13-63 瓦礫の墓場
エスカリアの都市上空に展開されていた、局所的な雷雲。
それは、瞬く間に霧散していった。
晴れ間が覗くと、雲の隙間から、光の柱が無数に降り注いでくる。
白日の下にさらされたのは、瓦礫の山と化した、無残な大都会の残骸である。
吹き荒れた雷の嵐によって、残存しているビルディングは黒炭と化しており、いまだに赤熱化して、高温になっているものも散見された。白煙を上げている建造物は、いずれも触れただけで崩れ落ちてしまいそうなほど、脆く弱っている。それらの足下には……逃げ遅れたのであろう騎士たちの、悲惨な焼死体が転がっていた。入念に雷によって焼かれたのであろう彼等は、完全に炭化してしまっている。煤けた騎士団支給の甲冑型ボディアーマが、それを着ている物体が、かつては人であったのだということを、かろうじて教えてくれている。
山積した瓦礫。地の底から、それを押しのけ、生き残ったエレンディア騎士団が姿を現す。パワードスーツである多環境兵装の力や、魔導兵たちの魔術を用いて、隠れていた地下鉄ホーム階段の上を塞ぐ瓦礫を、黙々と撤去する。通行できる状態になると、まるで日の光を求めるようにして、傷ついた騎士たちが外へ出てきた。その中には、エレンディア家のセリアスと、従者であるズランドの仏頂面もあった。
「……フン。地下へ逃げろという、剣聖の機転のおかげか。あのトチ狂った規模の雷の大魔術の中、余たちも、どうにか生き延びられたようだ」
「雷が猛威を振るったのは、地面よりも上の空間。地面より下は、地絡の効果があったのでしょうかな。詳しいことはわかりませんが。我々の避難は、かなりギリギリ。危なかったですな」
「個人の強さだけでなく、部下の命を守る決断の早さ。剣聖サイラス。敵ながら見事な男と、認めざるを得まいな。忌々しいが、余たちが命拾いさせてもらったのは事実だ」
感心しているセリアスの隣に立ち、ズランドは普段以上に渋い顔をし、額に脂汗をにじませて言った。
「それでも……退避時間はあまりにも少なかった。全員が命拾いできたわけではありません。我らがエレンディア騎士団も、ベルセリア帝国騎士団も、およそ同規模の大被害を受けております。まだ正確な損害は不明ですが……もはや、この地で、これ以上の交戦は不可能でしょう。先ほどまでの雷の攻撃と同時に、消えた騎士たちのバイタル反応の数は、数万を超えています。両軍、撤退する以外にない戦況かと」
「おのれ! 瞬く間に、両軍の戦力が根こそぎ黒炭にされたというのか……! なんたること! もはやここは大戦の最前線ではなく“墓場”も同然ではないか!」
拳を固めて憤るセリアス。
文字通りの悲惨な光景を一望し、ズランドは、さらに険しい顔をして呟く。
「設計者……。これが第一次星壊戦争を平定したという、真王様直属の、伝説の戦士がもたらす大破壊……。これほどの力を振るえる者たちが、主人である真王様を暗殺されて、なぜ今まで黙って、アルテミアを放置してきたのでしょうか。今までどこにいて、何をしていたのか……なぜいきなり、このエスカリアで大暴れを?」
「ええい、わからぬ! ともかくこれは、人の業を遙かに超えた力による、滅びの景色ではないか! 戦略級のマナ兵器や核兵器を使用したとしても、果たしてこれほどの大量破壊を行えるかどうか……!」
「たった1人の個人の力が、都市の1つを瞬時に破壊し尽くしたなどと、冗談だと思いたい話です。あんなものを相手に正面から戦って勝った、天狼の騎士とて、すでに人外と呼ばざるを得ない戦闘能力。……どちらも敵に回したくない存在ですよ」
不平不満を声高にしているセリアスの背を見ながら、ズランドは黙って、背筋を凍らせていた。
◇◇◇
崩壊したビルの瓦礫が、積み上がった山の上。
ケイはそこへ、剣を突き立て、跪くような格好で寄りかかっていた。
何かにしがみついていなければ、痛みと疲労で、今にも意識を失いそうだったのである。指輪の力で召喚していた天狼星の鎧を消失させると、ぼろ切れも同然になった、私服の姿が露出する。全身から流血しており、ケイは息も絶え絶えの様子だった。
たったの一撃。
世界最高レベルで硬質な鎧越しに受け止めたというのに、大ダメージであった。結果を見れば、金属骨格と再生能力を有するケイですら、ほぼ瀕死に近い状態である。もしも仮に、ケイが普通の肉体であったのなら……即死していてもおかしくない攻撃を受けたのだ。近くに転がっている、首を跳ね飛ばした少女の遺体。ケイの目はそれに釘付けであり、凝視し続けていた。何かの間違いで、再び彼女が起き上がってこないかと、肝を冷やしていたのだ。そうして、自然治癒を待っているところである。
1時間以上は、そうしていただろう。次第にケイの身体からは、傷跡が消えていく。再生能力は万能ではなく、損傷した部分を修復するだけならともかく、失った肉や骨を元に戻そうとするなら、細胞を活性化させるために大量のカロリーを要する。負った怪我が多く、修復する箇所が多いほど、その消費量は甚大である。空腹、酸欠、血の不足。そうしたリソースの枯渇で、ケイの肉体再生は、途中で止まってしまった。それでも、なんとか骨折までは治癒できた。
「……ずいぶんと派手にやられたみたいだね、ケイ」
ふと、声をかけられ、振り向いた。
瓦礫の山を登ってきた男、クリス・レインバラードが微笑みかけていた。
そう言う自身も、体中がガーゼと包帯だらけ。身体のあちこちから血を滲ませ、自慢の愛剣を杖代わりにして、たどたどしく歩行している。その姿は見ただけで、もはや戦闘不能状態であることを察するに十分だった。
