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13-64 暗黒通路



 聖団地下大墓地(ロゴス・カタコンベ)――――。


 聖都ヨーハニスにおいて、ロゴス聖団の管理する超巨大地下墓地であり、いまだ未踏のエリアや財宝を多く有しているとされる地だ。いわゆるダンジョンと呼ばれている場所でもある。長年の時を経て、内部で繁殖を続けてきた異常存在(ヘテロ)たちが、今では数多く徘徊している危険地帯となっていた。


 地上から一階層でも降りれば、そこは明かり1つない、静寂に包まれた集団墓地である。風音さえ聞こえない漆黒の通路には、トウゴたちの足音しか聞こえない。ジェシカが魔術で生み出した、宙に浮く火球によって、周辺が照らし出されていた。視認できるのは、その明かりが届く範囲だけだ。どこまで続いているのかも見通せない、迷宮のように複雑に入り組んだ通路を進むのは、狂気じみた無謀さが必要だろう。


 このまま進んで大丈夫なのか?


 その疑問に苛まれながらも進むトウゴたちの行く手には、何度目かの障害が現れた。


「またかよ!」


 舌打ちするトウゴ。

 暗黒の通路の向こうから、異常存在(ヘテロ)たちが駆け足で向かってきたのである。


 脊椎回路を有するという特徴以外に、種族としての統一性がないその姿は、墓地にふさわしい、ガイコツの兵隊である。羽織っているのは、ぼろ切れ同然の聖衣であり、聖職者のような出で立ちだ。それは、異常存在(ヘテロ)の本体が、かつてのアークミラ教徒たちの死体に寄生した結果として生じた化け物だろう。トウゴたちと遭遇するなり、手にしている錆び付いた剣や大釜で、斬りかかってくる。


 それに向かって、トウゴたちは正面から銃弾を浴びせる。だが身体が骨だけということもあり、穿(うが)てる肉がついていない分、たいしたダメージを与えることができなかった。


 このダンジョンで、こうしたガイコツ兵士に遭遇するのは初めてではない。相手を沈黙させるためには、ジェシカの魔術によって、焼き尽くすのが有効であることがわかっている。


「まだか、ジェシカ! こっちの残弾は無限じゃないんだ、毎回、足止めはしてられねえぞ!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 現象理論(プログラム)構築がまだなの!」


 言い訳をしながら、少し遅れて、ジェシカの魔術が発現する。


灼熱球(フレアボール)――――!」


 虚空に生じた大きな火球が、一直線にガイコツ兵へ向かって放たれる。その衝突と共に小爆発が生じ、異常存在(ヘテロ)の群れは、跡形もなく爆散して溶け消える。熱された空気の余波がなくなるのを待ってから、トウゴたちは何事もなかったように、再び歩みを始める。


「いきなり暗闇の中から敵が出てくるの。警戒していても毎回、焦っちまうな。次からはもっと早く、魔術の準備を頼むぜ、ジェシカ。お前の攻撃が頼りなんだ」


「……わかってるわよ」


 敵の出現に対して、自分の魔術の発現が、遅れ気味である自覚はあるのだろう。

 ジェシカは、少しばつが悪そうに視線を逸らした。


 そんな姉を、姿のない妹のエマは、心配に思っていた。


『お姉ちゃん……』


 エマだけが、気づいていることがある。


 どうにも姉のジェシカの魔術は、最近は少し調子が悪いのだ。発動する魔術の威力は、変わらずに特大のままである。だが、その制御には精細さを欠き、現象理論(プログラム)の構築には、普段よりも時間がかかっている。明らかに、集中力を欠いているのだ。


『……やっぱり。まだ雨宮さんのことで……』


 失恋の痛みだ。


 周囲を心配させないように。普段通りに、明るいジェシカの態度で振る舞おうとしているのは、見ていてわかる。しかし時折、ひっそりと見せる悲しげな表情が、エマの推察を裏付けているように思えた。


