12-2 情勢分析
アルトローゼ大聖堂――――。
黒塊の首都バロールの最上位階に建造された、アルトローゼ王国の、政府中枢である。かつてのクーデター後、再現された東京都の中心部に位置しており、国会議事堂を模して、議会場としても使われていた。
その日。
大会議室には、アルトローゼ王国の現役議員たちが揃っていた。国王席を中心に、扇状の雛壇となっている席に腰掛け、多くの議員たちが険しい顔をしている。やがて、国王であるアデルが議場へ入室すると、全員が起立をして、敬意の礼をする。
議場に全員が揃ったことを確認すると、国王席の傍に腰掛けていた、1人の忠臣が立ち上がる。かつては日本の内閣総理大臣を務めていた男、仙崎議員である。
「議員の皆様におかれましては、本日の“報告会”のために、遠方の都市からお越しいただいている方もおられるでしょう。お忙しいところをご参集いただき、ありがとうございます」
仙崎の挨拶と労いの言葉が、しばらく続いた後、やがて本題が始まる。
「……あの“空が落ちた日”から、1ヵ月が経ちます」
仙崎は、少し苦々しい表情をしながら語り出した。
「アルテミア・グレインによる、衝撃的な真王の暗殺事件。それによって中止となった、アデル様と四条院家の結婚式。さらには……同日に立て続けに起きた、アーク全土での白石塔の崩壊現象。これらの事象は、世の中へ複雑な波紋を生じさせ、かつてであれば考えられないような、前代未聞の状況を発生させています」
言いながら、議場の全員を見渡して続ける。
「そして、その影響は、我等が王国においても甚大でした。すでに皆様、ご承知のことですが……このアルトローゼ大聖堂は、剣聖サイラス・シュバルツと、それに唆された一部の議員たちによって乗っ取られ、しばらくグレイン企業国の傀儡政権となっていました。我々はすぐ近くにいながら、アデル王の身の危険や、王国騎士団長だったレイヴンの裏切りに気付きませんでした。まことに、恥ずべきことです……。贖罪には、まだ足りませんが、剣聖を追い出し、それに与していた勢力を捕らえ、投獄することはできました。このようなことは、2度と繰り返してはなりません。よくよく、自戒せねばならないでしょう」
議場の議員席は、ところどころが空席になっていた。
その数は、1つや2つではない。
逮捕され、失脚した多くの者たちがいるのである。
国の行く末を憂いた、数十の議員たちがいたのだ。
謀反が起きたという事実は、重たかった。
「前置きが長くなりましたね。さて、この1ヶ月間、我々がやってきたのは、王国内の裏切り者の対処だけではありません。国内外の情報を収集し、現在のアークの情勢を分析し続けてきました。あの歴史的な事件の日から、我等が王国を含め、各企業国は鎖国状態に入っているため、とりわけ、他国の情報の収集には時間がかかりました。おそらくそれは、他の企業国も同様のことなのでしょうが……ともかく。何とかようやく、皆さんにご報告できる程度には、内容がまとめられました。完璧とはいきませんが、まずは第一次の報告として、現状の分析結果を発表させていただきます」
そこまで司会進行を務めてきた仙崎だったが、代わりの若者に変わる。
スーツ姿の、メガネをかけた理知的な雰囲気の青年だ。
「上級情報分析官の、シェザルです。僭越ながら、ここから先は私がご説明させていただきます」
メガネの縁を指先で軽く持ち上げながら、シェザルは議員たちのAIVへホログラム映像を送信する。巨大なアークの世界地図。それが、議場の虚空へ表示された。その地図が、色分けされていく。シェザルは説明を始めた。
「崩壊した白石塔の動向や、アーク各地の情勢など、ご報告するべきことは数多くあります。それらは午後のセッションから、明日にかけて、細かく順次説明いたします。ここではまず、前提となる情報を、ダイジェストとしてご提示させていただきます。この世界地図を見ていただいてわかるとおり、現在のアークは――――大きく分けて“5つの勢力”に分かれました」
