13-56 墓守の聖人
入口の黒門を全員が通り抜けた後、ザリウスは持ち前の腕力で、再び扉を閉める。時間稼ぎにしかならないだろうが、そうすることで、追っ手の追跡を遅らせることができるだろうと、考えてのことである。
扉が閉まると、外の音の一切が聞こえなくなる。
同時に光源がなくなり、トウゴたちは足下さえ見えない暗闇に閉ざされた。
ジェシカが火の魔術を使い、頭上に光源となる火の玉を浮かべた。
それによって周囲は広く照らし出されたが、何もない大理石の床が見えるだけで、付近にめぼしいものは見当たらない。ただ、音の反響や空気の密度からも、広大な空間内にいることだけは、すぐにわかった。
「……静かだな」
『それに広いです』
「なんか妙に冷えた空気が漂ってるし、冬着なのに肌寒く感じるわね」
暗闇の中を、少し進んでみることにする。
外観が神殿のように見えていたことからも、予想はしていたが、やはり内部は神殿造りになっている。大理石を敷き詰めた床に、等間隔に並んだ太い柱の数々。そして、やがて光の下に現れたのは、数え切れない十字架の墓標である。
「これ、全部が墓標か……?」
「まさに大墓地と呼ばれるだけのことはある光景だね」
『遺跡マニアのリーゼさんでも、古代の墓地では大人しくなるんですか?』
「そりゃあそうだよ。たくさんの人たちが眠っている場所だもん。もちろん、色々と見て回りたいところや、気になるところはあるけど、墓地ってなんか、はしゃいで見て回るようなところじゃないよね」
「フン。天然アホエルフにしては、TPOをわきまえてるじゃない」
『リーゼさん、偉いです!』
「うう。褒められてるはずなのに、なぜか、あんまり嬉しくないよぉ……」
聖団地下大墓地――――。
ロゴス聖団、アークミラ教派の聖地である。聖団へ統合される前のアークミラ教の信徒たちが、自身の死後に、遺体を安置する場所として希望した、人生の終焉を彩る埋葬地だ。そこに安置されている遺体の数は不明だが、一説によれば2千万体を超えているとも言われている。死体の数だけ墓標が並んでいるのだとしたら、その数は膨大だろう。おそらく地下深くの階層までずっと、この墓場の景色が続いているのではないだろうか。空前の規模である。
「右を見ても、左を見ても、墓だらけ。辛気くせえ景色だなあ、こりゃあ」
ザリウスがぼやいた頃に、地下へ続く大階段が見えてきた。
そこを下りながら、トウゴは元来た後の方向を見やり、怪訝な顔をしてしまう。
「……外の僧兵たち、ダンジョンの中までは追ってきてないのか?」
「みたい……なのかな?」
リーゼが同意する。
聖団の僧兵たちは、侵入者であるトウゴたちの存在に気が付いたのだ。てっきり、すぐに黒門を開いて、トウゴたちを背後から襲ってくるものだとばかり考えていた。先程から警戒しているが、どうにも追っ手の気配を感じない。殺気すら感じない。そんなこともあり、トウゴたちは呑気に歩いている状況である。
前向きなジェシカが、予想を口にする。
「フフン。わかった。これって、ホラーゲームでよくある“管轄外”ってヤツじゃない?」
「管轄外だと? それは何だ?」
「ほら。マップが切り替わると、ゲーム仕様とか、大人の都合で追いかけてこなくなるモンスターっているじゃない。自分の管轄しているエリア内でしか、プレイヤーを襲えない。かわいそうなザコたちよ」
『お姉ちゃん、いくら好きだからって、内世界のゲームやりすぎ。発言がメタいよ……』
「はあ?! アタシがオタクだって言いたいわけ!?」
「え? ジェシカ、オタクさんじゃなかったの? 王国にいた時は、いつも私やアデルに、内世界から取り寄せたアニメやゲームの話ばかりしてたよね」
