4-9 七企業国王
葉山がリーゼと呼ぶ、機械アンテナの耳を生やした少女。
見た目の年齢は、ケイたちと大して変わらない、子供に見えた。
その背には、大きな弓を背負っている。どういうわけか、矢筒は見当たらない。
いかがわしい思いでリーゼを見つめ、まずイリアが口を開いた。
「その弓……ボクのペントハウスに、光の矢を撃ち込んできたのは、君だね?」
「もっと言えば、イリアの車に矢文を撃ち込んできたのも、お前だな?」
防弾仕様の車体を易々と貫いた、実体のない光の矢。そして、とんでもない命中精度で、ケイとイリアの中間座席を射貫いてきた技能。リーゼの弓の威力と腕前は、人間ならざる非常識なレベルだ。その力が普通でないことは、間違いなかった。
得体の知れない、凄腕の弓使い――。
イリアと同じように、ケイも警戒した眼差しをリーゼへ向けている。
その手は、懐の自動拳銃を手に取ろうとまでしていた。
不穏な表情を向けられ、リーゼは困ったように「うー、あー」と呻いている。
「えーっと……。リーゼさんは微細な口の動きが苦手なので、細かい説明が苦手です。なので一応、私から事情をお話ししておきますね」
気まずい雰囲気を払拭しようと、葉山は少し慌てた態度で弁明し始めた。
「ま、まず最初に。イリアさんのペントハウスへ放った矢。あの意味は“警告”の目的でした」
「警告、ね……」
イリアに、驚いた様子はない。
ただようやく、腑に落ちたという態度だ。
「たしかに、そんな感じはしていたよ。あれはボクが、コトリという人物を探り始めてすぐのことだったから。じゃあ、矢を放った意図は予想通り。これ以上は探るな、関わるなということで良かったわけだね?」
「お察しの通りです。あの時は……すいませんでした」
葉山は、ばつが悪そうに苦々しい表情で語る。
「最初、私たちは、あなたたちのことを佐渡先生に助けられた“普通の高校生たち”だと考えていました。そんな子供たちが、私やリーゼさんのやっていることに首を突っ込んでくるのは、とても危険なことだと思えたんです」
「今の考えは、違うのかい?」
「はい。あなたたちをしばらく監視していて、どうやら知覚制限が外れている同士なのだとわかりました。そして真実を求め、真王へ抗おうとする意思を、行動から認められました。私たちとあなた方は“仲間”になれると思っています」
どうやら葉山は、ケイたちと同じように仲間を求めていたようだ。
この世界の現状を知り、抵抗しようとしている味方を欲していたのだろう。
「最初に放った矢は、イリアさんの推察通り、まさしく関わるなの意味で、脅そうとしたんです。ただまあ……イリアさんには、まるで効果が見られませんでしたけど」
「フッ。どういうわけか、ボクは他人から恨みを買いやすい性格らしい。ああいった脅迫には慣れているのさ。自宅へ銃弾が撃ち込まれてくるとか、そういった嫌がらせくらいでは、もはやどうということもないね」
「イリアさんは、いったいどういう高校生なのですか……」
謝罪をしながらも、葉山はイリアに呆れている様子だった。
そんな葉山へ、ケイが尋ねた。
「アデルを助けたければ、学校へ登校しろという、あの矢文は何だったんですか」
イリアの家への攻撃が警告だったとして、ならケイたちを、学校へ導いた理由は何なのだろうか。あの警告がなければ、ケイたちは今もアデルを見つけようと、都内のあちこちを捜索していたことだろう。ケイたちに捜索を中断させ、結果的には危険へ導いた。葉山たちがケイたちと味方になろうと考えてるにしては、ずいぶんと攻撃的な行動である。
「言われた通りに登校してみれば……あの仮面の武装集団です。近辺の学校から女子たちを集めて、どこかへ連れて行こうとしていました。どう見ても人攫いの組織にしか思えない。あいつらが、葉山さんの捜査していた“子供たちの失踪事件”の犯人ですよね?」
おそらく、そうなのだろう。
葉山は、どう返事をしたものか悩んでいるのか、困った顔をしていた。
