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5-3 機人族の伝承



 リーゼが取ってくれた個室の部屋は、簡素だった。


 ひび割れたコンクリートの壁に囲まれた、何もない部屋。室内には、申し訳程度に簡易ベッドが置かれているだけだ。ガラス窓がなく、布製のブラインドが垂れ下がっているだけで、ほぼ吹き(さら)しに近い状態だ。何もなさ過ぎて、寒々しい雰囲気でさえある。スラムの宿屋だから仕方ないのかも知れないが、なんだか、廃墟に泊まるような心境だった。


「……まあ、天井の電灯が、スイッチで点けられるだけ、廃墟よりはマシか。前にオカ研で行った、廃墟ホテルみたいな感じだな。あそこよりは、さすがに片付いてるけど」


 部屋に電気がきていることを確認して、ケイはぼやいた。

 早速、荷下ろししようと思った。だがリーゼから、部屋に貴重品を置いておくなと注意されたことを思い出す。そうすると、背負っていた武器は、持ち歩くしかなくなってしまうのだが……。


 結局、荷物の大半は、置いておくことができないまま、ケイは地下の酒場へと向かった。




 ◇◇◇




 ボロボロの階段を降りて、地下の酒場へやって来た。


 部屋のクオリティが悲惨だったため、あまり期待していなかったのだが、思いのほか、ちゃんと体裁の整った酒場になっていた。薄暗い天井照明は、電力不足ではなくてムードを出すためだろう。それに照らされたバーカウンターと、酒瓶が並んだ棚。店内にはテーブル席がいくつか設けられており、宿泊客らしき旅装の人々の姿が見受けられた。


「やあ、来たね」


 テーブル席の1つに腰掛けたイリアが、小さな木樽のジョッキを手にしていた。

 ジョッキの中には、得体の知れない赤い液体が入っていた。

 こんな得体の知れない雰囲気の、スラムの酒場で、イリアは1人のようである。


「お前……よくこんな初見の怪しい場所に、独りでいられるよな」


「世界の外側にある酒場だよ? 実に興味深い場所じゃないか。どんな食べ物や、どんな飲み物が提供されてくるのか。楽しみだろう? リーゼに頼んで、先に言語翻訳の拡張機能(プラグイン)を入れてもらったんだ。軍資金もいくらかもらってみたことだし、早速、いろいろと飲み食いしてみてるんだよ。おっと、知ってるかい? アークでの通貨の単位は“ルグ”だそうだ」


 こんな状況でも楽しんでいるイリアを、ケイは心底から(たくま)しいと感じてしまう。

 相席に腰掛けながら、苦笑して言った。


「イリアクラウス。男なのかも、女なのかもわからない、イカレたヤツ。面白いと思ったことには、何でも首を突っ込んでいくよな。思えば、お前と出会った経緯も、その性格のせいだったのを思い出したよ。お前の、そういう怖い物知らずなところは、尊敬してる」


「おや。雨宮くんにしては珍しく殊勝(しゅしょう)なことを言うじゃないか」


 イリアは、謎の液体をクピクピと飲みながら、微笑んで言った。


「人生には冒険が必要なのさ。冒険のない人生は、つまらないだけの、長い死だから」


「それが、お前の哲学か?」


「ちょっと違うな。ボクの哲学は“価値あるものに値段はない”ということさ」


「何でも金で解決するイリアにしては、意外な心がけだ」


「そんなことはない。昔から、ずっとそう考えてるよ」


 イリアの笑みは、少しだけ寂しそうなものになった。その表情の理由は、ケイにはわからない。だが、イリアも色々と心に抱えていることがあるのだろうと、何となく思えた。


「さっきから何を飲んでるんだ? もしかして……酒か?」


「どうだろう。クリールとかいう名前の飲み物らしい。味は、パサパサしたパインジュースみたいだが、アルコール感はないな。これが酒なのかどうかも、よくわからないよ。まあ、飲めるから良いさ」


