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6-5 全国指名手配



 東京都江東(こうとう)区――。


 東京湾に面した港があり、船から荷下ろしされたコンテナが、いつも山積みにされている場所だ。そのコンテナ置き場には今も変わらず、葉山(はやま)が使っていた、秘密のコンテナ基地が(まぎ)れ、残されている。


 外側の世界から白石塔(タワー)に戻ってきたイリアたちは、ひとまずそこへ潜伏していた。行く当てがなかったから、そこへ戻ってきてしまったと言うのが、実態として正しいだろう。


 普段ならイリアの資本力を使い、高級ホテルの部屋でも取りたいところではあった。だが今や、イリアの財源である実家が、七企業国王セブンス・ドミネーターである“虐殺卿(ぎゃくさつきょう)”のものであることがわかったのだ。家の資金を動かせば、そのキャッシュ利用履歴を辿られ、居所を突き止められる可能性がある。


 しばらくは手持ちの資金と、貯蓄(ちょちく)(しの)ぐしかないのが現状だった。


 そうは言っても、当面の資金繰りに困っているわけではない。貯蓄額だけでも、残りの人生を遊んで暮らす分には問題ないのだが、それでも今は、派手な散財で目立つのはまずい状況に思えていた。


 イリアとレイヴンの2人は、備え付けのテレビで報道番組を見ているところだった。


『――昨晩、池袋のナイトクラブ、ラムレッドで起きた無差別銃乱射事件について、犯人はいまだ捕まっておらず、高性能な銃器である突撃自動小銃(アサルトライフル)を所持して逃走中と見られています。この状況を受け、東京都は昨晩から緊急事態宣言を発令しており、都民へ不要不急の外出を控えるように訴えかけています。都内を犯人が徘徊している可能性が高い状況です。都民の皆様はなるべく外出せず、家に鍵をかけて命を守る行動を心がけてください』


「こりゃあ、ひどい事件だねえ」


 レイヴンは皮肉っぽく、イリアを見てニヤけた。

 言われたイリアは憂鬱そうに、(ほお)をついて嘆息(たんそく)してしまう。


 アナウンサーの女が告げてすぐ、映像は事件現場の監視カメラの映像に切り替わった。


 そこには、突撃自動小銃(アサルトライフル)を手に暴れ回る2人の少女の姿が映っている。金髪の少女と、白銀の髪の少女。人が撃たれるシーンはモザイクになっているが、銃乱射犯の顔だけは、クローズアップして画面に映し出される。


『警察は犯人の顔写真と氏名を公表し、全国指名手配に指定しています。犯行グループは2人とみられ、1人はイリアクラウス。もう1人は雨宮アデル――――』


 皆まで聞いていられず、イリアはリモコンでテレビを切った。

 ソファの背もたれに寄りかかり、ウンザリした顔で呟いてしまう。


「……してやられたね。まさかこのボクが、乱射事件の犯人に仕立て上げられる日がこようとは」


 クックッと小声で笑ってから、レイヴンは見解を述べた。


「イリアさんは、ずっとここにいたし。今のアデルちゃんの状態じゃあ、ナイトクラブで一暴(ひとあば)れするなんて無理だよなあ。どう考えてもこれ、“偽者(にせもの)”の仕業だろうねえ」


「顔も姿も、あそこまで自分に似ていると、本当に自分が犯人だと思えてくるよ。整形であそこまで顔を似せられるものだろうか。いったいどこの誰だか知らないが、お見事な手並みだね」


「ありゃあ、おそらく斗鉤(とかぎ)兄妹の仕業だと思うね」


斗鉤(とかぎ)?」


「そう言う双子の兄妹がいるんだ。言ってみりゃあ、帝国の請負(うけおい)業者だよ」


 レイヴンはコホンと咳払いをして、説明を始めた。


「前にも話したことだけどさ。帝国は、白石塔(タワー)の中の世界を滅ぼさず、人類が絶滅しないように“維持管理”する使命を真王から与えられてるらしい。事実、白石塔(タワー)内に駐在(ちゅうざい)している帝国騎士たちの仕事が、そういう内容だったりするのよな。まあ、そうしなきゃいけない理由なんて、企業国王(ドミネーター)くらいしか知らないんだろうけど。上層部から命じられた通り、俺含め(した)()の騎士たちは、みんなそうしてるわけ」


