4-10 ヒト VS エルフ
遅れて合流したリーゼは、無人都市やアトラスの話しを、ケイたちから聞いていなかった。そのためケイたちは、葉山に話したことを改めて、リーゼにも説明する。
ケイたちの身に起きたこれまでの経緯を、腕を組みながら、リーゼは興味深そうに聞いていた。一通りの話しを聞き終えた後、少し考えてから口を開く。
「……アトラス。聞いたこともない、機人の名」
「それはつまり、同じ機人じゃないってことかい?」
「わからない。ケイたちの話しだと、アトラス、人の形してなかった。機人族、みんな人型してる。見た目の特徴だけで言えば、まるで異常存在」
エルフだと名乗ったアトラスを、リーゼは怪物呼ばわりする。
「機人、ヒトと比べて長生き。でも、せいぜい数百年程度しか生きない。身体が維持できないから、2500万年も生きられない。アトラス、どうやって生きながらえていたのか……信じられないくらい長寿」
「数百年って……それだけ生きられる時点で、機人って種族は大概、非常識だと思うが。じゃあ、仮にアトラスが、リーゼと同じ機人族だったとしても、おそらく、かなりの変わり種だったってことなのか」
「ぷろぽぴ!」
「?」
「リーゼさんは、その通りだと言っています」
「……時々、脈絡なくアホの子みたいになるな、この子」
葉山の通訳を聞いたケイは、やや呆れた顔をする。
気にせずリーゼは、真面目な顔で考え込んでしまう。
「アトラス、ケイたちに託した、人類最後の希望。それに宿った赤い花、アデル。もしかして……」
「その様子だと、アデルが寄生した少女の肉体について、何か心当たりがあるのかい?」
「ある」
リーゼは力強く断言する。
同時に、その顔色には僅かな焦りも見られた。
「淫乱卿の居所探るため、アデル、囮に使った。でもそれ、大きな間違いだったかも。まだ確信ない。でも私の予想、もし間違いじゃなければ、アデルのこと……絶対に助けなきゃいけない」
何やら考え込んでいる様子のリーゼ。
ケイは、その横顔に向かって申し出た。
「アデルを助けるなら、オレも協力する。淫乱卿とかいうヤツのところへ、オレも連れて行ってくれ」
「……」
声をかけられたリーゼは、ケイの方に目を向ける。
何も答えず、まるでケイを品定めしているかのように、ジロジロと見てくる。
なかなか良い返事をしないリーゼを焦れったく思い、ケイは考えを口にした。
「アデルはまだ、人間のことについて、ほとんど何もわかっていないんだ。それなのに、知らない奴等に連れて行かれて、自分の身に危険が迫っていることさえ、よくわかってないかもしれない。きっと今頃、心細い思いをしているはずなんだ……。何としても助けてやらないと。俺にとって、アイツは家族同然なんだ」
ケイの思いの丈を聞かされたリーゼは、黙って立ち上がる。ふと、イリアの方を見やり、ケイに答えた。
「イリアは連れてく。淫乱卿のところへ行くため、イリアの力が必要になる」
「ん? ボクの力かい? ……何だろう。資金力くらいしかないと思うけど」
「そう。それ。ヒトの世界で行動するため、何かとオカネ、必要。イリアはそれ、たくさん持ってる。それに……まあ色々ある。だから役に立つ。でもケイは……」
リーゼは踵を返し、コンテナの入り口の扉を開ける。金属の蝶番がこすれる耳障りな音がして、開いた扉の向こうから、陽光が差し込んだ。その光は茜色であり、時刻がいつの間にか、夕方になっていることを示していた。
リーゼの背後に長い影が生じる。
その不吉な影は、ケイの足下にまで伸びてきた。
「ついてきて」
ただならぬ気配を漂わせ、陰ったリーゼの横顔は、ケイを振り返って言った。
◇◇◇
洋上に、赤い夕陽が輝いている。
山積みにされたコンテナ群は、長くなった影を地面に落としていた。
リーゼの背について、ケイたちは、コンテナ山の脇に設けられた通路を歩いていく。
「ケイたちが言ってる、幽霊や悪霊。つまり異常存在たち、実は体系化されてる怪物。EDENネットワークとマナで、全て説明できる」
先頭のリーゼは、歩きながら語り始めた。