 そんなジェシカの心境については知らず、トウゴは空になった弾倉(マガジン)を交換しながら呟いた。


「たしかに。こりゃあ、聖団の連中が警戒していたのにも納得がいくぜ。異常存在(ヘテロ)のヤツら、ずいぶんと気が立ってるみたいじゃねえか」


 トウゴの感想を聞いたリーゼが、同意する。


異常存在(ヘテロ)が人間を襲うのはよくあることだけど、その理由って、だいたいの場合は“空腹”か“繁殖”あるいは“縄張り意識”。基本は野生動物と変わらないはず。この辺に生息しているガイコツ兵は、見た感じ消化器官なんて持ってなかったし、食物摂取とかしなさそうだから、活動エネルギー源は、たぶん大気中のマナとかじゃないかな。消去法で考えると、人を襲う理由は縄張り意識とかだろうね。普段なら、自分たちへ近づいてくる人を襲っているんだろうけど……さっきから、こっちに向かって駆け寄って、積極的に襲ってくるのばかりだね。ちょっと変だよ」


 セイジが付け足した。


「俺たちを襲うために向かってきてるというか。このダンジョンから外へ出ようとしている途中で、たまたま遭遇した俺たちを攻撃してきてるって感じがする。気のせいかもしれないけど、そんな印象だ。いやな予感がするよ。予想通りなら、つまりダンジョンの奥深くに居座っているような大物も、大挙してこっちへ向かってきているところかもしれないわけだよな」


「よしてくれよ、雨宮のオヤジさん。冗談きついぜ」


 言っているそばから、近づいてくる複数の足音と、甲冑や武器がぶつかるような音が聞こえてくる。暗黒の向こうから次々と現れる異常存在(ヘテロ)たちを、トウゴたちは手際よく片付けていく。


「ったく。いい加減にしろよ、これで何体目だ?」


「さあ……。とりあえず、潜って1日も経ってないのに、俺のマガジンは1つ空になったよ」


 セイジは、役立たずになった、アサルトライフルの弾倉を放り捨てる。

 弾倉(マガジン)を交換しているセイジへ、レオが老婆心で忠告した。


「セイジさんは魔術が使えないんですから。銃は護身用に使ってください。前衛をやろうとしたら、弾薬が足りないでしょう」


「言う通りだが、子供たちに戦わせて、オッサンが後ろで守られてるのも格好がつかんくてな」


 2人の会話を、少し離れた位置で聞きながら、トウゴはリーゼへ耳打ちした。


「……なあ。なんで、雨宮の親父さんはついてきてるんだ?」


 そのことは、リーゼも不思議に思っているのだろう。

 何のことか察しているリーゼの表情を見て、トウゴは話を続けた。


「魔術も使えず、戦えないなら、アトラスやハンナさんたちみたいに、獣人(ラース)たちの巣穴に残っていれば良かっただろ」


「……ザリウスさんも、レオも、ケイのお父さんがついてきていることについて何も言わないのが妙だよね。詳しいことはわからないけど、何か連れてこなきゃいけない理由はあるんだと思う」


「理由ねえ。あんまり戦えない、足手まといの人間を連れてこなきゃいけないワケなんてあるのか?」


「トウゴ、言い方……」


「へいへい。とにかく。ザリウスのオッサンやレオは、まだ何か、俺たちに話していないことがありそうだってこったよ。利害が一致しているから、大して深掘りしちゃいないが……。ザリウスのオッサンが、カースグリフの槍とかいうハッキング兵器を手に入れたい理由だって、詳しく口にしちゃいない」


「それは……私たちと同じで、罪人の王冠(シリウス・ケテル)を手に入れて、真王や設計者(アーキテクト)たちに対抗するためじゃないの?」


「本当にそれだけだと思うか?」


 試すように、トウゴは尋ねた。


CICADA(シケイダ)暗号を取材していて、真王に行き着き、巻き込まれた雨宮の親父さん。機人(エルフ)族を地球で再興させるために、真王を倒すことを望んでいた、リーゼの兄貴。2人が真王勢力を倒すために、罪人の王冠(シリウス・ケテル)を求めた理由なら納得がいく。だが、魔人(ドワーフ)族であるザリウスのオッサンやレオが、“真王を倒したい理由”は何だ?」


「う~ん。魔人(ドワーフ)族って、帝国では差別されて迫害されているし、そういう社会構造を強いている真王を倒したかった……とか?」


「弱いな。仮にザリウスのオッサンがそう考えているとしても、ザリウスのオッサンは魔人(ドワーフ)の国を追放された身なんだろ。つまり真王を倒したいという考えは、魔人(ドワーフ)族の中では賛同を得られなかった。“総意ではない”とも言える。もしかしたら、オッサンがそういう面倒な考えを持っているからこそ、追放されたのかもしれないって考えることもできんだろ。魔人(ドワーフ)族の流儀は知らないが、王座から転げ落ちたからといって、国から王族を追い出すなんて、ちょっと普通じゃねえと思うぜ」