 イリアは気怠(けだる)そうな顔でレイヴンを見やり、言った。


「だから今は……白石塔(タワー)内に逃げて潜伏するのが、1番安全だろうって言うのが、君のアイディアだったよね。白石塔(タワー)の維持管理を使命にしている帝国だからこそ、白石塔(タワー)の中では、激しい攻勢を仕掛けることはできなくなるだろうから」


「そそ。そゆこと」


 レイヴンは頷いて笑んだ。


「人類を滅ぼさない。その基本ルールさえ守っていれば、淫乱卿(いんらんきょう)晩餐会(ばんさんかい)みたいに、白石塔(タワー)内の下民を虐殺(ぎゃくさつ)しようが搾取(さくしゅ)しようが、誰にも(とが)められることはないわけ。ただやっぱり、ルールがある以上は制限があるわけで、白石塔(タワー)内での活動って色々と面倒なのよ。そこで生まれた仕事が“請負(うけおい)”だ」


「なるほど。どうやら帝国も、ボクたちの社会とソックリなようだね。真王から白石塔(タワー)の管理を任されている帝国騎士団。さらにその仕事を、白石塔(タワー)内の下請け、孫請けにやらせてるわけか。面倒な仕事は、下っ端の誰かに押しつけようってやり方だ」


 イリアの考察を聞いて、レイヴンは苦笑う。


「なんだか嫌な組織の構造だよねえ。まあ、とにかく帝国から仕事を請け負っている連中がいるわけだ。白石塔(タワー)内で、帝国の代わりに活動する下民たちだよ。大抵の場合は、富裕層や有力者で、白石塔(タワー)の国際社会を陰から操っているんだ。帝国の意向に従ってね。歴史上で起きた多くの戦争や暗殺が、この請負連中の仕業ってところかな」


「それってもしかして……いわゆる“陰の政府(ディープステート)”って呼ばれてる、秘密結社のことかな? 存在自体が陰謀論で、都市伝説の類いだとばかり思ってたけど……」


「実在しているよ。何のことはない、ただの帝国の下部組織なわけだけどな。帝国に奉仕することで、いつか貴族として取り上げてもらえることを夢見る金持ち連中さ」


 レイヴンは「おっと」と呟き、皮肉っぽく肩をすくめて見せる。


「話が()れたな。とにかく、斗鉤(とかぎ)兄妹は、そんな請負先の1つだよ」


「何者なんだい、その兄妹は?」


「噂を聞いたことがある程度さ。たしか東京界隈で活動していて、主に“殺し”を生業(なりわい)にしている奴等だった。下民たちの知覚制限(ちかくせいげん)を操ることで、他人の姿になりすますことができる“擬態(ぎたい)”の現象理論(プログラム)を使うそうだ。ようするに、ちょっとした魔導兵(ウィザード)みたいなもんだな。他人になりすまして犯罪を行うって手口で、誰かを()めたり、暗殺したりする仕事が得意らしい。好きで殺しを請け負ってる、しょうもないサイコパスたちだよ」


 レイヴンの話を聞いて、イリアは苦笑する。


「なるほど……。ボクとアデルを、こうして派手な発砲事件の犯人に仕立て上げることで、東京都内の人々の動きを制限。市民通報や、捜査機関などの公的権力も使って、白昼堂々と、おおっぴらにボクたちを捕縛、あるいは殺しても良い状況を作り上げたわけだ。帝国はかなり本気で、ボクとアデルの行方を探してると見るね」


