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6-1 東京廃棄処分



 深夜。

 東京都新宿区。


 企業ビルが建ち並ぶオフィス街には、いまだに爛々(らんらん)と明かりが灯っている。ビル内で仕事をしている人々は残っていても、さすがに道路を行き交う車の交通量は減っていた。路上で見かけるのは、終電を逃したサラリーマンたちが乗る、タクシーの姿が大半である。


 そんなオフィス街を、黒い1台のセダン車が走っていた。

 高級車である。


 車は、無人営業中の立体駐車場へと入っていき、4階層目のフロアまで到着した。この時間にもなれば、利用客は皆無であり、駐車している車の数はほとんどない。貸し切り状態のフロアの、適当なスペースへ駐車をすると、そこから1人の男が降車した。


 七三分(しちさんわ)けに整えた黒髪。知性を秘めた吊り目に、洒落(しゃれ)たメガネをかけている。

 ストライプスーツにネクタイ姿の、若いビジネスマンに見える格好である。しかし耳には無数のピアスを空けているため、客先に出る営業職ではないだろう。背が高く、全身がスラリとしている。ファッションモデルのように美形だった。


「さすがは私。予定通り。1秒の遅れもない到着ですね」


 高級腕時計で時間を確認し、男は満足そうに微笑んだ。

 ジュラルミンケースを手に提げ、男は颯爽(さっそう)と駐車場内を歩く。

 そうして辿り着いた、フロア中央付近に、男の到着を待っていた、複数の人々の姿があった。


 顔に傷のある、人相が悪い男。

 理知的なメガネの女性。

 髪を金髪に染めた、ストリートファッションの若者。

 気が弱そうな、汗かきで小太りの男。


 年齢も性別も様々な、統一性のない顔ぶれが、そこには並んでいた。いずれも服装や装飾品類を見るに、裕福そうであるという以外に共通点はない。そうした人々が20人くらいで、円陣を形作って立ち並んでいたのである。


 男はその円陣の中央で立ち止まり、メガネの位置を指先で整えながら告げた。


「時間通りの集合、まことにありがとうございます。もう全員、揃っているようですね」


 誰も、何も答えない。


 ただ全員が、(うやうや)しく男へ一礼(いちれい)をして見せるだけである。

 へりくだっている様子の人々を見渡してから、男は愛想笑いを浮かべた。


「警視庁長官。東京都知事。敏腕(びんわん)の株投資家。有名インフルエンサー。ヤクザ。皆様、それぞれが様々な“権力”を持つ有力者です。そして、ご存じの通り。同時に帝国の“代理人(エージェント)”として、この東京の保守管理(ほしゅかんり)を任されている、責任ある立場でもあります。つまり、選ばれた一握りの選民。そんなご多忙の皆様を、緊急でお呼びさせていただいたのには、差し迫った理由があるからです。それをご説明いたしましょう」


 男は指を鳴らす。それが合図であったかのように、その場の全員のスマートフォンから、メッセージ着信の音が聞こえた。それぞれが画面を覗き込み、そこに映し出された写真データを確認する。


「その少女の名は“雨宮(あまみや)アデル”と言います」


 白銀の長い髪。碧眼(へきがん)

 微睡(まどろ)んでいるような半眼の眼差しをした少女だ。

 頭部に、赤い花の飾りを付けていた。


 まだあどけない顔立ちをした子供だが、その端正(たんせい)な容姿と可憐(かれん)さは、誰しもの目を()きつける、美術品のような美しさを有している。


「彼女は現在、この東京都のどこかに逃げ込み、潜んでいることがわかっています。残念ながら、我々のネットワークでは、彼女の居場所を検知することができません。ですので今回は、この東京の街を誰よりもよく知る、皆さんの力が必要になったわけです」


 男は両腕を広げ、演説するよう、全員へ声高に宣言した。


「これは取引です。ルールはシンプル。10日以内に、彼女の身柄を確保してください。もちろん傷1つ付けず、無事な状態で、です。1番最初に彼女を引き渡していただけた方には“爵位(しゃくい)”を与えることをお約束しましょう」


 取引を持ちかける男の発言に、その場の全員が驚いた。

 どよめきが生じる。


 信じがたいと言った顔をしている、スーツ姿の女が、恐る恐る尋ねた。


「それは……理解が間違っていなければ、帝国貴族の地位を与えてくださる、と言うことでしょうか」


「ええ。皆さんの念願でしょう?」


 男は言いながら、手に提げていたジュラルミンケースを開けた。

 その中から小箱を取り出し、そのフタを開いてみせる。

 中には、赤い宝石が埋め込まれた指輪が1つ、収められている。


「貴族へ昇格することが許された下民へ与えられる、“支配権限(しはいけんげん)”の力を有した指輪。これを、彼女の身柄と交換いたします」


 指輪が放つ、赤い魔性(ましょう)の輝きに、その場の全員の目が釘付けとなってしまう。


 どんな理不尽な命令であっても、絶対に他人を服従させることができる力。

 支配権限(しはいけんげん)


 この場の全員が、その力に憧れ、欲し、得ることを願い続けてきた。それを与えられると言うのだから、ある者は不敵に笑む。そしてある者は下卑(げび)た笑みを浮かべた。思い思いに、胸中に抱いた野心と欲望を、表情に発露(はつろ)してしまう。誰しもの目の色が豹変(ひょうへん)した。


 ふと、杖をついている、白髪の老夫が口を開いた。


爵位(しゃくい)……。現在の時価で、おおよそ1兆円で買い取ることができる、帝国貴族の階級。真にこの世界の支配者側になれたことを意味する資格。それをワシ等に与えていただけることは、とても嬉しく光栄なことなのですが……」


 老夫は怪訝な顔で尋ねた。


「それと引き換えという、この少女は……いったい何者なのです?」


「あなた方が知る必要はありませんよ」


 一切の情報を与える気がない様子で、質問に答えない。

 拒絶の言葉を口にしながら、ニコニコ愛想良く微笑み続ける男は、不気味だった。


 爵位と交換の人物捜しなど、かつて1度もなかった異例の事態である――。


 少女の存在が、帝国にとって、なにか非常に重要であることは、その場の全員が何となく察していた。だがそれを知るのは、自分たちよりも遙かに優位な立場にいる男だけだ。その男に教える気がないのなら、もはやそれ以上の情報を引き出すことができる者など、この場に存在しない。


 (あきら)めて口を(つぐ)んだ様子の老夫に、男は満足する。

 余計な質問を差し挟めない雰囲気を作った後に、男は手を()んで補足説明をした。


「さて、この取引には無論のこと、条件があります。猶予(ゆうよ)は10日間であると言うことです」


「猶予……?」


 期間限定の人捜し。

 つまり男は、そう言っている。


「その猶予期間を過ぎた場合は、どうなるんだ?」


 人相が悪い、白スーツ姿のヤクザが尋ねた。

 男は変わらぬ笑顔で、それを通告した。


「10日以内に彼女を手に入れられなければ――――この東京は“廃棄処分(はいきしょぶん)”になります」





次話のストックがなくなってきたので、しばらく書き溜め休載します。

第6章は、盆休み明けくらいから投稿を予定。申し訳ないです。

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