13-57 探索許可
聖団地下大墓地の浅層。
侵入者であるトウゴたちを迎撃するため、展開していた聖団の防衛部隊は一時解散し、今は各自の持ち場へ戻っていった。そう指示したのは、現場指揮官である金髪の修道女。シスター・ルリアである。
「こりゃあ、命拾いできたか?」
「雷火の魔女。いや、ジェシカちゃんだったか? あの子と、聖団部隊のリーダーが、運良く知り合いだったみたいだが……どういう関係なんだい、あれは」
「さあな」
セイジに尋ねられたトウゴは、肩をすくめる。
ジェシカに縋り付くようにして泣いているシスターを、トウゴたちは遠目に見守っていた。
代わりに、推測を口にしたのはリーゼである。
「ジェシカは、あの金髪の女の人を“シスター”って呼んでいたよ。詳しいことは、あまり話してくれたことがないけれど。時々、ジェシカやエマの口から出てくる名前だったはず。もしかしたらあれが……ジェシカとエマの、育ての親なんじゃないのかな」
「……なら、家族ってことか」
「シスターの見た目は魔人族じゃないし、血は繋がっていないと思うけどね。それでも、あの2人にとっては、かけがえのない人なんだって、いつも口ぶりから感じとれていたよ。きっとジェシカたちが、心底から人間を嫌っていないのは、あの人のおかげなんじゃないかな」
◇◇◇
「ジェシカ……。あの小さかった私の娘が、こんなにも大きく育って……!」
「もぉ~、シスター。いつもすぐ泣くんだから! ほっぺたくっつけないで! 抱きつかないでよ、恥ずかしい……!」
人目も憚らず、シスターはジェシカを抱きしめてベソをかいている。しばらくそうした後に、我に返ったのだろう。慌てた様子で、問い詰めてくる。
「いったいどうして、あなたがこのような場所に……。いいえ。それよりも前に、エマも無事でいるのですか? アーク全土が戦時下になってから、あなたたちとの連絡が途絶えて……どれだけ心配していたことか。あなたと同じように、エマが無事でいるように、毎日ロゴスへ祈りを捧げていたのですよ?」
『私ならここにいるよ、シスター!』
「……!?」
いきなり虚空からエマの声が聞こえ、シスターは驚いている様子だった。キョロキョロと周囲を見渡すが、エマの姿は見えない。困惑し、動揺しているシスターの様子を見て、ジェシカは思わず頭を抱えてしまった。ただでさえ、ジェシカとエマのことを溺愛しているシスターに、今のエマの状況をどう説明すれば良いものかと、思考を巡らせる。下手に説明すれば、おそらくショックで気絶してしまうだろう。そうなれば、話がややこしくなってしまう。
ジェシカは、シスターをなるべく動揺させないように説明してみる。
話を聞き終えたシスターは、案の定、ボロ泣きを始めてしまった。
「うぅぅ! 肉体を失うなんて、ひどすぎます! アルテミア・グレイン! 我等が七星を人質に取るどころか、私の娘たちになんてことを! 許せません! ああ、エマ……! なんてかわいそうに……!」
「あちゃ~……やっぱり泣かせちゃったわ」
『あぁ~! ほら、シスター、また泣かないで! 一生このまま元の肉体に戻れないって、まだ決まったわけじゃないし。お姉ちゃんの傍から離れさえしなければ、意外と今は何とかなってるんで……!』
「うわあああああん!」
肉体を失っているエマ当人ではなく、シスターが代わりに大泣きを始め、慰められている状況である。先程までの鬼気迫る態度から一変し、子供のように肩を落としてベソをかいている。最初の印象とはだいぶ違っているシスターの様子を遠巻きにしながら、トウゴたちは困った顔に、笑みを浮かべていた。
◇◇◇
シスターが落ち着いて、気を取り直したところを見計らい、トウゴたちは事情を打ち明けた。本来ならば歓迎されない、ロゴス聖団の聖地へ侵入した者たちの話であっても、ジェシカやエマの仲間の言葉ともなれば、シスターは真剣に耳を傾けてくれた。
だが、あまりにも突拍子がない話であったため、困惑の様子は隠せない様子だった。
「人工惑星アーク……それに、アルテミアに殺害されたはずの真王様が、実はまだ生きていて、今の私たち人類に愛想を尽かし、滅ぼす判断を下したと……?」
「簡単には、信じられないわよね……。でも私たちがこれまでに見聞きしてきた事実は、今話した通りなの」
「……」
『真王は、この第2次世界戦争の様子を観察していて、次の文明実験に生かすための、フィードバックデータを収集しようとしているみたいなんです。そのデータ収集が完了すれば……この時代の人類文明は用済みになります。その後はきっと、途方もない大量虐殺が始まるはず……』