ケイの問いに答えたのは、それまで黙っていたリーゼである。
「――――帝国騎士団、第138実行小隊」
その名を口に出した。
葉山の言う通り、リーゼは言葉を発することが苦手なのだろう。
たどたどしい、カタコトに近い話し口調で、言葉を並べていく。
「あれ、帝国の軍隊。“淫乱卿”の命令、従ってる部下たち」
「!」
葉山がテーブルの上に置いた男の写真。ケイは再び、それを見やった。
四条院コウスケという大金持ちだ。
その写真を見ていた時に葉山は、リーゼと同じ呼び名を口にしたのだ。
「淫乱卿……四条院コウスケのことなのか」
「はい。四条院コウスケ、帝国社会での彼の呼び名です。雨宮くんたちは、アトラスという機人から聞いたそうですね。真王側に付き従うことで、利益を供与されている人間たちがいるのだと」
たしかにアトラスは、そうした人間たちが存在しているのだと言っていた。同じ人類でありながら、人類を搾取している悪魔たちなのだと、大仰しく思えるような説明だった。
「彼等は、真王を頂点とした階層構造の、超巨大国家体制を構築しました。通称“帝国”。リーゼさんの話しによれば、紀元前の頃から存在してるのだそうですよ」
「紀元前……そんな大昔からですか……」
「帝国には“七企業国王”と呼ばれる、非常に高位の人間たちがいます。彼等は真王に直接、謁見することが許された、世界でたった7人の人類だそうです。四条院コウスケは、その中の1人。真王から与えられた名は――――“淫乱卿”です」
「なんだか、悪口で付けられたあだ名みたいですね」
「ですね。しかし馬鹿にするのは早計です。彼が戴冠している“王冠”は、恐ろしい超常の力を有しているのだそうです」
「ケテル?」
「すいません、それについてはリーゼさんが言ってるだけで、私もよくわかってないことなんです……。それ以前に、末端の騎士たちが使うものとは比べものにならない、桁違いに強烈な“支配権限”も与えられているのだと言われています。今の我々にも理解できる、わかりやすい驚異は、まずそれでしょうね」
言われて、ケイは思い出す。
「“支配権限”……たしか、レイヴンとかいうヤツが言ってた言葉です。よくわかりませんが、あいつに命令されただけで、オレはまったく身動きが取れなくなりました」
悪気のないリーゼが、ニコニコと微笑みながら尋ねてきた。
「ケイ、体感できた、でしょ?」
それが狙いだったと言わんばかりだ。
リーゼは、ケイたちのことを呼び捨てにしてくる。
「ケイやイリアたち、ヒト。生まれた時から、自分より上位の支配権限を持つ者に“逆らえない”。そういうふうに、身体と脳、できてる。ヒト、みんな、帝国人よりも、権限が下。あいつらの命令、誰も無視できない」
「……!」
「絶対服従せざるをえない命令権。それがある限り、私たちは帝国の人間に抗えない生き物なのでよ……」
「それが本当なら、最悪だね。ボクたち人類が真王や帝国に対抗する術がないことになるじゃないか。もしも反抗勢力を結成したとしても、面と向かって“死ね”と命令されれば、全員が即座に自殺でもするのかい? なら最初から、戦っても勝ち目なんてないな」
イリアの意見を、葉山もリーゼも、否定しない。
つまり、イリアの推察は現実なのだろう。
……途方もなく、絶望的な現実だ。
「あなたたちに、学校へ登校するように促した矢文。あれを送りつけることは、リーゼさんのアイディアです。帝国騎士団が“収穫作業”のため、第三東高校を訪れる予定であることを、昨日になって知りました。わざとあなたたちを彼等に遭遇させ、彼等の使う支配権限の強力さを、身をもって知ってもらう。口で説明するよりも、その驚異の加減がよく理解できるからと、リーゼさんが言い張るものでしたので……。あ、もちろん私は反対したんですよ? あなたたちの身が危ないからって」
「やれやれ。とんだ実地教育だったようだね。おかげで危うく死にかけたよ」
そこまで説明して、ようやく葉山は、話しの核心に触れる。