「何を飲んでるのかもわからないのに、やっぱ色々とすごいな、お前……」


 イリアと話しをしていると、葉山とリーゼも酒場に降りてきた。

 ケイの手招きに気づき、4人はようやく、酒場に集合することができた。




 ◇◇◇




 リーゼが店員に食べ物を注文し終えてから、ケイは早速、話しを切り出すことにした。


「人間嫌いの機人(エルフ)族が、人間だらけの白石塔(タワー)に潜入して、ヒトの王と、罪人の王冠(シリウス・ケテル)を探す旅をしていた」


 言いながらケイは、隣席のリーゼを横目で見やる。


「もう、そろそろ教えてくれて良いんじゃないのか? リーゼの目的は何なんだ? それにオレたちは今、どこへ向かっていて、どうアデルを助けるのか。考えてる作戦があってのことなんだろう?」


 尋ねられたリーゼは、少しの間、黙り込んだ。

 リーゼの事情を知っているのは、この中では葉山だけだろう。

 その葉山の目は、「そろそろ話した方が良い」と告げている。


()()()()()()()()()()()()――――。それ、機人(エルフ)族の(おきて)


 リーゼは語り始めた。


機人(エルフ)(おきて)、大事にしてる。それに従ってるうち、いつしか、みんなヒトのこと嫌いになったと思う。私は、そんなことない。これからの機人(エルフ)、ヒトと仲良くしなきゃダメ。機人(エルフ)の数、どんどん減ってる。このままだといつか、帝国に飲み込まれて消える。みんなと考え違ったから、私、こうして独りで旅、始めた。ヒトを帝国支配から救う。それ、機人(エルフ)のためだと思うから。私の旅、機人(エルフ)族のための王冠探しでもある」


 リーゼの仲間である機人(エルフ)族が、どういう社会事情を抱えているのか。

 詳しいことは、口下手なリーゼの話しでは、よくわからなかった。

 だがリーゼは、自分の一族の未来を(うれ)いて行動をしているようだ。

 それが、旅の理由になっているらしい。


 イリアが、クリールという謎の飲み物をあおりながら尋ねる。


「フム。そのために、罪人の王冠(シリウス・ケテル)を探していたのかい?」


「私、若い機人(エルフ)。まだ15年くらいしか、生きてない。旧い機人(エルフ)と違って、ヒトのこと、ほとんど知らない。だから、機人(エルフ)族の伝承、当てにした」


「伝承?」


 ケイに聞かれたリーゼは、歌のような言葉を口にする。


「暗黒、地に満つる日、輝く一条の光明。生ある全てのモノの希望、名は天狼(シリウス)。王たる獣、(いただ)きし王冠、ヒトの中に眠る」


「……なるほどな。なんだか、さも人間が王冠を持っていそうな言い回しだ」


「伝承とやらの信憑性は知らないが、王冠が白石塔(タワー)の中にあると睨んだわけだね」


「そう。そこで葉山、見つけた。ヒトの社会の情報、たくさん扱う仕事してるヒト。しかも七企業国王セブンス・ドミネーター淫乱卿(いんらんきょう)と敵対しようとしてた。私、仲間、必要だった。だから葉山、助けた」


 葉山は苦笑して見せた。


「おかげさまで……私は、まだこうして生きて、公務を続けられています」


「まあ、結果だけ見れば、何だかんだでオレたちも、リーゼに命を救われたことになる。今さらだけど、学校では助けてくれてありがとう」


 ケイに礼を言われたリーゼは、嬉しそうにニコニコと微笑んだ。

 感情が顔に出やすい、素直な性格のようだ。


「葉山の捜査、手伝ってるうちにわかった。淫乱卿(いんらんきょう)が、近々、晩餐会(ばんさんかい)、開くこと。その会場の場所、わかれば、淫乱卿(いんらんきょう)に会うことできる。企業国王(ドミネーター)たち、普段どこにいるか、誰も場所わからない。居場所、とても貴重な情報」


「もう雨宮くんたちも知っての通り、その場所を突き止めるために……私たちはアデルさんを利用させてもらいました。第138実行小隊の隊長、レイヴンに、リーゼさんが密かに発信器を取り付けたんです。リーゼさんが造った、機人(エルフ)製の発信器です」


 リーゼは笑むのをやめ、真顔になって言った。


「私が造った発信器の信号。白石塔(タワー)の外側と、内側、行き来してた。誘拐した女の子たち、小分けにして、何度かにわけて、往復して運んでると思う。レイヴンが女の子たち連れて行った先、このラヴィス村の北方向、約10キロ。帝国の大都市、“白亜(はくあ)(みやこ)アグゼリウス”がある場所。晩餐会(ばんさんかい)の会場、たぶんそこ」