「俺たちは、その時に備えて、真王に対抗できる力を手に入れる必要があるんだ」
トウゴの目的は、それに加えて“ミズキを人間に戻す方法”を手に入れることでもあったが、敢えてその話はしなかった。話をややこしくしたくなかったからである。
情報量の多さを咀嚼しきれず、シスターは言葉を失ってしまう。
だがやがて、気を取り直して真顔になった。
「……あなたたちの話の真偽は、今の私には確かめようがありません。ですが、あなたたちが、あなたたちの信じる正義と目的のために、この聖団地下大墓地の深層へ潜りたいのだということは、わかりました」
わざとらしく、咳払いを挟む。
「たしかに聖団は、この聖域の最奥部に何があるのかを見極めたいと考えていますから、正規の手続きを取った、探検を希望する冒険者たちへ、ダンジョン探索の許可を与えています。あなたたちの場合は、手続きを行っていませんから、侵入者の扱いを受けましたが……この現場を取り仕切る私の権限で、探索許可を与えることはできます」
「なら、この場で俺たちに探索許可をくれるのか?」
「……」
レオに尋ねられたシスターは、苦虫を噛んだ表情になる。
思わず、ジェシカの方に目を向けていた。
それは、娘の安否を不安に思っている、母親の顔であった。
シスターが返事を濁して黙っていると、トウゴが言葉を挟んだ。
「……少し、気になっていることがある」
全員の視線が、トウゴへ集まる。
「たしかに俺たちは、無理矢理にダンジョンへ潜入しようとした、侵入者だ。入る前に発見されたし、それを排除するために、ルリアさんたちの部隊が迎撃してくるのは、自然な流れだと思う。けれど……少数の俺たちを迎撃するにしては、少しばかり人数が多いんじゃないのか?」
「……」
「まるで、他国の軍勢から攻め入られるのに備えていたくらいの頭数で待ち伏せされて、正直なところ、かなりビビった。侵入者を迎え撃つために、普段からこの人数で常駐しているんだとしたら……過剰な警備に思えるぜ。聖団地下大墓地は、ダンジョンなんだ。入っていくこと自体が自殺行為なんだよな? やたらめったら、勝手に侵入しようとするヤツなんて、そうそういないだろ。しかも今は戦時中。わざわざ危険を冒してまでダンジョンへ入ろうなんてバカは、俺たちくらいだ。なら誰も立ち寄らないだろう場所に、これだけの兵力を置くのは……どうにも妙だ」
シスターは、感心した表情をする。
「鋭いですね。ええっと、たしか……」
「峰御トウゴだ」
「いつも娘たちがお世話になっております」
「あ、いや。はい。ご丁寧にどうも……」
いきなりお辞儀をされて、トウゴは調子を崩してしまう。
自覚がないマイペースで周囲を乱しながら、シスターは真剣な顔で答えた。
「トウゴさんが仰るとおりです。我々は、普段からこの人数で聖団地下大墓地を守護しているわけではありません。戦時中に、これだけの人員をこの場に配置しているのは、それなりの理由があります」
「と言うと?」
「これは、外から攻め入られることに備えた守りではありません。内側……つまり聖団地下大墓地の内部から、溢れ出ようとする者たちへの備えです」
「内部から溢れ出ようとする者……?」
シスターの表情が陰る。
「この聖地の深層に巣くっている者たち――――“異常存在”です」
トウゴは怪訝な顔をした。
「たしかに、ダンジョン内には異常存在どもが蠢いているって話を聞いてるぜ。けれど、外に出ようとする奴等は、それほど多くないんだろう? それでも、普段からこれだけの警備が必要なくらい、強力なのが出てくるのか?」
「普段なら、こんなことはありませんでしたよ。魔国パルミラをご存じですね?」
唐突に話題を振ってくるシスターに、トウゴは応えた。
「……元バフェルト企業国が、国名を改めた新国だな。企業国王のコーネリア・バフェルトが、実は人間じゃなくて、言葉を話す知恵を持った異常存在だってのを、以前にニュースで見たことがある。実際、俺とレオはパルミラにいたことがあるが……内部は酷いもんだった。あそこにはもう、人間は住めねえだろう。完全に、異常存在たちに乗っ取られた国だった」
シスターは語り出す。
「現在、アークの全土が戦時下に置かれている状況です。各国の戦況や、社会情勢などの情報は、戦争当事者たちによって統制されていますので、これは一般市民が知り得ない情報ですが……魔国パルミラの決起と同時くらいに、世界各地に生息している異常存在たちの活動が、活発化しているのです」
