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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
13章 第2次星壊戦争

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13-61 プログラムナンバーMDW99992



 設計者(アーキテクト)


 この人工惑星アーク内に張り巡らされたマナネットワークを、自在に操ることができる権限を与えられた、人類を管理している人工知能である。自然現象を自在に制御するどころか、物理法則さえもねじ曲げ、力を振るう。それは神も同然と呼べる能力だ。この世の(ことわり)に縛られないその一撃は、相手との距離を無視して必ず命中し、威力さえも思いのままである。恐るべき戦闘能力は、機人(エルフ)族の国を襲撃した時にも、十分に発揮されていた。


 勇者。剣聖。魔帝。


 アークでも屈指の戦士たちが、その一撃の前には、あっけなく全滅させられてしまった。それもそのはず。必中の即死攻撃は、物理法則に縛られて生きている人間種では、抗いようもない暴力だ。いかに鍛えられていようとも、回避することなどできない。


 設計者(アーキテクト)と、人間種との戦闘能力差は、もはや歴然の差である。

 赤子の手を捻るがごとく、マティアはエスカリアに存在するすべての人間を秒殺できるはずだった。


 だが――――たった1人の“例外”が、マティアをイラつかせている。


「雨宮ケイ……」


 遠く彼方の山嶺(さんれい)まで爆砕させた強撃を、ケイは回避して見せたのだ。青白い光を放つ鎧を身にまとい、その背部スラスターから噴射されるエネルギーによって、マティアと同様に宙へ浮かんでいる。そうして剣を手に構えて、敵対の意思を見せている。


 マティアからすればケイなど、所詮は文明実験の産物として生まれた、取るに足りない実験動物の1人だ。像から見た、(あり)も同然。そんな矮小な人間ごときが、設計者(アーキテクト)の自分と、戦うつもりでいるのだから、面白くはない。実験動物に手を噛まれれば、良い気などしない。ましてや、今ので対等であるなどと思われているのだとしたら、マティアには、こみ上げてくるものがある。


「……すでに察していると思うが。俺の通常攻撃は、持ち前の演算能力によって、物理法則を改ざんしながら放たれる一撃だ」


 マティアは、討ち損じたケイを(にら)みつけながら語る。


「敵との距離がどれだけ離れていようと関係なく必中するし、この武器の素の攻撃力に左右されずに、破壊力も自在に操作できる。攻撃を放ったという事実に、当たったという判定結果を付与できるんだよ。勇者も、剣聖も、魔帝も、今の一撃で葬ったに等しいのに……お前だけは“()けた”だって?」


 本来は、ありえないことなのだ。

 そんなことが、人間にできるはずないのだ。


 マティアの疑問に、ケイは答えない。敵がトリックに気がついていないのに、わざわざタネ明かしをして、親切に教えるつもりなどないのだろう。


 何も言わず、ただマティアの視界から消え失せた。


「!」


 瞬く間もなく、ケイはマティアへ肉薄し、手にした剣で斬りつけてくる。反射神経に頼り、咄嗟にそれを巨剣で受け止めるが、まくし立てるような連撃を繰り出すケイの攻勢に押されてしまう。互いに宙空に浮かびながら、地を駆けるように自在に動き回るケイには圧倒された。


「くっ……!」


 ケイの攻撃を避けきれず、マティアは体のあちこちにかすり傷を負ってしまう。設計者(アーキテクト)を相手に、攻撃が通ったことに、ケイは驚いた。


「なんとか戦えている……のか?」


 マティアは、ケイの動きに対応しきれていない。動きを捉えきれていないため、攻撃への反応が遅れ気味になり、結果として傷を負っているのだ。


「リーゼのお母さんからもらった、この天狼星の鎧のおかげか。さすが、機人(エルフ)族に受け継がれてきた、設計者(アーキテクト)たちへ対抗するための切り札だ。託された想いに、応えてみせる!」