「……なら、アデルもそこにいるわけだな」


 そこまでの話しを聞いたケイは、別のことをリーゼに尋ねてみた。


「前に、淫乱卿(いんらんきょう)は、罪人の王冠(シリウス・ケテル)の場所を知ってるって、言ってたよな」


 たしか、リーゼが淫乱卿(いんらんきょう)に会いたい理由はそれだった。


七企業国王セブンス・ドミネーターたち、それぞれ王冠(ケテル)持ってる。拡張機能(プラグイン)より、遙かに複雑な現象理論(プログラム)、書き込まれてる。それ、戴冠機能(アプリケーション)と言う。王冠(ケテル)、所有者に、とても強大な力、与える」


「ほう。じゃあ、罪人の王冠(シリウス・ケテル)も、そんな王冠の一種ということなのかい?」


「……わからない。淫乱卿(いんらんきょう)王冠(ケテル)に詳しいはず。罪人の王冠(シリウス・ケテル)についても、知ってると思う。だから、話を聞きたい」


 リーゼの話に、肩透かしを食らったのか。

 イリアは少し呆れた顔をして言った。


「聞いてみれば、(わら)をも(つか)むような話だね。探すあてがないから、何か知っていそうなヤツに聞いてみようということじゃないか」


「イリア、言う通り。私、白石塔(タワー)の中をあちこち探した。けど、王冠(ケテル)見つからない。もう、知ってそうなヒトから、情報、聞くしかない……」


 リーゼは、苦しそうな表情をする。


 どうやらリーゼは、王冠の捜索に行き詰まっていたようだ。たとえ相手が、自分と敵対する帝国の人間であっても、リスクを背負って話を聞き出す必要があると考えるくらい、真剣に王冠の行方を探しているのだろう。その、必死さのようなものが伝わってきた。


「どうやって、話を聞き出すんだ?」


 それがケイの疑問だった。


「相手は帝国のお(えら)いで、真王の直属(ちょくぞく)の部下と呼べるようなヤツだろ? まがりなりにも、真王と敵対しようとしているオレたちが真正面から乗り込んでいって、教えてくださいと言って、素直に教えてくれるとは思えないぞ」


「それについては、作戦ある」


「作戦? どんなだ」


 聞かれたリーゼは、なぜか言葉に詰まった。

 口を動かすのが難しいせいなのか、何かを隠そうと躊躇(ためら)ったのか。

 モゴモゴと口を動かして、「あー、うー」と呟くだけである。

 それを見かねたのか、葉山がリーゼの代わりに答えた。


「作戦は、私が立てました。まだ、詳しいことはお伝えできません」


「……葉山さんの言葉のその意味は、オレたちに話すと、都合が悪い方法ってことですか?」


「……」


 嫌な雰囲気の沈黙が訪れる。

 葉山とリーゼは、ケイとイリアに、何か隠し事をしている。

 それが伝わったからだ。


 だが構わず、ケイは現状確認だけをした。


「目的を確認しますよ。“アデルを助ける”こと。そして“王冠の情報”を淫乱卿(いんらんきょう)から聞き出すこと。この2つですね。オレとイリアは、アデルを助ける方を優先する。けれど、リーゼと葉山さんは、王冠の情報の方を優先する。優先度の違いがあるだけで、目的は共有してると思ってます。お互いの目的達成のために、協力し合う。これで良いですね?」


「そうですね」


「ボクは異論ないよ」


「ぷろぴこ!」


 全員の同意が得られたところで、ケイは別の話題も切り出した。

 その件については、思わず葉山の方を見て尋ねてしまう。


「それで、あと……()()()()()()()()については、どうしますか」


「……」


 それを聞かれた葉山は、言葉に詰まったようだ。

 無理もない。誘拐されたことがわかっていても、助けられる見込みがないのだから。

 今度はリーゼが、黙り込んでしまった葉山の代わりに応えた。


(さら)われた子供、たぶん400人くらいいる……全員は、助けられない。これから行く場所、敵の数、たくさんいる。けど、私たち、たったの4人。しかも誘拐された子たち、みんな支配権限(しはいけんげん)で言いなりにされてる。助けても、敵に命じられたら、また自分から捕まえられに、戻ってしまうかもしれない。下手したら、私たちへ攻撃するよう、仕向けられるかも」