「お。察しが良い雇用主(スポンサー)様だねー。たぶん、ご明察だ。どうやら、俺たちが白石塔(タワー)に逃げ込んだことは、もう帝国側に気付かれてるんだろうよ。これから先は、こっちも動きづらくなるねえ。何せ、ニュースを見た市民たちからも隠れなきゃいけなくなったわけだし」


 最悪の苦境である。

 イリアは考え込んでしまった。


「なら、これ以上、東京に(とど)まるのは危険かな……。いっそ海外に逃亡するのはどうだろう。別に東京に潜み続けている必要はないからね」


「あー。やめておいた方が良いな、それ」


「なぜだい?」


「東京都を囲む、白い壁があるだろ。君たちの言うワープゲートってやつ。あの壁だけど、通過した人間の素性を解析(スキャン)する機能があるんだ。たぶん今はもう、その機能が有効にされてるだろうから、今からあの壁を通り抜けようとすれば、すぐに見つかると思うぜ」


「厄介だね……。それって、ボクたちは()()()()()()()()()()って言ってるのかい?」


「残念ながら、そう言うことだな。いつまでもここに隠れてるわけにはいかなくなった。帝国のこの包囲網を抜けられないと、そのうち見つかって殺されちまうよ? 一応、元帝国騎士の俺だからね。向こう側の手の内は、おおよそ見当が付いちゃうんだな、これが」


 レイヴンは席を立ち、ハンガーに掛けてあったコートを羽織る。

 いつも通りの軽薄な態度で、イリアへウインクして告げた。


「っつーわけで、俺はちょっくら情報収集してくるわ。白石塔(タワー)内には、帝国騎士時代に色々とコネがあるんでな。帝国側の動きについて調べてみるとするよ。この包囲網を抜け出す手がかりが見つかるかもしれん」


 言いながらポケットに両手を突っ込み、コンテナ基地を去ろうとするレイヴン。

 その背に向かって、イリアは声をかけた。


「――良いのかい、このままボクたちと一緒に行動していて?」


 レイヴンは背を向けたまま、足を止める。

 イリアは続けた。


「君がボクたちに協力していることは、もしかしたらまだ、帝国側に気取られていないかもしれない。今なら、ボクたちを残して1人で逃げ出すことだって、君なら簡単だろう?」


 レイヴンは何も答えなかった。

 しばらく間を置いてから、イリアを振り返って微笑んで見せる。


「お気遣いどうも。ただ、そりゃあ少し楽観的すぎる意見だな。君たちを捕まえたのは俺。そして逃げ出した君たちと同時に、俺も行方をくらましてるわけだ。もう疑われてるでしょうよ」


「……それはそうかもしれないね」


「まあ、今の段階ならまだ、逃げようと思えば逃げれられるのは確かだね。ただイリアさんは、四条院(しじょういん)家よりも金払いが良いし。こうして金をもらえている現状に、俺としては不満はないのよね。もっと良い資本家(スポンサー)が見つかるまでは、協力するつもりさ」


「金さえもらえれば、不利な側についていようと、窮地だろうが構わないってわけかい」


「困ってるヤツほど、たくさん金を払ってくれるってのが、世の常さ。金さえもらえりゃ何でも良い。俺は単純な男なの。わかりやすくて良いだろ? なーに。本気でヤバくなったら、言われなくても勝手に逃げるから、俺のことは気になさんなよ」


 レイヴンは再びイリアに背を向け、パタパタと適当に手を振って去って行く。

 コンテナの扉を押し開けると、外からは陽の光と、冷えた空気が差し込んできた。

 出て行くレイヴンと入れ違いで、ちょうどフードローブの人物が戻ってきた様子だった。


「よ、機人(エルフ)のお嬢さん。見回りご苦労さん」


「……」


 大弓を背に担いだ機人(エルフ)族の少女、リーゼは挨拶を返さない。

 そうして複雑な思いでレイヴンとすれ違う。


 リーゼとレイヴンは、少し前に殺し合いをした仲なのだ。今は成り行きで協力関係になっているが、簡単に和解と言うわけにはいかないのだろう。胸中は穏やかではないかもしれない。