『リーゼさん、そこはフォローしてあげてくださいよ! お姉ちゃんには、オタクの自覚がないんです!』
「ぐぬぬ、アンタたちねえ……!」
『悔しそうにしてるお姉ちゃん、尊い……』
じゃれ合っている姉妹の会話を横目にしながら、トウゴとリーゼ、そしてレオとセイジは、周囲を警戒し続ける。ザリウスは退屈そうに、アクビをしていた。
階段を下りた先。
地下1階のフロアに出るなり、いきなり目の前が明るくなった。
ジェシカの作った火の玉など、比ではない強烈な光。
正面方向からスポットライトを当てられたのだ。
トウゴたちは目が眩む。
「……!」
目の前に、聖団の僧兵部隊が展開していた。
横一列に並んで、手にしている火気の銃口をトウゴたちへ向けている。
「待ち伏せだ!」
トウゴが声を上げるなり、僧兵たちの発砲が始まる。
咄嗟に、エマが魔術によって床の大理石を隆起させ、トウゴたちを守る壁を作り出した。
その陰に隠れ、ギリギリで銃弾の雨を凌ぐ。
「たしかに、外の奴等は管轄外だったのかもな! こいつらが、ダンジョン内の管轄ってところか!?」
「みたいだね! たしかに、ここは聖団にとって保護管理するべき聖地の1つ! ダンジョン内とは言え、浅層には、こうして防衛部隊が配備されていたわけだね!」
銃弾の雨が止むと、僧兵たちのリーダー格と思われる女が1人、歩み出てきた。長い金髪の修道女である。他の僧兵たちと同様に、ガスマスクで顔を隠している。だが他とは異なり、金刺繍された白いローブを羽織っていた。地位が高いのであろうことが、見て窺える。
金髪の修道女は、ハンドスピーカーを手にして警告を発してきた。
『我等の聖地へ、無断で足を踏み入れる愚かなる者たちよ。その罪がどれほど重いのか、自覚していないことでしょう。構いません。ただ、死を以て償いなさい』
言い終わるなり、修道女の魔術が発動する。
目の前の虚空に、得体の知れない緑色の液体を生じさせると、それをトウゴたちに向けて飛ばしてきた。その液体は、トウゴたちが隠れている大理石へ付着したかと思うと、激しい化学変化を起こして“溶解”させ始めた。
「これは……“酸の魔術”か!?」
「おいおい、ヤバい魔術を使うヤツが混じってやがるじゃねえか!」
氷が熱で溶けるように、ドロドロと溶けて崩壊していく大理石。トウゴたちを守る防壁が消えていくのを見計らっていたように、僧兵たちが発砲を再開してきた。
『なら、数を増やします!』
エマの魔術が再度、発動する。トウゴたちの周囲あちこちで、大理石を隆起させて防壁を作り出す。修道女の酸の魔術によって、それらも次々と溶解させられていくが、トウゴたちは防壁から防壁へ移動し続けることで、何とか僧兵たちの攻撃を耐え忍んだ。
リーゼが光の追尾矢で応戦し、僧兵たちの何人かを無力化する。トウゴとレオ、そしてセイジも、物陰に身を隠して発砲することで、敵の攻撃がリーゼへ集中するのを防いだ。敵の物量の前では、豆鉄砲の威嚇射撃程度の効果しかないが、攻撃の主力となっているリーゼへの攻撃を散らすことはできる。
「クソ! あの金髪修道女の魔術、かなりヤバい! あの強烈な酸は、掠りでもしたら致命傷になりかねないぞ!」
「……あれは“聖人”よ」
神妙な顔をしたジェシカがポツリと、断定するのが聞こえた。
視線を向けたトウゴへ、そのまま語った。
「帝国騎士団で言えば、上級魔導兵に相当する、聖団所属の魔術の使い手ね。聖団における高度な魔術の使い手は、宗教的な意味で尊敬され、高い地位に就くことができるわ。つまり、帝国騎士団よりも競争が激しいから、数は少なくても、個々が良質」
ジェシカが何を言いたいのかを察し、トウゴは結論を代わりに言った。
「噂されている通り、聖人ってのは帝国の上級魔導兵よりも手練れってことで合ってるか?」
