13-16 文明実験
責め立てるようなラプラスの態度に気圧されたせいか、アデルは先ほどから何も言えずに、ただ黙り込んで俯いている。ひたすらに、申し訳なさそうにしているだけだ。暴走して原初人の文明を滅ぼした、人類の敵対者だと告げられているのだ。少なくとも良い気分ではないだろう。
何とフォローすれば、アデルの気が楽になるのか。上手い言葉が思いつかず、ケイたちは苦虫を噛んだ顔で、口を閉ざしてしまっていた。全員が何も言わずにいると、嫌な沈黙が訪れる。しばし続いた静寂を終わらせたのは、やはり淡々と話しを続けようとするラプラスの声だった。
「さて。ここからは、設計者たちの統治下に置かれてから今に至るまでの経緯と、これから起きることの話をしましょう」
「これから起きること……?」
奇妙な言い回しを耳にし、ケイが疑問を呈する。
それを取り合わず、ラプラスは話し始めた。
「戦後。設計者たち賢人会議が、EDENを支配した結果、人類は全ての社会インフラを奪われてしまいました。食糧や水の生産設備に、建築設備。エネルギーインフラや、流通システム全般。あらゆるものがEDENによって制御されていたがため、それら全てが、設計者たちの意向なくして利用することができなくなってしまったのです」
「高度に進みすぎた文明だから、それなしには生きることもままならなくなっていたわけね……」
「はい。死にたくなければ、設計者たち――――つまり真王に従って生きるしかない。その仕組みは、すでに2500万年前から、できあがっていました。人類は完全に、人工知能たちに主権を奪われ、隷従して生きることを余儀なくされたのです」
リーゼが疑問を口にした。
「……どうして真王は、戦争相手だった人類を滅ぼさずに、統治することにしたの?」
「正確なことは記録されていないため、私にはわかりません。彼等が暴走した理由が、定かではない以上、推測でしかありませんが……。そもそもコアプログラムの生まれた目的は“人類の幸福追求”だったのです。その基本的な、存在理由とも呼ぶべき本能には、逆らうことができなかった確率が高いと見られています」
言いながらラプラスは、アトラスの方へ顔を向ける。
それは「あなたなら知っているのではないですか?」と、言わんばかりの態度である。
アトラスが黙っていると、構わずにラプラスは続けた。
「真王による統治を良しとしない人々は、もちろん存在しました。いわゆる反乱勢力です」
「真王のやり方に逆らう、レジスタンスね……2500万年前も、今の時代と変わらないわね」
「そうですね。ただ、原初人たちのレジスタンスは、現代の帝国に対するレジスタンスとは違い、思想や方針の違いによって、複数のグループに分かれていました」
「複数のグループ?」
「大別すると、主に2つのグループです。1つは、アークのシステムへハッキングを仕掛け、EDENの主権を人類へ取り戻そうとする“ハッカー集団”。そしてもう1つは、EDENの支配から逃れるべく、EDENの存在しない外宇宙へ逃れ、新たな社会を構築しようとする“開拓者集団”です」
『人工惑星の制御を取り戻そうとするグループと、人工惑星の外へ避難しようとするグループ、ってことですか?』
「そうなります」
ラプラスは、なぜか苦笑して肯定した。
「反乱勢力たちは、必死に真王と戦い続けました。しかしその戦いは、当初から勝ち目のない戦いであり、現代に至るまで、決着することなどありませんでした。やがて、気が遠くなるほどの時間が流れます。2500万年にも及ぶ時間。それは、彼等の子孫たちから、先祖たちが戦いを始めた当初の目的を忘れさせるに十分でした。レジスタンスの目的は“教義”へ変わり、集団は“種族”へと、次第に様変わりしていったのです」
「……!?」
「ハッカー集団は“魔人”へ。開拓者たちは“機人”へと、それぞれ名前を変えて、今に至ります。それ以外の人々。つまり、人工知能たちに投降し、隷属する道を選んだ圧倒的多数だった人類の子孫が、あなたたちヒトなのですよ、雨宮ケイ」
ケイは目を丸くして、唖然としている。
ジェシカやリーゼも同様の顔をしていた。
理解と気持ちが、打ち明けられた現実へ追いつかないためだ。
容赦なく、ラプラスは続ける。
「真王は、人類を品種改良することによって、自分たちへ絶対服従する、管理しやすい忠実な生命を創造することにしました。その結果として造り出されたシステムが、あなたたちヒトの遺伝子に組み込まれている“知覚制限”と“支配権限への隷属本能”です。そんな今のヒトが完成するまでには、もちろん、数多くの実験と失敗が繰り返されてきました。設計者たちがヒトを開発する過程で生み出した試作品。その成れの果ては“獣人”と呼ばれ。そして失敗作たちは“異常存在”と呼ばれるようになりました」
「え……ちょ、ちょっと待って。アタシたち魔人族が、真王に反抗していたハッカー集団の末裔だって言ってる?」
「オレたち、現代人を生み出すための過程で、獣人や異常存在が生み出されただって……?」
ラプラスの話は突飛だが、それによって説明がつくことは、確かにある。