 今度はリーゼと、コンテナ内で2人きりになる。

 リーゼはフードローブを脱いでハンガーへかけると、イリアへ話しかけてきた。


「イリア。今、少し良いかな」


「……?」


「ここしばらくの間、落ち着いて話をする暇もなかったから。ちょうど良いタイミングだと思って」


 話があるのだと持ちかけてくるリーゼ。

 別にそれは構わないことだったが、それよりもイリアは、別のことが気にかかった。


「気のせいかな……。なんか君、昨日までよりも、スラスラ喋れるようになってないか?」


「ああ、そのことね」


 リーゼは微笑んで応えた。


「ここ最近、口周りの筋肉の動きを調整していたの。さっき外の見回りをしていた時に、ようやくセッティングが完了したのよ。今は以前よりは、まともに言葉を発音できてると思う」


「……いったいどういう身体の仕組みなんだい、機人(エルフ)族って言うのは……」


「大昔は人間だったけど、人間であることをやめた種族。機人(エルフ)は、その末裔(まつえい)だって聞いてるわ。半分は肉で、半分は機械。あなたたちヒトとは違って、身体の機械部位は微調整ができるの。定期的なメンテナンスも必要になる、面倒な身体でもあるんだけどね」


「なんか……今までのリーゼは、アホの子みたいだったのに。ハッキリした物言いになると、急に賢くなったみたいで戸惑うな」


「あれ? 私、アホの子だと思われてたの……?」


「ハハ。細かいことは、まあ良いじゃないか」


 以前のような片言の日本語ではなく、リーゼはスラスラと、流暢(りゅうちょう)に言葉を発音している。急にまともに喋れるようになった相手に面食らいつつ、イリアは笑って誤魔化す。


 ちょうど話したいことがあったのは、イリアも同じであった。

 リーゼは、さっきまでレイヴンが座っていたソファへ腰を下ろす。

 その横顔へ向かって、イリアはまず、哀悼(あいとう)の意を示した。


葉山(はやま)さんのことは、残念だったね……」


「……」


 淫乱卿(いんらんきょう)晩餐会(ばんさんかい)から逃げ出して、かれこれ1ヵ月が経っている。執拗(しつよう)に追いかけてくる帝国騎士団の目をかいくぐることに精一杯で、ゆっくりリーゼと話をすることができずにいた。今になってようやく、それを口にできたのである。


 イリアもリーゼも、悲しそうに目を細めた。


「リーゼと比べれば、ボクたちは付き合いが短かった。だからそれほど悲しいというわけでもないけど……それでもあんな無残な最期を見せつけられたら、心にくるものがあったよ」


 しばらく黙り込んでしまうリーゼだったが、やがて語り出した。


「私は……2年くらい。葉山と一緒に行動していたわ。葉山は私のことを、四条院家の暗殺から救ってくれた恩人だと言っていたけど、私にとっての葉山も、同様に恩人だったわ。白石塔(タワー)に来たばかりで、この箱庭の中の社会について何も知らない、無知同然だった私を導いてくれた。彼女という道しるべがいなければ、私は進路さえ見いだせなかったと思う」


「ボクは冷たい人間だからね。世界中で死んでいく、たくさんの人々、その全ての死を悲しいなんて思ってないよ。けれど少なくとも、顔を知っている人物の死は悲しいな。関係のあった他人の死なら、尚更(なおさら)さ」


