表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/478

4-5 第138実行小隊



 日は暮れて、すっかり夜になっていた。

 ビルディングに明かりが灯り、都市は(きら)びやかな夜景を生み出している。


 当てもなく、夜の街を彷徨(さまよ)う、制服姿の少女がいた。

 白銀(はくぎん)の長い髪。碧眼(へきがん)。雪のように白い肌。

 眠そうな目をした、無表情な少女だ。

 左側頭部には、美しい赤い花の(かざ)りを付けていた。


 喧噪(けんそう)に満ちた交差点を歩いていると、すれ違う人々の何人もが振り返り、少女のことを見てくる。通行人たちの目を奪ってしまうほどに、少女の外見とは可憐(かれん)だった。だが当の本人には、その自覚は皆無(かいむ)である。


「……帰り道。わかりません」


 考えてみれば、いつもイリアの家の送迎車で、都内を移動していたのだ。

 イリアのマンションまでの帰り道など、わからない。電車の使い方くらいは教わっていたが、どこの駅で降りれば良いのか。それすらわからず、何となく都心の方まで出てきてしまっている。


 ようするに、完全な迷子(まいご)になってしまっていた。


「……私は、いったいどうしてしまったんでしょうか」


 その疑問が、小さな唇からこぼれた。


 冷静に考えれば、1人で帰れないことなど、すぐにわかったはずだった。だが、あの時は今すぐに喫茶店から去りたいという、強い思いで胸がいっぱいだった。自制することができず、つい飛び出してきてしまったのだ。そんなふうになってしまった、自分の気持ちのことが理解できずにいた。


「どうして、こんなに胸が苦しいんでしょう……」


 ケイとユカが、親しそうにしているのを見た途端だった。

 (たま)らなく、胸の奥が(せつ)なく感じたのだ。

 あの2人が一緒にいるところを見ていられなかった。

 だから思わず、逃げ出してしまったのだ。


 大通りの(わき)に、白塗りのトタン壁で仕切られた工事現場を見つけた。鉄骨が()き出しになった、組み掛けのビルが建っている砂地の場所である。重機や資材が置き去りにされている現場には、すでに工事業者たちは残っておらず、無人の様子だった。


 ……ちょうど、静かな場所で1人になりたいと思っているところだった。

 侵入を試みる。


 入り口の鉄柵(てっさく)は、閉め方が甘かったため、細い隙間があった。アデルの小さな身体なら、そこを通り抜けられると考え、身を滑り込ませようとする。途中、胸部の肉がつかえたものの、なんとかすり抜けに成功できた。


 アデルは山積みにされた鉄骨の上に腰を下ろし、そこからボンヤリと、夜空を見上げた。


「……これは人間たちが見ている、偽の景色」


 自分は人間ではない。そのことを思い出す。

 だから偽装(ぎそう)フィルタを切り、()えて世界の真の姿に向き合った。


 黒い霧に(おお)われた、見通せない空。

 そこには、星1つ存在していない。

 周囲には、ネオン管のように光る植物のツタが蔓延(はびこ)り、辺り一面を、ホンノリと薄明るく照らし出していた。その淡い輝きに照らされながら、アデルは膝を抱え、顔を()した。


「こんな苦しい気持ち……スマートフォンの頃にはありませんでした。人の身体に入ってから、今まで自覚できなかった“感情”というものを感じるようになった影響でしょうか」


 思えば人の身になってからというもの、不便だったり、辛かったりすることばかりだ。良いことなんて1つも思い当たらない。人間になってしまったがために、もうケイと一緒に住めないのだと言われた。離ればなれになってしまった。たった1人の家族が、家族ではなくなってしまったように思えた。たまらない喪失感である。


「なら……人になんて、ならなければ良かった」


 悲しそうな口調で、アデルは言葉を漏らす。


 そうすればきっと今も、ケイと一緒に暮らしていくことができたはずだ。

 これまで通り、ケイの1番近くにいるのは自分で、ユカではなかった。


 不思議なことに、アデルの(ほお)一筋(ひとすじ)の水滴が流れ落ちた。

 それは止まることがなく、あふれ出てくる。アデルの視界は、奇妙な水分によって歪んで見えた。


「これは……何でしょうか」


 それすらわからない。

 今の自分は人間でありながら、人間のことが何もわかっていない。

 人間とは程遠い、不完全で脆弱(ぜいじゃく)な、別の何かでしかないように思えた。


「……!?」


 顔を上げて、ふと気が付いた。


 ついさっきまで、無人だったはずの工事現場。

 その暗がりのあちこちに(たたず)む――――無数の“人影”が現れていた。

 いずれもアデルの方を見ており、取り囲むような“陣形”を組んでいる。


「……誰ですか!」


 アデルはその場で慌てて立ち上がり、包囲している者たちを警戒する。


 気付かれたため、身を潜めている理由がなくなったのだろう。

 暗がりの中から、ゆっくりと光の下へ歩み出てきた影たち。

 その背格好やシルエットは、男女様々なようである。

 人数はおそらく10人を超えていた。


 ……最初は、全身に甲冑(かっちゅう)をまとっているように見えた。


 中世の騎士たちが身につける、プレートメイル姿。銀色の(よろい)に、マントを羽織った出で立ち。そんな格好に見えていた。だが明るい場所でよく見れば、そうではないことがわかる。身につけた防具に金属特有の光沢はなく、身体を動かしても、金属同士がぶつかるガチャガチャとした耳障りな音もない。それは、どこの国の軍隊のものでもない。見たことのない、近代的なデザインのミリタリースーツのようだ。腰に提げているのも騎士剣などではなく、重厚な突撃自動小銃(アサルトライフル)である。


