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5-1 アーク



 リーゼたちと接触した翌日。

 ケイは、仮病(けびょう)で学校を休むことにする。


 祖父から学校へ連絡してもらうと、特に問題なく、すんなりと担任教師からの「OK」の返事をもらうことができた。ケイは、電話の受話口から漏れ聞こえた、祖父と担任のやり取りに耳を立てていた。2人のやり取りを聞いていると……昨日の白昼堂々(はくちゅうどうどう)、第138実行小隊が、女子生徒たちを誘拐していったことなど、なかったことのように扱われているのがわかった。それほどに、いつも通りの平穏な雰囲気だったのである。


 ――忘れろ。


 小隊の帝国人は、教師や生徒たちへ、そう命令していた。支配権限(しはいけんげん)の効力で、無意識のうちに、その理不尽な命令に従わされているのだろうが、とても恐ろしい現状である。クラスメイトが何人か消えてしまっても、誰も何も気にせず、日常が続いているのだ。ケイの知らないうちに、もしかしたら過去にも、こういうことが、何度かあったのかもしれない。それを思うと、背筋が凍る思いである。


 祖父が外出した(すき)を突いて、ケイはコッソリと身支度(みじたく)を始める。


 以前に無人都市へ(おもむ)いた時の装備を、隠してあった、押し入れの奥から引っ張り出す。イリアからもらった防刃製のテックウェアを着込み、騎士剣と散弾銃(ショットガン)を、長い筒状(つつじょう)の、ゴルフバックに入れて持ち出した。そうして「やむを得ない事情で、何日か出かけてくる。理由は後で話す」と、祖父への書き置きを残し、家を抜け出した。


 向かった先は、第三東高校のすぐ近く。

 知覚不可領域(デッドゾーン)だ。


 知覚制限(ちかくせいげん)のかかった人々には、認識できない、地図にない場所である。一般人から見れば、そこは高校の通学路の脇にある、なんの変哲(へんてつ)もない工事現場にしか見えない。だが偽装フィルターを切ったケイの目の前には……木々が()(しげ)る、深い森の入り口に見えた。そこには「立入禁止」の文字が書かれた、無数の黄色テープが張り巡らされている。以前に行った、無人都市の入り口と、同じ様子だった。


 森の入り口で、ケイたちは集合する。


「全員、(そろ)ったみたいだな」


 ケイの言葉と共に、一同は無言で、互いに顔を見合わせる。

 集まったのは、ケイ、リーゼ、イリア、葉山(はやま)。総勢4人だ。


 イリアと葉山も、ケイと同様に、軽武装(けいぶそう)したテックウェア姿である。リーゼは普段と同じで、ボロボロのフードマントを羽織り、大弓を背負っていた。今日は軽い旅支度(たびじたく)もしてきたのだろう。背中には弓の他に、小型のバックパックも背負っている。


 ……念のためではあるが、佐渡の診療所で育てていた、無死の赤花も持ってきていた。


 以前と同じようにランタンへ詰めて、ケイたちはそれを腰に提げていた。佐渡の恐ろしい最期を考えれば、なるべく頼りたくはないが、持っていれば、致命傷を受けても即死することがないのだ。その効能は、役立つだろうと思ってのことである。


 行く手を(ふさ)ぐ黄色テープをくぐると、4人は得体の知れない森へ足を踏み入れた。リーゼの話しでは、淫乱卿(いんらんきょう)の元へ行くために、この森を通らなければならないらしい。


「……改めてだけど。何なんだ、この森は」


 頭上を(おお)う木々を見渡し、ケイは(うめ)いてしまう。


 まだ時刻は正午(しょうご)くらいだ。だが、偽装フィルターを切っているため、太陽の光は見えない。大木(たいぼく)の根元に、ネオンのように(あわ)く発光する謎の植物が()っており、森の中の光源は、それだけである。暗闇の中、幻想的に灯る薄光を頼りに、ケイたちは歩を進めた。


 ケイと同様、イリアと葉山も、周囲の景色を見ながら言った。


「ここも知覚不可領域(デッドゾーン)のようだけど……人工的な場所だった無人都市とは違って、純粋に、自然だけの森のようだね。平坦(へいたん)でない道のりを歩くのは、やれやれ、体力を使うよ」


「このデコボコな地面。まるで富士の樹海(じゅかい)を歩いている時の感覚に似ています。私は雨宮くんたちと違って、知覚不可領域(デッドゾーン)に入るのは初めてですけど……街の真ん中にこんな場所があるのは奇妙としか言えませんね」


