表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/478

5-14 高貴なる人質



 淫乱卿(いんらんきょう)に左腕を潰されたケイは、すでに瀕死(ひんし)の状態だった。


 強い圧力によって押し潰された肩から先は、砕けた骨があちこちから飛び出して、グズグズの肉塊と化している。もはや治療不可能なほどに、原型は破壊されてしまっている。(しぼ)られた雑巾(ぞうきん)のようになった腕からは、止めどなく血流が(したた)り落ち、失血死は免れない容態だった。


 顔面蒼白(がんめんそうはく)(ひざまず)き、(うつむ)いて動かないケイ。

 そこへ、アデルがいち早く辿り着いた。

 アデルは、今にも泣き出してしまいそうな顔で声をかける。


「ケイ、その腕は……!」


「アデル……無事だったんだな。良かった……」


 激痛に耐えながら、ケイは脂汗を浮かべている。

 それでも無理をしてアデルに微笑みかけた。


「怪我はしてないのか……? 酷いことはされなかったか……?」


「私のことより、今は自分のことを心配してください!」


 死にそうな状態だと言うのに、ケイはアデルのことばかり心配している。

 それが辛くて、悲しくて、アデルは目に涙を溜めてしまった。


 イリア、それに葉山とリーゼが、遅れてアデルの(そば)へ駆けつけてきた。


 血まみれのケイの肩に手を触れていたせいで、アデルのドレスには、その血が染みこんでしまう。止まらないケイの出血に焦り、アデルはイリアたちへ(うった)えかけた。


「イリア、早くケイを病院へ連れて行かないと!」


「……」


 必死に訴えたものの、イリアたちはアデルの方を見ていない。

 それよりも、ニヤけた顔でこちらをじっと見ている、不穏な男の方に目が釘付けだった。

 イリアは淫乱卿(いんらんきょう)と対峙しながら、険しい顔で応えた。


「そうしてあげたいところだが……どうやらこの状況は、簡単ではなさそうだよ」


 急にゾロゾロとやって来て、闘技場へ乱入してきたイリアたち。

 その女性陣の登場に、淫乱卿(いんらんきょう)興味津々(きょうみしんしん)な態度だった。

 目を輝かせ、この想定外の状況を楽しんでいる様子である。


「フーム。今夜は予定外の客人が多い。そこの少年以外にも、色々と(まぎ)れていたようだ。おや? アキラに与えてやった花嫁の姿もあるな。それに何より、1人は機人(エルフ)族ときている。ヒトと一緒に行動する機人(エルフ)がいるとは、実に興味深い」


 先ほど遭遇したエリーと同じように、気配で機人(エルフ)だと気付かれたのだろうか。

 もはや変装が意味を成していないことを悟り、リーゼはかぶっていた仮面を外して捨てた。

 ただ黙って、淫乱卿(いんらんきょう)へ向けて大弓を構える。


 武器を向けられていることなど気にした様子もなく、淫乱卿(いんらんきょう)口髭(くちひげ)を指で整えながら、機嫌が良さそうに語った。


「私の予定が狂わされるというのは、本当に久しぶりのことだよ。嬉しいね。何百年もの時を生きていると、スケジュール通りの毎日というものに、退屈してしまうのさ。こうした番狂(ばんくる)わせというのは、私にとっては、日常におけるちょっとした刺激でね。“快楽”の一種なのだよ」


「快楽だって……?」


 イリアが、思わず尋ねてしまった。

 淫乱卿(いんらんきょう)はニコリと微笑み、答える。


「ああ。人には知恵があるだろう? それは呪いなのだよ。動物のように、ただ食べて、寝て、繁殖(はんしょく)するだけの人生では“退屈”だということに気付いてしまっているんだ。だからさ。誰もが、生きる“過程(プロセス)”を楽しむをことを求めてやまない。人生の一瞬、一瞬に感じる刺激を最大化し、快楽を得られる時間を持続化することで、人の生とは豊かになるのだ。私は、その探究に熱心なのさ」


 唾棄(だき)したくなるような淫乱卿(いんらんきょう)の言い分を聞いて、葉山は怒りを覚えた。


「その探究の結果が、この狂った晩餐会(ばんさんかい)だと言うのですか! 白石塔(タワー)の子供たちを誘拐して、あなたたちの欲望を満たすことに利用し、傷つけて! 大人として恥ずかしくないのですか!」


 ここに来るまでの間、イリアや葉山たちは、酷いものを見てきたのだ。

 何の罪もないのに……親元から引き離され、誘拐され、洗脳された子供たち。

 貴族と呼ばれるアークの富裕層たちが快楽を得るためだけに、玩具として利用されている。

 ここで行われているのは、異常者たちの、非道(ひどう)狂宴(きょうえん)である。


 それを指摘された淫乱卿(いんらんきょう)は肩をすくめて見せる。

 悪びた様子などなく、ただニヤニヤと、葉山を嘲笑(あざわら)っているだけだ。


「クク。白石塔(タワー)の下民の理屈だな。君たちは、あの虚構の世界の、どこの国の価値観に染まっているのかな。それは知らないが、憶えておくと良い。このアークでは、同じヒトという種族であっても“貧富(ひんぷ)の差”によって命の価値が決まっているのだ。富を多く集めることができる者とは、それすなわち、そうできない者よりも優れている個体だという証明だ。高貴なる私や、私ほどではないが、それなりに裕福な貴族たちは、言うなれば支配層の存在だ。我々に支配をされる下民の命など、喰われるために育てられた豚や牛と変わらんよ」


