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5-8 砕けた月



 夜が訪れていた。


 大理石を()()めた広大なフロアに、豪華絢爛(ごうかけんらん)金刺繍(きんじしゅう)が入った、赤い大絨毯(だいじゅうたん)()かれている。天井には、(きら)めく豪勢(ごうせい)なシャンデリアが、いくつも垂れ下がっていた。数え切れないテーブルと、そこに盛り付けられた贅沢(ぜいたく)な料理の数々。立食(りっしょく)形式のパーティー会場だった。ベレル城の大広間には、すでに100人を超える大勢の貴族たちが集い、談笑している。


 やがて会場の扉が開き、1人の紳士(しんし)が姿を見せた。

 それこそが、今夜のパーティーの主役である。


 男は颯爽(さっそう)と、広間の中央を通って演台(えんだい)へ向かって歩み始める。すると周りの貴族たちは、自然と身を引いて、(うやうや)しく男へ頭を下げて、男の通り道を作り上げていく。


 オールバックにした黒髪。(ととの)えられた口髭(くちひげ)。高価そうなタキシードを着ており、黄金のタイピンや指輪など、数々の宝石を身につけている。洒落(しゃれ)た格好をした美形の中年であり、スラリとした長身のシルエットは、モデルのように決まっていた。


 演台の上に立った男は、聴衆(ちょうしゅう)たる貴族たちを見渡す。

 男――四条院(しじょういん)コウスケは、両手を広げ、嬉しそうに開催の挨拶をした。


「ようこそ、お集まりいただきました! 紳士淑女(しんししゅくじょ)の皆様!」


 不思議なことに、男の声はマイクもないのにフロアへ響き渡った。

 貴族たちは一斉に演台を見上げた。男の話へ、誰もが静かに耳を傾け始める。


「まずは、このベレル城を本日の(もよお)しのため、貸してくださった、アグゼリウス領主、シュナイダー殿に感謝を。氏は毎年、今夜の催しを楽しみにしている常連客で、城を貸し切るという異例な頼みも快諾(かいだく)してくれました。皆様も、氏へ感謝の拍手をお願いします」


 男は、演台の傍に立っていた、小太りの紳士を手で指し示した。

 高価なスーツ姿でありながらも、その見た目は不潔で醜い男だった。

 貴族たちは言われた通りに拍手を送る。すると、その領主は頭を掻いて照れ笑っていた。


 領主の紹介が終わると、男は早々に演説を開始した。


「さて、ご存じの通り。我々、選ばれし人類の支配階級の者たちへ、神がお(あた)えになった神聖(しんせい)なる役割(やくわり)。それすなわち、白石塔(タワー)の管理です。この激務(げきむ)重責(じゅうせき)に追われ、私はかれこれ、1000年以上の時を過ごして参りました。同胞(どうほう)たる皆様においても、その苦労は絶えず、日々、ご心労を抱えていることと存じます」


 口髭(くちひげ)をさすりながら、男は微笑みを浮かべて見せる。

 その笑みは自信に(あふ)れ、生き生きとしていた。


「そんな皆様を(ねぎら)うため、慰労(いろう)は必要なことでしょう。功績(こうせき)には報酬(ほうしゅう)が。努力(どりょく)には評価(ひょうか)が。あって当然なのです。そこで四条院家は年に1度の、晩餐会(ばんさんかい)を開催しています。ご多忙の皆様の日々の疲れを癒やして差し上げたい。仲間同士で語らい、鼓舞し合い、結束を高める場をご提供したい。そしてそれを叶えるために、今宵(こよい)も、その時がやってきたのです」


 男の演説は続いた。

 浮かべていた笑みには、(わず)かに不穏な影が混じる。


「食、肉、血。私は、この地上において、人類が享受(きょうじゅ)し得る、あらゆる快楽(かいらく)を追求し、研究する者。我が神より(さず)けられし爵位(しゃくい)は“淫乱卿(いんらんきょう)”。その名に恥じぬおもてなしができるよう、お越しいただいた皆様のために、今年も趣向(しゅこう)を凝らした、様々な“快楽”をご用意しております。今夜、この城では、皆様のあらゆる欲望が解き放たれ、叶えられるでしょう。私がそれを保証いたします」


