13-13 おとぎ話
得体の知れない光の剣によって、身体を地面に縫い止められ、身動きを封じられたアデル。それは機人の女王たるラプラスの、明確な敵対行動である。それに対して、最初に反撃行動に出たのは、ケイではなかった。
「お母さん……」
いつも愛用している大弓を構え、リーゼは光の矢先を、母親へ向けていた。
その眼差しには怒りが込められており、鋭く尖っている。
「アデルを解放して。私は本気だよ」
「……王に刃向かうのですか、リーゼ」
咄嗟に原死の剣を抜いてしまいそうになっていたケイだったが、真っ先にリーゼが大胆な行動に出たため、かえって冷静になってしまった。
「リーゼ、落ち着け! 相手は母親なんだろう……!」
「黙ってて、ケイ。これは私の家族の問題でもあるから」
今にも矢を放ってきそうな娘。
対して、母親のラプラスは動じた様子も見せず、冷ややかな態度である。
そのことがさらに怒りをかき立てるのか、リーゼは歯噛みした。
「何も変わっていないんだね。私が、この国を出た時から何も……。知ってるよね? 機人の国の、こういう陰湿なやり方をするところ、ルーク兄さんも嫌ってた」
「……」
黙り込んだラプラスに、追い打ちをかけるようにリーゼは語った。
その目尻には、僅かに涙がにじんでいた。
「罪人の王冠。世界を救えると言われる、伝説の至宝。その実在を、兄さんは信じてた」
リーゼは弓を構えたまま、悲しげに目を細めて続けた。
「それを見つけて、帝国支配を終わらせたいと願ってた。企業国王たちから酷い目に遭わされている市民たちも、白石塔に閉じ込められているヒトたちや、他の種族たちも。……こうして宇宙へ追いやられて隠れ住んでいる、私たち機人族も。みんなみんな。大勢のヒトを助けられるんだって。世界を変えられるんだって、希望を持っていた」
「……」
「けれどみんな、そんな兄さんのことを馬鹿にしていた。罪人の王冠なんて、子供の絵空事。夢物語なんだって。実在しないんだって、笑ってた。たしかに私も兄さんも、幼い子供だった。子供の言うことを、いちいち大人が真に受けるとは思ってなかったよ。けれど兄さんは、子供なりに、真剣にアークの未来のことを考えていた。種族の垣根なく、誰もが地上で共存できる優しい世界。甘い夢かもしれないけれど、私はそれって、すごく良いなって思っていた。だから、兄さんを手伝ってた」
ケイたちは、初めて聞かされる話である。
メイドのハンナから聞いていたのは、幼少期に内気だったリーゼは、兄のルークに連れ回されて、アークの遺跡調査に、無理矢理に付き合わされていたという話だった。だが実際には、リーゼなりの考えがあって、兄の調査活動を手伝っていたようである。
リーゼの話は続いた。
「白石塔の中で、ついに罪人の王冠の手がかりを見つけた。最期に兄さんが、私へ遺した言葉はそれだけだった。どうして死んだのか。兄さんが何を発見したのか。お母さんは全部を隠して、理由も説明しなかったよね」
「そうでしたね」
「お母さんが言うことならって、他の機人たちも、説明がないことに納得していた。私にはただ“これ以上は王冠探しをやめろ”って言うだけだった。そんなの、納得できるわけがない……!」
頭を振って、リーゼは改めて母親を睨んだ。
そして断言する。
「それでようやく、私にもわかった。機人族は、もう誰も“未来を良くしよう”なんて、希望を持っていない種族なんだって」
「……」
「未来永劫、真王によってアークが統治されていて、自分たちが宇宙の片隅に追いやられていても構わないと思ってるんでしょ。他の種族たちが苦しんでいようと、そんなの気にもしていない。それどころか、地上のヒトたちを“穢れた種族”なんて呼んで蔑み、関わろうとさえしない」
「無用なリスクには関わらず、抱え込まない。それこそが、国を守ることになるのです」
「守っているんじゃない。ただ何も変えようとしていないだけだよ。このコロニーの中に籠もって、外の世界に目を向けず、耳も塞いで、ただ機人さえ存続し続けていれば良いんだって。それだけを考えて生きてる。排他的で、陰湿で、閉鎖的。……真剣にみんなの未来のことを考えて、アークを良い場所に変えようとしていた兄さんが、理解されないわけだよ!」
「……」
「息子の死の理由を家族にさえ教えず、悲しむことも許してくれない。兄さんのことは“忘れろ”なんて、そんなひどいことを言う母親が統治しているんだもの! 当然だよね!」
リーゼの言葉に、ケイたちは驚いた。
兄の死を忘れろと、娘に忠告する母親。
事実だとすれば、とても普通ではない。
冷酷すぎるセリフだ。
娘の責める言葉を、ラプラスは否定することなく、黙って聞いていた。
だがその眉根は、少し悲しそうに歪んでいるようにも見えた。