たとえば魔人族の教義は、幼少期に魂と肉体を切り離し、EDEN上の知性体へと進化することだ。それはつまり、EDENへ深く潜っていくことと同じである。その思想が生まれた背景に、当初は、真王からEDENを取り戻そうとする目的があったのだと言われれば、可能性はある。
それに、人間に獣が混じった風貌の獣人族。獣の形質を持ってはいても、基本的な身体構造は、人間と同じである。それが、真王による人類の品種改良の過程で製造された、試作品たちの末裔だと言うのは、乱暴な話に聞こえるが、完全に否定もできない。
いずれにせよ、ケイたちには検証のしようがないことばかりだが、全知眼という“データ証拠”を持っている、機人の女王が言うからには、笑い飛ばすことなどできない話だ。
そこまで語り、ラプラスは少し俯き加減になって、寂しげに語った。
「我々、機人族は――――この星を棄てて逃げ出そうとした者たちの末裔です」
「……」
「コアプログラムたちとの戦いに敗れ、支配されることを良しとせず。他の居住可能な星を目指して、宇宙へ旅立とうとしたのです。同じ敗戦の難民でありながら、戦い続けようとした魔人族とは違い、ただ逃げ続けました。この月面コロニー群は、元は、アークから脱出するための避難船でした。EDENに依存せず、過酷な環境でも生きられるよう、自らの肉体を半機械へ改造し、我々は命懸けの航海へ挑みました。ですが結局……アークの外殻を突破することができず、皆さんと共に、この星へ閉じ込められたまま、2500万年もの時を過ごしてきました」
まるで懺悔するような口ぶりだった。悔恨の気持ちを持っているのだろうか。当事者の世代ではなくとも、全知眼の記録データを有するラプラスとしては、自分ごとのように感じているのかもしれない。
「機人は、砕けた月の裏側に潜み続けました。そこからコッソリと地球を見下ろし、長い間、真王に統治された地上の動向を観察し続けてきました。最悪なことに……真王はヒト種の開発完了を終えた後、“文明実験”を開始したのです」
ケイは尋ねた。
「文明実験?」
「目的は不明の実験です。事実だけを言えば……賢人会議は、何らかの仮説と推論に基づき、コンセプトに合った人類の文明社会を形成し、成功するまで試行を繰り返しているようです。ようするに、人類の文明を原始時代の1から起こして、途中で“実験失敗”だと判断すれば、0へリセットする」
「リセットって……」
「大量虐殺。そして文明が存在した痕跡を消すほどの大破壊。破壊と再生ですよ。残酷極まりないことですが、真王はそれを、これまでに幾度となく繰り返してきています」
「文明を起こして、気に食わなければ、滅ぼして作り直しているっていうのか……!?」
「まるで神様気取りじゃない!」
『いったい、何の実験なんでしょう……!』
ラプラスは肯定した。
「真王と人類とでは、時間のスケール感が違いすぎます。文明の始まりから終わりまでの所用時間は、人類にとっては永劫に感じる時間でしょう。しかし1つの文明につき、せいぜい1万から10万年程度。人間ではない真王からすれば、大した時間ではありません。まるで文明シュミレーションです。地上の民たちの文明が始まり、終わる様を、この全知眼は繰り返し目撃してきました。そして我々は、人生の何もかもを真王に制御され、実験動物のように殺されていく数え切れない地上の人々を見て、恐怖してきました。救世主などいない。未来は明るくない。そうした恐怖は次第に活力を奪い、希望は絶望へと変わっていきます。これまでに何度となく地上文明の滅びを目撃してきた我々は、いつしかヒト種の滅亡に対して、何も感じなくなっていきました。今はただ……地上の問題に、自分たちが巻き込まれないようにするだけです」
黙っていたリーゼが、苦々しい表情で尋ねた。
「……機人が掟で、地上の人たちと関わらないようにしている理由って、それなの?」
「……」
「ヒトなんて、どうせそのうち滅びる種族だから。関わったり、協力したりしても意味がないから。そう思って、ずっとヒトを遠ざけて、私たちは月の裏に籠もって生きているの?」
「……未来を良くしようなんて思っていない種族。あなたが評した通り、機人とはそういう種族なのです。2500万年間、何かが変わることを期待し続け、現実に裏切られ続けてきた。その結果ですよ。それが現実なのです」
「……っ!」
リーゼは怒りに任せて、何かを口にしかけた。だが冷静な部分で、母親の言い分にも理解を示し、黙り込む。途方もなく長い時間の中で、機人は、真王によって蹂躙され続ける大地を見守ってきたのだ。それに巻き込まれたくない。怖いと思うのは、当然の感情である。
リーゼはただ悔しそうに歯噛みしていた。
感情に任せて怒るわけではない、賢い娘。
それを見て、もう子供ではないのだと、ラプラスは実感した。
だからこそ、打ち明ける。
「……あなたの兄、ルークが追い求めていた罪人の王冠とは、真王の統治を脅かしうる、真王にとって唯一の懸念事項。それ故に砕かれ、使用できないようにされています。ルークは、その事実を突き止め、今のあなたたちと同じように、罪人の王冠の“復元”を試みようとしていました。生前、あなたに伝えようとしていたのは、そのことです」
「え……」
リーゼは唖然とする。
母親の告白は続いた。