「そうね……」


 リーゼは(おごそ)かに同意する。

 そうして、もう1つの死についても言及した。


「雨宮ケイ。あの時、彼は死んでいたのかしら」


「…………わからない」


 淫乱卿(いんらんきょう)に頭部を破壊され、即死したかに見えた少年。

 だが剣を手に立ち上がり、戦いを再開していた。

 その活躍がなければ、この場の誰もが生き残っておらず、あの場で死んでいたことだろう。


 ケイの無残な姿を思い出すと、いまだにイリアの胸の奥は、どうしようもなく痛む。

 他人のことで、こんなにも心を痛めるのは、イリアにとって初めての経験だった。

 雨宮ケイという少年に対して、友情のようなものを感じていたのだろうか。

 油断していると、女々(めめ)しく目が(うる)んでしまう。


 とても悲しそうな顔をしているイリアを見て、同情するようにリーゼが言った。


「大量出血していて、頭部を脳ごと破壊されていた。しかも剣で、心臓も貫かれていた。……あんな状態で行動できる人間なんて、機人(エルフ)の知識を持ってしても解明できない存在だと思う。それに何より、アデルが生み出した、あの“赤い剣”。あれはいったい……」


 イリアも、その時の状況を思い出して言った。


「……絶対無敵のように感じられた、あの淫乱卿(いんらんきょう)を切り裂いた剣だね。あれも異能装具(アーティファクト)ってやつの一種だったのかい?」


「……正直、見当もつかないわ。企業国王(ドミネーター)を殺し得るような、あんな強大な力。私が知る限りでは、アークの歴史において存在したことなんてないはず。あれは……帝国の支配体制を揺るがす程の力だと思う。帝国は確実に、見過ごしておかないはず。血眼で、あの剣と、それを生み出したアデルを手に入れたいはずよ」


「まるで(はち)の巣を突いたような状況か」


 アデルを助けるために仕方なかったとは言え、晩餐会(ばんさんかい)に乗り込み、こちらの素性を知られたことは痛手だった。こうして帝国に追い詰められ、不利な状況に陥ってしまっているのだから、これを巻き返すのは大変である。状況が(かんば)しくなくて、イリアは溜息(ためいき)をつかずにはいられない気分だった。


「あの浮遊城での晩餐会(ばんさんかい)から、もう1ヵ月ほど経つ。あれ以来、帝国はボクたちのことを執拗(しつよう)に探し回ってきている。ボクたちが連れている“アデルが目的”なのは間違いないだろうね。いっそのこと、アデルを敵に引き渡せば、ボクたちは助かるかもしれないよ?」


 リーゼはイリアを睨んだ。


「……アトラスと名乗る機人(エルフ)が言っていた通り、アデルの存在は、帝国支配を切り崩すための、切り札になり得る存在かもしれない。人類最後の希望という話は、眉唾じゃなくなってきてるわ。人類の希望であるということは、つまり私たち機人(エルフ)にとっても同じ。みすみす、彼女を帝国に引き渡すわけにはいかなくなった」


「わかっている。冗談だよ。ボクもアデルを帝国へ売り渡して、自分だけ助かろうなんて薄情なことは考えてないさ。だが、このままアデルを連れて逃げ回っているだけで、事態が解決するとは思えないね。アデルが目覚めるまでに、何か手を打っておかなければならないだろう」


 イリアとリーゼは、何となくベッドの方へ視線を向けた。

 そこには、晩餐会(ばんさんかい)の日以来、ずっと眠り続けている、美しい少女の姿がある。


 白銀の長い髪。

 アトラスが人類最後の希望と言い遺した、謎多き少女だ。


 以前に本人が言っていた通り、頭の花で光合成ができているのか。この1ヵ月間、ほぼ飲まず食わずで、今も点滴(てんてき)を受けているというのに、あまり(やつ)れた様子もない。まるで永遠に美しいままでいるような、どこか人間離れした存在に思えた。


「……アデルは、いつになったら目覚めるんだろうね」


「……」


 アデルが眠り続けている理由は、わからない。


 大切な家族であるケイを、目の前で殺されたショックもさることながら、あの赤い剣を生み出したことによって、かなり消耗したのかもしれない。とにかくアデルは、原因不明の昏睡(こんすい)状態なのだ。


