1-1 心霊ニューチューバー
学校が終わると、各自、自宅に帰って夕飯を済ませた。
撮影機材をリュックに詰めて背負うと、日暮れ前、3人で駅前に集合である。
そうして、いつものように電車に乗り込んだ。
車窓から見える風景は、高層マンションの建ち並ぶ都心から、徐々に寂れた住宅街へと移り変わっていった。やがて田舎駅で降り、しばらく歩いた先に森を見つけた。自動車道から脇へ少し逸れた道がある。獣道同然の、舗装されてないそこを進んだ先が、今夜の目的地だった。
森の中に足を踏み入れると、茂みのあちこちから、スズムシの音が聞こえてくる。人里を離れた暗黒の森で、2人の少年は、手持ちのワークライトを使って周囲を照らした。
限られた視界の中で、おもむろにリュックを下ろす。そうして中から取り出したのは、一眼カメラやマイクである。機器のバッテリー残量を確認し、2人は慣れた手つきで、カラープロファイル設定や、音量調整を始めた。
少年のうちの1人。
見るからにガラの悪いピアスの少年、峰御トウゴが呟いた。
「……なあ、雨宮よぉ」
「なんですか、先輩」
トウゴに呼ばれた仏頂面の少年、雨宮ケイは返事をする。
黒髪、黒目。どことなく冷ややかな目付きをした、クールな印象の少年である。
作業をしながら耳を傾けてくれている後輩のケイに、トウゴは歯切れ悪く言った。
「つかぬことを、聞くんだが」
「つかぬこと、ですか」
「おお。その、なんだ…………おめえよぉ……」
「なにか言いにくいことですか?」
二の句にまごついているトウゴを焦れったく思い、ケイは視線を向けた。
トウゴは頬を赤らめ、恥ずかしそうに問いかけてきた。
「おめぇには、す、好きなヤツはいるのか……?」
「…………!?」
ケイは目を見開く。トウゴの告白に、衝撃を受けた。
なんと返事をすれば良いか、一瞬だけ迷ってしまったが、答えなら決まっている。
「すいません、今まで先輩の気持ちに気付かなくて……。でもオレ、先輩のことは恋愛対象にできなくて。気持ちには応えられないです」
「はああああ?! ちっげえよ! そういう意味じゃねえし! クソでか勘違いしてんじゃねえ!」
慌ててケイの考えを否定するトウゴ。
咳払いをし、気を取り直してから話し始めた。
「うちの高校の隣街に、星成学園あんだろ?」
「ありますね」
「実は俺な。最近、星成の女子に一目惚れしちまってよ。お前にも好きな女子がいるなら、俺のこのピュアハートをわかってもらえるかなと思ったわけだ」
「一目惚れですか。先輩がそう言う恋バナするのって、なにげに初ですね」
「おうよ。あれは先週のことだった」
「あ……問答無用で語り始めちゃう感じのやつですか」
「良いじゃねえか、話してえんだ! 黙って聞いとけよ! あの日、俺はいつものようにチャリに乗って通学していた。いつも通り、学校近くのコンビニに差し掛かった時だった。星成の制服を着た、あの子を見かけたんだ。他の女子たちとに一緒に登校してたみてえだが、ひときわ可愛かったぜえ……」
「何のひねりもなく、道すがら普通に見かけて好きになったって話ですか」
「ああん? なんか文句あんのか?」
「いや、別にないです。ストレートな先輩らしくて良いと思います」
「へへ。なんかよくわからんが、褒めてんのか。照れるじゃねえか」
嬉しそうに、ポリポリと後頭部を掻いているトウゴへ、ケイは尋ねた。
「それで。その子にはもう、声かけたんですか?」
「ば、馬鹿! 声なんてかけられるかよ! 名前すら知らんわ!」
「ええ。なんで居直ってんですか……」
ケイは呆れながら、自分の考えをトウゴに伝えた。
「峰御先輩は、学内でも、ずば抜けて頭良くないですよね」
「てめえ、ケンカ売ってんのか」
