表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/478

6-9 ジェシカ・クラーク



 空中学術都市ザハル、居住区(きょじゅうく)


 入り組んだ狭い通路に、いくつもの小部屋が存在していて、それぞれに人が住んでいる様子である。この飛空船が、元々は戦艦であったことを考えると、そこは兵舎(へいしゃ)であった場所なのではないかと思えた。それが今では、住宅地に改修されているのだろう。スラム街とまでは言わないが、狭くて薄暗い路地と言った雰囲気であるため、治安は悪そうである。


 エリーの後に続いて、かれこれ20分くらいは艦内を歩き続けていた。

 疲れたわけではないが、目的地もわからずに歩き続けるのは、さすがに嫌になってきた。

 ケイは、胸中で(くすぶ)っていた疑問を投げかけることにする。


「なあ、エリー。そろそろ、教えてくれても良いんじゃないか? いったい……どこへ連れて行くつもりなんだ?」


 エリーは何も答えなかった。

 黙々と歩を進め続ける少女の背を見つめ、ケイはさらに問いかける。


「オレは、イリアやアデルたちと合流したいんだ。エリーがオレの敵じゃなくて、居場所を知っているのなら……連れて行ってくれないか?」


「イリア様やアデル様の居場所について、残念ですが私は、情報を持っておりません。知っていたなら、教えて差し上げられましたでしょう。()()()()()、私はケイ様と敵対するつもりなどありませんから」


 振り向きもせず、エリーは淡々と答えた。


 答えてくれる質問と、答えてくれない質問があるようだ。まだ行き先を教えるつもりはない様子だが、イリアやアデルたちの動向については、教えてくれそうだった。なら遠慮せずに、ケイは質問を続けることにする。


「だったら……仲間の居場所を探すのに協力してくれると助かる。エリーは、アークのことについてオレよりずっと詳しいだろうし。それにアデルは、帝国に狙われている可能性があるんだ。淫乱卿(いんらんきょう)の手下たちが、オレやアデルの行方を追っているなら……助けないと」


 エリーは足を止めた。

 変わらぬ笑顔ではあったが、冷ややかにケイへ尋ねた。


「失礼を承知で言わせていただきますが。()()()()()助けるのですか?」


「……?」


「今のケイ様が、アデル様の元へ戻ったところで、これから先も彼女を守ることができるのですか?」


「……」


 痛いところを突かれた。

 とても手厳しい意見だった。

 それが反論しようのない指摘であるとわかっているからこそ、ケイは口を(つぐ)んでしまう。


 淫乱卿(いんらんきょう)と対峙した時から、ケイ自身も気付いていたことだ。

 どう足掻(あが)いても(かな)わない。

 まったく歯が立たないレベルの強敵が、この世に存在していたのだ。


 これまでにケイが対決してきた怪物たちは、今にして思えば単純だった。いずれも、戦略や工夫次第で、攻略の糸口を見つけられる相手だったのだから。だが、戦略など通用しない。力だけで真っ向から戦略をねじ伏せてくる、初めから勝機すらない敵が、現実に現れてしまったのだ。


 そんな敵たちが、これからアデルを狙い、攻勢を仕掛けてきたのなら……。

 ケイはどうやってアデルを守れば良い。無力に等しいではないか。


「ケイ様は、アデル様のことを大切に想っていて、命を投げ打ってまで助けようとする。その覚悟を疑っているわけではございません。実際に貴方は、淫乱卿(いんらんきょう)との戦いで、彼女のために()()()()()()くださいましたから」


 エリーは微笑むことをやめ、真顔でケイへ宣告する。


「ですが、あの時のケイ様は、所詮は“死んだだけ”です。企業国王(ドミネーター)の脅威がアデル様へ及ぶのを、食い止められたわけではありません。ただ一時の盾となって命を散らしただけ。また淫乱卿(いんらんきょう)のような相手と対峙することになった時、ケイ様はアデル様の盾になって、死ぬこと以外、何かできるのですか?」