「……初耳だ」
「その影響だと考えられますが、聖団地下大墓地に生息している異常存在たちも凶暴化していて、この聖地から外に出ようとする動きの活発化が見られるのです」
「なるほどな。ルリアさんたちは、俺たちのような侵入者を迎撃するために配置されていたんじゃなくて、凶暴化しているダンジョン内のバケモノどもが、外に出て暴れないように見張っていたわけか」
「そういうことになりますね」
「それなら、戦時中に、こんな人の寄りつかないダンジョンの守りを固めてる理由も納得がいくぜ」
そこで、ジェシカが疑問を口に挟む。
「妙な話ね。どうして異常存在たちは、凶暴化しているのかしら」
「現段階で、これは学者たちの推測なのですが。おそらく世界中の異常存在が、魔国パルミラの誕生と共に、コーネリア・バフェルトの“配下”になったと見られています」
「……!?」
シスターの発言に、全員が驚いた表情を返す。
それが意味することを察したレオが、冷や汗を浮かべながら言った。
「いくらなんでも、冗談がキツい。なら、世界中の異常存在が、魔国パルミラに所属する“兵隊”だということになる。異常存在は、アーク全土のいたる場所に生息しているんだ。それはつまり、バフェルトの部下たちが、世界各地に潜伏していて、一斉蜂起のタイミングをはかっていることにならないか……?」
「まだ可能性の話でしかありませんが、あらゆる状況を想定して、準備しておく必要があるでしょう」
シスターは溜息を漏らし、話を続けた。
「……人の世が終わろうとしている。あなたたちが言う、真王様の話を信じる以前に、そうした気運を感じる情報が多いのは確かです。この大戦の裏で、何かが着実に進行していて、そして私たちの未来が閉ざされようとしている。何か良くないことが起ころうとしている。私自身、最近では、それを強く感じています。人の未来を照らすため。滅亡を防ぐため。あなたたちが、あなたたちなりに行動しているのは、よくわかりました。ですが……」
シスターは、やはり不安そうにジェシカの方を見やった。
「……この先に進むというのなら、凶暴化している異常存在たちとの戦いは避けられません。ダンジョンには、いまだに聖団でさえ確認できていない、未知の脅威が数多く存在しているのです。それでも、諦めるわけにはいかないのですか?」
答えたのは、視線を向けられたジェシカである。
真剣な表情で、力強く即答する。
「ええ。私やエマ。シスターや、大好きなたくさんの人たちの未来がかかっているんですもの。私は戦えるのに、このまま何もせず、その人たちが殺されるのを黙って見ていられないわ」
「ジェシカ……」
『お姉ちゃん……」
泣き虫のシスターは、再び涙を流した。
それは悲しみの涙ではなかった。
「人見知りで、人間嫌いだと言っていたあなたが、他人のために……。もうあなたは、私の手を離れているのですね」
聞こえない、小さな声で、シスターは娘の成長を喜んだ。
ゆっくりとジェシカへ歩み寄ると、その小さな身体を抱きしめて言う。
「わかりました。ダンジョンへの探索を許可します」
「ありがとう、シスター!」
「ただし、条件があります」
シスターはクシャクシャに歪めた泣き顔で、ジェシカへ言った。
「死んではダメです。必ずまた、私のところへ帰ってくるのですよ、ジェシカ。エマ」
「当然よ」
シスターとジェシカのやり取りを聞いていたトウゴたちは、苦笑してしまう。
「やれやれ。通行条件は、ジェシカとエマを無事に親御さんのところへ連れ帰ることか」
「言われなくても、ですよ。危険を請け負うのは、俺たち大人の役割です」
「任せておいてよ! 私がジェシカたちを守るから!」
「ワハハハハ! 民草を守るのは王族の務めだからなあ! 大船に乗った気でいてくれて良いぞ、お袋さん!」
「またこの人は……。自分が王族だとか、余計な情報を積極的に漏らして……」
シスターは、トウゴたちへ深々と頭を下げて見せた。
「皆さん、ありがとうございます。どうかうちの娘たちのことを、よろしくお願いします」
「もぉ~、シスター! 子供じゃないんだから! そういうの恥ずかしいわよ!」
『でもお姉ちゃん、嬉しそうに顔がニヤけてるよ』
「にゃっ!? よ、余計なこと言わなくていいのよ、エマ!」
シスターに別れの挨拶をした後、トウゴたちは和気藹々としながら、危険極まりないダンジョンの下層へ続く階段を下りていく。防衛部隊の僧兵たちと共に、シスターはその背を遠くから見守った。
「偉大なるロゴスよ。どうか……どうか私の娘たちへ、旅の加護を」