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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
13章 第2次星壊戦争

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13-32 異種愛



 恩師との再会から、5年後のことである――――。



 ◇◇◇



 夜が訪れていた。


 外から見れば大樹のような外観の司令府の内部は、木の幹をくり抜いたような、広い空間が無数に存在している。その中には無論のこと、司令府の人々の職場だけでなく、居住する空間も用意されていた。貧富による格差のない社会においては、誰もが等しく、快適で大きな家屋に住んでいる。ヴィトスが生活している住居も、そんな居住区画の中の1つであった。


 明かりが点いた家々の景色の中を、ヴィトスは急ぎ足で歩いていた。


「ずいぶん、帰りが遅くなってしまったな……」


 心苦しさを紛らわすように、それを呟いた。


 独り身で生活していた時とは違い、今は自宅に、同居人がいるのだ。彼女に約束していた帰宅時間よりも遅れてしまっていることが、ヴィトスの胸中に焦りを生じさせている。仕事が遅くなったわけではなく、完全に予定外の出来事が起きて、こうなってしまったのだが、その事情を、同居人には伝えそびれてしまっている。きっと何も知らず、ただ首を長くして、ヴィトスの帰りを待っているはずなのだ。


「アデル……」


 悲しそうにする同居人の顔が脳裏に浮かび、罪悪感が募った。


 ヴィトスが創りあげた純化の子供(フラワーチャイルド)たちは、知性で人類へ貢献するため、司令府の各研究開発セクションへ派遣されている。末っ子のアデルの派遣先は、ヴィトスやアトラスが所属している、文明進化研究局だったのである。つまりは、そこの責任者であるヴィトスの管理下に置かれることになったのだ。


 知育と情操教育をかねて、ヴィトスはアデルと一緒に暮らすことにしたのである。昼間はヴィトスの職場でアドバイザーとして貢献しており、夜はヴィトスの家に帰る。アデルが生まれ、アデルと共に暮らすようになって、もう8年が経つのだ。子供っぽかったアデルの知性は、今ではすっかりと成長して大人びてきている。身体の成長の方はまだ十代半ばほどだろうが、すぐに立派な女性に育ってしまうだろう。普通の人間とは異なる過程と速度で、もうすぐアデルは、大人になろうとしていた。


 これからアデルがどのような存在になっていくのか。名残惜しいと思う、親としての気持ちと、研究者としての好奇心とが入り混じっていた。そして……それとは別の気持ちも、ヴィトスの胸中を複雑に乱す原因になっている。


 急ぎ足で歩いていると、普段よりも早く自宅前まで辿り着いた。

 明かりが点いているのを見るに、アデルはまだ起きている様子だった。

 慌てて玄関戸を開けた。


「ただいま」


 返事はなかった。

 普段と違う、飾り付けられた玄関を見て、ヴィトスは驚いた。


 誕生日おめでとう――――。


 色とりどりの紙を切り抜いてつくって、壁に貼られた文字が目に入った。おそらく手作りなのだろう。少し歪な形である。それを見てヴィトスは、自分のことながら遅れて思い出した。


「誕生日……? そうか……そうだった。今日は私の……」


 仕事に集中しすぎていると、しばしば今日の日付を、忘れてしまうことがある。どうやらヴィトス本人が忘れていた誕生日を、アデルは憶えてくれていて、サプライズで祝おうとしてくれたのだ。ダイニングルームのテーブルには、一生懸命にアデルが作った、ご馳走が並んでいた。それらはもう、冷めてしまっているようだった。


「あ……」


 暗いリビングルームに、アデルがいた。飼い犬のサーティーンと寄り添いながら、うつらうつらと眠りかけていたようだが、ヴィトスの帰宅に気が付いて、慌てて立ち上がる。少し眠そうな眼を擦りながら、アデルは何事もなかったかのように、微笑みかけてくれた。


「おかえりなさい、ヴィトス。今日は、遅かったですね」


「アデル…………」


「お誕生日おめでとうございます。料理が冷めてしまったようなので、温め直しますね。少し待っていてください」


 約束に遅れて帰ってきたヴィトスを責めることもなく、嫌味の1つも口にしない。テーブルの上の料理を引っ込めようとするアデルへ、申し訳なくて声をかけてしまう。

 

