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13-62 エルフの加護



 マティアが繰り出す攻撃は、何もかもが人知を超えていた。


 剣を振れば地が割れ、ビルが消し飛ぶ。雷を放てば、最小出力でも周囲一帯2キロを焼き焦がす威力である。およそ1人の人間が受けきれない、天然自然の驚異と呼べる規模の破壊の数々を、ケイは情報世界へ逃げ込み続けることで避け続けた。心境は、抗いようのない、荒れ狂う嵐に襲われているような絶望感である。


 エスカリアの都市は、すでに元の姿を見る影もない――――。


 ものの数分の間に、瓦礫の山と化してしまっていた。都市に展開していたエレンディア騎士団や、ベルセリア帝国騎士団。致命的なダメージを受けた剣聖や魔帝、勇者たちの安否は、確かめることすらできない。ただケイを殺そうとするマティアの攻撃に巻き込まれた人々は、今頃は黒く炭化した姿で、残骸の下敷きになっているだろう。それを想像することしかできなかった。


 ……ふとした瞬間に、マティアの猛攻が止んだ。


 それに気づいたケイは、すぐさま物理世界へ帰還して、瓦礫の上に姿を現す。情報世界へ潜り続けることは、水中で息を止めているように辛く苦しいのである。まるで我慢していた息継ぎをするかのように、深呼吸をした。全身は汗だくになっており、肩を揺らして荒い息をするほどに、激しく消耗していた。


 そんなケイを哀れむように、マティアは上空から見下ろして言った。


「……もう(あきら)めろ。この時間は無意味だ」


 バチバチと身体から放電をして、マティアは淡々と続ける。


「真王様に原始の剣(アインセイバー)を砕かれ、俺たちのバリアを突破する方法が奪われた今、お前には俺たちを傷つける手段がないだろう? またさっきのように、俺が油断してガードを下げることを期待しているのなら、それは無駄なことだぞ。もうお前を相手に手加減なんてしないからな」


「くっ……!」


「図星だったか? 哀れだな。今はただ攻撃する方法もなく、無駄に逃げ回って、体力を消耗しているだけだろう。何か勝算の見込めるアイディアを、今更になって考え中か? なら言ってやるよ。設計者(アーキテクト)を相手に、()()()()()()()()()()()()


 マティアは、手にした石の大剣の切っ先を、ケイへ向けて宣告する。


「お前たちヒト種は、誕生した時からずっと、俺たちに勝てないよう、俺たちによって設計(デザイン)されているんだ。設計された者が、設計を上回ることなんてないだろう。もう(いさぎよ)く諦めて、俺の前にひざまずいて見せろよ。……そうすれば、せめて楽に殺してやっても良いんだぜ?」


 嘲笑(あざわら)っているマティア。

 都市の墓標とも呼べる瓦礫の山の上に立ち、そこからケイは、苦々しい顔で(にら)み返すしかない。


 降参するつもりなどなかった。

 だが、マティアが指摘する通り、勝てる算段もない。


 天狼星の鎧の力で、破局的な攻撃の数々を避けることだけはできている。しかし反撃に転じる機会も、作戦も存在していない。天変地異も同然の相手だ。自然の驚異を、暴力でねじ伏せる方法を考えているのに等しい状況だ。何も思いつかず、ただ時間だけが過ぎている。それはマティアの言う通り、無駄な時間と呼べるかもしれないだろう。それでも、そんなことは百も承知で挑んでいるのだ。


「ここで負けを認めたら、それは人類の滅亡を認めることと同じだ……なら戦い続けるしかないだろう!」


「認めるとか、認めないとかの問題じゃないんだよ! 現実をよく見るんだな!」


 マティアの一振りが、ケイの立っていた瓦礫の山を吹き飛ばす。間一髪で、情報世界へダイブしたケイは、それを避けている。事態は再び、雑に周囲の空間を破壊していくマティアと、逃げ回るケイという構図に逆戻りである。それまでと確実に違うのは、ケイは“疲労”しているという点だ。これ以上、マナダイブを続けていれば、数分もしないうちに体力と集中力の限界がきて、マティアの攻撃に薙ぎ払われてしまうだろう。時間は少なかった。


