもりはなかったが。


 一方のジェシカは、悪態(あくたい)をつきながらも、先ほどからニヤニヤと笑みを浮かべている。おそらく、ケイから頼られていることが嬉しいのだろう。常々、ジェシカは表情に感情が表れやすい。わかりやすいとも言う。機嫌が良さそうな姉を、(そば)から、妹のエマもニコニコしながら眺めていた。


 妙に上から目線で、ジェシカはケイへ講釈(こうしゃく)をした。


「よく聞きなさい。アタシたちは誰しも、EDEN(ネットワーク)の海に繋がっているわ。その海に、さざ波を立てるのが魔術。なら、まず水面に“触れる方法”を習得する必要があるでしょ? 自分が接続されていると言う感覚。味覚、嗅覚、聴覚、視覚、触覚。それら五感とは別の“接覚(せっかく)”と呼ばれるもの。その感覚を習得することが、魔術習得の最初の1歩になるのよ。EDEN(ネットワーク)への“ハッキング”の方法を知るってことね」


「接覚……それっていわゆる、第六感みたいなもの? 急にスピリチュアルな話しになってきて、どうすれば良いかわからないんだけど」


「まあ、大仰(おおぎょう)しく言ってはいるけど。やることは、ぶっちゃけ単なる“イメージトレーニング”ね。瞑想(めいそう)よ。自在に接覚を働かせられるようになるまで、繰り返してやるの。魔術が使えるようになった後も、人間の魔導兵(ウィザード)なら、基礎訓練として毎日、欠かさずにやるものよ。もっとも、生まれつき接覚が発達している種族である、アタシたち魔人(ドワーフ)族には、それほど重要な訓練じゃないんだけどね。アンタは人間なんだから、真面目にやりなさい」


「瞑想ねえ。そんなの、あんまりやったことないな」


「目を閉じて、イメージしなさい。自分の後頭部。首と頭のつなぎ目。外からプラグケーブルが伸びてきて、そこから脳の中心まで突き刺さるの」


「それは……痛そうだな」


「ぶつくさ言ってないで、さっさとやんなさいよ!」


「はい!」


 ジェシカに叱られ、ケイは慌てて目を(つむ)る。

 視界は暗くなり、周囲の景色は消える。


 険しい顔で、懸命に集中しようとしているケイを見やり、ジェシカは指導した。


「んで、そのケーブルは“経路(リンク)”と呼ばれていて、周囲のあらゆるモノに繋がっているの。人だったり、岩だったり、花だったり。自分を含めて、あらゆるものが経路(リンク)によって接続されているわ」


「あらゆるモノが……経路(リンク)で接続されている……」


「そうよ。接覚を会得(えとく)できると、世界に張り巡らされたマナの(つな)がり、つまりは経路(リンク)を認識できるようになるの。それが、EDEN(ネットワーク)との通信を開始できた状態。ようやく“要求者(クライアント)”として、EDEN(ネットワーク)に対して要求(リクエスト)送ったり、現象理論(プログラム)を走らせることができるようになる。ハッキングする土台が整うわけね」


「専門用語が多くて、説明してもらわないと何言ってるのか、よくわからなくなってきたぞ……」


「まあ、本格的に魔術を学ぶわけでもない、少し“かじりたいだけ”の素人のアンタが、小難しい理屈や単語を憶える必要なんてないわよね。ようするに肝心なことは、接覚を習得できると、黒い無数のケーブルみたいなモノが、世界のあちこちに張っているのが見えるようになるの。そうしたら、魔術を使う準備OKってこと」


「最初から、それくらい噛み砕いて言ってくれよな」


「と、年下のくせにいちいち生意気ね! 天才魔導兵(ウィザード)のアタシに教えてもらってるんだから、不満言ってないで感謝しなさいよ!」


「はいはい……」


 目を閉じたままケイは、ジェシカに言われたイメージを、脳内で再現する。


 自分の周囲にある、全てのもの。木や、草や、花や、水。それら万物が繋がる、普通は見えない巨大なネットワークが世界には存在していて、自分もそこに繋がり、世界の一部となっているイメージ。壮大なスケールの話しであるため、なかなか形にしにくい想像だ。


 だが、そのネットワークから伸びているプラグケーブルが、自分に接続されているイメージというのは、わかりやすい気がした。ネットワークの全体像がわからなくても、末端のそこだけなら、思い描くことはできる。なるほど、ジェシカの教えもバカにしたものではないと思った。


 強く。

 強くイメージする。


 そうしていると、徐々に身体のあちこちが力み、気が付けば歯を噛みしめ、拳を固く握り込んでしまっていた。額に薄らと汗すら浮かべながら集中した後、やがて、目を開いてみた。