クリスは、ケイが睨みつけていた少女の遺体を見やった。
感慨深く、感想を口にする。
「あの女の子が、話に聞いていた設計者……。ケイの話を信用していなかったわけではないけれど、初めてこの目にすると……改めて、途方もない敵なんだと実感できたよ。おそらく人類中では最強格の俺たちなのに、それをまとめて薙ぎ倒すような戦闘能力。しかも……この常軌を逸した破壊力ときたものさ」
「――――まったく、どうかしている」
クリスの後に続いて、別の男の声が割り込んでくる。
遅れてその場へ歩いてやってきた、2人の男の姿があった。
他人を見下しているような、いつもの冷ややかな態度。
だが今は、満身創痍だ。クリス同様、包帯だらけで、折れた左腕を肩から吊っていた。
魔帝、エルガー・フォン・エレンディアも、ケイが倒した少女の遺体に目を向けながら言った。
「フン。アレが貴様の言っていた、人類を滅ぼそうとしている“我々共通の脅威”。真王様の配下である伝説の戦士、設計者だと言うのか」
よろめくよう、その場で立ち上がりながら、ケイは答えた。
「……全員、これだけ派手にやられたんだ。実在しているってことだけは、よくわかっただろ」
「冗談じゃないぞ。こんな規格外の化け物が、他にまだ10人以上も残っているというのか。与太話が、真実だなどと……」
苦虫を噛むよう、表情を険しくしながら、エルガーは黙り込んだ。
エルガーが言葉を呑むと、剣聖サイラス・シュバルツが歩み出てくる。
かつて見たことがない、手負い姿の剣聖。
それがケイに対して、敬意を示していた。
「それにしても……あの化け物を、たった1人で屠ったのか。さすがだな、天狼の騎士」
その賛辞を、ケイは頭を振って否定した。
「運が良かっただけさ。とても勝利なんて呼べない。偶然、死なずに相手を退けられただけだ」
「それでも、怪物の1人を殺すことができたのだ。大金星と言える戦果だろう」
「いいや、たぶん殺せていない」
「?」
眉をひそめるサイラスへ、ケイは説明した。
「設計者は、EDEN上に存在する情報生命体だって話を聞いてる。推測が正しければ、オレは、その入れ物である肉体を破壊したにすぎないだろう。おそらくマティアの本体は無事で、また新しい肉体を作って、リベンジにくる可能性が高い」
「……それは、ゾッとする話だ」
先ほどのエルガー同様、設計者という驚異が、さらに予測を上回る存在であることに、サイラスは舌を巻いてしまう。忌々しそうに舌打ちをしながら、エルガーが口を開いた。
「物理的に殺しても、本体を殺せていないというのか。では、情報生命体などという相手を、どうやって殺せるというのだ。ただでさえ無敵と思える化け物が、無敵具合に拍車をかけるような情報だぞ」
「どうやったら殺せるのか……オレだって教えてほしいくらいだよ」
「役に立たんヤツだ。我々に共闘をもちかけておきながら、倒す方法も考えていないとはな」
「……」
ケイは敢えて、アデルと罪人の王冠の話をしなかった。その2つのカードを揃えることが、真王と設計者たちに対抗する、唯一の対抗手段であることなら知っている。アデルを取り戻すのはケイの役目だが、一方で仲間たちが、命がけの旅をして、罪人の王冠を手に入れようとしているところなのだ。
共闘関係を約束できたわけでもない、今のエルガーやサイラスたちに情報を渡せば、我先にと、罪人の王冠を手に入れようとするかもしれないだろう。そうなれば、ケイの仲間たちとの、争奪戦に発展してしまう。それは避けたかった。
ため息と共に、エルガーが言った。
「……まあ、良い。これ以上、この都市廃墟に居座ったところで、どうしようもない。私は本国へ戻り、父上と今後について話し合う。設計者の実在については、報告しなければならないだろう」
その発案を聞いたケイは、表情を明るくする。
「オレたちは共闘しなければならない。そのことが、わかってくれたか?」
「勘違いするな」
ケイの期待を真っ向から否定し、エルガーは冷ややかに告げた。
「想定外の敵対勢力が、新たに現れたのだ。少なくとも、計画を練り直さなければならないというだけの話。この程度のことで、この戦争を止めるわけではない。父上と相談し、我がエレンディア騎士団の戦力配備を練り直す。そのために戻るのだ」
愛想もなく背を向け、ケイの元から去って行くエルガー。
その背を、見知らぬ髭の男が追いかけていくのが見えた。
「兄上! 待ってくだされ! このセリウスも、お供しますぞ~!」
騒がしい配下たちに囲まれながら、この戦場を去って行くエルガー。エレンディア騎士団の撤退を見送りながら、その場に残されたケイとクリス、そしてサイラスの3人は、しばらく黙って、そよ風に吹かれていた。
やがて意を決したように、サイラスが切り出してきた。
「君をアルテミア様に会わせることはできない。私はアルテミア様に忠誠を誓ったのだ。それを裏切ることはできない」
唐突に始まったその話題は、アルテミアに会わせて欲しいと言ったケイへ、少し前にサイラスが答えた内容と同じだった。なぜその話を蒸し返すのか。ケイとクリスは、不思議そうにサイラスを見やる。視線を向けられたサイラスは、神妙な面持ちで、続きの言葉を口にした。
「だが……どうやらこれは“緊急事態”のようだ。私がアルテミア様の元まで、君を連れて行くことはしない。だがせめて、アルテミア様の居場所は教えよう。その情報を君がどう使おうと、関知しない」