「……」


 ぐうの音も出なかった。

 何か言い返したくても、言い返せない。

 ケイの力が敵に及ばないことを、エリーは真っ向から指摘してきているのだ。

 その鋭い眼差しを見返すこともできず、ケイは苦しげな表情で視線を伏せてしまう。


 しばらく無言で対峙し、気まずい沈黙が流れた。

 やがてエリーは気を取り直し、先ほどまでのように、優しい微笑みを浮かべてケイへ言う。


「ですから――――これからケイ様には、強くなっていただかなければなりません」


「……?」


「彼女たちと合流するのなら、ご自身が強くなってからでも良いでしょう? これから貴方様が直面するのは、人域(じんいき)を超えた領域での戦いでございます。人の身でありながら、そこへ挑もうとするのなら、必ず“(そな)え”が必要になるでしょう。私は、その一助(いちじょ)。私がケイ様を(きた)え、簡単には殺されないようにして差し上げます」


 エリーの言い出したことに、ケイは困惑した。


「え? 君が……オレを鍛えると言ってるのか?」


「はい。こう見えて私、()()()()()()のですよ?」


 エリーはスカートを(ひるがえ)し、(きびす)を返す。

 そうして再び歩き出した。

 細かい話を、聞き出す間もない。


 やがて辿り着いた先は、居住区の一角だ。


 薄汚れていた通路が途切れ、途中から、カーペットが敷かれた小綺麗な景観に切り替わった。キャリーバックを転がしている、旅行客らしき格好の人々を多く見かけるようになり、住民たちの姿が途絶える。どうやらそこは、ホテルとして改造されているフロアのようだ。通路脇にフロントがあり、そこで蝶ネクタイ姿の従業員らしき男が、接客をする姿が見受けられた。


 ホテルフロアの通路を進み、ある客室の前で、エリーは足を止めた。

 部屋の扉には「3075」という、番号の書かれたプレートが突いている。


「ここですわ」


 エリーは扉をノックする。

 中から「ハーイ」という女の声が聞こえると、エリーは扉を押し開けた。


 客室はツインルームだった。2つのベッドが並んでいる。

 ブラウンカラーを基調色とした部屋で、クラシックなデザインのランプやテーブルが置かれていた。洒落た雰囲気である。


「エリー先生!」


 入室するなり、出迎えてくれたのは2人の少女だ。いずれもケイより、ずっと年下だろう。かなりの低身長で、まだ小学校の高学年くらいに見える。下手をすると、アデルよりも幼く見えた。


 特徴のある赤髪の風貌。白の襟掛(えりか)けに、黒を基調としたワンピースのような服を着ており、まるで修道女(シスター)のような格好をしている。皮のベルトで固定した、分厚い古書を腰に提げていたり、得体の知れないカラフルな液体が入った試験管を身につけている。旅装した修道女(シスター)とでも言えば良いのか、そんな格好である。


 挿絵(By みてみん)


「……? 誰、アンタ?」


 気が強そうなショートヘアの少女が、(とげ)のある態度でケイを指さし、眉をひそめた。


「お、男の人……!」


 気の弱そうな、ボブカットのメガネ少女の方は、赤面して、ベッドの陰に身を隠した。遠巻きにケイを見やりながら、警戒している様子だ。

 

 少女たちが何者なのか気になったが、それよりも先に、ケイは少女たちが口にした言葉の方が気になった。思わず怪訝な顔をして、エリーの方を見やる。


「エリーが……()()?」


「ええ。一応は、そういうことになってます」


 ニコニコと微笑んでいるエリーを、ケイは神妙な顔で見てしまう。


 気の強そうな方の少女が、ケイへ馴れ馴れしく声をかけてきた。


「なに? あんた、エリー先生と一緒に来たくせに、エリー先生のこと知らないわけ?」


「まあ、そんなには。今日、会ったばかりだしな……」


「はあ? いったい、どういう関係なのよ?」


 答えが得られずもどかいしのか、少女は苛立った顔をしている。

 不思議そうな顔をしているケイに、「仕方ないわね」とぼやきながら、腕組みをして説明した。 


「グレイン企業国(ユニオン)で最強を誇る武門の名家、シュバルツ家。その当主は、実力だけなら七企業国王セブンス・ドミネーターにも比肩(ひけん)すると言われる、あの“剣聖(けんせい)”のサイラス・シュバルツよ? そのシュバルツ家の中でも第三階梯(かいてい)の実力を有する上級魔導兵(ハイウィザード)。それが、私たちのエリーゼ・シュバルツ先生なわけ。結構な有名人でしょうに、今まで聞いたことないわけ?」


