表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
373/478

13-53 ロゴス聖団



 ベルセリア帝国ローシルト領――――。


 敵国、エレンディア企業国(ユニオン)の騎士団が、銀氷平原を抜けて軍事拠点を作ってからというもの、ベルセリアの各都市への攻撃が一斉に開始されていた。エレンディアとベルセリアの戦線が、ローシルト領内で拡大していく中、戦闘の舞台となってしまった地の住人たちは、戦火を逃れるべく、避難を余儀なくされている。


 ベルセリア市民のおよそ半数は、いち早く行動を始め、内地の大都市へ疎開した。だが、なかなか故郷を棄てる決心がつかなかった人々は、避難が遅れてしまったのである。その結果として、今さらこうして、銃弾が飛び交う戦地の近くを通り、最寄りの非戦闘地域へ逃れることで精一杯だ。


 バックパックを背負い、列を成して歩く市民たち。

 その中に混じり、フードローブをかぶった峰御(みねお)トウゴは、溜息と共にぼやいてしまう。


「……辛気くさい行列だぜ」


 誰も彼もが(うつむ)いて、足下を見ながら歩いている。たしかに、積雪した針葉樹の森の中を進んでいるのだから、転ばないようにそうするのは、やむをえないことだろう。だがおそらく、理由はそれだけではないだろう。意気消沈した態度や、気力のない眼差し。怪我の手当を受けて、包帯だらけになっている者もいる。鬱屈した雰囲気の行列のあちこちからは、すすりなく女子供の声も聞こえてきていて、中には悲痛な嗚咽を漏らして、その場で崩れ落ちる者もいた。


 着の身着のまま。家も財産も捨てて、逃げてきたという姿の者ばかりだ。右を向いても、左を向いても。家族や恋人を失った人々や、自身の暗い未来を憂いている者ばかりが目に止まる。それを見ていれば、気の毒に思えて、重苦しい気持ちになってくるのだ。


「これが、戦争難民ってヤツか」


「こういう行列は、初めて見るのか?」


 隣を歩いているレオが、白い吐息をこぼしながら、トウゴへ尋ねてきた。

 頭を掻きながら、それに答える。


「まあな。怪我人や死体なら、年中見かける商売をやってるが、こうやって、()()()()()()()()境遇の連中が大挙している光景は、よくあるもんじゃねえだろ。見てると実感させられるぜ……世界大戦が始まってんだなってよ」


 レオは苦笑した。


「戦争なんてものは、権力者同士のイザコザだ。巻き込まれるのはいつも、何の罪もない大勢の一般人たちばかりだ。いっそのこと、権力者同士のタイマンで決着をつければ良い」


「なんだか、経験者は語るって感じに聞こえるな。そっちはこういうのを見たことがあるのか?」


「……ああ。何度となくな。魔人(ドワーフ)の国の歴史は、人間の帝国よりも長い。しかも真王のような独裁者が統治しているわけでもなかった。拮抗した力を有した、権力者同士の争いが常だったんだ。これまでに内戦が何度も起きているのさ」


「意外と血なまぐさい歴史を持ってんだな。お前や、ザリウスのオッサンが“追放者”として国を追われたのも、そんな権力者同士の争いが原因ってか? 争っている相手は、たしかオッサンの弟だったか」


「……」


 レオは黙り込んだ。

 あまり話したい話題ではないのだろう。


「ワリィ……。細かい話は現地でって、ことだったよな」


 トウゴは嘆息を漏らした。


「しっかし。この避難民たちの行き先は、あの“ロゴス聖団”の聖都だったか?」


「ああ。これまで聖都は永世中立をうたって、企業国(ユニオン)同士の争いに干渉することはしてこなかったが……どうやらアルテミアには、そんな口だけは無力だったらしい。すでに陥落させられ、聖団七星であるルシア・クリストを人質に取られたことで、ベルセリア帝国の言いなりになっているらしい。背景事情は色々あるが、この難民たちにとっては、自国内の避難先の1つでしかない」