「学校へやって来た、あの第138実行小隊。彼等は3日後に行われる、淫乱卿が主催の“晩餐会”のために、この管理区内を奔走しているようです。来賓には帝国貴族が多いことから、おそらくパーティーのような催し事と予想されますが、詳細は不明です。ただ……あちこちから美しい女性、しかも子供たちを集めているんです。ロクなものではないと思いますね」
「淫乱卿の晩餐会、年に1度、開催される。ヒトの世界で起きてる、子供たちの失踪事件、ほとんどが晩餐会のため、誘拐された。みんな、2度と帰ってこない……」
リーゼの補足説明は、かなり恐ろしい話しだった。
連れ去られた子供たちは、いったいどこへ消えてしまったのか。
嫌な予感しかない。
「アデルさんも、晩餐会のために攫われた1人です」
それを聞いた途端にケイは、言った葉山を睨み付けた。
「……アデルは今、どこにいる?」
もはや大人への敬語も忘れている。
感情的になりつつあるケイを、不穏に感じながらも、葉山は続けた。
「私たちは、ある目的を持っています。そのために、淫乱卿の晩餐会に潜り込むべく、色々と捜査を行ってきました。フローランスに潜入していたのも、そのためです」
「目的だと?」
「フローランスの社員たちは、第138実行小隊の隊長、レイヴンの支配権限によって操られています。自覚はありません。彼等は仕事上、とびきりの美少女を都内から探し出し、その個人情報を取得しています。小隊に利用され、貴族たちのお眼鏡にかなうような、美少女の居所を報告させられているんです。私は潜入捜査で、その仕組みの中に入り込んで、小隊の情報を得ようとしていました」
葉山は言いづらそうに、ケイへ告げた。
「そして昨日、アデルさんに会いました。あの時、確信したんです。彼女ほどの美しさなら、小隊は、まず間違いなく接触してくるはずだと。予想は案の定でした。わざとアデルさんを誘拐させて、リーゼさんがその後、小隊の行き先を調べたんです。そうすることで、晩餐会の“会場への道のり”を知ることができました。さらに、彼等がアデルさんを誘拐する時にかわしていた話しから、今日の大量誘拐、つまり収穫作業ついての情報も掴めたんです」
「わざとアデルを誘拐させた、だと……!」
怒りを露わにしたケイの雰囲気は、ただの高校生のそれではない。
背筋が寒くなるほどの殺意を放っている。
そんなケイと相対していると、葉山は思わず戦慄してしまう。
職業上、凶悪な犯罪者と対峙する機会が少なくない葉山ですら、気圧されるほどの気配。たまらず葉山は、全身に冷や汗を滲ませてしまっていた。緊張のあまり、言葉を発することさえできなくなる。
「……落ち着いて、ケイ」
見ればリーゼは、いつの間にか弓を構え、臨戦態勢をとっていた。どこから生じたのか不明だが、不思議な光の矢がつがえられており、ケイをめがけ、いつでも放てるように狙いが付けられている。リーゼが咄嗟にそうしてしまうほど、ケイの殺気は強大だった。
「り、リーゼさん! それに雨宮くんも、落ち着いてください!」
渦中の葉山は、大慌てで2人を制する。
ひとまずケイは怒りを抑え、リーゼも弓の構えを解いた。
直後、リーゼがつがえていた光の矢は、脈絡なく消失する。
苛立っている様子のケイを見て、リーゼが申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、ケイ。アデルの誘拐、必要なことだった。でもわかって。全部、あなたたちヒト、助けるため。どうしても、手に入れる必要ある。淫乱卿、在処を知ってるから……“罪人の王冠”。ヒトの王の復活に必要。情報、得る必要ある」
「!?」
ケイとイリアは、同時に驚いた顔をし、リーゼを見やった。
リーゼはついに目的を告げる。
「正確な呼び名、“罪人の王冠”。私、それを手に入れたい」
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