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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
13章 第2次星壊戦争

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13-83 終わりある生



 ――――教会の鐘の音が、遠くで鳴っている。


 芝を敷き詰めた広場には、まばらに墓が立ち並んでおり、それらの中心には、一際に目を引く、大きな墓標が立てられていた。人の背丈の、倍以上はある金属製のプレートだ。そこには、歴代の王たちの名が刻まれている。名前の数は、千をくだらないだろう。今の王国が、どれだけ多くの先人たちによって統治されてきたのかを物語るに、十分である。


 新たに刻まれた、末席の名。


 その名を見つめながら、喪服の兄弟が並んで立っていた。

 セレモニーが終わった後、参列者たちが去ると、周囲には静けさが訪れる。

 誰かの大切な人が失われてもなお、世界は残酷なほどに穏やかのままだった。


 背の低い、幼い少年。

 弟が、ポツリと口を開いた。


「……母さんは、この墓標の下にはいないんだよね?」


 そう言って、隣に立つ男へ尋ねた。

 背の高い方の男は、苦々しい口調で答えてやった。


「……知ってたのか」


「僕だって、いつまでも子供じゃないんだ。ここは北海の水底。だから、地上のような埋葬方法は無理なんでしょう? 王族であろうと、死んだ後は市民たちと同じ。最期は土の下で眠れるわけじゃなく、溶解されて海水放出なんだよね。……ご先祖様が、そういうルールにしたんだって聞いてる」


「そうだ」


「なら、この墓標は“飾り”なんだね。この下で眠っている僕たちの家族は、1人もいないんだ」


「……」


 兄は目を細め、少し寂しげに言った。


「この墓標に、お袋の名も刻まれちまうとはな。いつかこうなる日がくることはわかっていたってのに。いざ、その時になっちまうと……」


 思わず、目頭が熱くなる。

 母親との記憶が一気に脳裏をよぎり、やるせない気持ちがこみ上げてきたのだ。

 弟の前で、涙は流すまいと、懸命に堪えた。


「すまねえ……」


「良いんだ。僕だって悲しいんだよ、兄さん」


 弟の方は、とっくに泣いていた。

 唇を噛みしめ、歪んだ頬には涙が流れている。

 傍らの兄の、大きな手のひらを握り、弟は言った。


「ねえ、兄さん。僕たち魔人(ドワーフ)は、代々に渡って、ただ1つの願いの成就を求めてきたんだよね。父さんも、母さんも、ご先祖様たちも、みんながずっと望んできたのに、叶えられていない夢がある」


「……ああ」


「僕たちの肉体は不良品だから、飢えたり、病んだり、衰えたりする。それらから解放されるため、EDEN(ネットワーク)の情報世界で生きる、情報生命体に生まれ変わりたい。その願いだ。つまり、僕たちは“永遠に続く幸福”を求めていることと、変わらないんじゃないかなって思う」


「永遠に続く幸福か……。そう言えるのかもしれねえな」


「自分を含め、全ての大切な人たちが安全で、未来の不安もなく、傷つけられず、終わらない世界。どうして僕たちの生きる世界は、そうではないんだろう。どうして父さんや母さんは、終わってしまったんだろう」


「ローガ……」


「どうして僕の大切な人たちは、いなくなってしまうんだろう。兄さんもいつか、僕を残して……」


 兄は、小さな弟を抱きしめてやった。

 そうして、言い聞かせるように告げる。


「この世界が完璧じゃなくたって、俺たちはここで生きていくんだ。ツラく厳しい場所かもしれなくても、俺がお前を守ってやる。お前よりも先に、いなくなったりするもんか。お前に寂しい思いなんかさせねえよ。俺はお前の、兄貴なんだからよ」