「ロゴス聖団ね……。中立ってだけあって、争い事には顔を出さない連中だから、商売柄、俺とは接点が少なくてよ。どんな連中なのか、実は詳しく知らねえんだよな」


「お前の仲間。ジェシカとエマが、たしか聖団の一員だと聞いているが?」


 レオに言われて、トウゴの背後を歩いていた赤髪の少女が、話に割り込んできた。


「……まあね。アタシとエマは、一応は聖団の所属よ」


「お? そうだったのか」


「まあ、ケイには話したことがあったけど、たしかにトウゴには、今まで言ったことがなかったかも。っていうか、なんでそこの魔弾密売人は私のこと知ってんのよ、キモ!」


「この俺が……キモい……?」


『お姉ちゃん。レオさんは真面目な人なんだから、トウゴさんと違って、キモいなんて言ったら傷つくよ。かわいそうだよ』


「俺は真面目だと思われてねえのかよ……」


 レオを軽くへこませた後に、ジェシカは腰に手を当てて語った。


「ロゴス聖団は、帝国社会で唯一、真王から直々に“治外法権”が認められてきた巨大宗教結社よ。どこの企業国(ユニオン)にも所属してないし、だからこそ干渉されないことで、自分たちの信仰を守ってきた歴史があるわ。魔術の現象理論(プログラム)構築に使われている“制御言語(ロゴス)”を神聖視する教義で、つまりは魔術の力を奇跡として崇め、その恩寵をアーク全体に行き渡らせようとしているわけよ。宣教兵とかいう連中を、各都市の教会で見たことくらいあるんじゃない? 聖団は各地へ宣教兵を派遣し、各地に安寧をもたらすことで、世界を最適化していこうとしているわ。そうして死後に(イデア)が還る天国、ようするにEDEN(ネットワーク)を良い場所へ変えていけると信じてるの」


「なるほどなあ。良い場所だから死後に天国へ行きたいってんじゃなくて、死後に行く天国を、より良い場所に変えていきたいっていう信仰なわけか」


「まあ、そんなところよ。アタシたち姉妹は別に、そういう聖団の信仰心を持ってるわけじゃなくて。拾って育ててくれた人が、たまたま聖団の関係者だったってだけよ。聖団の所属になってるのは、それだけの理由ね」


『シスター。元気にしてるかな。世の中がこんな状況だと、心配だよね』


「……うん」


 エマに言われて、ジェシカは悲しそうに目を細めた。


 トウゴは、レオに尋ねた。


「それで? この辺で聖都と言えば、たしかにローシルト領の最北端に位置する都市ではあるわけだが、レルムガルズとかいうお前たちの祖国は、北極海の海底にあるってんだろ? 陸地じゃねえ場所だ。まさか聖都に潜水艦でも隠してあって、それを使って海へ潜っていこうってのかよ」


 レオは皮肉っぽく肩をすくめて答えた。


「まさか。戦時中なんだぞ。主要な航路はどこもかしこも、誰に監視されているものか、わかったものじゃない。今だって、こうして難民たちの中に紛れて移動でもしなければ、どこぞの勢力に発見されて攻撃されそうな顔ぶれのパーティーなんだぞ。潜水艦なんて持っていないが、仮にそんなもので普通に海を通過しようとしたなら……北海に展開中という噂のベルセリアの連中か、魔国パルミラのバケモノどもに発見されて、撃沈される可能性が高い」


「正論だが……。なら、乗り物で海を渡らずに、海底へ行く方法があるってのか?」


「そういうことだ」


 レオは皆まで語らず、黙って歩けと言わんばかりである。

 愛想のない態度には慣れたものだが、それでもトウゴは、溜息を漏らしてしまう。


 ザリウスと雨宮セイジ。レオとトウゴ。そしてリーゼとジェシカの6人パーティーで、魔人(ドワーフ)の国を目指している。エマも入れれば7人だろうか。難民たちの行列に紛れ、騎士団の監視の目をかいくぐるようなルートで、ひたすらに雪路を進み続けた。


