13-1 開戦気配
アークの世界地図には、5つの大陸が描かれている。
そのうちの4つの大陸が帝国領であり、それぞれの地域を、各企業国が分割統治している。地図上においては“南東部”に位置する、エルドリア大陸。宇宙から見下ろせば、タツノオトシゴのような形状に見える陸地だ。それこそが、アルトローゼ王国の位置する場所である。
国境を接する“敵国”は3つ。
地続きで繋がっている隣国、四条院企業国。
そして海を隔てて、東西に隣接する別大陸の国。
グレイン企業国と、バフェルト企業国だ。
四条院企業国との北部国境は、ガルデラ大瀑布によって隔たれている。同様に、東部のバフェルト企業国との間も、海に面した山岳地帯を挟んでいる。国境防衛に多くの兵力を割かなくても、これら天然の防壁によって、北と西の2国からの侵攻に対抗することはできる。だが西側の海岸線。グレイン企業国との間を隔てているものは、海しかない。
アルトローゼ王国にとっての弱点。
それは西部にある。
とは言え今は、その補強のために、ジェイドたちが建造した、海岸線沿いの巨大要塞拠点が存在している。たとえグレイン企業国側から侵攻を受けたとしても、容易く突破されることはなくなっただろう。だが、そこで交戦するような状況は、最悪な事態と言えるのだ。敵に上陸され、陸地での戦闘を余儀なくされていることを意味するのだから。つまりは、領土の内部へ押し込まれているのに等しい。
グレイン企業国。
現在の、ベルセリア帝国と交戦するのであれば、その第一防衛ラインは“海上”となる。
陸地にまで戦線を押し込まれる前に、海の上で決着をつけなければならないのだ。
「まだ、アマミヤたちが出て行ってから間もねえってのに……。情報部の予想じゃ、仕掛けてくるのは、まだ先だって話だったろ。来るのが早すぎんだよ、アルテミアのクソッタレ……!」
AIVによって、目の前に投影されたホログラム。
遠方海域の映像を目の当たりにして、ジェイドは冷や汗をかいていた。
ベルセリア帝国側から出航してきたと思わしき、水平線を埋め尽くす軍艦無人機の大軍。中には巨大な円盤を思わせる形状の、戦艦タイプも複数混じっており、海の向こうで展開していた。負けじと、迎撃のために緊急展開したアルトローゼ王国海軍の艦隊と、今は睨み合いを続けている状況である。
緊張状態だ。
明らかに、侵攻するためにやって来ている敵国の大軍に見えるが……今のところは、実際に攻め入ることはせず、海上国境線に留まっているだけの様子である。だが、いつ進軍が始まってもおかしくないだろう。騎士団オフィスの私室で、皮椅子に腰掛けながら、ジェイドは現地の部下からの報告に耳を傾けていた。
『超大型機動旗艦のみならず、無人機艦の編成による全20艦隊。そして肉眼では補足できませんが、光学迷彩によって姿を隠した、戦闘用の空戦無人機の反応が上空に30編隊。それらが“第一波”であり、後方には“第二波”。つまり上陸作戦に備えての、転移門を備えた有人艦の大軍が控えています』
「つまり、ベルセリア帝国騎士団を送り込んでくる転移門を、アルトローゼ王国領土内へ、ぶっ立てようとしてるわけってか」
『ええ。第一波で我が国の戦線を突破した後、第二波が海岸線に転移門を設置。それを使って、ベルセリア帝国領から騎士団の陸上戦力を投入してくる作戦でしょう。我が国は広大な森林地帯を有しているので、内陸での戦いになればゲリラ戦を仕掛けられるため、有利でしょう。しかし戦術的に優位であっても、戦略的には不利です。自国の領土深くまで踏み込まれるのですから、民間人の犠牲も多く出る。何としてでも、敵軍の第二波の到達は、避けねばならない事態です』
「初手で殺しに来てる感じだな。ベルセリア帝国からすりゃ、1番の強敵は大国のエレンディア企業国だ。それと戦う前に、弱小国に手こずってるわけにはいかねえから、速攻で決着をつけたいはず。アルトローゼ王国の電撃攻略作戦ってか」
『他国に先んじて、アデル様という“切り札”を手に入れておきたいという、思惑もあるかもしれません』
「いずれにせよ、大ピンチに違いねえな。かと言って、こっちから仕掛けて、おっぱじめるのもヤバい。引き続き戦闘配備で、警戒を続けてくれ。なんか敵側に変化がみられれば、逐次報告だ」
『了解しました』
オンライン会議から、部下が退出する。
まだ残っているのは、ジェイドともう1人。
黙って報告を聞いていた、イリアである。