 男はわざとらしいお辞儀の後に、ニヤけて宣言した。


「今、この時をもって――――晩餐会を開始いたします!」


 それを聞いた貴族たちは、先ほどとは比べものにならない、大きな拍手を贈ってくる。

 自身へ向けられた数え切れない感謝と敬意を一心に浴び、淫乱卿は誇らしげだった。




 ◇◇◇




 広い会場内には、オーケストラの生演奏が流れていた。

 美しい音色に耳を傾けながら、四条院アキラは、幼なじみのエリーと並び立っていた。

 ナイトドレス姿のエリーは、上品に微笑みながら、演奏に耳を澄ませている。


「素敵な夜でございますね、アキラ様」


「……今はまだ、な」


 ワイングラスを傾けながら、アキラは険しい顔で俯いてしまう。


 毎年、晩餐会の始まりは、普通の立食パーティーである。来賓の貴族たちに酒が回ってきた頃に、“イベント”は始まるのだ。城内のあちこちには、淫乱卿が言っていた通りの催しが用意されていることだろう。食、肉、血。それぞれ、客たちが求めるものに応じて、それぞれ別会場になっている。


 例年通りなら、そのうち案内があり、移動が始まるはずだ。そうすれば、このフロアで立食している貴族たちの数は、まばらになっていくだろう。アキラは例年通り、この会場へ残るつもりだった。エリーにも、それを勧めるつもりである。


「――こんなところにいたのか、アキラ!」


 話しかけられたくなかった声に、話しかけられてしまった。

 本音が表情に出ないように気をつけ、アキラは振り返る。

 そこには自分の父親、淫乱卿の姿があった。


「まったく、今日はお前と話したいことがあったと言うのに、昼間は挨拶も早々に去って行ってしまうとは。パパは寂しかったぞ」


 甘えるように、アキラの腕にまとわりついてくる淫乱卿。

 父親は少々、子煩悩(こぼんのう)がすぎる態度だった。


「申し訳ありませんでした、父上。白石塔(タワー)の任務の後処理で、忙しかったもので」


「そうだったのか。ところで、おや。シュナイダー家のご息女と一緒だったのか」


「お久しぶりでございます、淫乱卿」


 エリーはスカートの裾を軽く持ち上げ、丁寧に頭を下げて挨拶をした。

 そんなことに興味はなさそうで、淫乱卿はエリーの挨拶を無視する。


「そんなことより、アキラ。わかっているだろうな。昼間に話したことだ」


「……花嫁探し、ですか」


「その通り!」


 淫乱卿はアキラの肩に手を置いてきた。


「お前の兄も、今のお前と同じ歳で、第一花嫁(ファーストレディ)との婚姻を済ませていたのだ。お前もそろそろ、妻の1人目くらい、いても良い歳になった。女などいくらでも孕ませて良いが、とりわけ第一花嫁(ファーストレディ)とは、年老いても記憶に残る重要な存在だ。だからお前には、絶世の美女をあてがってやろうと考えていてな」


 勝手に婚約者の世話をしてくれようとしている父親に、アキラは苛立ちを感じる。


「お気持ちは嬉しいのですが……」


「なんだ、パパの善意を無視するつもりか?」


「……いえ、滅相もありません」


 本音は決して口にはできない。

 逆らいでもすれば……殺されかねないからだ。

 アキラは、緊張感を持って返事をする。


第一花嫁(ファーストレディ)が記憶に残る存在という、父上の助言を加味して考えたのです。絶世の美女と言えど、実際に私が心ときめかない相手では、私のせいで父上の善意を台無しにしてしまうことになりかねません。父上のご期待に添えないことは、私にとって辛いことです」


「ハハ! なるほど、そう言うことか。なら安心するが良いぞ。見て、気に入らないはずがない程の美女を用意してやったのだ。さあ、早速、パパに紹介をさせてくれ。こっちへついてきなさい、アキラ」


「しかし……」


 アキラは、申し訳なさそうにエリーの方を見やった。第一花嫁(ファーストレディ)に選ばれたいと願っていた、エリーの願い。それを今、アキラは裏切ろうとしているところなのだ。父親に逆らえず、言われるがままになって。


 エリーはただ、寂しげに微笑んでいるだけである。

 その表情を見ていると、胸が痛んだ。


 (なか)ば強引に、アキラは淫乱卿に手を引かれて連れ出される。

 賑やかな会場の中央を突っ切り、そうして連れ出されたのはバルコニーだった。

 そこには、1人の少女が立っていた。


 白銀の長い髪。星空を見上げている碧眼。左側頭部には、赤い花の飾りを点けている。ウエディングを思わせる純白のドレスに身を包んだ、あどけない顔立ちの少女は、可憐だった。