「…………何も、見えないな」


 肩透かしである。


 ジェシカの言うような、黒いケーブルは見当たらない。

 目を閉じる前と変わらぬ、ただの夜の公園の風景が見えているだけだ。

 やはり、接覚と言う第六感を開花させることは、まだできていないのだろう。

 そんなに都合よく魔術を習得できるはずがないのか。


 残念そうなケイのぼやきを聞いて、ジェシカは自慢するよう、小馬鹿にした笑みを浮かべる。


「そりゃ当然でしょ? アタシたち魔人(ドワーフ)族みたいに、生まれつき当たり前にマナの繋がりが見えるような種族じゃないもの、アンタたち人間って」


「まあ、やっぱりそんなものなのかな。でもなんかこう……薄らとは見えるような気もするんだよな……」


 目を開けている今も、ケイはイメージを膨らませ続け、必死に見えないものに目を凝らそうとしていた。あまりにも(りき)んで虚空を凝視(ぎょうし)し続けたから、目が(かす)んでいるのかもしれない。薄らと、黒い(もや)のようなものが、自分の周囲に見えるような気がしていた。


 ジェシカはフッと笑って、皮肉っぽく肩をすくめて見せる。


「気のせいでしょ? そもそも大抵の人間は、この接覚習得訓練を終えることもできずに、魔術の道を諦めることが大半よ。入門希望者の9割近くは、ほぼ全員が門前払いなわけ。魔導兵(ウィザード)になれる人間なんて、一握りの才覚があるヤツだけ。まして、これまでに訓練したこともないド素人のアンタが、いきなり――――」


「……待ってくれ」


 ケイはジェシカの言葉を遮る。

 そう言っている自分自身でも、驚いていた。


 薄らと見えていただけだった黒い(もや)が、徐々(じょじょ)にその輪郭(りんかく)を鮮明化していく。それらはやがて明確な黒い線となって見えるようになっていく。


「本当に見えてきた」


「……………………はあ?」


 ケイが何を言っているのか、心底わからない。

 ジェシカの口調は、そんな感じだった。

 だがケイは、そんなことに構っていられない。

 目の前に展開された、非現実的な光景に息を呑み、驚きを隠せずにいた。


「すごい……何だ、これは!」


 木や、草や、花や、水。

 それら万物を相互に繋いでいる、得体の知れない、数え切れない黒い線が見える。

 おそらく、それが経路(リンク)と呼ばれるものだろう。


 周囲のモノだけでなく、自身の身体にも経路(リンク)は繋がっているようだ。ケイの手や足。胸や頭。そこから生え出るように突き出た無数のケーブルが、周囲の草木に繋がっている。それらに触れようと手を伸ばしても、触れることはできない。ホログラムのように、目に見えるが実在していないもののように思えた。


 ケーブルが見える範囲は限られていて、自身の周囲10メートルほどだろうか。それより離れた先にも経路(リンク)は伸びいっているが、フェードアウトしていくようにかすれて、遠い先の接続先までは見えない。


 ふと、気が付いた。


 ケイとエマの間にも、繋がる経路(リンク)がある。

 その経路(リンク)だけは青く色を変えて、光輝いている。


「エマと繋がってる経路(リンク)だけ、光ってる……?」


「!」


 ジェシカとエマが、同時に驚いた顔をしていた。

 恐る恐る、エマはケイへ告げる。


「本当に雨宮さんが経路(リンク)を見れているのか、雨宮さんの脳にアクセスして、ステータス診断用の現象理論(プログラム)を走らせる準備をしてました……。友好的な通信が行われている経路(リンク)は、青く光って見えます。それがわかったということは……雨宮さん、本当に見えてるってこと………………天才?」


 ジェシカが、信じられないと言った態度で慌てている。


「じょ、冗談でしょ?! そんなはずないわ! だって、今日初めて接覚習得訓練を始めたような、本当のド素人なのよ?! ちょっとアンタの身体、私にも診断させなさいよ!」


 言うなり、ジェシカとケイを繋いでいる経路(リンク)も、青い光を放ち始める。


 エマ同様に、診断用の現象理論(プログラム)と言うものを使って、ケイの身体に関する情報を調べ始めているようだ。なんだか頭の中を覗き込まれているようで、嫌な感じがした。


 ケイの診断を始めるなり、ジェシカもエマも、顔面蒼白になってしまう。


「待って……何なの、アンタの身体……!」


「……?」


 何のことを言われているのか、ケイにはピンとこなかった。

 クラーク姉妹は、思わずケイから後退(あとじさ)る。

 まるで、おぞましいものを見たような顔をしていた。


「人間……? なのに機人(エルフ)が混じってる……? しかも何なの、その右腕! これって……機人(エルフ)異能装具(アーティファクト)とかも混じって……? いったい何がどうなってるのよ! 特に、この、()()()()()()()()()の痕跡は何……?!」


 呻くように呟くジェシカ。

 少し怯えた顔で、ケイを見ていた。


「エリー先生は、どうしてアンタみたいなのを連れてきたの……? アンタ、いったい何者……?」


「いや、人間だけど……」


 ジェシカの言う“得体の知れないモノの痕跡”というものに心当たりはなかったが、それ以外には、思い当たる節があった。それをどう説明したものかと、ケイは少し悩んでしまう。


