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4-3 再来するディアトロフ



「まだソ連が存在した、1951年1月下旬のことだ」


 イリアは(おごそ)かに語り始めた。


「登山経験が豊富な9人の大学生が、登山隊を編成し、雪深いロシアのウラル山脈へ、スキー・トレッキング旅行を決行した。向かった先は、ホラート・シャフィル。原住民たちの言葉で“死の山”を意味する、()み地だったらしい。登山隊の隊長を務めたのは、当時23歳だったアスリート。イーゴリ=アレクセイエヴィチ=ディアトロフ」


 話の出だしを聞いた時点で、ケイにはピンとくるものがあった。

 以前、オカルト研究部の部長たるサキが、楽しそうに語っていた都市伝説が思い当たったのだ。


「それってもしかして……“ディアトロフ峠事件”の話しか?」


「さすが、オカルト研究部に所属しているだけのことはある。雨宮くんにも、それなりの見識があったようだね」


 イリアはケイを指さし、ウインクをして見せる。


「話しを続けるよ? 出発から5日後のことだ。登山隊は、山の頂上から約300メートル地点にキャンプを設営した。そしてその翌日、どういうわけか全員が“死亡”してしまっていた」


 話しを聞いていたアデルが、不思議そうに尋ねた。


「全員死亡? なぜですか?」


「原因は“不明”だよ」


 イリアは妖しい笑みを口元に浮かべ、続ける。


「わかっていることは、全員、死に方が異常だったということだけさ。1人は、全裸に近い下着状態で凍死。2人は、互いの服を取り替えて着た格好で凍死していた。その他のメンバーの死体はさらに奇妙で、鈍器で殴られ挫傷(ざしょう)したような怪我を負っている者。まるで車に()かれたような激しい複雑骨折をしている者。生きたまま、眼球と舌がえぐり取られたと思わしき者。着ていた衣類から放射線(ほうしゃせん)が検知された者までいる。……誰もいない雪山の奥地で、意味不明な死を迎えたとしか、言い様がなかった」


「放射線ですか……? 雪山に、放射性物質が存在していたということでしょうか」


「それも、まったくもって不明さ。まあ、登山隊メンバーの1人が原子力発電所に勤めていたという話もあるから、職場で浴びたものではないかという説もある。それ以前に、死体の司法解剖(しほうかいぼう)を行ったソ連政府が、放射線量を()()()()()()()()()()()()()という謎の方が大きいけれどね」


「たしかに。なぜ死体の線量確認をしようとしたのでしょうか。通常の司法解剖に、そうした手順が組み込まれているとは思えませんが」


「そのことについては、前に部長も言ってたよ。ソ連政府は9人の死因について何か心当たりがあって、だから放射線量を調べようとしたんじゃないのかって。いったい政府は、どんな死因だと疑ったのか。結局のところ、外野(がいや)のオレたちには何もわからないわけだけど」


 イリアは皮肉っぽく肩をすくめた。


「まあ。そんな感じで、何かを隠していそうな、怪しいソ連政府によって行われた当時の現場検証によれば、事のあらましはこうだ。登山隊のメンバーは深夜、宿泊していたテントを、なぜか内側から切り裂いて外に出たらしい。ブーツすら()かず、防寒着も羽織らず、極寒の雪山の渦中へフラフラと歩み出て行った。キャンプ設営地から約500メートルほど離れた杉林の近くで、全員が、さっき言ったような死に方をしていた。この謎の集団怪死事件は(のち)に“ディアトロフ峠事件”と呼ばれるようになった。何が起きたのか見当もつかず、雪崩(なだれ)説とかUFO説とか、いまだに様々な憶測(おくそく)が飛び()っているよ。ソ連の捜査機関による公式見解はこうだ――――“(あらが)いがたい自然の力”によって9人は死亡した」


 調べてもわからなかったことを、無理矢理、超常の力のせいだと言うことにこじつけたのか。何か大衆に知られてはまずいことを隠し、それを説明するつもりがなかったから、適当な言い回しを選んだのか。ソ連政府の公式見解を聞いても、事実は何もわからなかった。


「さて、もったいぶってここまで話したが。先週に起きた、代々木公園での“集団怪死事件”の話しに戻ろうか」


 言われてケイは、ニュース記事の内容を思い出す。


 ここ最近は、テレビでもネットでも、その話題を見かけない日はなかった。SNSには関連タグが設定されており、考察や憶測(おくそく)を発信するユーザーが後を絶たない現状だ。警察は死者の個人情報や、死亡状況などの詳細を非公開にしているようだが、近隣(きんりん)に住むネットユーザーたちの執拗(しつよう)な個人調査によって、何人かの身元が特定されるところまではきているらしい。


「たしか……身元不明の7人が、公園内で“凍死(とうし)”しているのを清掃業者が見つけたとかいう事件だったか? 大都会の真ん中で、どうして凍死していたのか。ミステリーだな」