 昼間に庭園で見かけた、下民の少女である。

 そのあまりに美しいドレス姿を前に、アキラは我を忘れて見入ってしまった。

 そんな息子の様子に満足したのだろう。淫乱卿はアキラの耳元に囁いた。


「さあ。あとは2人でうまくやるのだぞ、息子よ。今夜中に、童貞から卒業しておけ」


「……!」


 下卑た笑みを浮かべ、淫乱卿は命令してくる。

 命令されれば、基本的に拒否することなどかなわない。

 なら自分は、今夜、この少女と……。


 淫乱卿は、アキラを置いて再び会場へ戻って行く。

 夜風に当たっていた少女は、アキラの存在に気が付き、振り向いてきていた。


「……誰ですか?」


 澄んだ水のような、ウィスパーボイスだ。

 声をかけられたアキラの鼓動は、急速に早くなっていく。

 赤熱化しつつある表情を誤魔化すよう、唇を引き結んだ。


「四条院アキラ。淫乱卿の息子だ」


 少女は怪訝な顔をしていた。


 淫乱卿という名前に、ピンときていない様子だった。

 下民だからなのだろう。その恐ろしさも、権威も、何も知らないのだ。あの男の息子であるのだと、色眼鏡で見られないことを悟り、妙にアキラは安堵(あんど)してしまう。


 逆に今度は、アキラから少女へ尋ねた。


「君の名前は?」


「…………アデル」


「アデル……。美しい名だ」


 心底から、そう思った。


 アデルは再び、視線を空に向けた。その横顔は、何だか寂しい表情に見えた。何となく、アキラはその隣へ歩み寄る。2人してバルコニーの手すりによりかかり、星空に浮かぶ月を見上げる。


 月光の中で、アデルは空を仰いで呟いた。


「月…………()()()います……」


 白石塔(タワー)の中で見られた月は、丸い球体だった。だが、アークの夜空に浮かんで見えるのは、砕け散った悲惨な姿の月である。かつて球体だったことを思わせる並びで、暗黒の宇宙を漂う巨大な岩。その輝く色だけは、変わらぬ青ざめた色だった。




 ◇◇◇




 殺風景な部屋だった。

 乳白色の大理石で囲われた、何もない部屋。あるのは、天井に設けられている、(まばゆ)い電灯くらいだろう。窓はなく、入り口は1つだけ。電子ロックされた、覗き窓付きの分厚い鉄扉である。


 眉間(みけん)にしわを寄せた険しい顔で、葉山は目を(しばた)かせていた。


「……何だか、目につくものが白色ばかりで、目がチカチカしてきましたよ」


 部屋の(すみ)で膝を抱えて座っていたイリアが、肩をすくめて同意する。


「右に同じだね。この捕虜(ほりょ)部屋に放り込まれてから、そろそろ1日は経ってるんじゃないかな?」


「目がおかしくなりそうなんで、定期的に黒色の鉄扉を見てないと辛いですね」


「……雨宮くんみたいに、図太(ずぶと)く仮眠でも取ったら良いんじゃないのかい?」


 イリアは、部屋の中央で横たわり、寝息を立てているケイの方を見やった。

 だがそれは、さっきまでの話しである。仮眠していたケイは、いつの間にか目覚めていた。寝そべったまま、イリアに話しかける。


「もう起きてるよ。それで? この作戦は、うまくいってるか?」


「さあ。立案した雨宮くんにわからないなら、ボクにはわからないよ」


「トゲのある言い方だな」


「ボクはスリルが好きだが、これは、ただの分の悪いギャンブルだと思っているからね」


 ケイは起き上がり、嘆息混じりでイリアへ応えた。


「でも、当初のリーゼたちの作戦のように、帝国騎士たちの厳重警備(げんじゅうけいび)をかいくぐって潜入(せんにゅう)するって案よりは、幾分(いくぶん)かマシだと思うぞ」


「そりゃそうかもしれないが……。この状況、実はもう()んでるかもしれないよ?」


「まだ、そうだと決まったわけじゃないだろ?」


 ケイは言いながら、イリアの逆側の壁に寄りかかって座っていた、リーゼの方を見やる。リーゼは放心(ほうしん)しているようで、口を開け、ボーッとした間抜け(づら)で天井を見上げていた。がっくりと両肩も落としている。


