13-12 機人の王
約束通り、迎えに来たリーゼと合流し、ケイたちは女王が待っているコロニーへと移動中だった。謁見資格がないという、トウゴとレオに関しては、リーゼの生家で留守番である。アデルとジェシカ、アトラスと共に、ケイはリーゼの背に続いて、機人たちの住むコロニー内を移動する。
「リーゼ、あれは何ですか」
「あー、あれはねえ」
「リーゼ、これ何なのよ!? 動いてるんだけど、生物!?」
『リーゼさん、あそこに変な形の建物があります! 何なんですか、あれ!』
「もー、みんな! 1度にたくさん質問しないで! 答えきれないよ!」
ガイドを問い詰める観光客のように、アデルたちは思い思いに、リーゼへ質問を投げかけている。見るもの全てが真新しくて珍しいものばかりのため、好奇心旺盛な彼女たちが興奮するのは、仕方がないことなのだろう。キラキラと目を輝かせて、周囲をキョロキョロしている。
「まあ、気持ちはわからなくもないかな。面白そうなものがたくさんあるし」
ケイは独り言を呟く。
窮地のアルトローゼ王国を救うため、罪人の王冠を入手する。そのためには機人の有する技術が必要であり、だから機人の国を目指して旅をしてきた。焦燥感に駆られていた胸中が、現地に到着してみれば、まるで観光気分になってしまっている。
「雨宮殿も、気になるものがあるなら、リーゼ殿に尋ねてみてはどうか」
「そうしたいところだけど、用事が済んでからにするよ。今はリーゼも、アデルたちの相手をするだけで手一杯そうだ」
「用事。フム、女王との謁見か」
「ああ」
ケイは真顔で続けた。
「リーゼと一緒にいると、いつも忘れそうになるけど……レイヴンのオッサンの話によれば、機人族は“人間嫌い”で有名な種族だったはず。人間以外にも、他種族のことを忌み嫌っているんだって聞いてた」
はしゃぐアデルたちとは裏腹に、通りすがりの機人が、ケイたちへ向ける視線は冷たい。その目に宿る感情は、憎しみではなく憐れみ。軽蔑されているような、冷ややかな態度だ。そうされる理由はわからないが、周囲の様子に気を配りながら、ケイは続けた。
「しかもここは、そんな機人たちが、秘密情報指定によって、徹底的に存在ごと隠してきた秘密の王国。……娘を遠隔で、心停止させてまで守ろうとしていた秘密の場所へ、こうしてオレたちが、すんなりと案内されているのは、違和感しかない」
「何か狙いがある。そう睨んでいるわけだな」
ケイは、嘆息を漏らした。
「リーゼのお母さんなんだ。オレたちのことを敵視しているとは考えたくないし、危害を加えられるかもなんて、想像したくないけど。今は何も確証がない。警戒しておくべきだよ」
「……一理あるな」
アトラスは、神妙な顔になって同意した。
コロニー間の移動には、転移門が使われていた。見た目は、帝国が都市間の移動で運用しているものと同じに見えるが、厳密には違う技術体系によって、空間移動を実現しているものなのだと聞かされた。
ゲートを抜けた先は、一瞬で目的地のコロニーである。
「ここが、機人の王専用の特別コロニー“セントラル”。お母さんの執務室だよ」
「執務室って……」
「庭に見えます」
アデルが口にした感想通り。見渡す限りの、薔薇の庭園に見える。色とりどりの薔薇が咲き乱れ、その風景が遙か遠くまで、ずっと続いている。花を敷き詰めたコロニーなのだろうか。
しかも、ここには“空”がある。
空と言っても、星々の煌めく暗黒の宇宙空間だ。頭上には天井と思しき仕切りが見えず、夜空を背負った庭園の景色を作り出していた。天井は見えないだけなのか、天井が実際にないのか。不明だが、呼吸はできるし重力もあるのだ。宇宙空間に投げ出されているわけではないだろう。
驚いた様子のジェシカが、恐る恐る言った。
「執務室って……コロニー1つが丸々、女王のものだってこと?」
「うん。そうは言っても、ちゃんと付き人の機人や、大臣に相当する機人もいるんだけどね。アルトローゼ王国の、アデルの玉座も花壇になってたでしょ? お母さんも、アデルと似た発想で、自分の執務室を庭園にしたんだと思うよ」
「気が合いそう、なのでしょうか」
アデルは、はにかんだ笑みを漏らした。
リーゼに続いて、咲き誇る薔薇の庭園内を進む。進んだ先で、円形に開けた広場に出た。その中央の花壇の前には、ハサミを使って、花の剪定作業をしている、1人の女性機人がいた。
「連れてきたよ、お母さん」
「お母さんって…………ええ?!」
思わず声を出して、最初に困惑したのは、ケイである。
庭園にいた女性は、どう見ても子供。
リーゼより年下の、年端のいかない少女にしか見えなかった。
見た目だけで言えば、おそらくジェシカと同じくらいの肉体年齢だ。
遅れて、クラーク姉妹も指摘する。
「子供じゃないのよ!」
『どう見ても、リーゼさんより年下にしか見えません!』
「あはは……だよね。いつも言われる。でもお母さん、あれで1000歳以上だよ?」