 ますます攻撃の勢いを増すケイに、マティアは怒り心頭である。


 絶対無敵だった設計者(アーキテクト)が、人間に圧倒されるなど、ありえない。その事実は、これまで戦闘で、敵に追い詰められたことなどないマティアのプライドを傷つける。


設計者(アーキテクト)であるこの俺が、人間ごときに……!」


「!」


 マティアの肌を(かす)る剣の感触に、変化が起きたことをケイは察知した。攻撃は当てられるものの、その刃の先が、マティアの皮膚を傷つけることができなくなったのである。まるで見えないバリアが展開され、その表面を刃が滑るような手応えである。


「この感触……企業国王(ドミネーター)の身体を守っているバリアと同じ、遅効装甲(コラプサー・シールド)か!?」


「まさか反撃されると思っていなかったから、油断してガードを解いていただけだ。本来なら、お前の攻撃なんて、直撃したところでダメージにさえならないんだよ」


 マティアはケイの斬撃を弾き返し、間合いを離す。

 そうしてケイの動きを解析した。


 物理的な移動プロセスではない。空間中を物体が移動しているのであれば、たとえ光の速さであっても、それをマティアが見失うことなどない。だが目の前にいたはずのケイは、物理的にこの世界から消え去って移動しているのである。


 物理的な消失を(ともな)った、瞬間移動とも呼べる超高速移動。

 こんなものは人間にできる動きではない。


 幾度か刃を交わしながら、マティアはケイの戦闘データを収集していた。これまで観測してきたデータと、前回の機人(エルフ)族の国で戦った時のデータを参照し、現在のデータと比較照合する。そうしてすぐに、手品のタネが、得体の知れないケイの鎧にあることを察した。


「……そうか。その鎧。情報世界(マナ・ネットワーク)潜入(ダイブ)して、物理世界と行き来する機能を持っているんだな。一時的に物理世界から消失しながら移動することで、俺の物理攻撃の適用範囲から外れている。そんなところか?」


「気づくのが早いね」


 ケイは素直に感心した。

 それを馬鹿にされたように感じたマティアは、さらに苛立ちを(つの)らせて言う。


「どこでそんなものが開発されて、お前の手に渡ったのか知らないが。たった1度、魔王様が目こぼししただけで、これだけ脅威度を増したんだ。今までもそうだが、お前は強敵と戦うたびに、異常なまでに強くなる性質がある。ここでもう1度、お前を逃がしたなら……おそらく取り返しのつかないことになる」


 マティアの手から、巨剣が消失した。

 武器を虚空にしまい込み、マティアが空手になったのを見て、ケイは怪訝な顔をする。

 やがて、ゾッとするほどの、ほの暗く冷たい眼差しでケイを見つめて警告してきた。


「――――やはりお前は、真王様にとっての“脅威”だよ。ここで確実に消しておかなくちゃな」


 そう言うマティアの背後に、脈絡なく、赤い光の巨壁が現れた。


「!?」


 ケイは驚く。光の壁のように見えたそれは、よく見れば、輝く文字や数値の羅列である。ところ狭しとひしめく制御言語(ロゴス)が、まるで壁のように展開されて見えているのだ。そうした光の文字が虚空にひらめく現象を、ケイは何度か目撃したことがある。たしか、ジェシカが魔術を使う時である。大規模な魔術を発現する直前に、術者の周辺のEDEN(ネットワーク)が、そこに放流される大量の現象理論(プログラム)によって輝いて見える現象だったはずだ。


 マティアの放つそれは、ジェシカの魔術の規模よりも遙かに大きい。


「腹立たしいが、この肉体(アバター)の戦闘能力で、お前と近接戦をするのは面倒なようだ。だから趣向を変える。直接攻撃の効果が乏しいなら“範囲攻撃”を試してやるよ」


「何をする気だ!」


「俺がなぜ“雷”の設計者(アーキテクト)と呼ばれるのか。その意味を教えてやるのさ」


 急激に空は雲に閉ざされ、周囲が暗くなっていく。


 動画の早送りを見せられているかのような速度で、先ほどまで晴れていた空が雷雲に閉ざされ、エスカリアの街は夜のような暗闇に閉ざされる。ギラつくように雲の内部で蠢く雷鳴が、ゴロゴロと威嚇するような音を放っていた。