「まずい。あまりにも暇すぎて、リーゼがおかしくなってきてるぞ……!」


「ププ。リーゼさんのこんな顔、私、初めて見ましたよ」


機人(エルフ)族って、もしかして退屈が弱点なんじゃないのかい?」


 ケイたちが呑気に雑談をしていると、鉄扉の電子ロックが解除された音が聞こえる。

 その扉を開けて姿を見せたのは、待ちかねていた人物である。


「――――お待たせしたかな、機人(エルフ)と下民のご一行さん?」


 黒髪、無精髭。頬に傷のある、黒いボディアーマ姿の帝国騎士である。

 それは昨晩、ラヴィスの村で死闘を繰り広げた、重槍騎士レイヴンである。


「ほらよ。お前等から没収してた装備一式だ。さっさと用事を済ませて、この変人だらけの城を抜け出そうぜ」


 言いながらレイヴンは、皮布で簀巻(すま)きにして運んできた、剣や大弓を、ケイたちへ手渡し始める。それはケイたちから没収して預かっていた、装備の数々である。本当にレイヴンが助けにきてくれるとは信じ切れていなかった、イリアと葉山は驚いている。リーゼはようやく、我に返った様子である。


「……驚いたね。まさか本当に、帝国側の人間が、ボクたちを助けに来るなんて」


「ケイ、考えた通りになった。レイヴン、オカネで懐柔(かいじゅう)できる相手じゃないかって」


「帝国に対して忠誠(ちゅうせい)(ちか)ってるような、そういう一所懸命(いっしょけんめい)な思い入れがあるヤツじゃないだろうと思ったんだ。金を払ってくれる雇用主に、捨てられたくないって言うのが、オレたちを殺しに来た理由みたいに言ってたからな。金が目的なら、金で“雇える”んじゃないかと思ったんだよ」


「まあ、金を払うのはボクなんだけどね」


 呆れ半分に言うイリアへ、レイヴンはあくどい表情で微笑み返す。


「雇用主を守るのが、俺の騎士道ってもんだからな」


「あんた、こっち側に寝返っておいて、よく言うよな」


「助けてやってる上に、お望みの晩餐会の会場へ潜り込ませてやってんだ。嫌み言うなよ、少年。誰だって、ぶっ殺されかけりゃ命乞いの1つや2つだってするっての。それに、俺は色々と事情があって物入りなのよー。淫乱卿よりも支払いが良い、新しい雇用主が現れたってんなら、そりゃ寝返るでしょうよ。アークじゃあ、白石塔(タワー)の中より、金は重要なものなんだよ」


「地獄の沙汰(さた)金次第(かねしだい)とは、よく言ったものさ」


 レイヴンに視線を送られたイリアは、不敵に笑んだ。


 ケイは呆れ顔で、レイヴンが持ってきてくれた装備を受け取る。右腕に手甲装具(ガントレット)を装備し、帝国騎士の標準装備である高周波ブレードを腰に提げた。


「ランタンに入った赤い花は、持ってきてないのか?」


「花? あんなもんが重要だったのか? 別にいらんと思ったから、持ってきてないぜ?」


 無死の赤花が無くなってしまったため、致命的な攻撃を受ければ、即死は免れないだろう。そうした怪我を万が一、負ってしまった場合に備えて持ってきていたものだが……保険が1つなくなったようだ。ただ、死ねないということが、必ずしも状況を好転させるとは思わない。ケイたちは、佐渡の死に方を憶えているからだ。花の力に頼っていれば、安全とは思えなかった。


「……まあ、仕方ないのか」


 何となく、諦めがついた。

 武装を終えたケイたちは、レイヴンへ言った。


「それじゃあ、アデルのところまで案内してもらおうか」


「おっと。俺に新しい雇用主を紹介してくれたのはお前さんだが、金払ってくれんのは、お前さんじゃないだろ、少年? 俺の雇用主は、そっちの金髪のお嬢さん。イリアクラウス様だ。命令するなら、筋を通してくれや」


「……細かいことを気にするオッサンだな」


「オッサン言うなよ。傷つくだろ」


 呆れているケイに代わり、イリアが咳払(せきばら)いと共に告げた。


「なら、レイヴン。ボクたちをアデルの元まで案内してくれたまえ」


「ハ。(おお)せのままに」


 帝国を裏切った騎士レイヴンは、ふざけたウインクをして見せた。





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