色分けされた地図を見上げながら、国王席のアデルが呟いた。
「5つ……ですか」
「はい。かつての、7つの企業国が統治する帝国の体制は、完全に終わりを告げたと考えていただきたい。……ある意味で、帝国という大きな存在は“分裂した”と言って差し支えないでしょう。この世界は、新たな秩序を構築しようとする、戦乱期に入りました。今後もまだ、世界情勢は大きく動き、変わっていくはずです」
シェザルは、地図の各部をハイライト表示させながら続けた。
「1つ目は、以前より変わらずに存在している軍事超大国、エレンディア企業国。この地球上で使用される兵器のシェア7割を担っている、最大手の兵器製造メーカーです。企業国同士の争いを禁止する、不可侵条約が守られていた時代は、どれだけ大きな武力を有していても、他国から脅威であるとは見られていませんでしたが……真王が殺されてからは、事情が変わりました。かつては帝国騎士団の屋台骨を支えている存在でしたが、現在は他企業国への兵器納入を停止している様子。おそらく、戦争に備えているのだと推測されています」
エレンディア企業国。
イリアの父親である、ゼウス・フォン・エレンディアが統治する国だ。
アーク全土に武器や兵器を提供し続けている、超巨大軍産複合体でもあり、軍事面においては全企業国の中でも最強と言える国家だろう。イリアを含めた7人の実子がいて、イリア以外は強力な戦士であるとも噂されている。帝国と敵対関係にあるアルトローゼ王国としては、これまでに、最も警戒してきた企業国だ。
「2つ目は、“魔国パルミラ”。コーネリア・バフェルトが国家宣言して誕生した新国です。バフェルト企業国が“看板”を変えただけで、国力だけで考えれば、先のエレンディア企業国ほどの驚異はないのですが……各勢力の中で最も“得体が知れない”と言えます」
「……人間ではない、企業国王のことですね」
アデルの言葉に、シェザルは頷いた。
「はい。企業国王が人間ではなく、知性を有した異常存在だったことは、報道されて、大衆もその事実を知る状況となっています。かの国の貴族たちや市民たちの反応、それに今の内政状況がどうなっているのか、ハッキリしてはいません。ですが、おそらく混乱が起きていることは予想に難しくない。では、内政の混乱が起きている国だからと言って、他国への侵略の危険がないのかと言われると、そうとも言えません。なにせ、全白石塔の崩壊テロを成し遂げた連中ですから。軽視するには危険すぎるでしょう。まだ、どんな“隠し弾”を持っているのか、現時点では想像もできませんよ」
シェザルはメガネの位置を直しながら、続けた。
「3つ目、四条院企業国」
「……」
アデルが、悲しそうな表情で目を伏せる。
婚約者だった少年のことを思っているのだろう。
王の内心を推察しながらも、シェザルは説明する。
「周知の通り。企業国王だった四条院コウスケは、驚くべきことに、息子の四条院アキラによって“暗殺”されました。今は四条院アキラが、新たな淫乱卿を名乗っており、父親が締結しようとしていた、バフェルト企業国との同盟を破棄したようです」
「……」
「四条院アキラは、四条院家の中でも温厚な方で、好戦的な性格ではありませんでした。驚異度が低く、これまで監視の優先度も低い人物でした。それゆえ情報が乏しく、今、何を考えているのか、その思考パターンを分析することが難しい。今のところ、目立った動きを見せず、他国の動きを静観している様子ですが、国境の騎士団配置を多くしたり、活発に軍事訓練も行っているようです。アルトローゼ王国との国境付近にも兵の配置を始めており、近く、侵攻してくる可能性は高い。もしも侵攻してくる意思と目的があるのなら、ですが……。我々にとっては、隣国の驚異。目下、直近の敵と呼べる勢力と考えられます」
「アキラ……」
心配しているのだろう。アデルは名を呟いている。
シェザルはそれを横目にしながら、議員たちへ向かって続ける。
「そして4つ目……。問題の“ベルセリア帝国”」
その名を聞いた議員たちは、一気に緊迫する。