「どうすれば……あんな超弩級の化け物を相手に勝てるんだ……!」


 焦る気持ちを誤魔化し、自分へ言い聞かせるよう、ケイは逃げ回りながら呟いた。


「考えろ……考えろ……! どんな相手にも、必ず攻略点があった! お前は何度も、それを見抜いて、これまで生き延びてきただろう、雨宮ケイ……! 死ぬ気で考えるんだ……!」


 これまでのことを考える。


 機人(エルフ)の王は言っていた。設計者(アーキテクト)の本体は、EDEN(ネットワーク)上に存在している巨大情報生物であり、ケイたちの前に現れている人の姿は、肉体容器(アバター)に入って、人間社会へ干渉するための姿であるのだと。肉体というハードウェアを有しているのなら、それは()()()()()()()()()なはずである。本体である情報体にまでダメージを負わせられるのかは未知数だが、それだけは確実なことだ。実際に、遅効装甲(コラプサー・シールド)を解除していたマティアに対して、ケイは剣によって傷を負わせることができたのだ。


 シールドさえ何とかできれば、ケイはマティアの肉体(アバター)を破壊できる。

 その方法を考えれば良いのだ。


 簡単なのは、原始の剣(アインセイバー)によって、防御無視の一撃を与えることだが……マティアが言うように、必殺のその剣は砕かれ、以来、召喚することができなくなってしまっている。原始の剣(アインセイバー)は使えない。


 必殺の剣が無しで、どうやってシールドを突破すれば良いのか。

 

「……」


 1つだけ。知っている方法があった。

 だがそれは、ケイの力だけでどうにかできるやり方ではない。


「どうした! まだ反撃の手は思いつかないのか! ならこのまま、殺されるしかないな!」


 マティアの剣の一撃。珍しく、当たり判定を改ざんした遠距離斬撃ではなく、ケイの間合いに入った、近接の一振りだった。疲労の色が濃くなっていたケイは、反応が遅れてしまう。ついに避けきれず、その攻撃を、手にした剣で受け止めるハメに陥ってしまう。


 受け流しの極意である静剣を使うが、それで殺せるダメージには限界がある。核爆弾の破壊力を受け流しきれないように、あまりにも高い攻撃力は、その幾ばくかをダメージカットできても、大半は直撃することになる。まるで爆風を正面から浴びせかけられたような衝撃を受けて、ケイは後方遠くへと弾き飛ばされてしまった。いくつかの瓦礫の山へ背中からぶつかりながら、ケイの身体は勢いよく後方へ投げ出される。やがて突き刺さるようにして、背後遠くにあったビルの壁面へめり込んだ。


 吐血。


 鎧は無傷だった。しかしケイの全身の骨は折れた。折れていない骨にも、ヒビが入っているだろう。それがわかるほどの激痛で、気を失いそうになる。今ので、臓器がめちゃくちゃになってしまった感触もある。吐瀉物(としゃぶつ)として喉をこみ上げてくる血液の量が、それを物語った。たった一撃を、静剣で受け流しながらも、これほどのダメージである。直撃だったら即死していただろう。


 右腕が折れてしまっている。

 手の指もめちゃくちゃに曲がり、何本かは千切れていた。

 握力のなくなった手中から、剣が転げ落ちてしまう。


「しまっ……た……!」


 唯一の武器を取り落としてしまったケイを、マティアは冷ややかに見下ろして言った。


「無様だな。弱すぎるよ」


 めりこんでいた壁から身を乗り出して、何とか地を這いながら、落とした剣を拾おうとしているケイ。それを見ながら、ますます小馬鹿にする。


「特異点と言っても、所詮は人間。設計者(アーキテクト)たるアデルの剣の加護がなければ、この通り。これまではアデルの力の無敵感に酔っていたんだろうが、その力を取り上げてしまえば……お前も他と同じか。地べたを這いずる、弱小なヒトもどきの実験動物だ。原始の剣(アインセイバー)を失ったお前から、魔王様が急速に興味をなくした理由が、なんとなくわかったよ。こうしてお前なんか、いつでも簡単に殺せるからだ」


 破損している右腕の再生には、時間がかかりそうだった。臓器へのダメージもひどく、しばらくは激しく動き回ることができないだろう。まさに今の一撃は致命傷だった。


 マティアの次の攻撃までに、再生が間に合わない。それでも戦う意思は失わず、まだ無事な左手で、ケイは何とか剣を拾い上げる。リーゼが製造した、原始の剣(アインセイバー)の代理の武器。今の、理外の一撃を受け止めてもなお、何とか健在な様子だった。だがこれは、原始の剣(アインセイバー)ではないのだ。そう何度も、マティアの攻撃を受け止めて無事では済まないだろう。