『そういうことです! 聖団内は、七星を頂点に、その直下に枢機卿たちがいます! 聖人の地位は、その次位! 上から数えた方が早い、高位役職の人たちです!』
トウゴたちの会話を聞いていたザリウスが、豪快に笑い出した。
「ワハハハ! 相手さんの肩書きは立派なようだが、案じることはねえ。こっちにゃ、雷火の魔女と、狙撃弓がついてる」
そう言って、ザリウスは不敵な笑みを浮かべる。
「――――そして何より、この俺がいるんだからな。負けっこねえ!」
ザリウスはバキバキと拳を鳴らした後、いきなり大理石の防壁から身を乗り出して、銃弾の雨の中に飛び込んでいった。あまりにも非常識な行動を目撃したトウゴとジェシカは、驚愕する。
「何やってんだ! いきなり銃撃戦の真っ只中に飛び出すなんて!」
「死にたいわけ!?」
トウゴたちの制止の声など耳に入っていないのだろう。
ザリウスは単身で、僧兵たちの列へ向かって駆けていく。
「ぬおおおおおおおお!」
雄叫び。強化魔術で強化された肉体は銃弾を弾き、貫くことを許さない。僧兵たちがいくら弾を浴びせたところで、ザリウスには通用していない様子だった。だが銃弾は何とかできたとしても、金髪の修道女の魔術は違う。
「愚かな!」
魔術によって、女は再び、強力な酸性の液体を生じさせ、それをザリウスめがけて放つ。大理石を溶かすような液体である。いくら銃弾を弾く硬質な肉体と言えど、酸の前には無力だろう。浴びれば致命傷。誰もがザリウスの死を確信した。
しかし、ザリウスは非常識だった。
「ふんぬらあっ!」
飛んできた液体を、ザリウスは拳で思い切り殴りつける。
その衝撃によって、液体は粉砕されたように細かく飛び散り、霧散する。
いくらかは酸を浴びたザリウスだが、直撃でなければ、大したダメージになっていない様子である。
そのまま突撃を続行し、腕で薙ぎ払うようにして、僧兵たちの隊列を拳で粉砕していく。
トウゴは、開いた口が塞がらなかった。
「うっそだろ! 酸の液体を、ぶん殴って無力化したのか?!」
「図体がデカいと、自然法則からもはみ出るわけなの、あの野良王族!」
「ああ、まったく。あの人は……! また単騎で、無茶な特攻を!」
「ははは! いつものザリウスさんだなあ。援護してあげよう、レオくん」
セイジとレオは見慣れているのだろう。ムチャクチャなザリウスの戦いっぷりを見て、苦笑を浮かべるだけだ。だがトウゴとリーゼは、あまりにも衝撃的な脳筋攻撃を目撃し、唖然としたままである。
ざわめく戦況を見ながら、エマがジェシカへ忠告した。
『お姉ちゃん……!』
「ええ。気付いてる」
先程からジェシカとエマは、ひどく焦った心境でいるのだ。
「さっきの声に、この魔術。アタシたちは知ってるわ……!」
金髪の修道女を凝視し、ジェシカは確信していた。
答えを求め、ジェシカは思い切って、その名を口にした。
「シスター・ルリア!」
いきなり声をかけられた修道女は、驚いたのだろう。ビクリと、小さく肩を震わせ、ジェシカの方へ視線を向けてきた。そしてしばらく互いに見つめ合い、やがて、何かに気が付いた様子だった。
「………………まさか。ジェシカ、なのですか?」
修道女は慌てた様子で、配下の僧兵たちに「攻撃中止」のハンドサインを送る。すると一斉に銃声が止み、周囲に深い静寂が訪れる。ジェシカと修道女が、無言で見つめ合っていることに気が付いたトウゴやザリウスたちも、何事なのかと、攻撃の手を止める。
「……全能なるロゴスよ。この残酷な戦火の中、私の娘を無事にお返しくださったことに感謝いたします」
修道女は、かぶっていたガスマスクを外した。
覗いた素顔は、おっとりとした顔立ちの美人である。
その目には、涙を湛えていた。