「兄さん……。僕だって、兄さんを守ってみせるよ」


 弟も、兄の大きな身体を抱きしめ返した。

 そうして兄弟は、互いを守ることを誓い合った。

 残酷な世界を、生き抜いていくことを決意した。


 しばらく慰め合った後、兄弟は離れ、向かい合った。

 弟は、真顔で兄へ言った。


「……魔人(ドワーフ)の王族たちは、どの代の王も、種族の理想成就のために尽くしてきた。母様や父様もそうだった。なら次は、僕たちの番なんだね」


 その問いかけに、兄は即答しなかった。

 兄が何を考えているのか、弟は察していた。


 王位を継ぐつもりがない――――。


 昔から兄は、ずっとそうだった。

 地位も富も、全てを弟へ譲り渡し、自分は何も得られなくて良いと考えているのだ。

 家族さえ幸せであれば、自分が犠牲になっても構わないと思っている。

 だが弟は、そんな兄の方こそが、この国の王に相応しいのだと、確信しているのである。


「どちらが王に選ばれるのか、まだわからない。けれど……どちらが王になっても、きっと良い時代にできるよ。僕たち兄弟なら、それができるはず。そうだよね?」


「……」


「兄さんは人望があって、たくさんの人たちに慕われている。王様になるなら、兄さんの方が僕よりも……」


 自分のことを否定しようとする弟の言葉を、兄は(さえぎ)るようにして答えた。


「わかってんだろ。俺はがさつで、王なんてガラじゃねえし、権力や地位だのに興味はねえ。そういう小難しくてややこしいのは、ごめんなんだ。それよりも、真面目なお前の方が、王に向いてんだろうよ」


「兄さんはいつもそう言って……。本当は、僕に地位や富の全てを渡したいだけなんだろう? そうすれば、僕が幸せになれると思ってる。そんなの、余計な思いやりだよ。僕は本気で、兄さんの方が王に相応しいと思ってるんだ。誤魔化さないでよ」


「……」


 兄は困った顔で微笑み返した。

 やがて弟の頭を撫でて、告げた。


「お前が立派な王になって。そんで、永遠に続く幸福ってヤツを、実現してくれよ。そうすりゃ、そこに住んでる俺も幸せだ」


「兄さん……」


「俺がお前を支えてやる。もしもお前が間違ったとしても、俺が進む道を正してやれるように。そのために俺が、お前の一番の家臣になってやるんだ」


 かたくなに、王位の継承を拒もうとする兄。

 もはや何を言っても無駄なのかもしれない。

 諦めたわけではないが……それ以上、弟は王位継承の話をすることはしなかった。


「いつまでも傍で見守っていてよ、兄さん」


「当然だ」


 兄はもう一度だけ、弟の頭を撫でて言った。




 ◇◇◇




 廃墟ビル内の1階ホール。

 トウゴたちは、魔人(ドワーフ)軍の完全包囲の中にいた。


 ケープマントを羽織り、杖を手にした若々しい男たち。立場の優位を確信した顔には、ニヤけた笑みが浮かんでいる。姉の命を奪われた妹の、嘆きの絶叫が心地よいのだろう。絶体絶命のトウゴたちへ、憐れみの目を向けていた。


 それら軍勢を率いているのは、1人の男だった。

 激高した兄に名を呼ばれ、歩み出ていく。


 赤い短髪。黒丸のサングラスをかけた、長身の優男だ。シルバーピアスとアクセサリを身につけており、チャイナ服を着こなしていた。ポケットに両手を突っ込んで歩く姿は、まるで中国マフィアを思わせる。


「――――やあ、兄さん。久しぶりだね」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、魔人(ドワーフ)王、ローガ・レルムガルズは挨拶をする。


 昔の純粋な少年だった頃の面影は消え去り、風貌も、雰囲気も、大きく変わってしまっていた。だがそれよりも、ザリウスは弟の胸元を凝視して青ざめていた。


 そこに生えていたからだ。

 桃色の禍々しい“花”が。


「バカな……! その花、まさかもう(イデア)にまで溶け込んじまったのかよ……!」


「あはは。相変わらず単純な思考回路だなあ、兄さんは。追放される前から、兄さんは私とイアコフ様を引き離したがっていただろう? おおよそ、EDEN(こちら)側に来たら“私だけを連れ出して”助けることができるとでも考えていたんじゃないのか?」