「……?」


 剣を拾い上げたケイは、奇妙な違和感に気がついた。


「剣身が……光っている……?」


 刃へ、ほのかな青白い光が灯っているように見えたのだ。さっきの攻撃のダメージで、視力に異常が生じているのかとも思ったが、そうではない。剣を手にした途端、ケイの瞳のAIV(アイブ)画面へ、得体の知れないアプリケーションが立ち上がる。


 ――――理外攻撃反応を検知。敵タイプ、設計者(アーキテクト)マティアと推定。


 ――――プログラム選択、マティアキラー・モード。


 ――――剣身エネルギー充填量、99.2パーセント。


 ――――緊急プロトコル機能発動可能水準。起動スタンバイ。


 ――――プログラム名『今すぐこれを起動して、ケイ!』。


「!?」


 すぐに察しがついた。このアプリケーションは、リーゼの剣に仕込まれていたものだ。この剣を手渡してきた時の、リーゼの言葉を、今さらながら思い出す。


 剣には――――“特別な機能”をつけておいた。


 もう一度、ケイが真王に会おうとするなら、必要になるのだと言っていた。それが今、マティアの攻撃を検知して、自動起動したのではないだろうか。謎のアプリケーションは、ケイの実行指示を待っている様子だった。


 マティアは大剣を高々と掲げて、トドメの一撃を振り下ろす直前だ。


「もう良い。きっと俺も、お前に飽きたんだろう。そろそろトドメをくれてやるさ」


「迷っている暇はないか!」


 やられる前にやる。

 ケイはAIV(アイブ)の実行確認画面を操作して、実行許可を与えた。


 刹那――――剣から一瞬だけ黒い光が放出されたように見えた。


 バチンと、マティアの頭部から、何かが弾けるような音がした。そのままマティアは、糸の切れた人形のように、手足をダラリと垂らして、手にしていた大剣を取り落とした。宙に浮かんだままではあったが、そのままマティアは、動きを止めて隙だらけになる。


 マティアは驚愕した表情で、焦った声を漏らす。


「バカな……! これは、機人(エルフ)どもの……!!」


 ケイは、その現象を見たことがあった。

 だからすぐに、何が起きたのかを理解できた。


 設計者(アーキテクト)が自然法則を無視するという途方もない力を振るうためには、超高速の情報処理を要する。その実現のために、設計者(アーキテクト)肉体(アバター)は、通常の生物では考えられないほどに大量の経路(リンク)によって繋がれている。その糸の大半を、強制的に切断することで弱体化させることができるのだ。効果が永続的に続くわけではないが、一時的にスタンさせることはできる。


「この剣、まさか――――()()()()()()()の機能を持ってるのか!?」


 マティアは視力も失ったのだろう。

 目の瞳孔が開いて、(うつ)ろな表情になっている。

 まるで目を開いたまま、気絶しているようにさえ見える。

 だが、唇だけはハッキリと動いていた。


「くっ……ぐぅっ……! まさか……また、こんなことが! ラプラスの眼を“組み込んだ剣”だと……! この周辺一帯の経路(リンク)接続を、一斉に切断するなんて……!」


 スタン効果が、あと何秒もつのかわからない。だが今なら、確実に遅効装甲(コラプサー・シールド)は無力化できているはずだ。シールドは下がっている。


 つまり、物理攻撃が通るのだ。


 痛む左手で、血と共に剣の柄を握り込む。苦しみで、今にも途切れそうな意識をつなぎ止めながら、ケイは最後の力を振り絞るようにして、高く跳躍した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 雄叫びと共に、ケイはマティアめがけて突撃した。

 剣に慣れない、利き腕ではない方の手で、やけくそ気味に横薙ぎを繰り出す。

 案の定、剣先はひどくぶれたが、それでも目的を達することはできる。


 人工惑星アークが、AIたちに支配されて2500万年以上。

 ただの弱い人間の一撃が、初めて、無敵の設計者(アーキテクト)の頭部を斬り飛ばした。




ストック話数がなくなって、更新が不定期になってしまっていますので、書き溜めしてペースを取り戻そうと思います。少しの間、休載して書きます。

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