 全員が一様に、黒塗りの仮面をかぶって顔を隠している。

 黒仮面の軍隊。

 統率(とうそつ)が取れた動きから察して、そんな印象である。


 リーダー(かく)と思わしき、長身の男が歩み出てきた。

 男はアデルに向かって、話しかけてきた。

 だがその言葉は、日本語ではない。聞いたこともない、異質な言語である。


 アデルに言葉が通じていないことを理解した男は、自分の仮面を指先で何度か叩いた。

 そうしてからもう一度、改めて声をかけてくる。


「おっと、失礼。この白石塔(タワー)での標準語は、日本語とかいう言語だったな。日本語の“拡張機能(プラグイン)”が無効になっていたようだ。これで言葉が通じるようになったかな、 お嬢さん」


 男は肩をすくめて、皮肉っぽく言った。

 言いながら、アデルの間近まで歩み寄ってくる。


「いやいや。わざわざ人気(ひとけ)のないところへ、自分から(おもむ)いてくれるとは。仕事がやりやすくて助かるよ。さっきは、そのお礼を言っていたのさ。改めてだが、ありがとう」


 アデルの目の前に立ち、その顔をマジマジと見下ろしてくる。

 仮面に隠れた男の顔が、どんな表情をしているのかはわからない。

 ただ、深々とした感嘆(かんたん)の声を漏らすのが聞こえた。


「ほう……これはこれは」


 男は、アデルの肩を()()れしく(つか)んだ。

 身体を触られたことに驚き、それを振りほどこうとするが、華奢(きゃしゃ)なアデルの力では、まるで抵抗できない。男の腕力は、アデルの小さな身体を、その場に(つな)ぎ止めてしまう。


「なるほど。フローランスの調査報告にあった通りだ。これはかつてないレベルの上玉(じょうだま)だぞ。過去最高かもしれない。晩餐会(ばんさんかい)の“花嫁(はなよめ)”とするのに相応(ふさわ)しい、申し分がない品質だ。クク。良いぞ……これは報奨(ほうしょう)も、かなりの(がく)が期待できる……!」


「晩餐会? あなたたちは、いったい何なのですか?」


「そう言えば名乗っていなかったか。これは失礼した」


 男はアデルの肩を離し、わざとらしく気取ったお辞儀をして見せた。その男の態度が面白かったのか、部下と思わしき、周囲の仮面の軍勢(ぐんぜい)も、アデルを小馬鹿にして笑う。


「俺たちは第138実行小隊――――(ほま)れある“帝国騎士団(ていこくきしだん)”だ」


「帝国……!?」


 それはアトラスが警告していた、真王に(くみ)する人間たちのことではなかったか。つまり男たちは、真王の配下の人間たちということではないか。


「君の名前は?」


「雨宮アデルですが、それが何か?」


 男はその場で(きびす)を返すと、アデルに一言だけを命じた。


「雨宮アデル――――“ついてこい”」


 ただそれだけを告げ、仮面の軍勢は、全員がその場を去ろうとする。そんな命令に、アデルが素直に従うはずもないのに。言われた通りに、アデルがついてくるのが当然だと、思って疑っていないような態度だ。わけがわからなかったが、アデルは拒否する。


「嫌です。あなたたちについていく気はありません」


「!?」


 アデルの返答。

 仮面の軍勢はそれに驚いた様子で、一斉にアデルの方を振り返った。


「隊長。……コイツ、命令に従いませんよ」


「そんなバカな。どういうわけだ。隊長の“支配権限(しはいけんげん)”が()いていないのか?」


 部下たちが、ざわつき始める。

 まるで、アデルが命令に従わなかったことが、あまりにも想定外な事態だった様子である。リーダー格の男は首をかしげ、自分の左手中指(なかゆび)に取り付けた、銀の指輪を見下ろした。


「……よくわからんな。“指輪”の故障か?」


 怪訝(けげん)(つぶや)いたものの、すぐに気を取り直して部下へ命じた。


「まあ良い。それは後で確認することにしよう。こちらの命令に従わないのなら、原始的な手段を使うまでだ。おい、連れて行け」


「ハッ!」


 言われた部下の何名かが、敬礼して命令を拝受する。

 アデルに駆け寄り、その身柄を取り押さえようとしてきた。


「やめてください! 来ないでください!」


 アデルは身構え、懸命に抵抗しようとする。

 だが手首を掴まれ、簡単に(ひね)り上げられてしまう。


「痛っ……!」


「抵抗するな! おとなしくしろ!」


「おいおい。大事な商品だ。納品(のうひん)前に傷をつけるなよ?」


 力の無いアデルの抵抗など、無意味だった。部下たちは手際良(てぎわよ)くアデルを拘束(こうそく)する。持ってきていたダクトテープを使い、両手首を背後でグルグル巻きにする。口にもダクトテープを貼り付け、(しゃべ)れなくした。身動きも取れず、声も上げられなくなったアデルは、難なく肩に(かつ)がれ、連れて行かれてしまう。


「……支配権限(しはいけんげん)に従わないヤツは初めてだ。奇妙なこともあるもんだな」


 部下たちがアデルを誘拐する背を見ながら、リーダーの男は苦笑した。




 ◇◇◇




 工事現場を一望(いちぼう)できる、すぐ(そば)の高層ビルディング。

 その屋上に(たたず)む、1つの人影があった。


 ボロ布のような、フードローブを頭から目深(まぶか)にかぶった人物。夜風によって、その(すそ)をはためかせている。その背には、大きな“弓”を背負っていた。 


「……」


 眼下の工事現場で、白髪の少女が、仮面の集団に連れ去られていくのを目撃していた。何をするでも無く、ただ一連のあらましを見守っているだけだった。


 今はまだ、その時ではないのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