「1000歳以上って……」
「そんなふうには見えません」
長髪。リーゼや他の機人たちと同じ青い髪をしており、その耳はブレードアンテナだ。カーディガン姿の、青白い肌をした薄弱そうな女性である。足が悪いのだろうか、流星形デザインの白い車椅子に座っている。まるで入院中の患者。薄幸の美少女を思わせる姿だ。
最たる特徴は“目隠し”をしているということだ。
幾何学的な模様が幾重にも描かれた白い布。中央に瞳の紋章が描かれたそれを頭に巻いて、両眼が見えないように隠している。目の前は見えないはずなのに、見えているかのように、器用に花の手入れをしていた様子だった。
リーゼに呼ばれた少女は気が付き、ケイたちの方を振り向いた。手にしていたハサミを膝の上に置いて、作業を止める。車椅子は自動制御されているのだろう。少女がタイヤを操作することもなく、その意思を汲み取ったかのように、自然とケイたち方へ身体を向けて、近づいてきた。
「過酷な旅路の果てに、よくぞ参られましたね。ヒトの子、そして魔人族と、古の者よ」
目隠しをした少女は、大人びた口調で語りかけてくる。
だがその声は、やはり子供のものである。
「初めまして。私が機人族の王、ラプラス・ベレッタです」
機人族を統べる女王は、ケイたちへ優しく微笑みかけた。
◇◇◇
「目が……見えないの?」
『お、お姉ちゃん! 機人の女王様に向かって、いきなり失礼だよ!』
思わず口から疑問が出てしまったジェシカを、焦った妹のエマが窘める。
だがラプラスは、上品に微笑んで言った。
「構いませんよ。あなた方は多くの知りたいことがあって、ここまでやって来たのでしょう。なら私のことについても、その1つ」
自身の目隠し。指先でその生地に触れながら、ラプラスは答えた。
「この目は見えないのではなくて“見えすぎる”のです。だからこうして、普段は覆いをして、隠しておかなければならないのです」
「見えすぎる……?」
リーゼが補足した。
「えーっとね。お母さんの目は“全知眼”って言われていて、代々、歴代の機人の王に移植されて、継承されてきた、特別な異能装具なんだよ。どれだけの機能が備わっているのかは、王にしか知らされないんだけど、私たちの種族の、秘密情報指定を制御することもできるの。それどころか……見ただけで他人を殺すことさえできる」
「それは……すごいな」
目の前で穏やかに微笑んでいる少女が、その気になれば、視線だけで人を殺すことができるのだと聞かされ、ケイは背筋が少し寒くなる。そんなケイに向かって、ラプラスは語りかけてきた。
「雨宮ケイ」
「は、はい……!」
「今まで私は、ここからずっと娘のことを見守ってきました。最初はそれだけのはずでしたが……いつしか、あなたのことも監視対象として、見守るようになっていました。娘が偶然に出会ったあなたは、何か大きな運命のようなものによって、地上の世界の在り方を変えてしまったようです」
「オレが世界の在り方を変えたって……」
今の世界情勢のことを言っているのだろう。ラプラスは、この現状を生み出したのが、ケイであると考えている様子だった。ケイ自身は、自分がそれほど大それたことをしてしまったという自覚が乏しい。むしろ世界に対する影響力なら、アデルの方が上である気がした。
「あなたがどう思おうと、それが事実ですよ。非常に興味深く、これまで観測させていただいていました。この地へヒトが足を踏み入れるのは、機人の歴史上で初めてのことですが、あなたにはそれだけの資格があると考えて良いでしょう」
「資格?」
意味ありげな物言いが気になったケイだったが、会話に割り込んできたジェシカの言葉で霧散する。
「リーゼと一緒に、ずっとケイのことも観測していたって……。つまり一緒にいたアタシたちも、ずっと月から覗き見されていたってわけ?」
『だから、お姉ちゃん! 言い方!』
「え? ああ、うん。すいません……」
いつものように、自然と口の悪さが露呈してしまい、ジェシカは畏まって萎縮してしまう。対してラプラスは、気分を害した様子もなく、クスクスと微笑み返すだけである。
「その通り、覗き見です。これまでのあなた方の旅や、その途中で起きた戦いの全てについて観測してきたと言えます。帰ってきた娘から、記憶データを共有させてもらった今、あなた方のことは、旧知の仲と呼べるほどに理解しているつもりです。あなた方がここへ来た経緯や事情などを説明する必要はありません。忌憚なく、聞きたいことを尋ねてください。開示できる情報は、開示しましょう」
「……」
あまりにも友好的に接してくる、ラプラス。
話が順調に進みすぎている気がした。
機人の王の予期せぬ態度に、ケイは疑念が強くなっていってしまう。
「えーっと……。そんなに簡単に、秘密情報指定の話を、オレたちにしてしまって良いんですか? いえ、助かるのは、助かるんですけど。ありがたいです」