現象理論(プログラム)ナンバーMDW99992起動――――アルターコード“閃滅”」


 マティアは死の宣告であるかのように言い、瞳に赤い光を宿らせて薄ら笑んだ。


 直後――――想像を絶する“大破壊”が起きた。


 天から。地面から。虚空から。エスカリアの街のあちこちで大規模な放電現象が生じ、それらが瞬く間に、光の大蛇の群れと化して、都市全体のあらゆる場所を這い回り、穿(うが)ち、破壊する。マティアが放った得体の知れない魔術は、雷撃による単純な対地攻撃などではない。蒼暦都市エスカリア全土、全空間を埋め尽くすように展開された、密度の高い三次元的な雷攻撃だ。エスカリアの街を外から眺める者がいたなら、おそらく、まばゆい光の塊に見えたことだろう。その内部に存在するすべての建造物を焼き尽くし、全ての生物を感電死させて黒炭と化す攻撃なのだ。まるで核爆弾でも落とされたような強烈な閃光と、鼓膜を破裂させるほどの轟音を伴い、すべてが白色の光の中にかき消えた。


 それは、ケイ個人を狙った攻撃というには、あまりにも大規模すぎる。


 マナダイブによって、情報世界へ一時退避することで、ケイはその破壊の渦から逃れた。だが情報世界へ潜るのは、水中に潜るのと同様で、長時間の潜行では体力を消耗するのだ。十数秒に渡る長時間の潜行から戻ったケイは汗だくで、相当に消耗して息切れをしていた。


 そうして、周囲に広がる絶望的な破壊の攻撃に唖然とする。


 漂うオゾン臭と、何かが焦げた匂い。ビルディングの並ぶ大都会の風景は、何もかもが雷によって焼かれ、黒くすすけて白煙を上げていた。今の攻撃に、まともに巻き込まれた人間がいたなら、生存者など皆無だと確信できた。防御策もなく、撤退もしていなかったとしたら、ベルセリア帝国騎士団も、エレンディア騎士団も、一瞬のうちに焼き尽くされて全滅していることだろう。


 あまりにも簡単に、あまりにも早く、ただの一撃で、都市1つが全滅してしまったのだ。


「勇者や剣聖が、たった1人で戦局を変える存在……なら、これはそんなものじゃないだろ……!」


 背筋が凍る。


 いまだ雷鳴の轟く暗雲を背負ったまま、この殺戮の景色を生み出した張本人、マティアは、余裕の笑みを浮かべて、上空からケイを見下ろしている。美しい少女の姿をした、悪夢そのものだ。


 人知を超えた、あまりにも強大な設計者(アーキテクト)の本領を目の当たりにしたケイは、絶望で心が折れそうになってしまう。以前に、機人(エルフ)の王、ラプラスが言っていた、マティアの呼び名を思い出す。


 ――――“文明の処刑人”。


 納得した。

 それを見上げながら、ケイは冷たい汗をかいていた。


設計者(アーキテクト)マティア。これが、たった1人で“文明を滅ぼせる存在”かよ……!」


 これほどの力を持った怪物を、倒す方法などあるのか。

 刃を交えることはできても、傷つけることはできないではないか。

 しかも、一瞬で都市を滅ぼす規模の魔術を放ってくるような相手なのだ。


 また逃げるべきではないのか。


 弱気になりそうな心を、ケイは懸命に否定する。

 逃げたところで、相手は現代人類を滅ぼそうと考えている天敵なのだ。


「アレに勝たなければ……オレたちの未来はないんだ……!」 


 自らを奮い立たせるように呟くと、ケイは再び、手にした剣へ力を込めた。





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