このアークで、最も恐るべき勢力であるからだ。
「真王と企業国王の暗殺をやってのけ、この世界を混乱の海へ叩き落とした、歴史の傑物。アルテミア・グレインが、グレイン企業国、シエルバーン企業国、ローシルト企業国を統合して結成した、大勢力です。国力で言えば、アークで最大規模。そして軍事力においては、エレンディア企業国に匹敵する勢力でしょう。……とは言っても、所詮は異なる3つの国の寄せ集め。出来たばかりで、実態は烏合の衆だろうと、当初は考えられていました。ですが信じられないことに……アルテミア・グレインのカリスマは、この僅かな期間で再編し、統率しつつあるようです」
議場に微かな、どよめきが生じる。
普通に考えれば不可能なことを、次々と成し遂げてしまう、アルテミア。
ただ者ではないことは、もはや疑いようがないだろう。
議員たちの目には、薄らと恐怖が滲んでいる。
「さすがにまだ、内政の方はともかくとして。ベルセリア帝国はすでに、他国からの侵略攻撃に対して、反撃が可能な程度には軍配備が完了しているようです。防御態勢はできあがっているということです。さらに、他国への侵略攻撃ができるまでとなると……我々、情報部の考察では、今のペースなら、およそ1ヵ月程度だろうと予想しています」
議場の中2階には、議員以外の者たちが座る観覧席があった。
腕組みをしながら黙って話を聞いていた獣人、ジェイドが口を挟んだ。
「冗談じゃねえ。残り、たったの1ヵ月ぽっちで、アルテミアは、他国へ戦争が仕掛けられる状態にまで、国をまとめ上げられるだろうってのかよ。アルトローゼ王国騎士団の交戦準備よりも、早いペースじゃねえか……!」
「ええ。私も信じられない思いなのですが。そんなことを成し遂げてしまう、怪物のような少女が、最悪なことに“世界征服”を目論んでいるというのですから、穏やかではいられませんよ。他の企業国の動向も気になるところですが、彼女はまず間違いなく、戦争を開始するはずです。彼女の最初の交戦国がどこになるのか。目下の注目はそこでしょう」
アデルが重たい溜息を漏らし、所感を口にした。
「今のアークの国々は、どこも一触即発。いつ、どの国が戦争を始めてもおかしくない、非常に緊迫した状況です。そんな中、遅くとも1ヵ月後には、好戦的なアルテミアが、他国へ侵攻が可能になる。つまり……1ヵ月後にはついに“世界大戦”が勃発する可能性があるということですね」
「……はい。そういうことになります」
シェザルは残念そうに、伏し目がちになりながら、静かに肯定した。
そして言い足す。
「5つ目の勢力。それこそが我々、アルトローゼ王国です」
「……」
「鎖国を始めたばかりの他国とは事情が異なり、王国はすでに2年以上、他国との交易が行えていません。そのため資源不足に陥っている現状から、戦時を始めなければならないでしょう。現在のアークにおいて我々の勢力は、国力でも、軍事力でも“最弱”です。もしも大戦が始まれば、真っ先に狙われて侵攻されるのは、攻めやすい我が国かもしれません。基本的に我が国は、帝国社会において“暗黙の中立”である立場を貫いてきました。その立場を上手く貫くことができれば、あるいは戦争から逃れることが可能かもしれません」
シェザルや、議員たちの注目が、アデルへ注がれる。
国王はどう考え、どう判断するのか。
誰もが、それに関心を向けているのである。
国家の存続を決める、重大な決断――――。
それを求められて、アデルは窒息しそうだった。
どうすれば良いかわからず、言葉を濁すしかない。
「……たとえ、こちらに戦う意思がなくても。中立を口にしていても。侵略者にとっては、こちらのスタンスなど関係ありません。ただ攻め入り、殺し、奪うのみ。アルテミアの野望は、世界征服なのです。いずれここにも、必ず攻めてくるでしょう。なら……今は攻撃に備えるしかありません」
歯切れ悪く、アデルは所感を告げる。
報告会は一時、そこで休憩を挟むことになった。
参加者たちの表情は暗く、不安に苛まれた心は、穏やかでなかった。