「フン。話しが()み合わないな。下衆(げす)の理屈だよ……!」


 イリアも、淫乱卿(いんらんきょう)の言い分には辟易(へきえき)していた。

 嫌みを言わずにはいられない。


 致命的なまでに、価値観が合わない。

 お互いに平行線であることがわかると、淫乱卿(いんらんきょう)は話題を変えてくる。


「私のことは良い。それより、君たちのことについて話してくれたまえよ。せっかく命を()して、こうして私の前に立っているのだ。もちろん、目的があってのことだろう? 久しぶりに、私へ敵意を向けてくるような、身の程知らずな者たちの話しだ。退屈しのぎには、ちょうどいいじゃないか」


 イリアたちのことを驚異とも考えていない。むしろ野次馬(やじうま)の根性で相手をしているのだと、淫乱卿(いんらんきょう)は言っていた。


 歯牙(しが)にもかけられていないのだ。完全に見下されている。

 そのことに対する悔しさと苛立ちを(あらわ)わに、葉山は歯噛(はが)みする。

 だからこそ、このタイミングで切り札を切ることにした。


「すいません、イリアさん」


 葉山は謝罪の言葉を口にしながら、自動拳銃(ハンドガン)を取り出した。

 そうして――――傍らに立っていた()()()()()()()


「!?」


 味方だと思っていた葉山に、いきなり右腕を撃たれた。

 イリアは驚き、混乱する。

 何が起きたのか、ケイとアデルも理解できず、唖然(あぜん)としてしまった。


「くっ……! いったいどういうつもりで……!」


 熱した鉄を押し当てられているような、焼ける痛みが(ほとばし)る。

 撃たれた腕の傷口を(かば)うようにしながら、イリアは葉山と対峙した。

 葉山は冷淡に、イリアの頭部へ向けて銃口を構えた。

 その眼差しはイリアを見ておらず、淫乱卿(いんらんきょう)を横目にして警告する。


「彼女こそは、イリアクラウス・フォン・エレンディア。あなたと同じ、七企業国王セブンス・ドミネーターの1人である“虐殺卿(ぎゃくさつきょう)”のご息女(そくじょ)です。私たちは、これから彼女を“人質”にします」


 それを聞いて、淫乱卿(いんらんきょう)は意外そうな顔をする。

 葉山が口にした話しを聞いたイリアは、思わず耳を疑った。


「何だって……!? ボクの父親が……アイツが……七企業国王セブンス・ドミネーター……?」


 その事実を、イリア当人は知らなかったのだろう。

 いつもは気丈なイリアの口から、聞いたこともない弱々しい口調で、呟きが漏れる。

 構わず、葉山は淫乱卿(いんらんきょう)へ顔を向けて続けた。


「聞いた話によれば、七企業国王セブンス・ドミネーターたちは、このアークを分割統治(ぶんかつとうち)していて、基本的にはお互いの国の政治に対して“不干渉(ふかんしょう)の原則”を持っているそうですね。なら、まずいのではないですか? あなたが主催している、この趣味の悪い晩餐会(ばんさんかい)という催しの中で、他国の王族が命を落とすという状況は」


 イリアを盾にすることで、淫乱卿(いんらんきょう)が自分たちに手出しできない状況を作る。イリアを人質に取っている間なら、強大な淫乱卿(いんらんきょう)から情報を引き出すこともできるだろう。そのまま逃げることだってできるはずだ。イリアをこうして撃ったことで、本当にイリアを殺すつもりがあるという、意思表示にもなったはずである。


 それこそが、葉山の考えた“作戦”の全貌(ぜんぼう)だった。


「ハッハッ。なるほど、なるほど。それが君たちが用意した、私に殺されないようにするための()()()か。そんな隠し球を用意しているとは予想外だ。ますます面白くなってきたな。たしかに、そこのお嬢さんが身につけている十字架(ロザリオ)は、エレンディア家の直系が有するものだ。身分証明のための拡張機能(プラグイン)が格納されているようだし、ウソではなさそうだ」


 淫乱卿(いんらんきょう)は口髭をいじりながら、愉快そうに笑んでいる。

 絵本の続きをねだる子供のような無邪気さで、淫乱卿(いんらんきょう)(まく)し立ててきた。


「それで? エレンディアのお嬢さんを人質にとりながら、このまま尻尾(しっぽ)をまいて、この場から逃げる作戦かね? それだけではないのだろう。私をもっと楽しませてくれたまえよ」


 イリアを人質に取っていることの効果はあるのか。まるで動じた様子がない淫乱卿(いんらんきょう)の態度を見ていると、その確証(かくしょう)がもてなくなる。

 葉山が困惑(こんわく)している中、ケイの隣で付きっきりだったアデルが訴えた。


「たしか、名前は葉山と言いましたね。イリアを人質にして逃げられるなら、今すぐこの場を逃げるべきです。……ケイの容態(ようだい)が、危険です」


 目が(うつ)ろになり、意識が途切(とぎ)れそうな様子のケイ。

 それを見つめ、アデルの顔は青ざめていた。


「私は無死(むし)の赤花。私が(そば)にいる間は、ケイが死ぬことはありません。でも、この様子では、もうすぐ身体が死亡状態に(おちい)ってしまいます。その状態が続けば、後で蘇生(そせい)ができたとしても、脳へのダメージが大きく、後遺症(こういしょう)(まぬが)れません。……早く、ケイを連れて逃げないと」


 時間がないことを、アデルは警告してくる。葉山は焦りながらも、当初の目的を果たすべく、淫乱卿(いんらんきょう)へ、重要な質問を投げかけることにした。


「――――罪人の王冠(シリウス・ケテル)の在処について、尋ねにきました」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