5-4 重槍騎士レイヴン
宿屋から飛び出すと、外は雨だった。
夜空は濁った雲に覆われていて、星1つ見えない。
そこから降り注ぐ雨滴によって、アスファルトの地面は、黒く染め上げられている。
ケイたちは、マントのフードをかぶり、頭が雨に濡れるのを防いだ。
ラヴィスの集落がある廃ビルのあちこちから、火の手が上がっているのが見えた。雨天の中でも煌々と赤く燃えさかる炎は、黒煙を、空へたなびかせている。定期的に轟く、爆音と地響き。そのたびに火の手が増えていき、人々の悲鳴が聞こえてきた。
ケイたちに遅れて、宿屋の店主も外に飛び出してきた。
フードマントを羽織り、最低限の荷物を詰めたバックパックを背負っている。
店主はケイたちを見かけるなり、声をかけてきた。
「急いで逃げろ! 騎士団の連中が、脱走者たちの“粛正”に来たとよ!」
それだけを告げて、通りを逃げ惑う村人たちの中に駆け込み、姿を消してしまう。置いてきぼりの状況に混乱することなく、ケイはいつもの仏頂面で、傍らのリーゼへ尋ねた。
「……いったい何事なんだ、これは?」
「店主、言った通り。この村、帝国から脱走したヒトたちの集落。場所がバレたら、騎士団に粛正される。帝国騎士団、村人、皆殺しに来た」
リーゼの口から出た「皆殺し」という物騒な言葉に、ケイは嫌そうな顔をする。
イリアは、やれやれと首を振って溜息を漏らした。
「明日は大事が控えているって言うのに、前日にベッドでノンビリ寝ることさえできないとはね」
「私たちも急いで逃げましょう! ウカウカしていたら、巻き添えを食らいますよ!」
言うなりケイたちは、村人たちが逃げる方向に向かって駆け出した。
恐怖の顔で通りを駆ける人々。子供を背負っている、親の姿も見受けられた。
爆発と地響き。飛んでくる銃の流れ弾。
安全な場所を求めて彷徨う群衆に紛れ、ケイたちも懸命に駆けていた。
どこに逃げれば良いのか。どこまで逃げれば良いのか。当てもないと言うのに。
「クソっ……! まるで紛争地帯だ」
重たい剣と銃を背負いながら、息を切らして走り続ける。
逃げる道中で、帝国騎士たちの姿を見かけた。
鎧のようなデザインの、ボディースーツを着込んだ兵士たちだ。先日、ケイたちの高校へ、女子生徒たちを誘拐に来た連中と同じ格好である。マントを羽織り、見たこともない型の突撃自動小銃を構え、人々に向かって容赦なく発砲しているではないか。
「帝国への奉仕の使命を果たさぬ、下民どもめ!」
「死んで報いろ!」
帝国兵の罵声を浴びながら、赤いしぶきを撒き散らし、その場へ倒れ伏す村人たち。
大人も子供も関係なく、次々と撃ち殺されて、路上へ転がって息絶えていく。
巻き添えにならないよう、ケイたちは手近にあった廃ビルの屋内へ飛び込んだ。そこに身を隠しながら、帝国騎士たちによる、一方的な殺戮を目撃する。
「ひどすぎます! なんてことを……!」
路上で血溜まりを作って倒れている人たちを見て、葉山は目に涙を溜めている。
ケイとイリアも言葉が出ず、苦虫を噛んだような顔をするしかない。
「アレ、ちょっと面倒そう……」
リーゼが指さす先。通りの向こうから、装甲車が現れた。
装甲車の上には機銃座が設けられており、そこから機関銃での掃射を始める兵士がいた。重々しい銃弾の連射音が、ケイたちの鼓膜を打つ。路上にいた人々は、紙切れのように四肢を破裂させ、赤い肉塊として路上にばらまかれてしまった。
激しい機銃掃射が終わると、周囲から悲鳴が聞こえなくなる。
雨音だけしか聞こえないビル廃墟群。
ケイたちの隠れている建物の向こう。路上には、バラバラに砕けた人々の死骸が横たわっている。
雨は血を洗い流すどころか、地に溜まって、広大な血の池を作りだしていった。
地獄のような光景を目の当たりにしながら、ケイたちは息を殺す。
帝国騎士団たちが、そのままケイたちに気付かず、この場を過ぎ去ることに期待したのである。
だが、その期待は呆気なく裏切られる。
≪……あー≫
拡声器を使った声である。
スピーカーノイズが混じったまま、その男の声は語りかけてきた。
≪昨日、白石塔に忍び込んでた機人。そこのビルにいるのはわかってるんだ。さっさと出てこい≫
「!」
聞き覚えのある声だ。
ケイたちの学校へやって来て、支配権限を使ってケイに命令してきた男。
「レイヴンとかいうヤツか……!」
ケイたちがいる廃墟ビルに、設営式のスポットライトの光が浴びせかけられた。
どういうわけか、隠れているのがバレている。
「……まいったね。数も戦力も、ボクたちよりも圧倒的に勝る武装集団に包囲されてしまった。大量の近代兵器が相手じゃ、いくら怪物殺しが得意な雨宮くんでも、専門外だろうし。リーゼがいくら強いからと言って、この不利を克服することなんてできるのかい……?」
さしものイリアも、状況が絶望的であることを理解しているのだろう。顔色が悪い。
葉山も顔から血の気が失せており、投降する以外にないのだと、諦めている様子だった。
だがリーゼは、ニコニコと微笑み返す。
「大丈夫だよ」
そう言って、背負っている大弓を手に取って見せた。
「私には、この弓、“閃光の弓”ある」
その弓は、あの光の矢を放っていた弓だ。
ケイと戦う時には、わざと使わなかった、リーゼの唯一の武器である。
「それに、ケイにとっては、ちょうど良い機会かも」