「EDEN。この世界の、全ての自然や生命を、制御統制してるネットワークシステム。地球上に蔓延る植物をケーブルとして使用し、世界中に広がってる。ケーブルの中、マナと呼ばれる無形量子ビットのような情報が流れてる。見た目、黒い靄みたいに見える。偽装フィルタ、切った時に空に見える黒い霧。あれ、全てマナ」
空を覆う黒いマナ。
たしか、アトラスも同じことを言っていた。
リーゼの話では、植物をネットワークケーブルとして、伝搬される信号こそが、マナ。つまりは、回路を巡る電気信号のようなものではないだろうか。電気信号とは違って、黒い靄として、人の目に見えるようだが。
「ヒト、死ぬと、意識や記憶、EDENにアップロードされる。ヒトの一生の情報、EDENの品質改善情報として有用だから。つまりヒト、死んでも個体情報、消えない。EDENの中を巡るマナの一部として、情報残ってる」
リーゼは、人差し指を立てた。
「クラス1。ケイたちが言う、浮遊霊とか、影人間。偶発的に生まれる存在。周辺の植物ケーブルから僅かに漏れ出た、不特定な故人のマナ情報体。実体がなく、光に弱く、あまり害ない」
「なるほどね……。黒い靄、つまりマナの塊だから、影人間は、ああ言った見た目になっているのかな」
イリアが納得している様子だった。
リーゼは、指を2本立ててから、さらに話しを続ける。
「クラス2。悪霊とか悪魔、言われてる。ケーブルから濃く漏れ出たマナ情報体。これも偶発的に生まれる存在。基本的に実体ない。けどマナ濃度によっては実体ある。物理的な干渉能力あって、高い殺傷能力ある。危険」
「そういう連中は、過去に何度か“殺した”ことがあるな」
ケイが物騒な相づちを口にする。
リーゼは、指を3本立てて見せる。
「クラス3。ケイたちが遭遇した、浦谷みたいなの。帝国が製造した人工の怪物。植物製の脊椎回路持ってて、マナを原動力に動く。動植物を捕食して、その血肉を自分の身体パーツに変換できる。破壊されるか廃棄されるまで、何百年でも生存してる。帝国の命令聞く、ロボットみたいな奴等」
そこまで話すと、リーゼは足を止めた。
連れてこられたのは、周囲にコンテナが山積みされた、開けた広場のような場所だ。リーゼは背後のケイを振り向かず、背負っていた大弓を、黙ってその場に下ろした。
「……ケイたち、無人都市へ行った。あそこ、“クラス4”の帽子怪人いた。ネットワーク攻撃と、瞬間移動能力、持ってた。危険すぎるヤツ。私でも調査、難しくて潜入できなかった」
「……」
ケイは、リーゼの意図を察した。
一緒についてきていたイリアと葉山へ、下がっているようにと告げる。
「クラス4は、クラス3の強化版。植物製の脊椎回路が本体で、周辺の動植物や金属、何でも取り込んで自分の身体を構築する。“自己進化型異常存在”とも呼ばれる。戦車や戦闘機みたいに、帝国では兵器扱い」
リーゼはゆっくりと、ケイを振り返った。
その目には、一切の温もりがない。宿っているのは、獲物を前にした、狩人の殺意だけである。戦いを仕掛けてくるであろうことは、明白だ。
「ケイ、どう見ても、ただのヒト。クラス4倒した、信じられない。だから――――確認する」
リーゼが駆け出す動作を見せた次の瞬間。
すでにケイの目前まで接近し終えていた。
「!?」
間合いは5メートルほどもあった。
だが瞬く間に、リーゼはその距離を詰め終えていた。
――早すぎる。
空気が唸る音と共に、すでにリーゼの回し蹴りが放たれている。避ける時間などない。ケイは、リーゼの蹴り足と自分の胴の間に、何とかガードの腕を差し入れる。
ドムンッ
鈍く激しい打撃音と共に、蹴りを受けたケイの左腕に、捻れるような痛みと衝撃が走った。リーゼの蹴りを受けただけで、ケイの身体は3メートルほど横方向へ吹き飛ばされ、近くのコンテナの壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
衝撃で唇が切れたのか、口の中に血の味が滲む。
堪らず、ケイはその場で膝を落とし、痛む左腕を押さえた。
苦しむケイへ、リーゼは余裕の足取りで歩み寄ってきた。
「今のをガードされる、思ってなかった。機人の身体能力、個体差あるけど、筋力も速度も、だいたいヒトの4倍くらい。ケイ、反射神経がかなり良い」