 話しをしていると、先頭を歩いていたリーゼが教えてくれた。


「ケイたちが行った、無人都市。あそこ、帝国貴族たちの保養所(ほようじょ)。この“東京管理区(とうきょうかんりく)”へ、貴族たちが観光に来た時、利用してる街。普段は利用者いない。来賓(らいひん)の貴族守るため、クラス4の異常存在(ヘテロ)、放し飼いしてる。(あやま)って侵入したヒト、みんな殺される」


「東京管理区……」


「ケイたちの言い方、借りた。ケイが予想した通り、ヒトが住んでる街、全て、四方をワープゲートで取り囲まれてる。そうやって、ヒトが“外側の世界”に出られないよう、隔離されてる。ここ、真王が造った“箱庭(はこにわ)の世界”の中。造られた後の管理は、帝国に任されてる。ケイたち今、箱庭の中に住んで、帝国に支配されてる」


「……」


「この森は、保養所、違う。浦谷(うらたに)みたいなクラス3、異常存在(ヘテロ)()()()()()()場所」


「メンテナンス?」


 イリアが疑問を口にした瞬間、ケイがその口を塞ぐ。

 目の合図だけで、ケイはイリアと葉山に「静かに」と訴える。


 すぐ近くの大木(たいぼく)

 その根元に――――人がいた。


「!?」


 イリアは驚いた顔をする。


 頭が植物製の触手になっている人間。ケイから聞いていた、浦谷と同じ特徴(とくちょう)の怪物が、木の(みき)へもたれかかるようにして座り込んでいた。奇妙なことに、その怪物の身体には樹木のツタや根が(から)みついていて、まるで大木の一部として取り込まれたかのような姿に見えた。


 薄暗い森の中に目をこらせば、周囲の木々の根元に、そうして座り込んでいる怪物たちの姿が、いくつも見受けられた。いずれも最寄(もよ)りの木に取り込まれたような状態になっている。


「これは……!」


 足を止めて(ひる)むケイたちに、リーゼは微笑んで言った。


「大丈夫。メンテナンス中の異常存在(ヘテロ)、深く眠ってる。攻撃でもしない限り、起きない。これ、植物ケーブルを繋がれて、EDEN(エデン)に有線接続されてる状態。ヒトが眠る時に受けるような、思想調整や人格調整、記憶調整とかされてるところ。壊れてる部分があれば、修理も受けてる」


「最悪ですね……この森は、異常存在(ヘテロ)の修理場だったのですか。話しには聞いていましたが、中途半端に人の形をしているので、かなり気味の悪い化け物ですね……」


 あまり異常存在(ヘテロ)を見たことがなかったのであろう葉山は、眠っている怪物の1体に近寄って、マジマジとその姿を覗き込んでいる。改めてその異様さを知り、青ざめた顔をしていた。


「そうだ。今のうち、ケイたちに渡しておく」


 異常存在(ヘテロ)たちが眠っている一帯を抜けた頃、リーゼが立ち止まり、ケイたちを振り返った。背負っていたバックパックを下ろすと、その中をゴソゴソとまさぐり始めた。取り出したのは、2つの指輪。それをケイとイリアへ手渡してきた。


「……この指輪は?」


「妙な宝石が付いているね」


 リーゼから受け取った指輪を、ケイたちは不思議そうに見下ろした。カットされ、四角形に整えられた、小さな赤い宝石。それが埋め込まれた、見たところ銀製の指輪だ。宝石を光に()かして見ると、その内部に、微細(びさい)な文字の羅列(られつ)(きざ)み込まれている。


「何か、文字みたいなものがギッシリ刻み込まれてる……のか? こんな小さな宝石の内部に、これだけたくさんの文字を刻むなんて、どうやって造ったんだ? 普通にすごいな」


 ケイが感心すると、リーゼは腰に手を当て、得意気に胸を張った。


「そこに刻んである文字、制御言語(ロゴス)。この世の(ことわり)を制御するのに使える言語。神が天地創造で使ったとされる、神秘の言葉。真王のEDEN(エデン)ネットワークも、それで造られてる。機人(エルフ)、それ、ある程度なら読み書きできる」


「先代文明が使ってた古代語、みたいなものか?」


「先代文明が創った仕組みか。それとも、この世界に元々あった仕組み、ヒトの先代文明が利用してただけなのか。詳しいこと、機人(エルフ)も知らない。けど、不思議な力持ってる言葉」


「ロゴス、ね……。また、見たことも聞いたこともない話しが出てきたようだ」


 イリアは宝石に刻まれた文字を注視して、思ったことを口にした。 


「たとえばルーン文字とかみたいに、その言葉自体に、超常の力が宿ると信じられている文字がある。これも、そう言うオカルトじみた代物と考えれば良いのかな? お守りみたいな?」