「でも運動神経抜群だし。顔良いし。普段から女子にモテてるじゃないですか。声かければワンチャンあるでしょ。なんで声かけるのを躊躇うのか、よくわからないんですけど」
「向こうから寄ってくるのと、こっちから寄っていくのは違うの! 恥ずかしいの! 陰キャの雨宮くんになら、よくわかるだろ!?」
「うわ、めんどくさ……。ずいぶんと、こじらせてるコミュ障ですね」
「やっぱお前、ケンカ売ってるだろ」
トウゴは再び咳払いすると、今度は媚びるような視線をケイに送ってくる。
嫌な予感がして、ケイは頬を引き攣らせた。
「そこで、だな。たしか雨宮は、星成に知り合いがいるって言ってたよな」
「なるほど…………。それが目的でしたか」
「察しが良いじゃねえか。おめえの知り合いのツテを使って、俺の愛しの人の名前を調べて欲しいんだよ」
ケイの人脈を使って、意中の女子のプロフィールを知りたい。
トウゴが話を振ってきた理由は、それだった。
困った顔のケイは、苦々しい口調で応えた。
「あいつのことを知り合い……と言って良いのか。たしかに星成の知人はいますが、オレとしては会いたくない人物というか」
「会いたくない知り合いだあ? どういう関係だ?」
言いながら、トウゴは思い直す。
ケイに断られたくない一心で、ここはゴリ押すことにした。
「ま、まあ細かいことは良い! 俺のために頼むよ! 礼はするから!」
「うーん…………考えてはおきますよ」
「よっしゃ! そうこなくちゃよ! あの子の特徴は、後で教えるわ!」
いまだに渋っている様子のケイを丸め込み、トウゴは小さくガッツポーズする。
2人が他愛のない話をしていると、暗がりの向こうから、懐中電灯の明かりが近づいてきた。
現れたのは少女である。ショートボブの髪型。メガネをかけた、気の強そうな吊り目の少女だ。
少女は2人の傍までやって来るなり、肩を怒らせて言った。
「うわ、おっそ! あなたたち、まだ撮影の準備終わってなかったの!?」
「ん? なんだ。もう帰ってきたのかよ、吉見」
第三東高校オカルト研究部の部長、吉見サキは、額に青筋を浮かべている。
腰に手を当てながら、部員である2人を叱りつけた。
「もう帰ってきたのかじゃないわよ! 私が下見に行ってから、かれこれ15分くらい経ってるんですけど! なにしてたの?! 明日は学校休みで、時間があるからって、ノンビリしすぎ!」
「そんなに経つのか。わりぃ。つい雨宮と話し込んじまっててよ」
「お喋りに耽って手を止めるとは、あんたらは女子か!」
「いや、女子はお前だけだろ……」
サキに捲し立てられたトウゴは、ばつが悪そうにしている。
急いで準備作業を進めつつ、話を誤魔化すため、トウゴは尋ねた。
「そ、それよか今日はそれなりに大きい廃墟なのに、たったの15分で見て回れたのかよ。すげえ早いな」
「う~ん。1階と地下フロアだけ、ザッとね。全部は無理。とりあえず不法投棄も少ないし、撮影中に危なそうな場所はなかったわ。コンクリ製の建物だから、床が腐って抜けそうな感じもなかったしね」
「それで、部長。今日の廃墟ホテルは、どんな感じだったんですか?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いた、雨宮くん。なかなかに“撮れ高”が期待できそうよ~。たまんないわね」
サキは目を輝かせ、嬉しそうにほくそ笑む。
持っていたハイパワーな懐中電灯の光を、背後の暗黒空間へ向けた。
明かりに照らし出されたのは、真っ暗な森の中に佇む、不気味な廃墟のシルエットである。
一切の明かりが灯っていない建物には草が茂り、森の中に、長らく置き捨てられていたことが見てとれる。
「噂の地下大浴場は、本気で不気味な感じだったわ。あそこに定点カメラを仕掛けて、1人検証やってみたら、今夜こそ“映せる”かもしれないわね」