「だから私は、お母さんを当てにしないことにしたんだよ。国を出て、1人でだって旅に出た。白石塔の内世界へ旅立って、兄さんが見つけたであろうものを探したかった。旅の間に、この国の本性を忘れていたのかもしれない。私が出て行ったあの時から、この国も、お母さんも、何も変わってないんだね。いつも私には、大事なことを何も教えてくれない。私に無断で、アデルへ酷いことをして。娘を使って、騙し討ちをさせてる! こんなの酷いよ……!」
ボロボロと涙をこぼし、リーゼは悔しそうな顔をする。
「私、言ったじゃない! アデルこそ、伝承にあるヒトの王に違いないんだって! 私と兄さんの夢みた世界を実現できるかもしれない、特別な存在なんだって! 昨日は、わかったって認めてくれたじゃない! なのにどうしてアデルへ……私の友達へ、こんなことするの! どうして私を裏切るの!? 兄さんの死と同じで、また私には何も説明してくれないつもりなの、お母さん……!」
懸命に訴えるリーゼ。
ラプラスは無言で、そんな自分の娘の方を見ているだけだ。
「リーゼ……」
初めて友人の泣き顔を目にしたジェシカは、胸を痛めて呟いた。
それを見て苦々しい気持ちになっているのは、ケイも同じだった。
リーゼはたった1人で、アークを旅する機人。罪人の王冠を探して、白石塔の世界を旅していたということ以外、ケイたちは何も事情を知らなかった。だが今のやり取りを聞いていて、少しだけだが、その背景事情を理解できた気がした。
兄妹の夢を叶えるため。
兄の死の真相へ近づくため。
そのために、至宝を探す旅をしていたのだ。
母親に傷つけられ、逃げるように国を飛び出しながら。
ラプラスは娘の言葉に絆されることなく、冷静な態度を崩さなかった。
「……おとぎ話ですか」
僅かに肩を落とし、溜息を漏らす。
そうして淡々とした口調で、リーゼへ向かって言った。
「暗黒が地に満つる時、混沌に輝く一条の光明。それすなわち、生ある全ての種の希望。名は天狼。彼の者を従えるは、ヒトの王。ケモノたちの主。戴きしは罪人の王冠。いつの世にか、地へ再びの安寧をもたらす盟主。あまねくを平定せし救世の王」
「それって、私の持ってる絵本の……」
「救世主の物語を、あなたとルークが何度もねだるから、読み聞かせているうちに、憶えてしまいました。今思えば、あれが失敗だったのかもしれません。絵本を読んでさえいなければ……今頃は、ルークを失わずに済んでいたのかもしれませんから」
「……」
弓を構えたまま臨戦態勢を解かない娘。
身動きを封じられたアデル。
キッカケさえあれば、リーゼへ加勢しそうなケイたち。
それら緊迫した相対者たちの様子を見ても、ラプラスは動じない。
言い聞かせるように、冷淡に続けるだけだ。
「今の話は、絵本としてまとめらているものですが。遙か太古の時代から、機人族で語り継がれてきた伝承でもあります。いつか救世主が現れ、この世界を救う。子供にもわかりやすい、おとぎ話です。けれど残念ながら、我々、機人はもう、それを“待ち疲れてしまった”のです。およそ“2500万年に渡る長い時間”の中で、いつまでも起きない希望に期待し続けることは、できなくなってしまった」
サラリと言ってのけたラプラスの言葉に、ケイは耳を疑った。
「待ってくれ。2500万年って……。まさか、そんな大昔から機人族が存在していたって、言ってるのか?! アトラスが生きていた時代の頃だろ、たしか」
アトラスが神妙な顔をしている。
それに構わず、ジェシカも口を挟んだ。
「真王が現れて、帝国の制度を作った1万年以上前から、機人族が存在していることだけは、知られているわ。けれど、機人族がいつからアークに存在してるのか、その起源までは誰も知らない。それがまさか2500万年以上って……」
『気の遠くなるくらい昔の話です! つまり、帝国史よりもずっと前の世界を、機人族は見てきたってことになりますよ……!』
ケイたちの感想を耳にしながら、ラプラスは苦笑して言った。
「今の機人の平均寿命は、およそ1000年です。さすがに、2500万年前から生き続ける者は存在しません。ですが歴代の王に引き継がれてきた、この“全知眼”の中には、これまで機人族が歩んできた、歴史的な経緯の全てが記録されています。だから私は、帝国史以前の太古の時代についても、詳細な知見を持っています」
その話は、リーゼも初めて聞かされたのだろう。
驚いた顔をしていた。
ラプラスは、娘を諭すようにして言い聞かせた。
「良いですか、リーゼ。あなたは、まだ20年も生きていません。千年を生きる他の機人たちからすれば、赤子も同然。そして、2500万年にも渡る種族の記憶を引き継ぐ、女王の私からすれば、無知も同然です。だからこそ知らないこともあり、知るべきでないこともある。他の機人たちは、そこをわきまえているのです」