「……」
何かを気取りつつある様子のケイに、ラプラスは少し感心した顔をした。ケイの質問の後、それまで見せていたラプラスの微笑みには、何か薄暗いものが混じったように感じた。
「そこにいる御仁」
「?」
「アトラスと言いましたね」
「……」
唐突に、ラプラスはアトラスへ声をかけた。
「あなたが、私が想像している通りの人物だとすれば……。たとえここで私が、秘密情報指定について口を閉ざしたところで、意味を成さない。あなたが、雨宮ケイたちへ全てを打ち明けてしまうでしょうから」
何か意味深げな視線を、互いに交錯させる、ラプラスとアトラス。
その視線のやり取りをやめ、ラプラスは再びケイへ向き直る。
そして断じた。
「あなた方は、罪人の王冠を入手するため、娘の提案でここへ来た。我々の種族の力を借りれば、それが可能であると考えて、旅をしてきたのでしょう。その予想は間違っていません」
「!」
「情報は提供しますし、力を貸すこともやぶさかではありません。ですがもちろん、対価を求めないわけではありません。そのためには、2つの条件を呑んでもらいます」
やはり、タダで協力するつもりなどなかったということである。
ラプラスの言い出した“対価”というものの内容は、嫌な予感がした。
恐る恐る、ケイは尋ねた。
「2つの条件?」
「1つ目の条件は“情報交換”です」
ラプラスは、再びアトラスの方を見やる。
「あなたは、私でさえ知らない“原初の時代”の情報を持っているはずです」
指摘されたアトラスは、押し黙った。
少し考えてから、尋ね返す。
「……原初の時代。我が常人として生きていた時代のことだろうか」
「その情報を、私へ提供いただけますか?」
ラプラスは変わらぬ穏やかな笑みで要求をしてくる。その笑みは、気のせいか、次第に腹黒くて恐ろしいものであるように感じられてきた。
「機人の王が継承する、この全知眼には、歴代の王たちが隠してきた、秘密と記憶の全てが詰まっています。ですが、全知眼が製造されたのは、原初の時代から後の世。つまり“全ての始まり”についての情報だけが欠落しています。あなたは、その情報の欠落を埋めることができるかもしれない存在のはず。ならば……歴代の王たちが知り得なかった“真実”について、知っているのではないですか?」
「……」
アトラスは、沈黙の態度によって肯定する。
「機人の王が求める情報を、我が持っているのかはわからない。だが、我の時代のことを知りたいというのなら、それは別に構わない。秘密でも何でもない上に、どのみち雨宮殿たちには、最初から伝えようと思っていた話だ。ここで一緒に、聞けば良いだろう。逆に我は、自分の時代から今に至るまでの、詳細な歴史を知らぬ。正確には、記憶の多くが欠落してしまっているのだ。そちらから、その話が聞けるのであれば、情報交換としては成立するだろう」
「嬉しいです。それでは、条件の1つ目については交渉成立ですね」
ラプラスは、機嫌が良さそうにしていた。
1つ目の条件は、それほど重たい内容ではない印象である。
胸を撫で下ろして安堵しながら、ケイは次を尋ねた。
「それで。2つ目の条件というのは、何なんですか?」
「これです」
ラプラスは指を鳴らした。
直後、虚空から3つの光の剣が現れた――――。
「!?」
瞬く間に、それがアデルの両手のひらと胸を貫き、地面へ縫い止める。
「アデル!」
たまらずケイは青ざめた。
攻撃された?
アデルがなぜ?
あまりに友好的なラプラスの態度で、完全に油断させられていた。
「お母さん!?」
ラプラスがそうすることを、リーゼも知らなかったのだろう。血の気がうせた白い顔で、自分の母親を見ている。ラプラスの表情からは笑みが消えており、冷ややかな態度で、光に貫かれたアデルの方に顔を向けていた。
駆け寄ろうとしてきたケイたちへ、アデルは自己申告をする。
「……大丈夫、みたいです。痛みはありません」
アデル自身も、驚きと戸惑いの様子を隠せていないが、それでも自分が平気であることを伝えてくる。心配は無用なのだと、ケイたちへ教えたい様子だった。
ラプラスが冷淡に告げてくる。
「当然です。今は身動きを封じただけ。まだ、傷つけてはいません」
「くっ……!」
ケイは怒りの眼差しを、ラプラスへ向ける。
だが意に介した様子もなく、機人の王は告げた。
「アデル・アルトローゼ。伝説の“ヒトの王”の名を冠し、再生人や獣人たちに崇められている救済の女神。その肉体が有する価値と希少性は、計り知れないでしょう。ですが、その中身は別。我が国は“設計者”を歓迎しません」
憎しみと思わしき感情が、ラプラスの態度の端々から滲み出す。
アデルのことを、完全に敵視しているのだろうことが、見て取れるほどだ。
「2つ目の条件は――――“コアプログラム・アデル”の永久封印です」
ラプラスは無慈悲に宣告した。