「だろうね」


 イリアが冷淡に肯定する。

 だが、ケイは頭を振って否定した。


「あくまで、全員は助けられないってだけだ。助けられる範囲でなら、助けても構わないだろ?」


 それは、率直なケイの願いでもあった。


「クラスメイトの女子が……藤野(ふじの)ユカが誘拐されてるんだ。しかも、オレの目の前でだぞ。もしも見つけることができたら……その時は、必ず連れ出したいと思ってる。もちろん、一緒に逃げる人数が増えれば、それだけ危険が増すのは承知してるけど。せめて知っている人間くらい、助けたいだろ」


「……そうですね。助けましょう」


 ケイの意見を聞いた葉山が、強い眼差しで頷いて見せた。


「ごめんなさい。少し弱気に考えすぎていたかもしれません。でも、雨宮くんの言う通りです。微力な私たちですが、全員は無理でも、何人かは助けられるかもしれません。なら助けない理由なんてないですよ。そもそも私は、誘拐事件を解決したくて、この件の捜査を始めたんですから。王冠を見つければ、人類を真王の支配から解き放てるという、大局ばかりに囚われていました。ですが、初心を忘れてはいけませんでしたね」


「……わかった。じゃあ、誘拐された人たち、できる限り、助ける作戦で良い」


 ケイと葉山の願いを聞き届けるように、リーゼは微笑み肯定してくれた。

 そこまで話がまとまったところで、付け足すよう、リーゼが口を開く。


「私から、2つ、注意しておく」


 そう告げるリーゼの目は、真剣だった。

 なにやら、ただならぬ雰囲気である。


「アグゼリウスの都、帝国領土。貴族たち住んでて、帝国騎士団の防衛部隊いる。明日の夜、晩餐会(ばんさんかい)、警備もすごいと思う。たぶん“魔導兵(ウィザード)”も、配備されてる。なるべく目立たず、戦わず、気をつけて。敵の数すごいから、囲まれたら殺される」


魔導兵(ウィザード)? 魔法使いみたいなのがいるって言ってるのか?」


「そう思って良い。帝国騎士団の中の選りすぐり、上級騎士。普通の魔導兵(ウィザード)、クラス4の異常存在(ヘテロ)と同じくらい強い。けど、ケイ、クラス4倒せた。私と一緒、戦えば倒せる。でも数が多いと、さすがに無理」


「わかった。気をつける」


 リーゼは、視線を鋭くして警告する。


「それと、これが1番大事。淫乱卿(いんらんきょう)を含め、四条院家(しじょういんけ)のヒトと、()()()()()()()で」


 そう言うリーゼは、なぜか少し青ざめた顔をしていた。

 何かに怯えているようにさえ見える。


「四条院家、桁違(けたちが)いに強すぎる。戦っても、勝負にならない。私でも勝てない。万が一、戦いになったら、すぐ逃げて。勝ち目なんてない」


「……異常存在(ヘテロ)よりも、遙かに強い人間がいると言ってるのかい?」


 必死に危険性を訴えてくるリーゼ。

 その言わんとすることを要約すると、つまりはイリアが言った通りになる。


 リーゼだって、十分に強い。ケイを試すために戦いを仕掛けてきた時でさえ、手加減して、あの戦闘能力だったのだ。そのリーゼが、そこまで断言する敵の強さと言うのは、簡単には想像がつかない。


 困惑しているケイとイリアへ、葉山も言ってきた。


「代々木公園で、見せしめに処刑された、失踪者のご家族たちがいましたよね? あれは……淫乱卿(いんらんきょう)の息子、四条院アキラの仕業です」


「四条院アキラ?」


「ディアトロフ峠事件の状況を作り出した犯人か。……あれを、人がやったのかい?」


 葉山が、それに答えようとした瞬間だった。


 宿屋の外から――()()(とどろ)いた。


「!?」


 音に遅れ、衝撃と地響きが地下酒場を襲う。

 壁は揺れ、天井からはパラパラとコンクリートの破片が降ってきた。

 客たちは悲鳴を上げ、近くの壁やテーブルにしがみついて、揺れが収まるのを待つ。


 宿屋の外で、何か大きな爆発が起きた。

 そうとしか思えない状況だった。





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