「なるほど…………よくわからないな」


「なんでわかんないのよ! あんた脳みそ入ってんの!?」


 少女は短気なようだ。不思議そうな顔をしているケイに、腹を立てている様子である。

 そこでエリーがパンパンと手を叩き、2人の会話を中断する。

 3人の視線が、否応なくエリーへ集まった。


「はい。今日から貴方たち姉妹と一緒に訓練する、新しい私の生徒です。雨宮ケイ様ですわ」


 エリーがケイの紹介をしてくれる。

 それを聞いた少女たちは、明らかに不審そうな顔でケイを見てくる。


「あんた、人間の貴族?」


「え?」


「だってエリー先生が、様付けで呼んでるし」


「いや、貴族じゃないけど……」


「じゃあ何なのよ! 色々とハッキリしない男ね。話してて腹が立つわ」


「ええ……!」


 短気な少女は、ケイの(えり)を掴んで、下から突き上げてくる。小柄なためケイを持ち上げることなどできないが、そうすることで怒りを表現しているようだ。


「早速、仲良しになられたようですね、ケイ様」


「これが、そう見えるのか……?」


「はい」


 一方的に因縁を付けられているケイを見て、エリーはにこやかに肯定する。

 そうしてから、エリーは2人の少女のことを、ケイへ紹介した。


「彼女たちは私と同じ企業国(ユニオン)の出身。魔人(ドワーフ)族の、クラーク姉妹です。2人とも名門の“クルステル魔導学院”の特待生(とくたいせい)で、“ロゴス聖団(せいだん)”の特別研修生に抜擢(ばってき)されました。私はその研修の講師として、彼女たちの特別課外授業を受け持っているのです」


 ところどころ知らない団体の名前も出てきたが、ケイは目を丸くして驚いた。


魔人(ドワーフ)族?! しかも、このチビっ子たちが特待生?」


「誰がチビっ子よ! そう言うアンタは何歳なのよ!?」


「オレ……? 16歳だけど?」


「ならアタシの方が年上じゃない! 18だし!」


「私、15です……!」


「えええ! 2人とも、小学生じゃないのか?!」


「しょ、小学生ですって?! 失礼なヤツね!」


 気の弱そうな少女は年下。短気な方は年上だったようである。その姿を見ていても、ケイにはどうしても、2人が自分と同じくらいの年齢であるとは思えなかった。もしかして、魔人(ドワーフ)族という種族は、この少女たちのように、みんな小柄なのだろうか。


「お2人とも、自己紹介を」


 短気な少女は、ケイの襟から手を放し、フンと顔を背ける。

 妙にトゲのある態度で、ケイを冷ややかに見ながら名乗った。


「ジェシカ・クラーク」


 姉のジェシカが名乗ると、ベッドの陰に隠れていた少女が身を乗り出し、おずおずと名乗った。


「え……え……エマ・クラーク……です!」


 耳まで真っ赤になりながら、ギュッと両目をつぶって恥ずかしそうに名乗る。


 クラーク姉妹がケイへ名乗ると、エリーは、そんな3人の間に割り込むように立った。改めて一同を見渡してから、話をした。


「生徒同士、お互いに自己紹介が終わったところで、早速、本題をお話しましょうか。これから貴方たちに与える“課題”を発表しますね」


 エリーはスカートのポケットから、皮のグローブを取り出した。

 それを自らの両手に付けながら、続ける。


「10日間だけ差し上げます。3人で協力し、()()()()()()()()()()()()


「!?」


 ケイとクラーク姉妹は、驚いた顔をする。

 恐る恐る、ケイは尋ねた。


「エリーを……攻撃しろと言ってるのか?」


「はい、その通りです。私に、3人の内の誰かが、一撃でも攻撃を当てることができたなら、その時点で課題は合格とします。私は常に船内のどこかに滞在していますから、その間であれば、いついかなる時に襲撃いただいても、一向(いっこう)に構いません。就寝中でも良いですよ?」


 変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべているエリーだったが、その笑顔の陰からは、身震いしてしまうほどの冷たい何かが放たれている。不穏な気配をまとい、エリーは告げた。


「課題をクリアできた時、貴方たちは、今それぞれが足りないものを手に入れていることでしょう。皆さんのご活躍に期待していますわ」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