「真王を討ち滅ぼし、帝国の支配から人類を解放できるかもしれない力。それが罪人の王冠(シリウス・ケテル)なんだったよね? ならもしかして、あの剣こそが罪人の王冠(シリウス・ケテル)である可能性はないのかい?」


「それは、私も考えていたわ。けれど、実際のところはわからない。ただ……可能性はある。剣の形状になる前は、たしか赤い光の輪のような形で現れたよね。なら、あれを王冠と呼べないこともないわ。ケイがあの剣をまだ持っていて、もしもまだ生きているなら。また、仲間になってほしい」


 リーゼは、確証のない希望を口にした。


 雨宮ケイが、まだ生きている――――。

 そうであったなら、どれだけ良いだろう。


 だが、そんな希望を(あきら)めるのには、十分なほどの致命傷を負っていたのだ。望みは薄いだろう。おそらく、あの浮遊城の崩壊に巻き込まれ、今頃はどこかで力尽きているはずだ。それでも。わかっていても。イリアだって、ありもしない希望を口にしたくもなる。


「正直なところ……淫乱卿(いんらんきょう)のあれだけの強さを目の当たりにした今となっては、あの剣の力に頼る以外に、勝ち筋なんて考えつかないよ。あの剣は、ボクたち人類側が帝国支配に抗うために、必須の力だと思うね。雨宮くんの生死はともかくとしても、剣だけは、帝国の手に落ちるより先に、ボクたちが手に入れるべきだろう」


「剣探しが、イリアの次の一手?」


「ああ。というか、つまりは雨宮くん探しになるのかもね。帝国に追われている今、それ以外に生き延びる術が思いつかないと言うのもある。対抗できる力がなければ、いずれは追い詰められるだけだろ? それが今日なのか、明日なのかわからないだけで、ボクたちは今も瀕死のような状態さ」


 イリアの現状分析に、リーゼは納得した。


「そっか。剣を探すのが目的なら、私と一緒だね」


「なら、まだ味方でいてくれるのかい?」


 リーゼは微笑み、(うなず)いて肯定した。


「目的は剣だけじゃないよ。私は、アデルを守らなければならない。それがわかったから、まだイリアと一緒に行動するつもり」


「それがわかったって……まるで後から気付いたような言い方だね。アデルを(えさ)に、晩餐会(ばんさんかい)の会場を探ろうとしていた時とは、真逆の方針転換に思えるな。おっと、別に嫌みじゃないよ? 素朴(そぼく)な疑問さ」


「……そうね。あの時、アデルを(おとり)に使ってしまったのは、間違いだった。そうしなければ今頃、もっと話は単純だったかもしれないわ」


「?」


「何でもない。アデルが目覚めてから、詳しいことを話すつもり」


 リーゼは、なぜか話を誤魔化した。


 好奇心旺盛なイリアとしては、さらに話を掘り下げたいところだったが、おそらくリーゼは真意を話さないだろう。何となく、態度からそれを察することができた。


「またボクを人質に取ろうとか、そういう悪巧みじゃなければ、何でも良いんだけどね」


「もうそんなことはしないよ。安心して」


 イリアは苦笑し、ようやくソファから腰を上げた。

 そうして背伸びをして、リーゼへ告げる。


「さてと。ボクも出かけるとしよう」


「出かけるって、どこへ行くの?」


「決まってるだろう? 準備ができているか、確認に行くのさ」


「準備?」


「ああ。――――“()()”の準備さ」


 それを聞いたリーゼは、驚いた顔をする。


「反撃って……どういうこと?」


 イリアは不敵に笑んで答えた。


「いつまでもやられっぱなしって言うのは、性分じゃなくてね。さすがに淫乱卿(いんらんきょう)のような化け物を、どうこうできるような策があるわけじゃないけれど。帝国という“組織”に対抗するための準備は、ちゃんとしてあった。それはボクたちに今、もっとも足りないものでもある。今から、それを手にれてくるつもりだ」






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