 事故なのか。事件なのか。

 だとしたらどういった経緯なのか。

 人々の興味を()いてやまない様子だった。

 ネットを見ていれば、嫌でも情報が目に止まるため、事件についてはケイもよく知っている。


 眠そうな目のまま、表情に反して、アデルが興味深そうに言った。


「ほほう。()()()()(こご)え死ぬとは、ずいぶんと変わった死に方ですね」


「いつもお前は、どこでそういう変な言葉を覚えてくるんだよ……」


「ケイのスマホに宿っていた時、面白そうな単語を検索して遊んでいたのは伊達(だて)じゃありませんよ」


「ドヤ顔で言うなって」


「でも最近は……ネット検索が不便です。イリアから借りてるタブレットを使ってますが、人体の指の制御はまだ不慣(ふな)れなので、操作が難しいのです。以前なら、念じればすぐだったのですが」


 アデルは少しだけ(さび)しそうに、それを言った。

 スマートフォンに寄生していた頃を、(なつか)かしんでいるような口ぶりだった。


 ケイとアデルが話をしている間に、イリアは、自分の通学鞄の中をゴソゴソと(あさ)っている様子だった。やがてA4用紙の(たば)を取り出し、テーブルの上へ置く。そうして得意気な顔で、ケイを見やってきた。嫌な予感がした。


「これは?」


「警察の()()()()。その一部コピーだよ。入手してみた」


「おい! やってみた系の動画タイトルみたいに、とんでもないことを軽く言うな……!」


「フフ。世の中にある“値段が付けられるもの”なら、大抵の場合、それは手に入れられるんだよ。金を持っている人間なら、誰でもね。世間に公開されていない秘密の資料だとしても、例外じゃない。これを売ってくれた刑事とは、正当な取引ができたよ。まあ、それは良い。ご(らん)よ」


 イリアは資料の束に挟まっていた、複数の写真を取り出した。

 それを机の上に並べていく。


 いずれも、公園内で凍死していたという人々の死体写真だろう。現場検証の時に、鑑識が撮影したものではないかと思われた。本来なら、一般人が知り得ない情報の数々だ。


「……」


 写真に映っている7人。性別は男女それぞれだ。

 半裸であったり、靴を履いていなかったり、服装や出で立ちはバラバラ。全員に共通しているのは、なぜか“登山装備”であること。そして冷凍保存されていたかのように、全身が白い(しも)に覆われ、凍り付いていること。もっと言えば……眼球と舌がえぐり取られていることだ。


 開け放たれた両目と口の内部が、赤黒い空洞(くうどう)になった死体。

 見るに()えない無残な写真の数々を、ケイは険しい表情で見て言う。


「酷いな。これは、誰かが死体を(はずかし)めた痕跡(こんせき)なのか?」


「警察が行った司法解剖(しほうかいぼう)の結果では、全員が()()()()()眼球と舌をえぐり出されたらしい。存命中に飲み込んだ血が、胃の中から検出されていたそうだ」


「ということは……つまり“()()()()”だったのか」


「ああ。1度に7人もの人間を惨殺(ざんさつ)した何者か、もしくは組織が存在しているね。警察はまだ、これを世間に対して怪死事件としか発表していないが、カルト宗教などによる“儀式(ぎしき)殺人”の可能性を考えているらしいよ。秘密裏に捜査を続けているところだそうだ」


 他の写真をよく見れば、目や舌がない以外にもおかしな死体が見受けられた。手足があらぬ方向に曲がり、四肢が骨折している者。激しい衝撃を受けたのか、内臓が飛びだしている者の姿もある。


 ケイは、イリアの言わんとすることを察した。


「……似てるって、そう言いたいのか?」


「ボクが思うに、これはディアトロフ峠事件の“再来(さいらい)”だよ」


 さも、「面白いだろう?」とでも言いたそうな顔をしているイリア。

 ケイは視線を鋭くし、尋ねる。


「代々木公園の殺人事件が、ディアトロフ峠事件に似ているのは、確かにお前の見立て通りかもしれない。けど、だから何だ? 今は、そのことはどうでも良い。オレが知りたいのは、お前がアデルと一緒に、こうして転校してきた本当の理由が何かってことの方だ。警察資料を手に入れてまで調べている、この代々木公園の事件は、それに関係しているのか?」


「答えは、イエスだね」


 イリアは腕組みをする。


「覚えているかな? 佐渡(さわたり)先生のスマートフォンの通話履歴。“コトリ”という人物のことを」


 生前の佐渡が、何度となく連絡を取っていた相手だ。

 正体不明であるため、イリアが通話履歴を入手し、正体を探ってみると言っていた。


「ボクの方で調べたところ、コトリについて、いくつかわかったことがある。まず通話履歴を手に入れて声を聞いた結果、若い女性だということがわかった」


「女だったのか」


「ああ。残念なことに、会話の内容に特別なことはなかったかな。どうやら佐渡先生は、定期的に、コトリという人物と連絡を取って、互いの安否確認をしていた様子だ。おそらくコトリという人物は、以前に佐渡先生たちとCICADA3301暗号に挑んだチームの一員だったと思われるね。メンバーが次々と失踪したんだ。互いの無事を確かめるために、そうしていたんじゃないのかな」