 北の獣人(ラース)たちの拠点を出発してから、およそ3日後の朝である。

 針葉樹の森を抜けた、雪の平原の向こうに、大きな都市のシルエットが見えてきた。

 それを指さして、ザリウスが豪快な笑みを浮かべる。


「見ろよ。見えてきたぜ」


 トウゴたちは、その荘厳な建物の数々に唖然としてしまう。


 ロゴス聖団の拠点は、アーク各地に8つ存在している。それぞれが聖都と呼ばれており、とりわけ真王直轄区にある第一聖都は、聖王都とも呼ばれている。そこには及ばないのだろうが、元ローシルト企業国(ユニオン)の領土内に配置された、第四聖都も、相当な規模の大都市に見えた。ビルディングが建ち並ぶ一般的な帝国都市とは異なり、宗教的な施設や教会、神殿といった、歴史的な建造物が多く残されている様子だ。遠くから見えるのは、巨大な聖堂のような建造物ばかりだ。内世界(インワールド)で言えば、ローマ史跡が建ち並ぶ、イタリアの景色に近いだろうか。


「あれが――――第四聖都“ヨーハニス”か」


 トウゴは思わず、その名を反芻してしまう。


「すげえ見た目だな、ありゃあ。大宗教の拠点ってだけの貫禄(かんろく)はある。どこもかしこも、教会や聖堂だらけってか。雪の草原の向こうに、いきなり中世ファンタジーな街が現れたみたいじゃねえかよ。つーか、1番でかいあの神殿みたいなのは、もう城って規模に見えるな」


『教会だけじゃなくて、大きな図書館や博物館もあるんですよ!』


「アタシも1度だけ、ちっちゃい頃に連れてこられたことはあったけど。あの都市だけ、何千年も歴史が止まったまま残ってるって感じがするのよね。アルテミアに占領されてるって聞くけど、雰囲気は相変わらずに見えるわけね」


 ザリウスは腕組みをして、トウゴたちへ言った。


「さてと。ヨーハニスについたら、まずは宿を取って腹ごしらえだ」


 フードローブを目深にかぶって、顔を隠しているリーゼが尋ねた。


「宿を取って腹ごしらえって……ベルセリア占領下の都市で、難民がそんなサービスを受けられる場所があるのかな」


「知らん! 俺は休みたいから休むんだ! まあ賄賂(わいろ)に使える金はあるし、何とかなるだろうさ、ワハハ!」


「何がワハハよ! 計画があるんだかないんだか、よくわからない適当なオッサンね!」


「おい! 王に向かって無礼だぞ!」


「だから、俺は王じゃねえってのによ、レオ……」


「あの……みんな静かにしないと、せっかく難民に紛れているのに、目立ってしまうよ?」


 雨宮セイジが、周囲の視線が集まるのを気にして、青い顔で忠告してくる。

 ジェシカのツッコミを気にしてか、ザリウスは咳払いをし、気を取り直して言う。


「とにかく俺が言いたいのは、だな。事を始める前に、まずは英気を養う休息が必要だってこった。なんてったって、これから“ダンジョン”へ潜らないといけなくなるんだからな」


「…………ダンジョン?」


 ザリウスが漏らした単語に、トウゴが怪訝な顔を返す。

 一方で、ジェシカの顔が見る見る間に青ざめていった。


「ちょ、ちょっと待って! 今、ダンジョンって言った?!」


「おお、言ったぞ」


「第四聖都ヨーハニスのダンジョンって言ったら、それってまさか……!」


「ああ。その、まさかだろうなあ」


 ザリウスは不敵な笑みと共に肯定した。


「行かなきゃならんのだ。――――“聖団地下大墓地(ロゴス・カタコンベ)”へ」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