「リーゼさん!」
ケイとリーゼの間に、血相を変えた葉山が、割って入ってくる。
「いきなり何てことをするんです! 雨宮くんを殺すつもりですか!」
「殺すよ?」
予想外の肯定をしてくるリーゼに対し、思わず葉山は、絶句してしまう。
「ケイ、私たちのこと、知りすぎてる。敵の手に落ちれば、支配権限に操られ、情報漏らされる。役に立つ見込みないなら、殺す。仕方ない」
「……なるほどな。良い判断だ」
体勢を立て直したケイが、ゆっくりと立ち上がる。
庇ってくれている葉山を背へ追いやり、懐から自動拳銃を取り出した。不敵に笑んで、リーゼへ言った。
「そっちの身体能力は高すぎる。それで殺しにきてるなら、これくらいの反撃は良いよな?」
「銃の使用、構わない。そんなの、機人に当たらない」
再び接近しようとしてくるリーゼに向けて、ケイは遠慮なく発砲する。
牽制射撃で数発撃ったが、あわよくば当てるつもりで撃った。だがリーゼは、銃口の角度から弾道を素早く計算し、身を反らすことで、軽々と避けてみせる。
「トンデモ人種だな、機人……!」
ケイは言いながら、発砲を続ける。
当たらなくても、リーゼの動きを鈍らせることはできた。先ほどのように急接近されないうちに、山積みにされたコンテナ群の狭間、細い通路へと逃げ込んだ。
「……広いところは不利。だから狭いところへ誘い込む。良い判断」
通路の奥へ姿を隠したケイを、リーゼは追いかける。
入り込んだ先は、人1人が歩ける程度の細い小道のようになっており、奥の方は複数の分岐路になっていて、入り組んでいる様子だった。ケイはそのどこかに身を隠し、待ち伏せしているに違いない。リーゼは笑みを浮かべる。
「でも、私は狙撃手。獲物見つける、得意」
リーゼは耳を澄ませた。
人間よりも高性能な機械アンテナの耳は、周囲の微細な音を収集し、解析ができる。その聴覚は、微かに聞こえた足音と、自動拳銃のマガジンリロード音を聞き逃さない。
「見つけた――――」
リーゼは跳躍し、周囲のコンテナを壁を蹴り駆ける。まるで跳ね回るピンポン玉のように、狭い通路をジグザクに高速移動し始めた。そうして一瞬にして、ケイの頭上へ躍り出て、落下しながら右拳を振り下ろした。
「!」
予想外の登場をするリーゼに、驚いていたケイ。
だが反射的に、リーゼの振り下ろす拳を避ける。
リーゼの拳は地面に叩きつけられ、そのままアスファルトの路面を砕いた。まともに受けていたら、ケイの身体は粉砕骨折では済まなかったかもしれない。
ケイは素早く、状況を分析した。
自動拳銃のマガジン交換をした直後に、リーゼに位置を突き止められ、襲いかかられた。おそらく“音”を探知されたのではないか。距離が離れていたため、リーゼには聞こえないと思い込んでいたが、相手は人間ではない。身体能力だけでなく、聴力も非常識である可能性は高い。
「つくづく反則だな」
微笑むケイへ、リーゼは接近戦を仕掛けてきた。
突き。蹴り。コンビネーションからの回し蹴り。
普通の人間なら避けることもできない速度と威力。
だがケイは、並外れた反射神経と身体能力で、それらをギリギリかわし続ける。
リーゼの拳は、かすっただけでケイの頬を裂いて出血を引き起こす。空振りした蹴りは、コンテナの壁にめり込み、金属を歪ませるほどの威力を垣間見せた。恐るべき攻撃力だったが、狭い場所へ引き込んだ効果が着実に出ていた。リーゼは、思ったような連撃を組み立てられない様子だった。凪ぐような大振りの攻撃はできず、どうしても、直線的な攻撃手段に偏りが出てしまっている。
だから、避けやすい。
「けど、早すぎる……!」
狭い場所に誘い込むことで、攻撃手段に制限をかけたというのに、リーゼの攻撃速度が速すぎる。プロボクサーのパンチのように、時々、目で追えない速度の攻撃も混じっていた。その何発かは避けられず、後退してダメージを緩和したり、腕でガードして受け止めるが、一撃ごとに骨が軋むような衝撃を喰らった。
「ケイ、いつまでも守り切れない」
それがわかっているから、リーゼはケイの誘いに乗ったのだろう。
正面攻勢でも勝てる自信があるからこそ、飛び込んできた。
