13-39 別行動開始
抜き放った剣を、ケイは無言で氷上へ突き立てる。
すると、刃の突き立った場所を中心に、湖面を覆う分厚い氷にヒビが入り、直後、まるで直線を引くように裂けて割れた。前方のケイと、後方で身構えていた仲間たちを分かつ、深くて大きな氷溝。
足場を分かち、ケイは仲間たちと自らの立ち位置を分断してみせた。
「ケイ!?」
「いったい何のつもりよ、これは!」
トウゴたちが、勇者パーティーとの戦闘に参戦できないようにした? そうとしか解釈できない行動に、困惑したリーゼとジェシカが声を上げた。ケイの意図がわかりかねているのは、勇者に兄を殺された、トウゴも同じである。怒気をはらんだ声を上げてしまう。
「雨宮! これはいったい、どういうつもりだ! まさかお前、俺たちを勇者と戦わせねえつもりか! ふざけんじゃねえ! あの野郎は、俺の兄貴の仇なんだぞ!」
後衛のトウゴたちへ背を向けたまま、ケイは氷から、ゆっくりと剣を引き抜いた。
そうして答える。
「……カリフォルニアで再会した時、先輩はボロボロになって戦っていました。あの時、その理由を聞いたら、人間に戻してあげたい女の子がいるって、言っていたでしょう?」
「……!」
「先輩が魔人の国へ行きたい理由って、たぶんその子に関係していることじゃないんですか」
アルトローゼ王国の未来を背負っている、そんなケイたちの邪魔になりたくなくて、自分の私的な目的に巻き込みたくなくて、トウゴは自身の旅の詳細を明かしてこなかった。ただ“個人的な用事がある”とだけ言っていただけなのに、ケイには察しが付いていた様子である。
図星を突かれ、思わずトウゴは口を噤んでしまう。
「言わなくても、態度を見ていれば察しはつきます。オレがアデルを1秒でも早く取り返したいと願っているのと同じように、先輩の目は、何かに焦っていた。誰かのために行動しているのは、見てわかりましたよ」
「雨宮、お前……!」
「なら怒りに飲まれて、目的を見失わないでください。今の先輩の優先順位は、勇者を相手にすることじゃない。感染能力者。いいえ、ミズキさんを元に戻してあげることでしょう。その前に、こんなところで怪我なんかしていられないはず。それに、ここはベルセリア帝国領。悠長に戦っていたら、いくらでも増援を呼ばれてしまいます。構っていたらキリがない」
トウゴを振り返り、ケイは微笑んだ。
「万全の状態で、急いで魔人の国へ向かってください。ここは、オレだけで十分ですから」
ケイの発言を聞いて、トウゴは耳を疑う。
「相手は勇者パーティーなんだぞ!? たった1人で、それと戦おうってのか……!?」
「今のオレなら、できるから言っているんです。それに、1人で戦うわけじゃありませんよ。周囲を包囲している連中は、実力で及ばないオレへ攻撃してくることはないでしょう。代わりに、先輩たちを追撃するはずですから……それはみんなで戦ってください。そして何とか、振り切ってください」
「雨宮……!」
「今はまだ、敵討ちの時じゃない」
「……」
押し黙るトウゴ。
ケイは、リーゼやジェシカたちに向けても告げた
「ここからもう、別行動の予定だったろう? みんな、必ず生きて再会できると信じてる」
微笑みかけるケイの表情は少し寂しげである。だが、これまで背負っていた心の陰を吹っ切れた、晴れやかな表情にも見えた。それを見て、リーゼとジェシカは、なぜか涙ぐんでしまう。
リーゼは、背後のハンナとアトラスへ忠告した。
「……ハンナ、アトラス。はぐれないようについてきて」
「……良いのか、リーゼ殿?」
「ちょっと、リーゼ?!」
「承知していたことでしょう? ここから私たちは、ケイと別行動。ケイが冒そうとしていた危険は、こういう状況だって想定していたはず。とても過酷な道のりだって……わかっていて、私たちは送りだそうとしていた。ケイの実力を信じてね」
「……」
親友に諭され、ジェシカは帽子を目深にかぶり直し、悔しそうに歯噛みした。
そして、ケイへ向かって声を上げる。
「アンタの方こそ、アルテミアなんかにやられるんじゃないわよ! また2年も、アンタを探し回る旅なんて、ごめんなんだから!」
「ケイ、死んだらダメだよ! 私たちの種族は、あなたに未来を託した! 次に会う時は、必ず無事で、アルトローゼ王国で!」
エマの風の魔術が発動し、ジェシカたちの足下を包む。滑りやすい氷の上であることを利用して、スケートの要領で滑り始めた。それは撤退ではない。魔人の国を目指す、前進だ。ケイに背を向け、見る見る間に遠ざかって行く。
「……人類の未来をかけた最終戦争。そのために、まずは人類の大戦争を平定するってのか? まったく昔から、どこまでもイカレたことをやろうとする、バカ後輩だぜ、お前は」
1人だけ、残っているトウゴが、ケイへ言った。
「用事が済んだら、俺もアルトローゼ王国へ向かう。付き合ってやるよ、この世の終わりってやつにな。そんで、この借りはチャラだ。それまで生きてろよ、雨宮」
「了解です」
背を向け、リーゼたちに遅れて滑り去って行くトウゴ。案の定、周囲を包囲していたベルセリア騎士団たちが、逃すまいと追いかけていくのが見えた。敵国であるアルトローゼ王国の将たちを、この場で討っておくチャンスなのだ。当然のことだろう。
仲間を信じて送り出したケイの正面から、ゆっくりと勇者パーティーが歩み寄ってきていた。向こうからしても、ケイが孤立してくれるのは好都合だったのだろう。厄介な外野戦力になりえる、リーゼたちが撤退していくのを見過ごしてくれていた。勇者パーティーは中近接戦寄りの構成だ。遠距離攻撃である、リーゼの尽きない矢や、ジェシカの魔術を危険視していたはずである。
クリスが尋ねてきた。
「これでようやく、心置きなく戦えるわけかい、ケイ?」
「ああ」
アークに名を馳せる、強力な勇者一行に対して、単騎。たった1人で、3人の達人を相手にしようとしているケイに、クリスの仲間であるエリオットが苛立っていた。
「舐めやがって。クリスに剣を習っていたようなガキが、たった1人で俺たちの相手だと? 剣聖と戦ったくらいで、俺たちを雑魚扱いかよ」
「……後悔させて差し上げましょう。相手を過小評価すると、どのような目に遭うのか」