「よくあんな気味悪いところを1人で下見できるよな、お前。いったいどんなメンタルしてんだよ……」
強烈な雰囲気の廃墟外観を見ただけで、トウゴは青ざめている。
そんなトウゴの隣で、ケイが微笑んで言った。
「そういうことらしいんで。今日も頑張って幽霊を呼び寄せてくださいね、峰御先輩」
「ば、馬鹿! なんでもう俺が1人検証やるみたいな口ぶりなんだよ! クジ引きしろ、クジ引き! 今日は雨宮か、吉見のどっちかにしろって!」
「えー。でもでもー。カメラマンの雨宮くんって、怪奇現象が起きても動じないタイプだし。私も霊感ない方だし。となると、いつもみたいに、ビビりのトウゴが慌てふためく姿を撮影した方が、視聴者ウケ良いと思うの」
「テンパった先輩は、リアクションが面白いって言われてますよ。怪奇現象が映ってなくても、需要があります。撮れ高です」
「誰がビビりだよ! 今までのは全部わざと! 演技だったっつの!」
「ほー。それは名男優なこと。じゃあ、やっぱりトウゴ様で決定よね」
「なんでそうなるんだよ! この撮れ高魔神め!」
「ほっほっほ。私は青春を撮れ高に捧げた女。そんなの褒め言葉ね。視聴者が喜ぶものを提供しなければ、有名ニューチューバーにはなれないのよ」
廃墟を背景にする位置へ、ケイが三脚を立てる。
ハンディカムを乗せて、向きを調整した。
サキはカメラの前に立ち、仁王立ちで胸を張る。
「よし! オカ研メンバー集合! 今回のオープニング撮るわよ! ほら、トウゴは出演者なんだから、私の隣に来て。早く」
嫌そうに渋々と、トウゴはサキの隣に立つ。
ケイはハンディカムのボタンを押し、録画開始タイミングを教えるべく、2人へハンドサインの合図を送る。
サキは渾身の営業スマイルで、レンズに向かって話しかけた。
「さあ、今夜も“オカルト研究部”のお時間がやって参りましたーー☆ 今回のメンバーも、Tくんと部長。カメラマンくんの3人です!」
動画を作る上で、3人は本名を使っていない。
ネット上で身元が拡散されるのを防ぐ、いわゆる身バレ防止のためである。
サキは部長。
トウゴはT。
そしてケイは唯一、顔出ししないメンバー。カメラくんという呼び名で呼ばれている。
「じゃあ、カメラくん! 今夜の心霊スポットの説明をしてもらえますか?」
声をかけられたケイは、事前にサキから渡されていたカンニングペーパーを読み上げる。
「はい。今回、我々が訪れているのは、関東某所にある“沢時ホテル”です。かつて実際に起きた、ある殺人事件で、女子高生が殺されたのですが、その死体処理のため、犯人が死体を運び込んで、地下浴場で焼いたという話があります。それ以来、地下浴場では、黒焦げになった女性の霊を見たという目撃例が絶えないそうです」
「はあ?! あそこ、ガチで死体を焼いた場所なのか!? 事件現場?!」
「ガチです」
「うっそだろ……。行くのやめとこうぜ……!」
あまり事前情報を聞かされていなかったトウゴは、ドン引きしている。
視聴者から、素の反応が面白いと言われるトウゴは、だいたい賑やかし担当である。
本気で嫌がっているトウゴの反応を、美味しいと思いながら、サキは自分の背後に明かりを向けた。
廃墟の巨大さがわかるよう、建物の外周を舐めるよう、光を沿わせて照らして見せた。
「ここはネットでも有名な、関東屈指のスポットというだけあって、ご覧の通り、雰囲気マウンテンの見た目ですねえ。ぜったい、なにか心霊的なものが潜んでるって感じがします」
サキはレンズに向かい、動画でお約束になっているセリフを言った。
「それでは未知との遭遇を期待して、オカ研、突撃して参ります!」
投稿開始記念で、本日中に1-3話まで順次アップロードしていく予定です。