「死にかけてたオレを助けてくれた医者が、オレの身体を治すために、機人(エルフ)の細胞を無理矢理に移植したとか何とか言ってた。機人(エルフ)異能装具(アーティファクト)が混ざってるって言うのは、たぶんそのせいだと思う」


「……」


 ケイの説明を聞いても、クラーク姉妹は怪訝な顔を続けていた。

 そこまで疑問視されるほど、ケイの身体はおかしなことになっているのだろうか……。


 たしかに、ドミニクと名乗ったあの医者の治療は、下手をすれば患者が死んでもおかしくない、ある種の治験(ちけん)に近い内容だった。ケイは無死状態だったから事なきを得たが、普通の人間なら、何回死んでいたかわからない。治療と言うより、狂った実験と呼ぶ方が適切なものだったろう。


 それを知っているから、ジェシカたちにそんな顔をされると、不安な気持ちになってくる。


「やっぱ、オレの受けた治療って、かなりヤバいものだったのかな……」


 そんなケイの呟きなど構いもせず、ジェシカは考え事に(ふけ)り始めていた。

 異常なケイの身体について、ブツブツと考察を呟き始めていた。

 完全に独りの世界である。


「もしかして……機人(エルフ)の成分が混ざった身体だから、いきなり経路(リンク)が見えたわけ? いや、機人(エルフ)と人間を混ぜたらどうなるのかなんて、そんな話し聞いたことないし。いやいや待って、でも機人(エルフ)と人間の混血(ハーフ)は、魔術の才能に目覚めやすいっていう統計データを見た記憶があるわね。でも、コイツみたいに後天的に性質を付与するようなケースは、研究されたことあるのかしら。少なくとも私は、そんな論文を見たことがないけど……」


「何をブツブツ言ってるんだ?」


「うっさいわね! 今、一生懸命に考え事してんのよ! 見てわからないわけ?!」


 突き放すような、あまりにもケイの気持ちを考えない態度。これまでのジェシカの高飛車な態度も相まって、ケイは少し、腹が立ってきてしまう。


「なんか、オレに魔術の素養がある理由をこじつけようとしてるみたいに見えるけど、ここでは単純に、才能があったってことじゃダメなのか……?」


「アンタみたいな弱っちい人間に、そんなすごい才能があるなんて、理にかなわないでしょ!」


「くっ……!」


 あまりにもケイのことを見下した言い分。

 今まで我慢してきたが、その一言が引き金で、カチンときた。


「いつもジェシカは、ずいぶんとキツい言い方だよな。そんなに他人に当たりが強いんじゃ、ロクに友達もできないんじゃないのか?」


「……!」


 ケイの嫌みを聞いて、途端にジェシカが顔色を変える。


 キッとケイの方を睨み付け、ワナワナと肩を震わせ始めた。思ったよりも、過剰に怒りの反応を示しているジェシカに、言ったケイ本人が、少し戸惑ってしまう。


 ジェシカは顔を真っ赤にし、両目に涙を溜めて喚いた。


「バカ! もう教えてあげない!」


 そう言ってジェシカは背を向け、逃げるようにケイの元から走り去って行ってしまう。

 ケイは謝ろうと思ったが、その言葉を発する前に、ジェシカはいなくなってしまった。


 遠ざかって行くジェシカの小さな背が見えなくなるまで、ケイは唖然と立ち尽くしてしまっていた。そんなケイに、おずおずと、エマが話しかけてきた。


「あの……。クルステル魔導学院は、魔術の才能に秀でた人間たちが通う学校です。でも、お姉ちゃんと私は魔人(ドワーフ)族。生まれた時から魔術が使えて、人間たちから見れば、ズルしてるように思われてるのかも……です。それに、人間たちよりも成績が良くて目立ってるから……あんまり仲良くしてもらえないです……。だから……ごめんなさい」


 エマは口下手ながら、一生懸命に姉のことを教えてくれているようだった。

 うまく言葉にはできなかったようだが、姉の非礼を、ケイに()びている様子である。

 それは、ケイの知らなかったジェシカの話しである。


 少し悲しそうな顔で、エマはケイに言った。


「お姉ちゃんは、ああいう性格だから……私のことをいじめてくる人間たちと、よくケンカすることもあって……人間の友達、実際にいないです……」


「そうだったのか……」


 カッとなったとは言え、悪いことを言ってしまったのだとわかった。

 ジェシカを傷つけてしまったのだと、ケイは内心で反省する。


 申し訳なさそうな顔をしているケイへ、エマは優しく微笑みかけてくれた。


「お姉ちゃん、しばらく放っておいてあげてください。その間……私が雨宮さんに教えますから」





次話は月曜日に投稿します。

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