「そんで、どう思う?」
『……ベルセリア帝国騎士団の海軍が、アルトローゼ王国を攻略する規模の艦隊軍を、国境へ並べている。だが並べているだけで、攻め込んでくる様子がないのは、妙だと思わないか。攻撃を待つ、メリットが思いつかない』
「俺はアマミヤと違って頭がわりぃんだよ。察するのは苦手だからよお、単刀直入で、わかるように言ってくれや」
『良いだろう』
イリアは即座に断じた。
『ベルセリア帝国のこの動きを、ボクは――――“陽動”と見ている』
ジェイドは眉根をよじって言う。
「陽動だあ? じゃあ大軍の他に、アルテミアの別働隊が、どこかに潜んで侵攻してこよーってことかよ」
『それはわからない。だが実際に起きている現実を整理すれば、アルテミアが国境に軍をチラつかせていることで、アルトローゼ王国はそこへ、大規模な迎撃軍を展開しておかざるを得なくなっている。守りを手薄にしてしまえば、突破されて侵攻されるのは目に見えているからだ。こちらとしては、何もせずに放置しておくという選択肢は、とれないのさ』
「……今すぐ攻める気はねえのに、軍だけチラつかせて、こちらを疲弊させようってか?」
『そういう効果も狙っているだろう。しかもこの事態によって、アルトローゼ王国の、他のエリアの防衛能力が低下してしまっている。国境を接する他の企業国が、好機と見て、そこへ攻め入ってくる可能性があるということだよ』
「アルテミアが他の企業国と結託してるって言いてえのか?」
『いや。そこまでの話ではない。おそらく行動を“促している”んじゃないかな。他国も一緒にアルトローゼ王国を攻め始めたところで、一気に行動を起こして、弱った王国を自軍が電撃占領するのを狙っているのかもしれない。そうすれば自軍の消耗も最低限に抑えられて、弱った王国を押さえられる。ボクなら、そうするからね』
イリアの推論を聞いて、ジェイドは険しい顔をする。
「ならつまり、他の企業国が攻め入りやすいように、アルテミアは自分がオトリになって、アルトローゼ王国騎士団を惹きつけてるところだ、ってことかよ」
『今のところ、証拠がない可能性の話さ。いずれにせよ、アルトローゼ王国には元々、多正面作戦を展開するだけの軍事力はない。複数の敵国から同時に攻められれば、ひとたまりもない。その上に、こうして戦力を分散させられては、電撃的に首都陥落までされてしまう危険性だってあるだろう。アルテミアなら、それくらいの戦況は読んでいるはずだ』
「けどよお。ベルセリア帝国国境以外は、ガルデラ大瀑布や、山岳地帯に守られてんだ。バフェルトや四条院は、そう易々と自然の防壁を突破してこられねえだろ」
『とは思うんだが……』
ジェイドの意見は真っ当であり、おそらく議会も同様に考えているだろう。
だが、そのことに懐疑的なイリアは、言葉を濁す。
これから、戦争が起きようとしているのだ。
ならば他の企業国も、これまで表に見せてこなかった隠し球や、切り札を、遠慮せず存分に使ってくるはずなのだ。それがどのようなものか、見当もつかない以上、天然の防壁があるから大丈夫だと過信するのは、危険な気がしていた。
「まあ、良いさ。そんで? これがアルテミアが仕掛けた、他国に攻撃を促すための陽動だとしたら、お前はどうするつもりなんだ?」
『外部参謀としては、議会と騎士団へ、西部以外への警戒を高めるべきだと進言しているよ。けれど所詮、ボクはグレイン企業国所属の、勇者の妻という立場だからね。アルトローゼ王国騎士団の配備について、裁量権はない。しかもアデル王が留守の現状、議会を取りまとめられるカリスマがいない。大衆を含め、議会はすっかりアルテミアに怯えてしまっていて、その目は、西部へ釘付けさ。それではダメだと言ってはいるんだが……口だけ介入しかできないのは、もどかしいよ』
「なんとかしろよ。お前は、アマミヤと同じくらいに賢いんだろ?」
『手厳しいね。だがまあ、言う通りだ』
ホログラムのイリアは、苦笑し、視線を鋭くする。
その目をみれば、今も懸命に思考を巡らせているのがわかった。
良い目をするイリアをみて、ジェイドも不敵に笑んだ。
「西から攻められようが、北や東からも攻められようが。どのみち、兵隊の俺たちがやることは変わらねえ」
拳を手のひらに叩きつけ、断言する。
「ノコノコとやってきた馬鹿野郎どもを、死ぬほど後悔させてやるだけだ」
作者が出張のため、1週間とちょっとくらい休載します。
申し訳ありません。