「オカルトじゃない。制御言語(ロゴス)を使って、意味ある現象理論(プログラム)を書けば、魔法みたいな力が発現する。口で説明、難しい。とりあえず今は、魔法道具(マジック・アイテム)、そう思ってくれれば良い」


「へえ。魔法道具(マジック・アイテム)か。なるほど、わかりやすい。まるでRPGみたいだね」


 イリアは楽しそうにニヤけた。

 指輪についての説明を、リーゼは続けた。


「その宝石、私が造った拡張機能(プラグイン)、入れてある」


拡張機能(プラグイン)……それは造るために、出発を1日待ったんだったな。いったい何なんだ?」


 リーゼは、ケイたちにわかりやすい言い方を考えてから、かみ砕いて語った。


「ヒトの身体、コンピュータで例えると、手足や臓器は、システムデバイス。脳には、情報処理(CPU)機能と、内部記憶領域(ストレージ)機能ある。ヒトの体、電子基板で出来ていないだけ、真王が造った“有機情報処理装置(バイオ・コンピュータ)”と呼んで良い」


「フム。たしかに、人体の一部を機械で補えるという、生体機械構想は昔からある。見たところ、それを具現化したのが、君たち機人(エルフ)のように思えるけど?」


「イリア、賢い。機人(エルフ)の身体、“有機機械生命(バイオ・マシン)”。生まれつき、肉体の一部が機械になったヒト、みたいなもの」


 そこまで話して、リーゼはわざとらしく咳払いをした。


「話()れるから戻す。拡張機能(プラグイン)、脳の内部記憶領域(ストレージ)に入れておくと、効果、引き出せるもの。ケイたちがアトラスからもらった“偽装フィルター”、脳の内部記憶領域(ストレージ)に保存された、拡張機能(プラグイン)の一種。たぶんアトラス、造ったもの」


「アトラスがくれたものが、拡張機能(プラグイン)と呼ばれるものだったわけか。ならオレたちは、知らず知らずのうちに、普段から拡張機能(プラグイン)を使ってたわけだな」


「そう。でも脳は容量限界、ある。入れておける拡張機能(プラグイン)の数、あまり多くない。ヒトの脳なら、処理が軽い拡張機能(プラグイン)でも、せいぜい2つくらいで限界。たくさん入れすぎると、脳、壊れる。記憶障害、なったりする。だから、たくさんの拡張機能(プラグイン)使いたいなら、脳に入れられない分は、外部記憶領域(ストレージ)に入れておく」


 そこでリーゼは、ケイたちに渡した指輪を指さして言った。


「私が作った、その装備品に付いてる宝石、マナ結晶体。外部記憶領域(ストレージ)として使えるもの。そこに、私が現象理論(プログラム)を書いた。だから指輪、拡張機能(プラグイン)として使える。ただし、効果あるの、装備品を身につけてる時だけ。これならたくさん拡張機能(プラグイン)、持てる」


「理屈の部分は、専門用語が多くて咀嚼(そしゃく)しきれないが、ようするにこれを身につけていれば、リーゼが造った拡張機能(プラグイン)が、使えるようになるわけだな?」


「ぷろぽぴ!」


「リーゼさんは、その通りだと言っています」


「いや。それはもうわかったから……」


 真顔で解説してくれる葉山に、ケイは苦笑で返した。

 リーゼは大きな目をクリクリとさせながら、笑顔で言う。


「今回、造った拡張機能(プラグイン)、“支配権限(しはいけんげん)の影響低減(ていげん)”する機能。それ、ケイとイリアの2人分。身につけてれば、帝国人の支配権限(しはいけんげん)、ある程度なら無視できる」


「ある程度? 無効化じゃないのか」


「ケイたちヒトの身体、生まれつき、脳の深い階層に、支配権限(しはいけんげん)へ絶対服従の現象理論(プログラム)が書き込まれてる。簡単に無効化できない。私にできるの、影響の低減だけ」


 リーゼは申し訳なさそうに、眉尻を下げた。

 葉山が話しに割り込み、付け足してきた。


「私も過去、お2人と同じように、リーゼさんに拡張機能(プラグイン)を造ってもらいました」


 言いながら、自分の左手の人差し指と、中指に付けている指輪をかざして見せる。


拡張機能(プラグイン)は、マナ結晶体のサイズにもよりますが……1つの結晶に対して、1つの現象理論(プログラム)しか、書き込めないそうです。なので私は普段から、この2つの指輪を身につけています。この指輪には、皆さんが言うところの“偽装フィルター”の機能と、“支配権限(しはいけんげん)の影響低減”機能が、それぞれ入ってます」