「遅れるって連絡できなくて、ごめん」


「良いんです。ヴィトスの研究は、アークに住む人たちを幸福にできる重大な仕事ですから。求められれば、予期せず忙しくなってしまうこともあります。私のことは、気にしないで大丈夫ですよ」


「それでも、今日は私の誕生日を祝おうとしてくれていたんだろう? サーティーンと2人で、待っていてくれた。せっかくこんな夕飯まで作ってくれたのに……。今日は、完全に予定外の用事ができてしまったんだよ」


「……」


 ヴィトスの言い訳を聞いていたアデルは、「用事」という単語を耳にして止まる。

 浮かべている笑顔の隅に、少しだけ寂しさを滲ませて言った。


「……所員の方に教えていただきました。ヴィトスの“ペアリング”の候補者が見つかったから、今日はその女性と、面談をしていたそうですね」


「!」


 遅れた理由が、仕事でないことを知られていた。そのことをアデルに知られたくなくて、具体的な用事の内容を説明したくなかったというのに。隠せていないことを知り、ヴィトスは焦った。咄嗟に言い訳ができず、黙り込んでしまった。


 ヴィトスが口を閉ざしていると、気まずい静寂が訪れた。

 困った顔をしているヴィトスを心配し、アデルは苦笑して見せた。


「ペアリングが、どのようなことかは知っています。人間の寿命は短いですから、繁殖して、常に優秀な次世代の子孫を用意しなければなりません。この人工惑星内のルールでは、遺伝子プールの中から最適な遺伝的組み合わせが発見された場合、ペアリングによって引き合わされ、合意が取れれば、性交を行えることになっているようですね。合意がなくとも、司令府の意向によっては、遺伝子サンプルの提出が強制になり、体外受精を行うこともあると聞きます」


 アデルの笑顔は、寂しそうだ。

 それを見ていると、ヴィトスの胸中が掻きなじられるように感じた。


「ヴィトスの有するアクセス権は“最上級員(エルフ)”クラス。この人工惑星の推進装置である中央制御核(シリウス・コア)への一部アクセスも認められている重要人物です。それに私たち、純花の子供たち(フラワーチャイルド)を生み出した希代の天才でもあります。あなたの並外れて優れた遺伝情報を後世へ残すためにも、あなたが繁殖することは、司令府にとって有益。重要な課題でもあるはずです。ヴィトスは優しくて、賢くて、きっと人間の女性の方たちも放っておかないでしょうね」


「アデル……?」


「あなたが今日のペアリングで、良い出会いに恵まれたなら……私は……私は……」


 アデルは不思議そうに、自分の両手を見下ろした。

 ポロポロとこぼれおちた涙が、手のひらに落ちていたのだ。


「あれ……? なぜでしょう……私は……私はどうして……こんな話を……」


 見る見る間に、アデルの表情が泣き顔に変わっていく。

 悲しみで歪んだ表情で、ヴィトスを見上げる。


「どうして私…………泣いて……」


 その場で(うつむ)き、小さな肩を震わせ始めた。

 アデルは無言で泣き出してしまったのだ。


 ヴィトスが異性と結ばれることを、建前上は喜ぼうとしていたアデル。

 だが、どうやら本音は違ったのだろう。

 泣き出してしまっているということは、そのことを望んでいないのだ。


 なぜ、望んでいないのか。

 なぜ、泣いてしまうほどに傷ついているのか。

 答えなど、すぐにわかる。


 これまでヴィトスが隠してきた想い。

 一緒に暮らしながら、アデルに対して抱いてきた劣情。

 それは不適切であり、歓迎されないことであり、非常識なものだ。


 だがアデルの涙を見て、彼女が自分と同じ気持ちを持っていたことが、わかってしまった。

 そうなればもう、押さえてきた感情は爆発してしまう。


「……!」


 自制など利かなかった。

 隠しきれない気持ちに突き動かされて、アデルの小さな身体を、強く抱き寄せてしまっていた。


「ヴィトス……これは……?」


「ペアリングなんて必要ない。私にはもう“君”がいる!」


「……!!」


 アデルは目を見開く。

 ヴィトスの発言と行動に、心底から驚いている様子だった。

 だが、意中の男性が、自分と同じ気持ちを抱いていたことに気付き、心震わせ、打ち震えていた。


 創造主と創造物。

 大人と子供。

 社会通念上は、結ばれるべきではない関係。


「ヴィトス……私は、あなたの創造物なのですよ?」


 忠告しながらも、アデルは抵抗しようとはしない。

 むしろなすがまま、ヴィトスへ身体を預けている。


「そんなこと、君より私の方がよくわかっている……!」


 悲しみとは違う、温かい気持ちで溢れる涙が、アデルの頬を濡らした。

 ヴィトスの胸中で赤面しながら、アデルはさらなる忠告を呟いた。


「いけません……これはダメなことのはずです。私は、人間ではないのです。人間であるあなたには、私よりも、もっと相応しい相手がいるはず。こういった関係は、人間社会では禁忌とされています」