「……なるほどね」


「ともかくザリウスのオッサンとレオは胡散臭い。雨宮の親父さんについても、いまいち信用できねえ。まだ油断するなってこったよ」


「私は……兄さんの仲間だった人たちを、信用したいけどな」


「たしかに仲間だったのかもしれねえが、その仲間内で殺されたのが、偶然にもリーゼの兄貴だけだったっていう点も、なんだか不審じゃねえか?」


「……」


 用心深いトウゴの意見を否定できず、リーゼは神妙な顔で黙り込んでしまう。


 一方で、苛立ちと鬱憤をため込んでいた、ジェシカの怒りが爆発した。


「長い!」


 急に大声を出すジェシカへ、全員の注目が集まった。

 ジェシカは髪を掻き毟りながら、目一杯の不満を口にした。


「右を向いても、左を向いても、上を向いたってミイラだらけ! この辛気くさい景色は、いつまで続くわけよ!」


 通路は長く、その両側の壁面は彫り込まれ、遺体を安置することができる寝台のような造りになっていた。それが、数える気にもならないほど、遠い天井近くまで、何段も積み重なって用意されている。それぞれの段には、包帯を巻かれてミイラになった死体が、所狭しと横たわっているのだ。それを見れば、ジェシカの意見には、全員が概ね納得である。


「このかび臭くて寒くて暗くて、無駄に広い怪物だらけのダンジョンってのは何なのよ! 誰が何のために、こんな誰得なバカ地下施設を建造しようと思ったわけ!? 大昔のアークミラ教の信徒たちって、まったく気が狂っていたとしか思えないわ!」


「えーっと。私が知ってるアークミラ教の教義だと、信者たちは死んだ後にアークの一部になるため、なるべくアークの中心に近い地中深くへ、自らの遺体を埋葬されることを望んだらしいよ。だから、地下深くまで続く墓地を建造したって言われているって説明を……」


「ムキー! 誰も真面目なレスなんて求めちゃいないのよ、歴史マニアの天然アホエルフのバカ!」


「うぇぇ、ひどい言われよう……」


『お姉ちゃん、飽きちゃったんだね……』


「アタシは運動音痴で、普段はインドア派なのよ?! ダンジョン攻略なんて疲れること、望んでやってるわけないじゃない! しかも半日くらい経ってるのに、まだ3階層目でしょ!? 目的地の130階層まで、このペースだと、あとどんだけかかんのよ! もしかして10億年後?!」


 恨めしそうな顔で周囲を見渡しながら、ジェシカは呻いた。


「近道……近道はないわけなの!?」


「近道だあ?」


「そうよ! このダンジョンが人工的に建造されたものなら、作業者たちが使った、工事用の裏口みたいなものがないのかしら。地下の階層へ物資を搬送するための、作業用エレベータ。あるいは転移装置(ポータル)の類い」


 ジェシカの推察を聞いたザリウスが、腕組みをして感心した。


「おお! じゃあ、そいつを見つければ、このくそ長そうなダンジョンをショートカットできそうじゃないか! でかした!」


「でしょ!?」


 呆れた顔で、トウゴが諭す。


「いやいや、そんな都合が良いものがあったら、このダンジョンに未踏エリアなんてもんは存在しねえだろ。すでに何人もの専門家や探検家が入ってるって話なんだ。近道があるなら、もうとっくに見つかっていてもおかしくねえだろうが……」


「あはは。いきなりズルする方法がないかを考えるのが、ジェシカらしいというか何というか……」


「ズルでも何でも良いのよ! こんなくそ長ダンジョン、まじめに攻略していたら、いったい何ヶ月かかると思ってんのよ! ここは1つ、目的の地下130階層までパッと行く方法を考えないとダメでしょ!」


『うーん。お姉ちゃんは、たぶん楽したいだけでゴネてるんだろうけど、近道したいっていう意見は、一理あるなあ』


 ジェシカに促されるようにして、トウゴたちは、近道する方法がないのかを考えながら、歩みを再開した。






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