「なら、絡め手しかないな!」
ケイはリーゼの攻撃をかわしながら、近くのコンテナの扉を撃った。
わざと跳弾するような角度で撃ったため、発射された銃弾は、火花を散らし、周囲のコンテナ壁の間を跳ね回る。その跳弾によって発せられた残響音は耳障りであり、耳の良いリーゼにとっては、たまらないノイズになるだろう。無論、発砲音もうるさくてキツいはずだ。
ケイを探すために聴覚の感度を上げているのなら、なおさらのはずなのだ。
「くっ!」
攻撃を繰り出していたリーゼの表情が、苦悶で歪んだ。
「耳が良すぎるのも、考えものだ」
ケイは立て続けに発砲し、跳弾を発生させる。発砲音と反射音による不協和音を、周囲一帯へ響かせた。リーゼは堪らず、聴覚機能の感度を押さえる。そうして音に惑わされないようにした。だがそれは同時に、聴覚による探知能力を低下させることを意味している。
うるさいなら、耳を塞ぐしかない。
それがケイの狙いだった。
音に怯んだリーゼの隙を見逃さず、ケイは通路のさらに奥へと逃げ出した。
曲がり角を曲がり、リーゼの視界から姿を消す。逃げながら発砲は続けており、ケイが音の弾幕を張っていることをリーゼは察した。
「なかなか……頭が回る……!」
苛立ったリーゼは、ケイを追って曲がり角を曲がる。
「!」
曲がったすぐ先。コンテナの扉が開け放たれており、その扉によって、狭い通路は塞がれていた。いきなり目の前が袋小路になっていて、リーゼは思わず足を止めて立ち止まってしまう。ここが行き止まりだというなら、ケイはどこへ消えてしまったのか。
扉を開け放たれた、空コンテナの中。
そこに、銃を構えたケイが待ち伏せていた。
進路が塞がれていたことに気を取られ、足を止めたリーゼの側頭部に、銃口を押し当てる。
「!?」
「終わりだな」
逃げながらケイが発砲していた理由は、リーゼの聴覚を殺すためだった。曲がり角の死角に入り込んですぐ、ケイは、最寄りの空コンテナの扉を開け放っていたのだ。リーゼの耳は感度を下げていたため、その音を聞き取れなかった。結果、こうして不意打ちをかけられてしまっている。
「ぷろぴこ!」
わけのわからない言葉を発して、リーゼは興奮していた。
ケイに感心し、クリクリとした目を輝かせ始める。
嬉しそうに両手を挙げて、降参した。
「ケイ、とても頭良い! 洞察力が高いから、戦況分析が得意。この僅かな間に、私の聴覚を殺す作戦を組み立てて実行してきた。知恵を使った、ヒトらしい戦い方。手加減したけど、まさかやられると思ってなかった」
「なら、この試験は合格か?」
「戦力になりそう。淫乱卿のところ、連れてく」
尻尾を振る子犬のように、無邪気に微笑むリーゼ。
そこからは、さっきまでのヒリつく殺気が消え失せている。
ケイは、リーゼの頭に押し当てていた銃口を下ろした。
ケイとリーゼは、再びイリアと葉山の元まで戻る。
生きて帰ってきたケイを見て、葉山が胸を撫で下ろしていた。
「良かった……。さすがにリーゼさんも、雨宮くんを殺すことはしなかったようですね」
「違う。私が、ケイに殺されかけた。戦い、負けた」
「え? ……えええ?! リーゼさんがですか?!」
葉山は、素っ頓狂な声を上げて驚いてしまう。
それを見て、イリアがニヤニヤと笑って言った。
「彼はこれまでに何度となく、自分よりも格上の怪物を捻り殺してきた異常者だ。そんじょそこらの化け物ごときじゃ、太刀打ちできないよ。ボクが見つけた、とびきりイカレた、面白いヤツだからね。簡単に殺されたら困る」
「お前にだけは、イカレてる呼ばわりをされたくないぞ」
「ハハハ。イカレてる同士、これからも仲良くしようじゃないか」
最初からイリアは、ケイが勝つことを予想していた様子だった。
褒められているのかわからず、ケイは複雑な顔でイリアを見ていた。
思い思いに語らう3人に向かって、リーゼが告げた。
「ケイたちヒト、今のまま連れて行っても、帝国人の支配権限に操られて、役に立たない。だから、対策する。1日だけ、時間欲しい」
「対策……?」
何をどう対策できると言うのか。
リーゼは得意気に胸を張り、宣言した。
「材料、あと3つだけ持ってる。ケイたちの“拡張機能”、造る」