「周りがどう思うかなんて、知ったことじゃない! 君でなければ、私はダメなんだ!」


 ヴィトスは、いっそう強い力でアデルを抱きしめた。

 そのままアデルへ、言い聞かせる。


「自分で生み出した子供を愛してしまうなんて。たしかに私は、最低な大人なのかもしれない。けれど、生きた年数ではなく、知性の高さで比べるなら、もう君は私よりも遙かに上だ」


「それは……」


「君は、他のどんな女性よりも魅力的に育った。美しく、賢く、常に人を思いやる優しさを兼ね備えている。私が設計した通りだと言えば、その通りだけれど、まさしく思い描く限りで“完璧”と呼べる存在だ。それに何より……君はもう私の()()()()()になってしまっている」


「……!」


「最初は、研究のための共同生活でしかなかったかもしれないけれど、今までずっと一緒に暮らし、苦楽を共にしてきただろう? それは仕事ではない、私たちの“人生”の中の出来事だったはずだ。今さら君がいない人生なんて、2度と考えられないよ。これから先も、ずっと私の(そば)にいて欲しいと願っている。君も同じように思ってくれているなら……私にとって、それ以上に嬉しいことはないよ」


 ヴィトスの言葉を聞いたアデルは、キュッと固く目を閉ざした。

 そして紅潮した頬をすり寄せ、抱きしめてくるヴィトスの背に手を回して、抱きしめ返した。


「ああ、ヴィトス……!」


「アデル」


「嬉しいです。本当に嬉しい」


 アデルはヴィトスの胸へ顔を埋め、涙しつつ微笑んでいた。


「これが……これが人間の求める“幸せ”という気持ちなのですか。なぜヴィトスやアトラスたちの研究が、この気持ちを、世界中の人々に伝え、広めたがっているのか、ようやく私にも理解できました。私たち純花の子供(フラワーチャイルド)は、この気持ちを生み出すために誕生したのですね。なんて素敵なこと。胸の奥が温かくて、満たされて。こうして、あなたと気持ちが通じていると感じているだけで私は……こんな気持ちは、初めてです」


 ヴィトスは誓うように、アデルへ言った。


「愛しているよ、アデル」


「愛しています、ヴィトス」


 2人は静かに見つめ合う。

 恥ずかしそうに目を閉ざし、背伸びをして顔を近づけてくるアデル。

 それにヴィトスは、唇を重ねて応えた。




 ◇◇◇




「……」


 抱き合う2人を見ながら、ケイは悲痛そうな顔をしていた。

 それを横目に見つつ、アトラスは言った。


「ヴィトスとアデルの関係は、これでだいたいのことが、わかったであろう?」


「…………ああ」


 (しぼ)り出すように言葉を口にし、ケイは肯定する。

 顔色の悪いケイへ向けて、アトラスは一言、()びた。


「すまないな……。できれば雨宮殿に、見せたい場面ではなかったのだが」


「気にしないでくれ。2人の関係を知りたいと言ったのは、オレなんだから」


「……今見ているのは、あくまでも昔のこと。2500万年前の、アデルとヴィトスの関係だ。今のアデルと彼女は、別人だと考えた方が良い」


「慰めようとしてくれているなら、気遣いは無用だよ」


 あまり余裕のない態度ではあったが、ケイは苦笑して応えた。


「記憶データには、まだこの先があるんだろう? さっき言っていた“事件”というのは、この後に起きるのか?」


「ああ。ここから先は、さらにツライものを見ることになるだろう。ここで1度、休憩を入れるか?」


「いや、いい」


 ケイは視線を鋭くし、アトラスへ言った。


「このまま続けてくれ」






次話の更新は月曜日を予定しています。

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