言いながらリーゼは、ケイへ向かって言った。
「ケイと戦った時ね。わかった。ケイの欠点。それ、“攻撃力が低い”こと」
いきなり、リーゼはケイへのダメ出しを始める。
「ケイ、ヒトだから仕方ないけど、接近されても、怖くなかった。近づいても、致命的な攻撃こない、わかってたから。だからケイの戦術、基本的には逃げ回って、相手の隙を突くしかない。隙を見せない相手、勝てない」
「……」
リーゼの分析は的確である。事実、そのことはケイも自覚していたことだ。
怪物紳士を相手にした時も、リーゼを相手にした時も、自分よりも能力の勝る相手と戦う時には、基本的に逃げたり隠れたりして、相手の隙を突くしかなかった。人の身である以上、人を超えた相手と戦うなら、仕方がないことだった。だが、いつまでもその戦術が有効であるとは思っていなかった。
リーゼは、ケイの手を取る。
「だから、この手甲装具、あげた。これ、ケイの攻撃能力、上げるための拡張機能入れてある」
「攻撃能力を上げる拡張機能……?」
リーゼはケイに、自分が作った拡張機能の、簡単な使い方を説明した。半信半疑でそれを聞いていたケイだったが、リーゼの話しを聞いているうちに、徐々に驚きを露わにした表情になる。
「……本当にそんなことができるのか?」
「信用して良いよ。機人族、拡張機能、独力で“造れる”種族。逆に帝国、造れない。普通の帝国人たち、大昔の機人族が造った、旧い拡張機能を収集して、それ流用してるだけ。だから、いまだに機械技術、頼ってる。人数は負けても、機人の技術、負けない」
リーゼは淀みなく、真面目な顔で断じる。
2人は互いを見つめたまま、同時にその場で立ち上がった。
「イリアと葉山さんは、ここで隠れていてください。相手の武装は、かなり危険なので、援護とかは考えなくて良いです。どこまで自分にやれるのかわかりませんが……確かめてきます」
「言われなくても、そうするさ。安心したまえ」
「お2人とも、気をつけて……!」
廃ビルの中に隠れるのをやめ、ケイとリーゼは、血と雨に濡れた道路へ歩み出る。騎士団が路上へ設営した大型ドラム照明は、アスファルトの上に広がる、鮮血の海を照らし出していた。2人は臆せず、その上を踏みしめた。
ビルに隠れているのは、リーゼだけだと予想していたのだろう。
並んで現れたケイの存在は、想定外だったはずである。
スポットライトの下で、雨に黒髪を濡らしていた帝国騎士、レイヴンは意外そうな顔をした。
「……これはこれは。驚いた」
そう言って、レイヴンはケイとリーゼを出迎えた。
レイヴンの装備は、以前に遭遇した時と異なり、重装甲の黒いボディアーマをまとっていた。さながら中世の鎧騎士である。その手には、身の丈よりも長い槍を手にしている。柄の部分に、なにやら大がかりな機械装置が取り付けられた、メカメカしい槍である。
「あの時の機人の他にも、白石塔の外に脱出してる下民がいるじゃないの。たしか、名前は何て言ったか……あー。雨宮ケイとか言ったな、うん。何だ何だ、どうやってここまで来た。そこの機人のお嬢さんの協力あってのことだろうが、なに、2人付き合ってんの?」
レイヴンの背後には、ケイたちに向かって突撃自動小銃を構える、帝国騎士団の兵士たちが立ち並んでいる。いつ銃火を放ってくるかもわからない緊張感の中、レイヴンは余裕の態度で、ケイとリーゼへ語りかけてきた。
「まあ、下民はどうとでもなるから良いか。それより、そこの機人。この前は、ずいぶんと舐めた真似してくれたよなー」
レイヴンはリーゼを指さして言った。
「この俺に発信器を付けてくれたの、お前だろ? これ、強い光を当てないと見えない透明シール。こんなの、どう見ても機人製だもんな。なにこれ、学校で俺たちを攻撃してきた時に付けてくれたのか?」
どうやら、リーゼがレイヴンに付けたという発信器のことは、当人に気付かれてしまっていたようだ。レイヴンは、手のひらの上に、透明なシールのようなものを乗せて見せつけてくる。スポットライトの強い光を受けたそれは、キラキラと白く輝いて見えた。
「発信器ってことは、受信してるヤツがいるわけで。受信してる場所を探れば、つまりお前の居場所がわかるってことだろ? 目的は知らんが、俺に発信器を取り付けたってことは、俺の行き先が知りたかったってことだよな? だから、すぐにピンときたよ。お前たち、明日の晩餐会に忍び込むつもりだろ?」
「……だとしたら、どうする」
ケイが尋ね返した。
するとレイヴンは、舌打ちをする。
「質問に質問で返すなよー、少年。困るんだよー。俺の不注意のせいで、こざかしい野ネズミに会場へ紛れ込まれるとさー。その前に、しっかり駆除しておかないと――――俺が責任取らされて、ぶっ殺されんだろ?」
それまで緩い口調だったレイヴンから、とぼけた雰囲気が抜ける。
「まあ、殺されないうちに、仕事のミスを黙ったままトンズラこいても良いんだが、ここで、大金払ってくれる雇用主を失いたくないんだよ。それにさ」
手にした槍の矛先を、リーゼに向かって構え、鋭い殺意を視線で送りつけてきた。
「重槍騎士レイヴン。その通り名が廃れるのは商売上、困る。悪いが死んでもらうぜ?」
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