「なるほど。じゃあ、葉山さんはそれのおかげで、知覚制限(ちかくせいげん)から解放されてるのに、佐渡(さわたり)先生みたいに、真王の刺客から(ねら)われることがなかったわけですね」


「はい。そういうことになりますね……。リーゼさんに出会えた私は、佐渡先生よりも、運が良かったのだと思います」


「うーむ。こんなものを身につけているだけで良いと言うのは、少々、実感がわかないけれど、その話を聞くと一応、効果はあると信じて良いのかな?」


 懐疑的(かいぎてき)ながら、ケイとイリアは、受け取った指輪を身につけた。

 リーゼはさらにバックパックの中をまさぐり、指輪よりも大きなものを取り出した。


 それは、無骨(ぶこつ)な金属製の籠手(こて)だった。

 甲冑(かっちゅう)の一部。手の部分を守る防具である。

 ようするに――手甲装具(ガントレット)だ。


「なんだよ、そのちょっと禍々(まがまが)しい感じの防具……」


 どういうわけか右腕用だけで、手の甲の部分には、赤いマナ結晶体が埋め込まれていた。その宝石からは、血管のような赤い筋が生え出ており、指先にまで伸びて(から)みついている。


「これ、ケイにあげる」


「もしかして、それにも拡張機能(プラグイン)が入ってるのか?」


 リーゼに無理矢理手渡された手甲装具(ガントレット)を、ケイは、(なか)ば強制的に装備させられる。リーゼは笑顔で言った。


「ケイ、戦士。それ、“()()()”の現象理論(プログラム)、書いてある」


「戦闘用……?」


「身につけてれば、効果、そのうちわかる。昨日、ケイと戦ってわかった。ヒトであるケイに足りないもの。それで補完(ほかん)できるはず」


 怪訝な顔をしているケイへ、詳細を説明しないリーゼ。

 使ってみてのお楽しみだとでも、言わんばかりの態度だった。


 しばらく森を進んだ先に、脈絡無く山小屋が現れた。掘っ建て小屋のような、粗末な建物ではない。ウッドデッキが設けられた、なかなかしっかりした造りのロッジだ。


「着いた」


 リーゼは言うなり、ロッジの戸をノックする。

 しばらくの沈黙の後に、ゆっくりと扉が開かれた。

 中から出てきたのは、人相の悪い男だった。


「……なんだあ? またテメエかよ、エルフ女」


 男は悪態で、リーゼを出迎える。

 2人の関係性がわからないケイは、思わず耳打ちで尋ねてしまった。


「リーゼ、この人は?」


「帝国人。この森の管理してる人」


「……!?」


 男は帝国側の人間。リーゼはそう言った。

 相手が敵側の立場にいるというのに、リーゼは気にした様子もない。


「また“裏口(バックドア)”、使わせて欲しい」


「……そりゃあ構わねえが、こっちも色々と危険(リスク)を背負って貸してんだ。使用料。ちゃんと金は持ってるんだろうな?」


「いくら?」


「……てめえら、4人で使いてえんだろ? なら1人に付き400万円だ」


「よ、400万円?!」


 よくわからない駆け引きの過程で、出てきた金額。

 それに葉山が驚く。


 男に値段をふっかけられたリーゼは、イリアへ視線を向けた。

 その意図を察したイリアは、やれやれと肩をすくめて見せた。


「……なるほどね。ボクの資金力が必要というのは、この場面のことだったのかな」


 男から少し離れた位置で集まり、リーゼはケイたちに説明した。


「帝国社会、オカネの社会。イリアたち、使ってる通貨、帝国の通貨に両替できる。だからあの人、オカネ欲しい。この管理区内で使われる、紙幣の円。それ欲しがってる」


「へえ。帝国にも貨幣制度があったわけかい」


「それ、正確には順番が逆。イリアたちの社会の方が、帝国の制度に合わせて形成されてる。帝国の貨幣制度がコピーされて、こちらの社会で模倣(もほう)されてる」


「まあ、何でも良いさ。4人分で1600万円かな? それくらい、はした金さ」


 財布役として連れてこられたイリアは、自分のバックパックの中から小切手張を出した。いったい何のために払うのか。用途さえ確認せず、イリアはただ面倒そうに、小切手へ金額を書き込んでみせる。最後に、自分のフルネームでサインを書き込んだ。