「わきまえるって……!」
「わかっていると思いますが。秘密情報指定には、極秘、秘密、国外秘の3種類があるのです。国内の一般的な機人たちが有する情報アクセス権で知ることができるのは、国外秘までの情報。せいぜい、機人の道具の造り方や、この国で生活する範囲で、支障がない程度の情報です」
「それが、どうしたって言うの……?」
「機人族であっても、機人族の全てを知ることは許されていません。特に“機人の起源”に関わる情報については、王しか知ることが許されない“極秘”の扱いです。今、私が口にした、機人が2500万年前から存在しているという事実は、本来であれば、あなたたちが知り得てはいけない、見聞きしただけでも死罪にしなければならない知識です」
「……」
ラプラスは真顔で続ける。
「あなたの兄であるルークは、極秘である“機人の起源”に関わり、命を落とすことになりました。だからこそ掟に従って……死の詳細は、秘密にするしかなかったのです。ルークの死を語ることは、すなわち極秘情報の開示に他ならなかったのですよ」
「……え?」
リーゼは怪訝な顔をして戸惑う。
母親の言わんとしていることの意味を、理解できなかったためだ。
「そんな……どういうこと? 兄さんの死が、機人の起源に関わっているって……。兄さんはただ、罪人の王冠を探していただけのはずでしょう?」
「それが、そもそもの問題だったのです」
ラプラスはゆっくりと頭を振った。
「あなたは父親に似たのか、感情任せに動いて、人の話を聞かない時がありますね。だから誤解して、1人で国を飛び出して行ってしまった。私があなたに情報を与えないことは、別にいじわるをしているからではないのです。それが機人族の掟。私たちの種が、今日まで生き延びることを実現させた、厳しいルールであり、法だからですよ」
今まで知らなかった話を聞かされたリーゼは、困惑している様子である。
「1つ、あなたが我々の種族に対して持っている見解。それは正しいと言えます。私たち機人とは、すでに“未来への希望を失っている種族”です。なぜなら……設計者と呼ばれる悪魔たちのせいですよ」
光によって拘束されているアデルを、ラプラスは忌々しそうに見やった。
そうして言う。
「リーゼ。あなたは雨宮ケイたちとの旅によって、自覚せずに、この世界の真実について、深い部分にまで関わっています。かつてのルーク以上に、知りすぎてしまったと言えるでしょう。ですから、もはや黙って隠し通すことはできないと判断しました。今日この時、特別に、あなたたちに極秘の情報を開示するつもりです。それが、あなたの身の安全のためです」
「私の安全って……」
「ルークの死を秘密にした理由。そして、アデルを封印しなければならない理由。それを聞いて、それでも私のすることに納得ができないのなら……。その時は、私へその矢を放ちなさい」
「……」
真剣な母親の態度を見て、ひとまず溜飲を下げたのだろう。
リーゼは、構えていた弓を下ろした。
黙り込んだリーゼへ、ラプラスは厳しい口調で言った。
「ただし。同時に覚悟もしてください。真実を知った者には、それ相応の責任が生じます。これまで機人の王である私のみが背負ってきた“絶望的な現実”を、あなたたちも知ることになるでしょう。生半可な覚悟でいては、潰されますよ?」
ただならぬ気迫で、ラプラスは警告してくる。それは娘であるリーゼのみならず、これから一緒に話を聞く、ケイたちに対しても言っている様子だった。いったい何を打ち明けようとしているのかは不明だが、重苦しい空気がのしかかってくるのを感じた。思わずケイは、固い唾を飲んでしまう。
「予定を変更します」
言うなりラプラスは、再び指を鳴らした。
すると、アデルの身体を縫い止めていた、光の剣が忽然と消失する。拘束を解かれたアデルはよろめき、そのまま前のめりに倒れ込もうとしてした。慌てて、ケイがそれを受け止めた。
「アデル、大丈夫か」
「ありがとうございます。何とか……無事なようです」
気遣うケイへ、アデルは苦笑いで答えた。
だがそんなアデルに対して、ラプラスが横から、異様に厳しい口調で告げてきた。
「コアプログラム・アデル。あなたの体内に、封印に必要な因子を残しておきました。その気になれば、先程のようにいつでも自由を奪えますが……今だけは、一時的に解放しましょう。あなたは、自身の過去について、何も憶えていないのだと聞いています。この際です。雨宮ケイたちと共に私の話を聞いて、自らの罪を自覚しなさい。そして、罪深きを知った後に封印されるのです」
「私の……罪……」
「世界を終わらせた罪です」
ラプラスがアデルを解放したのは、友好的に接しようとしたからではないのだろう。その怒りを滲ませた態度からは、憎悪の感情を向けてきているのが明白だった。