「くっ!」


「はは。まあ、種明かしをすればね。王宮への手引きをしていた、そこに転がっている死体から事情は聞き出していたのさ。愚かだねえ。私は兄さんに、助けてくれなんて言っていないだろうに。余計なお世話ってヤツさ」


 ザリウスとローガの会話を聞いて、トウゴは困惑する。

 いったい何の話をしているのか、見当もつかない。

 だが、魔人(ドワーフ)王の胸元に生えている花には、いやな予感がしていた。


 設計者(アーキテクト)マティアも、身体から花を咲かせていなかっただろうか。もっと言えばアデルも同じである。もしかしたなら、設計者(アーキテクト)は皆、身体のどこかから花が生えているのではないだろうか。いつ攻撃を再開されるかわからない、緊迫した空気の中で、トウゴは場違いな推察を巡らせてしまう。


 ローガは額に手を当て、ケタケタと笑って言った。


「バレバレなんだよなあ、兄さんの考えることはさあ。残念ながら見ての通りだよ。設計者(アーキテクト)イアコフ様は面倒くさがりでね。私という個人を信用してくれていて、必要な指示と、力だけを分け与えてくれているんだ。私が判断を間違えないよう、見守ってくださっている。正してくださっている。だから私は道を間違えないのさ。私は神に選ばれた、歴代で最強の魔人(ドワーフ)王になったんだよ。いつになったら、そのことが理解できるんだい? 低脳な、ザリウス・レルムガルズ」


「弟よ……!」


「いつまでもそうやって、血縁者ぶるの、やめてくれないかな。あんたは“追放された身”なんだよ。もはや王族でもなければ、私の家族でもなかろう」


 ローガはパチンと指を鳴らした。

 それが合図だったのだろう。

 背後に控えていた忠臣、少年と少女が歩み出てくる。


 その顔に、トウゴは見覚えがあった。

 イギリスで出会った異常者グラハムと、水の剣を使う人形のような少女アリアだ。


「峰御トウゴとかいう人間の左眼は貴重品らしい。それを傷つけないように持ち帰れ。あとは好きにして構わないよ」


「承知いたしました、我が王」


「御意」

 

 部下にこの場を任せ、ローガは虚空へ姿を消してしまう。

 残されたのはグラハムを陣頭指揮にした、魔人(ドワーフ)軍。

 そして、トウゴたちの絶対不利な状況だけである。


「やれやれ。こんなところでも出会うとは、もはや運命としか言えないなあ。祖国が異常存在(ヘテロ)どもに攻め入られようとしていると聞いて、急いで戻ってきてみたら。まさか君たちのような子ネズミたちまで混じっているとはね。戦争の本番前に肩慣らしとしては、悪くない相手かもなあ。なにせ、この国の兵士は実戦経験が乏しいからね」


 アリアが抜刀している隣で、グラハムは肩をすくめて嘆いた。


「ローガ様は、僕の愛しいジェシカを傷物にしてしまったようで、正直なところ残念だよ。まあ、壊れたなら壊れたなりに、そこの身体には使()()()があるから、別に構わないんだけどね。くくくく」


「グラハム、てめえって野郎は……!」


「おっと。これ以上、余計なおしゃべりをしていると、どやされるかな。驚異となる雷火の魔女も潰えたところで、残ったザコにすぎない君たちの相手をするのは、時間が惜しいんだ。抵抗せず、このまま速やかに死にたまえよ」


 グラハムがさっと手を掲げると、それが攻撃再会の号令となった。

 魔人(ドワーフ)の兵士たちは、再び一斉に火球の魔術を放ってきた。





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