 イリアから小切手を受け取ったリーゼは、嬉しそうにニコニコして、それを男へ手渡した。小切手をひったくるようにして、男はその内容を確認する。


「……この小切手、有効なんだろうな?」


「そのはず。()()()を見れば、わかるでしょ?」


「んー?」


 リーゼは意味ありげに、それを告げる。

 男は、小切手に書き込まれたイリアのサインを凝視した。

 そしてその名を見て――男は途端に青ざめてしまった。


「ここ、これは! 大変、失礼しました! イリア様!」


「?」


 男は先ほどまでの不遜(ふそん)な態度を改め、いきなり平身低頭(へいしんていとう)になる。敬称を付けられ、名を呼ばれたイリアは、その理由に心当たりがなかった様子で、首をかしげている。ケイはイリアへ尋ねてしまう。


「おい。アイツ、何で急にお前のことを様付けなんだ?」


「わからない。けれど……」


 何か思い当たることがあったのだろう。

 イリアは、少し険しい顔をして黙り込んでしまった。


 男に案内されて、ケイたちは小屋の中へ入る。

 ロッジ内の廊下。その突き当たりに、奇妙な扉があった。


 文字がびっしりと彫り込まれ、刻まれている扉だ。刻まれているのはおそらく、制御言語(ロゴス)だろう。さっき指輪のマナ結晶体を覗き込んだ時に見た文字と、似ているように思えた。


 リーゼが先頭に立ち、その扉を開ける。

 扉の向こうへ突き進むリーゼ。

 その背に続き、ケイたちも室内へ入っていった。


「……?」


 扉の向こうは、山小屋の一室などではなかった。

 あまりに予想外な光景に、ケイたちは唖然と立ち尽くしてしまう。


 見渡す限りの、広い草原――――だったのだ。


 吹き抜ける爽やかな風に、茂った青草が揺られて、波打って見えた。

 空には燦々と太陽が輝き、草原の真ん中に佇むケイたちを照らし出していた。

 その目映さに、思わず目を細めてしまう。


「これは……どこだ?」


 振り向けば、今しがた、くぐってきた扉が消えている。

 森の中の小屋にいたはずが、いきなりケイたちは、見知らぬ草原のど真ん中へ来てしまっているのだ。キツネにつままれような顔で、イリアが蒼穹(そうきゅう)を見上げる。


「偽装フィルターを切っているのに、太陽や青空が見えてる。どういうことだい?」


「まさかあれは……()()()()()、なのか?!」


「そう。あれ、本物の太陽」


「!」


 ケイが口にした疑問を、呆気なくリーゼが肯定した。

 今、空に輝いている太陽が本物だとすると、つまりここは……どこなのだ?


 慌てた様子のケイたちを見て、リーゼがニコニコ微笑みながら言った。


「あの山小屋の男、密輸屋。管理区の中と外を繋ぐゲート、帝国の上層部に秘密で作った。私みたいな部外者、管理区の中に招いたり、逃がしたりして、コッソリ稼いでる」


「ま、待ってください、リーゼさん! じゃあもしかして、ここは!」


「ようこそ。ここ――――“外側の世界”」


「!!」


 ケイたちは驚愕した。


 リーゼは黙って、ケイたちの背後。そのずっと遠く向こうを指さした。

 その指先に視線を誘導され、ケイたちは振り返る。


 天を貫くように(そび)える、白く巨大な“大樹(たいじゅ)”が見えた。


 正確には、その大樹は植物ではない。大樹の形を()した“石の柱”である。雲を貫き、その天辺がどこまで伸びているのかはわからない。もしかしたら宇宙にまで到達しているかもしれないほど、岩石塊は大きかった。こうして遠くから見渡せば、まるで白い巨塔のようにも見える。


 口を開けて呆けているケイたちへ、リーゼは石柱の大樹を指さしたまま告げる。


「あの柱の中、東京管理区。知覚制限(ちかくせいげん)されたヒトたち、(とら)われてる箱庭。私たち、さっきまであの中、いた」


「冗談だろ……東京が、あの巨大な柱の中にあるって言うのか……?」


「そうだよ。ああいう柱、この世界にいくつも点在してる。中には、たくさんのヒト、閉じ込められてる。あの柱、私たち“白石塔(タワー)”と呼んでる」


 リーゼが言うことは、おそらく事実なのだろう。遠くまで目をこらせば、地平線の遙か向こうに、東京管理区と同様の白い柱が、いくつか点在しているのが目視できた。おそらく柱のどれもが、いずこかの管理区なのだ。そしてその柱同士は、ワープゲートで繋がっていて、内部の人間は、この外側の世界には、出てこられない構造になっているのだ。


 フードをおろしたリーゼの髪が、草原の風に吹かれて揺らめいた。


「この外側の世界で、私、生まれた。この世界の名前――――“アーク”」




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