「なら……オレの親父とも、仲間だったってことになるのか。もしかして、真王陣営に殺されずに生き残ってるヤツが、佐渡先生以外にも、まだ何人かいるのか?」


「察するにコトリは、命を狙われるほどには、この世界の真相に近づいてはいなかったんじゃないのかい? 命を狙われたメンバーは、真王側にとって都合の悪いことを知った。つまり危険視するに値する人物たちだったんだと思うね。そう言う意味で考えれば、コトリは、佐渡先生ほどに突っ込んだ情報を持っていないのかもしれないよ」


「なら、会う価値はないのか?」


「いいや。会う価値はあると考えるね」


「なぜだ」


「なぜなら、代々木公園で殺された7人全員が、()()()()()()()だったからさ」


「!?」


 イリアは、捜査資料の1枚を手渡してきた。

 そこには、凍死した7人が所持していたスマートフォンの、チャット履歴情報がある。信じがたいことに、全員の通信履歴の中に“コトリ”という名前で登録された番号が登場した。見たところ電話番号は、佐渡のスマートフォンに登録されていたものと同一である。いずれも、一ヵ月くらい前の通信履歴のようだ。


「佐渡先生とコトリの通話記録の中に、矢吹(やぶき)カナエという人物の名前が登場した。調べたところ、3年ほど前に娘が失踪(しっそう)し、以来その行方を探し続けている主婦だった。通話履歴に残っているコトリの話しによれば、矢吹の娘の失踪原因には“フローランス”というファッション雑誌を発刊している出版社が関わってるらしく、それを独自に調べているところのようだった」


 次に死体写真の1枚を取り上げ、イリアはそれをケイに見せた。

 ケイは察してしまう。


「……その死体が、矢吹カナエのものか」


「その通り。矢吹カナエは、先週、代々木公園で凍死体として見つかったわけさ」


「なるほど。矢吹カナエを調べていたつもりが、いつの間にか、怪死事件のことを調べる結果になってしまっていたんだな」


「矢吹以外の殺されたメンバーについても調べてみたよ。結果わかったことは、矢吹同様に全員が“失踪した子供の親”だったという点だ。彼等が公園で殺された理由は、まだわからない。けれどもし、その原因にコトリが関わっていたとしたなら。おそらくこれは、ただの殺人事件じゃない。彼等の異常な死に方からして、浦谷(うらたに)のような怪物の仕業かもしれないだろう。それなら――君の出番なんじゃないのかい?」


 イリアはニヤけて、ケイを見やる。

 意地が悪いその視線は無視して、ケイは考え込んだ。


「失踪した子供たちの親。もしかして全員が、コトリと一緒に、そのフローランスとかいう雑誌の出版社を調べていた仲間だったのか?」


「かもしれないね。事情はよく知らないけれど、つまり佐渡先生の関係者が、得体の知れない殺人事件に関わってるという状況だろう」


「……」


「ボクたちは、アトラスから人類の未来とやらを託された。その期待に応えるためには“ヒトの王”や、“罪人(とがびと)王冠(おうかん)”とやらを探さなければならないらしい。だが今のボクたちは、それが何のことなのか、サッパリわからない。もっと言えば、敵である真王のことや、その配下の帝国とやらについても、情報1つ持っていないのが現状だ。何でも良いから、とにかく今は“情報”が欲しいところだろう? それに、もっと多くの“仲間”も必要だ」


「……だから、まずはコトリを当たってみようってことか。怪物関係の事件に関わってるなら、何か情報を持っているかも知れない。持っていなくても、仲間にできるかもしれないってところだな」


「その通り。と言うわけで早速、ボクはコトリに接触するための作戦を考えてきた。アデルを連れて、この学校へ転校してきた理由が、まさにそれなのさ」


 イリアは得意気に、薄い胸を張って言う。


「規格外の美少女が転校してきたとなれば、この界隈(かいわい)で話題になる。ファッション雑誌の編集部なら、そういう話題に敏感なアンテナを持っているだろう。きっとアデルのことを、モデルにスカウトしたくなるんじゃないのかい?」


「おい。まさか、そんな運任せみたいなのが作戦だって言ってるのか? 本当にスカウトに来るのかなんて、わからないだろ」


「わかっていないのは君の方さ、雨宮くん」


 イリアは鞄の中からドーナツを取り出し、それをアデルに与える。

 アデルは途端に目を輝かせて、おやつを手に取り、頬張(ほおば)り始めた。


「もはや君が考えている以上に、彼女の可憐(かれん)さは人の心を(まど)わせる。油断して、(わず)かでも手綱(たづな)(ゆる)めれば、たちまち他の男に持っていかれるよ?」


 完全に餌付(えづ)けした少女の頭を、イリアは優しく()でてやった。




次の更新は日曜日です。

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