12-21 クラッキング
白い影の仕掛ける精神感応。
その苦痛により、身動きが取れないケイとジェシカ。
それを横目に、アトラスは敵めがけて手をかざす。
隣に立つアデルへ言った。
「この世界のあらゆる物質、あらゆる存在は、EDENと呼ばれる、マナワイヤーの繋がりを有するよう、設計されている。そのワイヤー同士で繋がっているものは、互いに干渉し合うことができ、互いに影響し合うことができる。この時代でEDEN攻撃と呼ばれるものは、悪意をもって相手側へ干渉し、影響を及ぼすこと。すなわち“不正侵入攻撃”だ」
「クラッキング……」
白石塔内の社会で、ケイと一緒にインターネットを楽しんでいたアデルからすれば、聞いたことがある言葉だ。アトラスが語るEDENの全容とは、アデルが知るインターネットの構造とよく似ている。現代人でも理解できるよう、言葉を選んで説明してくれているだけかもしれないが、アトラスの語りは、わかりやすかった。
「その管理者権限を有するに値する者なら当然、見えているだろう。万物を繋ぐ、結合の黒線が」
「はい」
意識を研ぎ澄まし、集中した時。アデルの目には、万物を結ぶ、無数の黒い電線のようなものが見える。以前にジェシカから聞いた話によれば、それは魔術の使い手が見る景色と同じだと言う。本来であれば、接覚訓練というものを経て、さらなる高度な訓練された後に、初めて知覚できるようになるものであり、アデルのように“少し集中した程度”で鮮明に見えるものではないらしい。
アデルとアトラスには、ビジュアルとして見えていた。
白い影の敵が、周囲一帯へ及ぼしている影響が。
「憶えておくと良い。黒い回線は未使用状態。青く光る回線は使用中状態。そして、赤く光る回線は、過負荷をかけるような、攻撃的な大トラフィック通信が行われていることを意味している」
無人都市で対決した怪物紳士の時は、怪物自身とケイたちとを、直接に繋いでいる線が赤く光って見えていた。だが白い影の怪物は違っている。周囲の広範にわたり、赤い光の線をバラ撒いている。ケイやジェシカたちは、その範囲内に入っていることで、苦痛を感じている様子だった。
「なら、この光り方は……ケイたちへ直接攻撃を仕掛けているのではなくて、範囲一帯への攻撃を仕掛けている、ということでしょうか」
「その通りだ」
アトラスは肯定した。
「我等、EDENの高位アクセス権を有する者は、他の一般ユーザーよりも、EDENの回線使用優先権が高い。他者が使用中の回線であろうと、それを横取りしたり、強制的に上書きすることは容易いのだ」
話を聞いていたケイが、反応した。
「EDEN攻撃の強制解除って……無人都市の時に、アデルがやったことか……!」
「できることは、その程度のことだけではない」
「何でも良いから! どうにかできるなら、呑気に解説してないで、さっさとやりなさいよ! こっちは頭が割れそうなくらいに痛いのよ!」
「ぬっ」
ジェシカに叱られ、アトラスは口を噤んだ。
解説を中断し、集中することにした。
「消え去れ」
アトラスの手のひらと、白い影を結ぶマナの回線。それが、青い光を放ち始めた。その光景はまるで、無数の青い光のビームを、アトラスが怪物へ向かって撃ち出しているように見えた。青い光が怪物に到達した途端、周囲に展開していた赤い光は見る見る間に、すぼんでいく。そして最後には、断末魔のような異音とともに、白い影の姿ごと消え去った。
いきなり攻撃が止み、ケイとジェシカは苦痛から解放された。行く手に見えていた白い影がいなくなっているのを確認すると、改めて驚きの声を漏らす。
「くねくねが、消し飛んだ……のか?」
「どうやら、そうみたいだね」
『私も、もう平気みたいです!』
「すごい! いったい何したのよ、アトラス!?」
称賛を浴びても、アトラスは変わらぬムッツリ顔のままだった。
腕組みをし、解説する。
「実体を持たない。EDEN上に存在する、エマ殿のような存在だったようだ。エマ殿とは違い、知能が低く、仲間の異常存在以外を攻撃するという、単純なプログラム行動に従うだけの生物だった。セキュリティもなく、構造が単純なデータなら、“消去”してやるのは簡単だ」
「それってまさか、相手の魂を消去したって言ってんの……? そんなことできるなんて、アンタ怖すぎるんだけど」
「データ構造が単純な存在に対してしか、そんなことはできない。ヒトのような、複雑なデータ構造を有する生命体を消去しようとするのは、並大抵のことではない」
「……やろうと思えば、可能ではあるって聞こえるんだけど」
青ざめるジェシカを尻目に、アトラスはアデルへ語りかけた。
「お前がアクセス権を使いこなすことができれば、この時代で魔術と呼ばれている力さえも、強制的に解除して、ねじ伏せることもできるだろう。EDENを介して行われることであれば、お前にできないことはない」
「私が、魔術をねじ伏せられる……?」
「強制的な無力化だ。罪人の王冠を手に入れることができれば、それ以上のこともできる。この世界において、もはやお前に不可能なことはなくなるだろう。神も同然になれるはずだ。そうなれば、企業国王どころか真王でさえ、恐れるに足りない」
アトラスに褒められているような気がして、アデルはどう反応して良いか迷った末に、とりあえずドヤ顔をすることにした。それを可愛がるリーゼに頭を撫でられて、アデルは嬉しそうだった。一方、真剣な顔で考え込んでいる様子のケイへ、ジェシカが、意味ありげな口調で呼びかけた。
「ケイ」
「ああ」
互いに目を合わせると、考えていることが同じであるのだとわかった。
「今のアトラス以上のことを、アデルができるようになるって言うんだろう? 罪人の王冠を手に入れられれば、本当にアルトローゼ王国を救えるかもしれないって、希望が湧いてきたよ」
「同時に。アルテミアや、他のヤツに渡ったら、とんでもなく危険な代物だってこともわかったわよ。手が付けられない敵が誕生するのは、遠慮したいわね」
白い影が消え去ったターミナルの玄関口を見やり、ケイは全員へ声をかけた。
「この都市に用はない。早々に離れよう」
「我も賛成だ。長居するほどに、危険が増すだろう」
向かった先で、乗ってきた小型潜水艇へ乗り込み、このウォーターゲートの国境を越える。そこから先の道のりは未知数だが、迷っている暇はないのだ。
この都市の状況を見れば、魔国パルミラ領内で、良くないことが起きていることは明白である。行く手に何が待ち受けているのか、不安は拭えなかった。




